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朝日の下で、氷道

作者: テスト

 かの有名な清少納言は『冬はつとめて』とか言ったらしいけど……冗談じゃない! 寒ーい冬の、寒ーいこの早朝が良いなんてマゾかってんだ、このヤロー。

 こんな朝早くには私達以外の人が全くいない。ここが田舎ということもあるかもしれないが、周りに広がるのは、収穫が終わり役目の済んだ田んぼばかりだ。

 昨日の夜は雨が降ったらしく、道路の所々には氷が張っている。中学生のころは割りながら歩いたりもしたけれど、さすがに高校生にもなってそんなことはしない。

「夏にサマータイムがあるならさ、冬にもウィンタータイムを作って欲しいよね」

 隣を歩く幼馴染みに訳のわからん愚痴を溢す。一応、コイツは私の彼氏。

「ウィンタータイム?」

 欠伸を噛み殺しながら尋ねてくる彼。ウィンターの発音が「ういんたあぁ」になってる。腹立つ。

「そ。朝は寒いから、登校時間とか一・二時間ぐらい遅らせるの」

「それが数学の補習で朝早くから登校する彼女に付き合ってる彼氏様に言う言葉か」

 それを言われると耳が痛い。でも寒さのせいで元々耳が痛いから、いまさら心的な痛みが加わったところで何のその。

「何よ、あんたが勝手についてきたんでしょ? 私は別に頼んじゃいないですよー、だ」

 肩から掛けているスクールバッグを軽くぶつけながら言う。

 嬉しいくせに素直じゃない自分に自己嫌悪。おまけに『自分に自己嫌悪』だと意味がガブってるなー、とさらに自己嫌悪スパイラルに嵌まって行く器用な私。

 隣を見れば、黙り込んでいる彼氏の姿。顔が赤くなっている。

「ほらもー、アンタも寒さで顔が赤くなってんじゃん? はい。ウィンタータイム導入決定」

 コイツのマフラーをくいくい押してやる。首もとに入る風を少しでも減らしてやろうと思って。

「馬鹿。これは寒さのせいじゃねえよ」

「ん? じゃあ何のせいなのよ?」

「……だからお前は補習の常連だってんだよ、この馬鹿」

「はあ? 私は馬鹿じゃな――」

 転んだ。氷に滑って。

 足が前に飛んで行くのに、腰から上はその場に留まろうとする。支えをなくした私のお尻は下に向かって落ち行くのみ……。

 ――体を支えられた。お姫さま抱っこもどきみたいな格好で。この場でそんなことが出来るのは一人しかいないわけで。

「な、馬鹿だろ。お前」

 そいつは、酷くほっとした顔で、けれど飄々と、そう言った。

 数秒間、この体勢のままで固まってしまった。

 悔しいけど、その間見とれていたのだ。

「あ、ありがと。は、早く放してよっ」

「今放すと、お前は絶対にこける」

「は? そんなわけないでしょ! さっさと放しなさ――痛っ」

 尻餅をついた。言わずもがなリリースされたせいである。こう足がツルリと滑り、尻ペッタン。

 で、リリースした張本人は私を置いてスタスタ歩き始めやがった。

 けれど、それで気がついた。アイツが耳まで真っ赤にしてることに。

 これはひょっとしたら、ひょっとするのかもしれない。

「もしかしてー、照れてるー?」

 立ち上がりながらからかってやる。仕返しだ。

「ばっ……何言って――ギャ」

 勢いよく振り返ろうとして、スピン&スリップする私の彼氏。

「アハハハハ。転けやがった」

 罰が当たったんだよ、ざまーみろ。

 ほら、と言いながら片手を差し出してあげる。「いらん」と言いよるがそうはいかない。もう片方の手も差し出す。

 観念したのかコイツが大人しく私の手を借りて起き上がろうとしたとき――手を放してやった。

 再び倒れる彼。

 ――狙い通り!

 しかし、こやつは伊達に私と長い年月を過ごしておらず、とっさに私の腕を掴んできた。

 けれど、倒れないようにと掴むのでもなく、私を道連れにするのでもなく、ただ私をグッと引き寄せ優しく抱き締めていた。

 転んで地面に背中をつけた男とそいつの上に倒れる女、の図。

 正直何がしたいのか分からなかった。

「これさ、私がアンタにのしかかっただけじゃない? ていうか、顔が近い。なんでゆでダコみたいなアンタの顔を拝まないといけないわけ? 放せ」

「俺がゆでダコならお前はリンゴかな? かわいい赤リンゴ」

「私は悪口を言ったんだからアンタも悪口を返しなさいよ! このタコ!」

 頭を叩く。けれど、コイツは私を抱き締めたまま離さなかった。そのままの体勢で少しギュッと引き寄せられる。

「温かいだろ?」

「嘘つけ。絶対に背中が冷たいでしょ」

「俺がじゃなくて、おまえがだよ」

 ゆでダコはそう言って笑った。たしかに、私は温かいけど……。

 コイツは続けて言う。

「お前は寒い冬が嫌いかもしれないけど、俺はそうでもないよ。こうやって寒い方が人の温かさに気がつけるだろ?」

「な、何をダサいこと言ってんのよ! そもそもここ外だし! 恥ずかしい!」

 とっさに言い返す。なのにコイツは「外だから何?」等と言いよる始末。

 ひょっとすると、転んだ時に頭でも打ったのかもしれない。なんまいだぶなんまいだぶ。

 この感想を伝えてやると「俺は死んじゃいねえ」と笑う。――さっきから笑ってばっかりだな、コイツ。

「周りを見てみろよ」

 言われて辺りを見回すと、誰もいなかった。目の前に広がるのは枯れた田んぼばかり。けどそれらは、まだ地平に寄りそうようにある太陽の光を浴びて輝いていた。人の姿は見えない。再び聞こえた「外だからどうした?」という台詞。

「い、今は誰もいないだけだし」

「何で誰もいなんだろうな?」

「……朝早いから」

「そう! 朝早いから、世界に俺達二人きりだろ? 俺はこういう早朝もそんなに悪くないかなと思うんだけど、どう?」

 ――いけない、一度頭を冷やさないといけない。

「ねえ、一回離してくれない?」

 できるだけ淑やかに告げる。戸惑いながらも離してくれる彼。

 ゆっくりと起き上がり、アイツに背を向けて、時間をかけて深呼吸を繰り返す。後ろからモゾモゾと音がする。おそらく体を起こしたのだろう。

「嫌いなものは嫌いだよ」

 背を向けたまま話しかける。

「でもね――」

 ここまで言って黙り込んでしまう私。からかうように、冷たい風が私たち二人を撫でて行く。けれど、私の体はそんなもんじゃーさめない位に火照っていた。

 振り返る私。こちらをボンヤリ見上げる馬鹿の顔。スクールバッグを掲げる私。口を「え」の形に広げるタコ。

 そいつに向かって――バッグをブン投げた!

「このままじゃ遅刻するでしょ! 補習をサボると後が面倒なの。走るからアンタは荷物持ち!」

 荷物持ちを置いて走り出す。

 ――嫌いなものは嫌いだよ。だけど、

 一瞬立ち止まり振り返る。彼は起き上がったところだった。

 ――でもね、

「アンタといる時間は、嫌いなものも吹き飛ぶくらい好きだよー!」

 言うだけ言って、また走り出す。後ろからバッグを二つ持って、ガッシャガッシャと響かせながらついてくる音がする。

「じゃあなんで俺を置いて走るんだよー!」

「黙ってついてこーい!」

 ――追いかけてくれるでしょ?

 寒空の下、朝日の光を浴びて煌めく凍りついた道の上を、私たちは走って行く。二人で走って行った。 


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