一日目【2】
隣を歩く幼馴染は何処となく機嫌が良さそうに見えた。
今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気で、シェリルと名乗った白魔術師と会話をしている。
話題が豊富な梅香は尽きることのない話題で女性を楽しませるのが得意だ。種族を問わない女誑しなのは知っているが、その手腕を目の当たりにするのは久しぶりだ。
だがどうせ誑しこむなら全員を会話に巻き込んでくれればいいのに。心の中で小さく毒づく。
『───何、伽羅。妬いてるのか?』
『馬鹿なことを言わないで。あなたが一人しか相手をしないお陰で残りの全てが私に回っていることに腹を立てているのよ』
『でも久方ぶりの勇者様だろう?尽きない会話があるんじゃないのかい』
『厭味のつもり?』
『まさか』
くつくつと笑う声が脳裏に響く。思念だけの会話は聞き取られる心配がない分安全でもあるが、同時に自覚するよりも深くまで考えを読み取られる可能性がある。勇者たちとの会話の一方で続けるには梅香は油断がならない相手だ。一方的に繋がっていた思念を打ち切り、馴れ馴れしくも肩を抱こうとしてきた男をかわす。
「いやぁ、でもこんなに可愛らしい子が出迎えてくれると思わなかったな。最悪いきなり命を狙われると考えていたし」
「そうだね。命を懸けてここまで来たんだ。どんな化け物が現れるかと思っていたよ。話が出来るのかも怪しいと思っていたし」
「だな。ところが蓋を開けてみれば話も通じて見目麗しい美少女の登場だ。正直、キャラちゃんくらい可愛い子にお目に掛かったのは初めてだよ。───これじゃ我が国自慢のお姫様も姿が霞むね」
「不敬だよ、アイル。少し前までは姫、姫と煩かったくせに」
「その通りだ。魔族は力が高い者ほど見目麗しいと聞く。気を抜きすぎるな。ついでに年を考えろ。色目を使うには相手が幼すぎる」
「レイノルドは堅物だな。折角こんなに可愛い子とお近づきになれるチャンスなのに」
ひょいと肩を竦めた青年の暢気さは天晴れなものだ。見た目に騙されるなと親切に忠告してやりたくなるくらいの馬鹿である。
幼い見た目に騙されること無かれ。美しい見た目に騙されること無かれ。
綺麗な薔薇に棘があるのは、全世界で共通であろうものを。
ふわり、と微笑を浮かべれば、見詰めた相手は息を呑み耳まで顔を赤らめた。
私相手に人間が発情するのは良くあることだが、この姿でも簡単に堕ちる人間達には幼女趣味が多いのだろうか。
目の前の男に欠片も興味がないので確認する気にもならないが、今回もその他の人間は簡単に御せそうだった。
「ねぇ、キャラちゃん」
「何です?」
「君は魔王にとってどんな役どころになるのかな?」
「役どころですか」
「そうだね。君は見たところそこの大男に比べて小さく華奢だ。僕ですら押さえ込めそうに見える位に」
侮辱とも取れる言葉に目を細める。すると私の怒気を感じ取ったらしい梅香が、くすくすと笑いながら間に入った。
「そこまでにしておいた方がいいよ、君たち。彼女はこう見えて魔王様の第一の側近だ。そして俺と同い年の幼馴染でもある。見た目に騙されてはいけないよ。彼女とて千年に近い時を生きた魔族だ」
「千年!!?」
「そうだ。勇者君。君のご先祖様である初代レイノルドを迎えたのも彼女だよ」
何処か挑戦的な色を交えた瞳を向ける梅香は、先ほどまでの陽気さをすっぱりと脱ぎ捨てていた。感情を露にしているわけではないけれど、確かに違いを感じたのかレイノルド以外のメンバーは顔を引きつらせる。
久しぶりなので忘れていたけれど、そう言えば代々の勇者と梅香の関係は中々に最悪だった。
今回の勇者はどうなのだろう。
唇に指を当て観察すれば、眉間の皺を深めたレイノルドはゆっくりと口を開いた。
「それを俺に話してどうしろと言うんだ?俺は初代ではないし、話題に出されても困る」
「───へぇ。それが君の出した答えか」
「何がだ?」
「いいや?判らないならそれでいい。所詮僕らは相容れない存在だと確認しただけだ」
唇を歪めた姿は普段の飄々とした態度からは考えられないほどに、実に魔族と呼ばれるに相応しいものだった。
唐突にそれを向けられたレイノルドは戸惑いの眼差しをこちらに向ける。
一つため息を落とすと、過保護な幼馴染の袖を引っ張った。彼の理性は普段はしっかりしているのに、相性の悪い勇者相手だとすぐに振り切れる。
「梅香。無礼よ」
「そうかな?」
「過剰な態度は白檀様のお顔に泥を塗る結果になるわ。自重しなさい」
「───そうだった。君の最大の基準を忘れるところだったよ。悪かったね、勇者殿。僕はどうも可愛らしい幼馴染に関しては理性が緩むらしい」
「ああ、それ判ります。キャラちゃんは可愛らしいですものね」
「いいや。この子の本当の姿を見たら、さすがにその台詞はぱっと出てこなくなるよ。まぁ、危うげな雰囲気は変わらないけれど」
「本当の姿?」
首を傾げるシェリルに、唇の前で指を立てた梅香は綺麗にウィンクを決める。その仕草にぞわぞわと鳥肌が立った。相変わらず気障な男だ。
「これ以上は秘密だよ。それに知らない方が君たちのためでもある。深入りはしない方がお互いのためだ」
「でも・・・」
「折角の滞在を無残なものにしたくないだろう?僕たちも君たちにはいい記憶だけを残してもらいたい。ねぇ、伽羅」
「そうね。その為にもその悪い手癖を働かせないように気をつけて頂戴。梅香は魔界きっての女誑しですわ。シェリル様もお気をつけあそばせ」
私の言葉に目を丸くした少女は、ふわりと頬を淡く染めた。
赤くなった頬を両手で押さえ込み、隣を歩くレイノルドに視線を送る。
その姿にピンと来て、横目で梅香を見れば面白そうに腕を組んで見物していた。
忠告した端からつけこむ隙を与えるなど愚かだと思うが、素直そうな少女には伝わらないだろう。
その気になった梅香につけられる薬はなく、飽きるまでは放っておくのが一番いい。
下手に関わったら思わぬ火の粉が飛び散りそうだ。
最後の角を曲がれば謁見室への扉が見えた。
一度足を止め勇者一行を振り返る。
一人一人と視線を合わせればさすがにここが何処か理解できたのか先ほどまでの暢気な雰囲気はなりを潜めた。
「こちらが謁見室となります。心の準備は宜しいでしょうか?」
先ほどまでの騒がしさを一変させ、引きつった表情を浮かべる彼らにもさすがに白檀様の威光は理解しているらしい。緊張に固まる中、それぞれの武器を握り締める。
その態度は反乱分子と見なしても良いものだと注意しても良かったが、所詮彼らの力では傷一つつけることは適わない。この世界で、白檀様を傷つけられる可能性がある人間はただ一人だ。
そのただ一人に視線を向ければ、何故かこちらを見詰めていたら彼と視線が絡む。
他のメンバーとは違い彼の手は武器に掛かっていない。意外に思い目を丸くすれば、眉間に皺を深深と刻みこんだ。
しかめっ面を曝したレイノルドに小さく笑う。
「あなたは、武器を手にしなくて宜しいのですか?」
「───俺が武器に手をかけたなら。あんたは容赦なく俺を殺しに掛かるだろうが」
「断言なさるのですか?私はあなたの仲間が武器を構えても何も言わなかったのに」
「こいつらと俺は違う。俺はこの世界の勇者で、唯一魔王に対抗しうる人間だ。そしてあんたは魔王の一の部下で彼にこの上なく忠誠を誓っている。本当は今だって魔王に武器を向けようとしているこいつらを消したくてうずうずしているはずだ」
「・・・・・・随分と、私を判っているような仰りようですこと」
「はずれていたか?」
真っ直ぐに見詰めてくる瞳に微笑みで答える。子供だからと侮ることがない姿は確かに覚えているものと面影が重なった。私たちの会話を聞いていた他の面々は、青い顔をして武器を持つ手に力をこめる。
漸く私が何者であるかを理解してくれたらしい。
不必要に無礼を働く気はないけれど、馴れ合うつもりはないので警戒するのはいい心がけだ。
勇者ご一行を名乗るのであれば、それくらいは始めから判っていて良さそうなものだけれど。
「さぁ、伽羅。魔王様がお待ちだ。こんなところで何時までも無駄な時間をとるものじゃない」
「そうね。それでは皆様、くれぐれも粗相のない様にお願いいたしますわ。間違ってもそのお手にあるもの魔王様に向けられたのなら、私は困ってしまって何をするか判りませんもの」
「君たちが君たちの王の為に命を懸けるように、僕たちも僕たちの王の為になら命を懸けれること、忘れないように頼むよ」
青白い顔で頷いた彼らの指が武器から離れるのを見て、私は扉に向き直った。