神楽、森の中
目の前に広がる数多の木々たち。神楽は困惑していた、なにしろ直前まで街中にいたはずなのに気がつけば森の中で佇んでいるのだから。
自分は確かにトラックに引かれそうになっていたはずだ。
それがどうして森の中に??
「実は、私は既に死んでいてここは死後の世界とか?」
痛みを感じていないとなると、私は即死だったのどろうか?いやいや、死ぬのは困るんだけど………秋の祭りまで時間が無いんだよ?今から主役の代役探すの無理だから!先生から初めてもらった主役の座なんだよ!!家族も友達も楽しみにしているのに!それなのに………それなのに死んでる暇なんて一秒たりとも私にはないんだ!!
「帰らなきゃ。私、帰らなきゃ!死んでなんていられるか───!!出口はどこだ─────!!!」
今振り返るとこの時の私はかなりパニクっていたんだと思う。
トラックに引かれそうになっていたにも関わらず突如として森の中にいるという非科学的現実を認めることが出来なかったのだ。
だが現実は否応なく私に事実を突きつけてきたのだった。
重い衣装カバンを両手に抱えながら私はひたすら道無き獣道を歩き続けた。
中国古典舞踏は激しい動きをするので体力には自信があったがさすがに獣道を歩き続けるはキツかった、なにしろマトモな飲み水すら今の私は持っていなかったのだ。
勿論、食べ物も、無かった。
「ハァ…ハァ……つ、疲れたー!!」
時間が経つにつれて私もさすがに自分が死んでいないことには気がついたが、だからといってこの状況を受け入れることは出来なかった………ライトノベルじゃあるまいし、そんなこと実際にあってたまるか。
「さすがに異世界に紛れ込む、もしくは召喚されたとか、ナイナイ、あるわけ無い。ここは現実世界なんだライトノベルの世界じゃ無いんだ、しっかりしろ私。頑張れ私。青蘭先生に知れたら性根から叩き直される………舞の稽古をする時間が削れることになったらどうするんだ……………先生のしごきを思い出せ!!!」
半場自分に言い聞かせるように(若干おかしな部分もあったが)神楽は己を鼓舞した。
衣装カバンを持ち直し、顔を上げた直後のことだった。
パキ……パキッ………パキキッ………!!
自分の背後から小枝が割れる音が聞こえてきたのだ。
神楽は振り向きたく無かった─────ものすっっっっごく嫌な予感がしたからだ─────振り向きたく無かったが、確かめないわけにはいかないとゆっくりと、顔を振り向かせた………。
質問:イノシシの頭にトカゲの胴体の生き物に出会いました。どうしたらいいでしょうか?
回答:ユーマ発見だね!そして逃げることをお勧めするよ、あれはあきらかに肉食系だ!!
私は目線を合わせたままイノシシモドキ(トカゲモドキ?)からゆっくりと後退し、距離をとった。
森の中で猛獣に出会ったら目線を外さず慌てず騒がずゆっくり後退して距離をとりながら逃げるべし!!(森の中でクマに出会ったときの対処法から抜粋)
あれ、でも気のせいかな?私が距離をとった分だけイノシシモドキがジリジリとその距離を縮めているような気がするのは!?
あれから何時間経ったか。私は今もイノシシモドキと交戦している。
別に肉弾戦をしているわけではない、互いに距離を保ちつつ相手の出方をうかがっている、いわば冷戦状況だ。
「…………」
ポタリと額から汗が流れる。
こちらが一瞬でも気を抜いた瞬間に、あのイノシシモドキは私に牙を突き立てるだろう。
そして当の私はイノシシモドキと距離こそ保っているが武器自体が無いのでこっちから仕掛けることも、襲われて反撃することも出来ないだろう。
そう思っていたときだった。
「これはこれは、非常に珍しいお嬢さんがいるな。アーリア団長、こちらに面白いモノを見つけましたぞ!」
いきなり響いたその声に、私は思わずギョッとした。振り返った先には紫(え、紫色!?)の髪をした男性が誰かを手招きしている。
「ん~?面白い物て今度はなにを見つけたんだい、クロード」
次に聞こえてきたのは赤い髪をした年配の女性の声だった。
(どうしよう……!!こんな状況で人なんて来たりしたら………?!)
思った通り、突然の第三者の登場で張り詰めていた空気が破れてしまいイノシシモドキはパニック状態に陥ってしまった。
私は急いで大声をあげた。
「 逃 げ て く だ さ い !」
上げた声に、女性──アーリアが私の方を向いた。
「ちょっ……クロード!こりゃあ一体どうゆうこと────!?」
「な、面白いお嬢さんだろ?」
焦っているアーリアと引きかえに男性──クロードの方は何が楽しいのか、にこやかに笑っている。
するとバシンっ!!と大きな音が森中に広がった。どうやらアーリアがクロードに思いっきり蹴りを入れたようだ。
「馬鹿なこと言ってないでさっさとあの子を助けてやんな!!」
アーリアの叱責にクロードはやれやれとイノシシモドキの方に向かって、なんと、歩き出したではないか。
「はぁあ!?」
それを見た神楽はクロードを止めようと駆けだそうとしたがいつの間にか近くに来ていたアーリアに止められたのだった。