10.受付嬢はネコミミ
この世界の街並みは近代的で、僕の記憶の中にある日本の風景によく似ている。
大きく違うのは歩いている人々で、多種多様の種族とファッションがごちゃまぜになって非常にカオスだ。
まず何の変哲もないが最も数が多いのはヒューマンで、これは普通の人類だ。特徴がないのが特徴で、逆にあらゆる物事に適正があるとも言える。
このヒューマンが歩くひとの8割ほどを占めており、残り2割くらいの確率でエルフ、ドワーフ、獣人族、有翼人種などを見かけることがある。
……まあドワーフならずっと横にいるけど。
さて獣人族だが、これは犬、猫、狐など多種多様で、毛並みの色も含めて雑多な印象があるが、ある程度の法則性のようなものを感じ取ることが出来るようになった。
まず耳と尻尾がある。耳は大きめの獣耳で、人間の耳はないようだ。大概の獣人族は髪が長いというか多く、モミアゲのある耳の付け根あたりは男女ともにすべて毛で覆われている。
細く毛量が多いため、見ているだけでふわふわもこもこしているのが分かるのだ。
有翼人種は鳥人族や竜人族など翼や羽根を持つ人類を大雑把に指定した名称だ。ちなみに有翼人種のひとつに数えられる妖精族は滅多に見かけないらしく、実際に街中ではまだ見ていない。
そしてヒューマンを含めてこの世界の人々のファッションは異常だ。スーツにネクタイをしているサラリーマン風の男性がいる横で、ブレストプレートに剣を腰に下げた女性がいたり、身長より長い杖を持ったローブ姿の魔法使いルックがいたり。
統一感がなく時代性を見出すのが難しい、まさにコスプレ会場のような状態になっているのである。
もしかしなくても手術着はファッションで通るはずだ。もちろん露出の多さで変な目で見られるけど、水着のような格好で歩いている女性がいるのでセーフだと思う。
……ビキニアーマーも見かけたんだよね。あれファッションなのか、それとも実用性ある防具なのか。
もっとも僕は逃亡中の身なので、逃亡時の格好などし続けられない。手術着のままじゃ捕まるのも早くなるだろう。
そして。冒険者ギルドの周辺に近づくにつれ、そのようなカオスな人並みは徐々に煮詰まって更にカオスになっていくのだった。
◇
オフィス街の真ん中にある大きめのオフィスビルまるごとが冒険者ギルドらしい。
車を地下駐車場に停め、鍵をケーニッヒに返した。冒険者登録を済ませた後は別行動する予定なので、今日はもう運転手をしなくてもよいのだ。
エレベーターで1Fフロアに上がり、受け付けに向かう。綺麗にワックスで磨かれた床がテカっている。冒険者ギルドという響きで勝手に無骨で粗野な場所を想像していたのだが、随分と違った。まるで前世の銀行のような清潔感あふれる空間だった。
「いらっしゃいま、せ……?」
受け付けに立っていた女性がケーニッヒを見て表情を強ばらせた。ド派手なヤクザファッションに身を包んだヤクザフェイス完備のどこから見てもヤクザなドワーフだ。冒険者がどのような人々か知らないが、こうまであからさまに危険な配色のケーニッヒを見たら怖いに決まっている。
「お嬢ちゃん。こいつの冒険者登録したってや」
「は、はい。冒険者の登録ですね。かしこまりました」
硬い笑顔のまま、素早く手元が登録用紙を手繰っている。プロだな。
それに凄く美人だ。
スラっとしたスリムな体型はファッションモデルと言っても通じるほどで、女性にしては高めの身長がそれに拍車をかける。
受付嬢の制服なのか銀行窓口のような出で立ちも相まって、理知的で大人の出来る女性、というスキの無い印象。
獣人族の特に猫人族は可愛らしい容姿の女性が多く、大きな目とちょっと釣り上がった目尻がキュートで全身の大人っぽさと上手く同居しているのがまたいい。
アッシュグレーのショートボブもよく似合っている。髪と同色の尻尾が燕尾になった上着とスカートの間から伸びているが、付け根がどうなっているのか是非とも確認したいところだ。
……胸につけた名札に『アスカリ』とある。アスカリさんか。覚えた。
アスカリは手にした登録用紙を僕の方に差し出し、その桜色の唇をほころばせて言った。
「市民登録証をお願いします」
「あかん。今日は忘れてきたんや。なあ? ……でも作ったってや」
「え……」
横からケーニッヒがいけしゃあしゃあと嘘を吐いた。はなから持っていないのだ。
市民登録証なしで冒険者登録をしろと迫るケーニッヒに、顔をしかめたアスカリが悲鳴を上げるようにして抗弁した。
「いけません! 冒険者登録に市民登録証は必須です。なければ登録できません、日を改めてお越しください」
「そないなこと言わんといてや、お嬢ちゃん」
「しかし……」
同じ文句を続けようとしたアスカリを制して、ケーニッヒはこれ見よがしに辺りを見回すと、声を抑えて言った。
「なあお嬢ちゃん。ミナト区の寿司屋のトロ代、今週中にツメんといかんのやないのけ」
「!?」
アスカリは驚愕に目を見開き、慌てて周囲を見渡した。蒼白になりながら絞りだすような声で言った。
「どうしてそれを……」
「これでもわし、いろいろなとこに顔が利きますねん。どうやろ。お嬢ちゃんのトロ代、わしが代わりにツメたってもええで」
「そんな」
「ええやろ、お嬢ちゃん。わしとお嬢ちゃんの仲や。水臭いこと言わんと、なあ」
ケーニッヒは嫌らしい笑みを浮かべながら、懐からライトストーンで派手にデコられた二つ折りのケータイを取り出した。お前はギャルか。
そのケータイを開き仮想ディスプレイを表示させ、ケーニッヒはアスカリによく見えるように親指を立てて差し出す。
「見覚えある番号やろ。わしがこれを押したったら、お嬢ちゃんのトロはわしがツメることになる。したら、……分かるな?」
ケーニッヒが僕の方を顎でしゃくる。ケーニッヒが何をしようとしているのか知らないが、どうやら何かする代わりに僕の登録をさせるつもりらしい。
しかしこれ、脅しているようにしか見えない。話の内容が分かるならまだしも、分からないから止めようもない。
アスカリは自分のケータイを取り出し、幾つか操作してケーニッヒのディスプレイの番号と自分のケータイの表示とを見比べ始めた。そしてすぐに項垂れるるように、頷いた。
「よっしゃ! お嬢ちゃんのトロはわしがきっちりツメといたるわ。あとはお嬢ちゃんの仕事やで」
念を押すのを忘れずケーニッヒは言った。そしてボタンを操作し、何処かへ電話をかけた。
そして「おう。わしや」「せや。お嬢ちゃんのトロ、わしがツメることになったわ」「おう、おう。そうしてくれい。頼んだで」とものの一分もかからずに通話を切り、満面の笑みを浮かべた。
「これで今週は安泰やな、お嬢ちゃん」
「は、はい。本当に?」
「本当も本当や。この首、賭けてもええで」
「いえ、そんな」
アスカリは恐縮するようにして頭を下げ、僕に向き直った。
「それではこちらに記入をお願いします」
「はい」
僕は用紙を受け取り、記入し始める。しかしすぐに住所を書く欄で手が止まった。
そうだネカフェの住所でいいんじゃないか、と思い直したが住所が分からない。そもそもネカフェの会員カードはブースに置きっぱなしだ。なんせパンツに紙幣を挟むような有り様だったから、持ち歩いているわけがない。
「ケーニッヒさん。ケータイってウェブを検索することってできますよね」
「当たり前やろ。そないなことができんウンコケータイ、ジジババも使わんわ」
僕は新しく手に入れたケータイを開き、操作部分を親指でなぞる。すると上面に仮想ディスプレイ、下面に仮想キーボードとタッチパッドが現れた。ウェブブラウザのアイコンを選択し、『フェアリーサークル ネカフェ』で検索する。
一発でヒットした。トップページに見覚えのある雑居ビルの看板のロゴがあるのですぐ分かった。チェーン店じゃないようで住所はひとつしかない。店舗情報から住所を書き写し、次いでケータイの電話番号とメールアドレスも表示させて用紙に写す。
「えらい使い慣れとるやんけ」
「いや、まあ……」
仮想うんぬん以外の使い勝手は前世のパソコンとそう変わらないのだ。ネカフェでも散々インターネットをしていたし。
僕は必要事項を書き込むと、アスカリに用紙を手渡した。
アスカリはざっと見て抜けがないことを確認すると、「そちらにお掛けになって、少々お待ちください」と言ってカウンターの向こうに引っ込んだ。何か処理しなければならないのだろう。
ケーニッヒと一緒に来客用ソファに座ると、僕は疑問だったアスカリとの会話の内容について聞いてみた。
すると悪い顔になったケーニッヒは、声を抑えて言った。
「あの嬢ちゃんな。ギャンブルにハマっとるんや。そいで借金こさえとったんじゃ」
「……え?」
「ミナト区の寿司屋っちゅうのは賭場のことや。トロっちゅうんはそこで借りた金のことで、今週中にツメ……払わなあかんことになっとった。それをわしが代わりに払ってやったわけや」
「なんで知ってたんですか。その、彼女が借金してること」
「そら知っとるわ。あの女、アイドルの卵やったときに自分の芸能事務所の社長に連れてってもらったカジノにハマって、金使い果たした挙句に懲りもせんと通って、社長の腕時計やら盗んでクビになったドのつくアホやで。件のカジノはウチのシマやから、どんだけ金使ったか1YEN単位で知っとるわ」
……………………。
あの可愛いネコミミ受付嬢は、つまりギャンブル依存症で借金まみれで窃盗歴すらあると? マジかよ異世界。知り合う女性、こんなんばっかかよ。僕、女運なさすぎないか?
横をみてすぐに男運もないことを悟った。
二人目もヒドインでした。
次回はようやくヤクザと分かれて自由行動が始まります。




