11.ネコミミとおしゃべりタイム
「はい、トヨダ・ユウさん。登録手続き終わりです。これは身分証明書にもなりますので、失くさないように気をつけてくださいね。再発行にはお金もかかりますから」
アスカリからカードを受け取る。ネコミミ元アイドルに手渡しされたと思えばテンションはうなぎのぼりだ。たとえ借金ギャンブラーであろうとも、可愛いは正義である。
カードはキャッシュカードのような厚みのあるプラスチック製だ。表面に『シンジュク区 冒険者ギルド』とデカデカと書かれており、その下に僕の名前と『Rank E』という文字があった。
アスカリが「冒険者の業務と注意事項について説明させていただきます」と言ったところで、僕はケーニッヒに背中を叩かれた。
「これでユウは冒険者やな。説明はひとりで聞いたってや。わしは行くところがあるからな」
「え? あ、はい」
「聞き込みもせんで帰ってくるような真似はせんと思うが……自分、すること分かっとるよな?」
「はい、もちろんですっ」
僕は直立不動になって、ケータイを弄りながら足早に去るケーニッヒを見送った。突然どうしたんだろう。長ったらしい説明を聞きたくなかったのだろうか。
確かに冒険者になったのは僕だから、ケーニッヒが説明を聞く必要はないのだが。
どこか釈然としないものを感じるが、相手がヤクザでは文句もつけられない。色々と世話になっているしな。
ケーニッヒの姿が見えなくなって気が緩んだのか、アスカリが僕に顔を寄せて「あのヤクザとはどういう関係なの?」と聞かれた。ヤバイ、いい匂いがする。
僕は高まる鼓動を抑えながら、アスカリに向き直った。
「無一文のところを拾ってくれたんです。口は悪いけどいいひと……とは言いがたいですが」
「そうだったの。それで冒険者に?」
「はい。なにぶん先立つものもないので」
「そう、大変ね。でもああいう人とはあまり付き合わない方がいいと思うわ」
あのドワーフのヤクザに小遣い貰ってケータイまで買ってもらってしまいました、とは言えない。わざわざ言う必要もない。
僕はに「そうですね」と合わせておく。
するとアスカリは声をひそめて、「あと……わたしのことも言わないで貰えると嬉しいんだけど。その、」と言いにくそうに切り出す。
「分かってます。誰にも言いません」
「ほんと? 絶対よ」
ダメ押しのようにウィンクされた。その仕草がまたキマってて可愛らしいからズルい。
僕はそのノリにつられて、ついつい軽口を叩いてしまった。
「もちろん。いやあ、アスカリさんほんと可愛いですね。さすが元アイドル。僕、ファンになっちゃいそうですよ」
「な――!?」
すると何に驚いたのか、アスカリが目を見開いて僕のジャージを掴む。そのまま僕は為す術もなくカウンターに引き倒され、気がつけば間近にアスカリの顔があった。
近いってば!
「なんで私がアイドルやってたこと知ってるの!? ほとんど売り出し前も同然だったし、芸名だから誰も知らないのよ!?」
「え、そうなんですか」
僕はケーニッヒから聞いた顛末を改めてアスカリに話した。
アスカリは話の途中から徐々に顔を青ざめさせて、逆に最後には真っ赤になって怒りだした。
「社長の腕時計は盗んでないわよ! ちょっと質に入れるのに、借りただけじゃない!」
「いや。それ、ほとんど盗んだも同然なんじゃ……」
「違うわよ! ちゃんと返して、不起訴になったもの」
「起訴されかけてるじゃないですか」
「違うし! 全然、違うし!」
これ以上ヒートアップされても面倒なので、「僕が間違ってました。アスカリさんの話が正しいです」と早々に白旗を上げた。
わざとらしい引き方をしたので睨まれてしまったが、ひとまず彼女も冷静になったようなので、僕は冒険者を務めるにあたっての注意事項などの説明を求める。
アスカリもプロの受付嬢、説明を求められれば説明せねばならぬのが定め。「まだ納得してないぞ」と目端に宿したままアスカリは説明を始めた。
◇
冒険者のランクはなりたてが『Rank E』で、実績に応じてアルファベットの降順に『Rank A』まで上昇するそうだ。
ちなみに『Rank S』というのは存在しないのだが、特に著しい活躍をしたり偉業を成し遂げた『Rank A』のことを冒険者たちが尊敬を込めて『Rank S』と呼ぶことがあるらしい。
冒険者ギルドの制度には存在しないし、制度化する予定もないその名誉ある呼称こそ、冒険者の目指す最大の目標なのだそうだ。
冒険者は冒険者ギルドにある端末から依頼一覧表を確認し、受ける依頼を決めることができる。ウェブからも確認することができるのでわざわざ冒険者ギルドに来る必要はないのだが、パーティメンバーを集めたり同業者同士で情報交換するのも重要な仕事だと考えている人は多く、実際に多くの冒険者がほぼ毎日やってくるらしい。
アスカリは両手を上げてわざとらしく嘆いてみせた。
「ベテランほどそういう人が多いのよ。本当はルーキーこそ、毎日来るべきなんだけど」
「はあ……」
アスカリの芝居がかった仕草に、苦笑を返す。ほんとやることなすこと、いちいち可愛いんだよこの人は。
また依頼には冒険者ギルドで判断した難易度が設定されており、それを目安に受けるのがいいそうだ。『Rank E』の冒険者は同じ『Rank E』の依頼から受けていき、余裕を持ってこなせるようになって初めて『Rank D』の依頼を受けるのが理想であるらしい。
そうして自分のランクより高い難易度の仕事をこなすことができて、ようやくランクアップの査定を受けることができるのだ。
「そういえば、冒険者登録すると公共の施設に出入りできるって聞いたんですけど。具体的にはどういう場所に出入りできるようになるんですか?」
「ああ、そうね。例えばギルドのトレーニング施設はタダで利用できるようになるわ」
このオフィスビルの上階にもトレーニングジムがあり、ランニングマシーンや筋トレ設備はもちろんのこと、剣道場、格闘リング、射撃場、プールまで完備しているとか。凄まじい充実ぶりだ。
「他はそうね……国立図書館? これは図書館でカードを作れば普通の人でも入れるけど」
含みのある視線を投げかけてくる。僕は市民登録証がないから、恐らく図書館でカードを作ることができないのだろう。冒険者のカードがあればそれをパスできる。
最後に武器の携帯について注意を受ける。
CLDサージェン皇国では武器の所持は憲法で認められた権利であり、所持携帯すること自体で罰せられることはない。
ただし自衛以外の目的で武器を使用した場合、法に従って罰則が課せられる。特に悪質と認められた場合、冒険者登録はほぼ確実に抹消されるそうだ。
「冒険者だからこそ武器の使用は特に慎重にしなければならないの。街の往来で武器を抜いたらあっという間に捕まっちゃうんだから」
「はい。気をつけます」
……まだ武器、持ってないんだけどね。
でも街中を歩く人が普通に腰に剣を帯びている世界だ。早いうちに僕もなにか持っておいた方がいいかもしれない。
そこではたと疑問に気付いた。そもそも街中で武器を抜いたら捕まるというのは普通の人も同じことだ。じゃあなぜあんなに武器の携帯率が高いのか。僕が見かけた全員が冒険者ではあるまい。
アスカリに尋ねると、不思議そうな顔をしてこう言った。
「街の外には魔物が出るし、シンジュク区の地下には大迷宮があるじゃない。たまに地下から這い出てきた魔物が街中でも出るのよ。そのときは街の真ん中でも武器を使わないと危ないでしょ」
とのことだった。恐らく常識なのだろう。わざわざそんなことを尋ねるのが奇妙だと思われるくらいに。
アスカリの視線に警戒と不審が混じるのを感じた。僕は落ち着き払ったふりをして「田舎から出てきたんで、実はシンジュクは初めてなんですよ」と誤魔化してみる。
すると「ふうん」と僅かばかり警戒が緩んだものの、アスカリはまだ何かを探るように僕を見つめていた。
◇
結局、アスカリの不審は取り除けず、微妙な空気のままで説明を終えることになった。だがそれを除けば、アスカリは僕に親身になって随分と丁寧に説明をしてくれたように思う。
アスカリはニコリと笑顔を浮かべて言った。
「それじゃ、ユウくん。これから冒険者として、あなたの活躍を祈っているわ。なにか分からないことがあったら、いつでも聞きに来ていいからね」
「はい。ありがとうございます」
これがタダの営業スマイルでも構わない。この笑顔を再び見れるなら、何か疑問があったときにまたこのカウンターで彼女と話がしたい。素直にそう思った。
「でもあのヤクザは、もう連れてこないでね」
最後に冗談交じりの軽口を言われたが、本音だろう。心から同意する。僕もアスカリと会う横にケーニッヒを置いておきたいとは思わない。




