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一日目【1】

「いらっしゃいまし、『勇者』様方。ようこそ『魔王の城』へ」



朗々と響く声で本音とは逆の言葉を口にする。

厭味を存分に乗せた笑顔は、けれども愚鈍な人間たちには通用しなかったらしい。

白いローブを纏った少女はまるで天使にでも逢ったように胸の前で手を組み、格闘家らしき青年と小さな少年は息を忘れて見入っている。

目を細めて微笑みかければ、一拍の間を置いて茹るほどの勢いで頬を染め上げた。

黒い羽の羽ばたきを弱め床に舞い降りる。

ここで羽が数枚散れば良かったが生憎悪魔の羽は天使のそれのように鳥のようには出来ていない。

つま先から着地し伏せていた瞳を上げる。

真正面に立ちながら、けれど見上げる形となった勇者と視線が絡み合った。

そこでまたしても違和感に襲われる。

蒼の瞳を眇めた彼から、戸惑い以外の感情を見つけられないのだ。

不思議に思い小首を傾げる。



「私の顔に何かついておりますか?『勇者』様」



問いかけに、随分と間をたっぷりと置いた後、漸く口を開いたのは目の前の青年ではなく周りを囲む『その他』の人物だった。

割り込むように間に入り込み、目を輝かした少女は何を考えたのか私の両手を両手で包み、しゃがみこんで視線を合わせてきた。

その勢いに微かに押され、思わず身を引くも引きつった態度に気づきもしない。



「あの、私!私の名前はシェリルって言います!職業白魔術師で、回復を専門にしてます」

「俺はアイルだ、お嬢さん。ところで君、お姉さんいない?」

「馬鹿なこと言ってないでどいてよ。───僕の名前はウェイ。天才黒魔術師さ。君、僕よりも小さいね。気に入ったよ」



わっと群がる彼らに一瞬瞳を眇め、悟られないように小さく息を吐き出す。

この感覚は、遥か昔にも一度だけ感じたものに酷似していた。

群がれる煩わしさに眉を顰めたくなるが、相手は主の客人と幾度言い聞かせ特大の猫を被る。

本音を言えば彼に仇為すかもしれない存在に笑顔を向けるのは嫌だったが、何とか心を落ち着かせた。

私が誰かを忘れ囲う人間を一瞥し微笑むと、全てを有耶無耶にするためまだ一言も話していない青年に向かう。



「こんにちは、レイノルド」

「え?」

「私があなたの名前を知っているのが可笑しいかしら?」

「・・・・・・」



難しい顔をして沈黙を保つ相手に、疑惑は確信に変わる。

蒼い髪に蒼い目。この世界で唯一の色を保持する勇者様。

けれども逢う度に伸ばしていた髪は短く、結わえていた飾り紐もない。

覚えている『人』と重なりながら、けれども決して同じではありえない。

ふっと唇が孤を描く。所詮人間などその程度のものだったのだ。




「この世界の勇者の名前は全て同じでしょう?レイノルド・ラッチェ」

「───正確に言えば、俺の名はレイノルド・F・ラッチェだ」



眉間の皺を解くことなく重々しく告げられる。幾度も見てきた顔なのにこんな表情を向けられるのは初めてで何やら新鮮だ。



「何故、俺の名を?」

「私はこう見えてもあなた方の数十倍は生きているの。あなたより前の勇者たちも全員が『レイノルド』を名乗ったわ」

「あなたは───俺より前の勇者をご存知か」

「ええ。私は『魔王』様の側近ですもの。『勇者』を知っているのは当然でしょう」

「そうか」



それきり黙りこんだ青年は、これ以上話を続けるつもりはないようだった。



「それで、君の名前は何て言うの?お嬢さん」



脂の下がった表情で、問うてくる男に少しだけ迷う。果たしてこれに応えは必要だろうか。

しばしの沈黙後、彼に返事をしたのは私ではなく別の声。



「彼女の名前は伽羅と言う。そして、僕の名は梅香。好きなように呼んでくれて構わない」

「───何故出てきたの?」

「君が困っているように見えたからね」



ひょいと背後から抱きかかえられ視界が一気に高くなる。近くなった藍色の瞳は飄々とウィンクした。

はしたなく舌打ちしそうになり慌てて堪える。

認めたくないが今この場にいるのは客人で、はしたない真似は白檀様の顔に泥を塗るのと同じ行為だ。

同族に抱き上げられていることで十分に私の面子は潰れたと思うが、苛立ちに任せて行動するには与えられた役目に背くも同じ。



「キャラ?キャラって言うの?可愛らしい名前ね」

「キャラちゃんか・・・うん。君にぴったりだ」



微笑ましそうに頷く彼らにうんざりとする。私たちの名前は彼らの国にはない発音なので浮いた発音が耳障りだった。しかも自身よりも遥かに年下の相手に『ちゃん』づけ。自国の民にすらそんな呼び方はされない。虫唾が走りそうではあるがそこは気合で乗り切った。



「呼び捨てで十分ですわ。私は今回あなた方の案内役を仰せつかっておりますもの」



精々ふんわりと微笑めば、了解の言をあっさりと得れた。正直少し話しただけでこれ程に疲れる彼らの相手を一週間なんて気が遠くなりそうだ。自分を抱き上げる腕を叩けば、あっさりと床に下ろされた。

毛足の長い絨毯に足を下ろせば、赤い糸が足首を擽る。



「それでは、勇者様方。魔王様の御所へお連れいたします」



こちらを見詰める蒼の眼差し。懐かしくもあるそれに笑いかけ踵を返した。



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