Enduring End
俺の身分は、クラスの学級委員長。それ故に、ある面倒事に巻き込まれることになった。
クラスメイトの母親の、死。
葬式には、俺の他に先生方を含め、7,8人程が参加した。
といっても、そのクラスメイトの女子のことを良く知っている訳ではない。
名前を、一ノ瀬皆子。
特に目立って何かをする子でもなく、かと言っていじめを受けるような子でもない。平均的な、極普通の女の子だ。
そのこともあってか、その葬式に行くクラスメイトは一人もおらず、代わりに俺が行くことになったのだった。
そして、今はその彼女の家にいる。
テーブルの向こう側に座っているのは彼女の祖父、彼女の母の父であろう男性。
隣にはうちの学校長とクラスの担任の先生が座っていた。
「……はい、ありがとうございます。色々と迷惑をお掛けして……」
「いえ、樋口さんが謝ることでは……」
彼の苗字は樋口というらしい。一ノ瀬の母の旧姓も樋口なのだろう。
彼らはしばらく、取り留めのない話を展開した。樋口さんの表情は浮かないままだったが、出来るだけ先生方も配慮したのか、その母親の話が出ることはなかった。
学校長は、この後会議があるそうなので先に帰った。最後まで、営業的な表情と声色は揺ぐことはなかった。
「―――あぁ、お茶を出していませんでしたね。申し訳ありません、混乱していて……」
「あ、いや、大丈夫ですよ。……と、その間に、というのも変な話ですが、お手洗いをお貸しして頂いてもよろしいでしょうか?」
よっぽどトイレに行きたかったのだろう。脈略もなしに無理矢理話をつなげようとする担任。
そして、祖父の方はお茶を取りに、担任はトイレにと、客間には俺一人になってしまった。
少し長めの沈黙。必要以上にくつろぐわけにもいかず、退屈な時が流れる。
と、奥の扉が開く音がした。入っていった扉がそうだから、担任の方だろうか。
「おじいちゃん?誰かいるの?」
そこには、母を失った女の子、一ノ瀬皆子がいた。
「…………」
「…………」
「……お邪魔してます」
俺の声。
「……そう」
彼女の声。
少しガラガラ声の一ノ瀬。
余程、泣いたのだろうか。
彼女はそのまま歩いて、俺の座っている食事用と思われるテーブルのほうではなく、低いガラステーブルとソファのところへ行って、立ち止まった。
「ところで、なんでいるの?」
窓の外を見つめながら、こちらも見ずに一ノ瀬は言った。
「委員長だからだよ。そういうのには色々一緒にいないといけないらしくて」
「……そう、悪かったわね、いらない時間取らせて」
言い終えた後に、ぼすんとソファに座る。
それ以上会話するつもりはないらしく、口をつぐんだ後に少し俯いて目を閉じていた。
といってもこの沈黙を耐えられるかというとそうにはいかないから、意を決して気になったことを尋ねることにした。
「……一ノ瀬、昨日どこにいた?葬式中は見かけなかったけど」
言った後に後悔した。昨日というのは葬式当日である。
実の母を葬るために行われた儀式のことを思いださせるのは、かなり酷いことをしてしまった。またフラッシュバックしなければいいのだが……―――。
「……あぁ、昨日。お葬式まで来てくれたのね。」
目を開け、手を太ももの下に敷きながら座り直した。
「昨日ね、昨日。お葬式には、行ってないよ」
さらりと、平然と、しかし重々しく彼女は言った。
「だって、私インフルエンザだったから」
衝撃の告白をされた気がした。
インフルエンザ。基本的に掛かったら一週間程家で療養をしないといけない、というのが俺の持っている一般見解だ。
つまり、この少女は。
実の母親の葬式にすら出席することが出来なかったというのか。
それは、あまりに、非情。
高校生とはいえ、耐え難い真実、現実。
「―――一ノ瀬……」
「あぁ、同情はよしてよ、そういうのはもう乗り越えたから。何日も一人で寝たままなんだし」
何日も一人。
何日も一人で、突き付けられた現実と闘っていた。
「ま、人生色々あるのよね。お父さんの時もそうだったし。もう割り切っているわ」
勢い良く立ち上がりながら、彼女は言った。
「本当に、ありがとね。じゃぁ、私は寝るから」
そのまま元来た方向へ歩いて行き、扉を開ける。
閉める音がするまで、俺は瞬きも息もすることが出来なかった。
諦められた終章