孤独を抱える者
知らない間に近づいていたアーリアによって止められた神楽はアーリアに詰め寄った。
「どうして私を止めるんですか。止めるのはあの人の方でしょう!?あんな丸腰で無防備に近づいて行ったりしたら恰好の餌食じゃないですか!!」
「まあまあ、心配死なさんな。お嬢ちゃん」
焦っている神楽とは反対に、アーリアは軽く神楽の肩を叩きながら彼女を宥める。
「クロードはイノシカゲに負ける程弱くはないよ」
イノシシモドキはどうやらイノシカゲという名前らしい。
アーリアはそれよりも、と神楽の腕をとった。
「私達は後ろに下がるよ。いつまでもここにいたらクロードの邪魔になるからね」
言うや否やアーリアは問答無用とばかりに神楽を引きずるようにして後ろに引かせた瞬間だった。
「ブッキィィィヤァアアアアア???!!!」
突如として響きまわるイノシカゲの悲痛な叫び声に神楽は肩をビクッと震わせた。アーリアの方はなんて事も無さそうな顔をしてイノシカゲに悲鳴を上げさせている元凶に声をかけた。
「コラ、クロード!お嬢ちゃんがびっくりしてんじゃないか。もう少し静かにやんな!!」
アーリアの台詞に慌ててクロードの方を見た神楽は……………いやいやいやいや、待って、かなり待って、なにをどうしたらそうなんの!?
神楽が目にしたのは3メートルはあるイノシカゲの首を片手で鷲掴みにして持ち上げているクロードの姿だった。
(いやホント、少し目を離した隙に一体なにがあったの!!?)
思わずあんぐりと口を開けて呆けている神楽をよそかに、アーリアとクロードは話しを続いた。
「む?これは失敬。いやな、コイツが力量も分からずに突っ込んできたものだから鼻先を蹴り上げてそのまま首を絞めたんだが…………お嬢さんをむやみやたらに驚かせるのは紳士的では無かったな、すまなかったね。お嬢さん」
「ホントだよ。少しは気を遣いな、クロード!」
クロードを叱りつけるアーリアは、実際はそれ程怒っているわけではないのだろう。顔が笑っている。
一方神楽の方はクロードのトンデモ発言に絶句した。
(いまあの人蹴り上げたて言った?あり得ないよ、あの巨体を蹴るだけでもどれだけの脚力が必要だと思ってんの………でもあの人、片手でイノシシモドキ───イノシカゲ?を持ち上げてるし………本当にここは何なの?)
いい加減、頭が痛くなってきた…………。
「ふむ。それではさっさと済ませますかな。俺としてもイノシカゲをこれ以上苦しめるのは心が痛い」
そう言うないなやクロードはどうやってかイノシカゲの首をスパンっと飛ばした。
「「…………」」
アーリアと神楽は盛大に顔をひきつらせる。イノシカゲをこれ以上苦しめるのは心が痛いと言った割には随分と容赦ないな!?
森の中をさまよいイノシカゲと長い時間、睨み合いをした為、精神が消耗していた私はこの光景に耐えられず─────気絶した。
●○●○●○●○
神楽が目を覚ますとそこは馬車の中だった。
「……、………、…………っ!!?」
飛び起きて急いで周りを確認する。馬車の中には派手で煌びやかな服や大量のナイフ、各楽器類などが無造作に置かれていた。
「ここは、いったい……」
馬車の外から人の気配がした。困惑しながらも神楽は垂れ幕を少しずらし、外の様子を確認することにした。
「お母さんー、野菜切れたよー。次はなにすればいいー?」
そこには神楽より少し下だろうか?切った野菜を入れたカゴを両手に持ちながら元気よく声を上げる赤毛の少女がいた。視線の先には先程出会ったアーリアが大鍋を火にかけていた。
「その野菜を鍋に入れたら団員のみんなを呼んできてやって。カムロとリムには早く来ないとこのあいだみたいに食いっぱぐれるよって脅しときなー!」
「わかったー」
見たところ外は既に日が沈んでおり、母と呼んだからには親子なのだろう。アーリアと少女は同じ赤毛と顔立ちをしていた。
アーリアの後ろ姿を見ながら神楽は改めて自分を助けてくれたのであろう人の服装を見た。
その服装は神楽が知る現代の服装では無い。だからといって神楽が知る中世ヨーロッパの服装とはどこか違って見えた。
トラックに引かれる瞬間に森の中に居たこと。自分の知らない服装、そして先程クロードと呼ばれた男が退治したイノシカゲと呼ばれたイノシシとトカゲを合わせた動物らしきもの。
ソレの意味することは…………。
「……!!」
小さくギリッと歯を血がにじむ程食いしばる。神楽は叫びたくなった。泣き出して、暴れて、喚き散らしたかった。神楽の頭には、ある可能性しか浮かばない。
「………っ」
垂れ幕から手を離し、自身の震える身体を必死で抱きしめる。
嗚呼………
認めなくてはならない……………
ここは、きっと、私の識る世界では
────────無い。
神楽はただただひたすら、その事実を重く受け止めていた。
身一つで何一つ知らない世界に迷い込む。いままで培ってきたものが崩れ去る。
それでも、生きることを選ぶなら、人は覚悟しなくてはならない。
次回、馬車の外には