序章【5】
馬車から降りる人影を待たずして宙に流れている映像が途切れた。全くの静謐が屋敷を包む。
今なら針の落ちる音でも大きく反響するかもしれない。
玄関の前で気配が止まる。
目を眇めれば、魂の輝きがはっきりと見えた。
桃色、浅黄、黄緑、そして一際大きな蒼。
どうやら今回の勇者ご一行は四人連れらしい。
前回も確か四人だった。何か四という数字に意味でもあるのかもしれない。
こくりと首を傾げ、まぁどうでもいいかと息を吐き出す。
指先で小さく円を描きそのまま手前に引いた。
「!!?」
一様に驚き足を止めた存在に目を細める。
白いローブを羽織った亜麻色の髪の少女を背に、半そでに長ズボンの身軽そうな格好をした鍛えた身体の茶髪の青年が立つ。手に嵌めるカギ爪に目を細めその特徴から白魔術師と格闘家かと目星をつける。
丸っこい目を好奇心に輝かせきょろきょろと当たりを見まわしながらも杖を構えた小柄な少年は、不意に顔を上げて動きを止めた。幼いながらも随分と魔力が強いらしい。
そして彼らの真中に立つ蒼い髪が印象的な青年は、相も変わらず白銀の鎧に剣を構えている。
幾度会合を繰り返しても変わらぬ装いに作ったものではない笑いが漏れた。
じっと姿を見詰めるが違和感を感じて眉を顰める。まさか、と息を呑み観察しつづけ確信に至る。
どうやらあの小柄な少年以外に私の姿は見えていないらしい。今回のご一行のレベルの底が知れたと息を吐く。
階段を一段一段降りながら徐々に力を解放すれば、残りの人間も漸く気づいて顔を上げた。
ばさり、と意識して羽を広げれば、目論見通りに視線がくぎ付けになる。
これは彼らと私の境界線。
人と、そうでないものとを意識させるための儀式。
羽ばたき彼らの視線よりも微かに高い場所で動きを止める。
そのまま白檀様にするように、優雅に一礼して見せた。
髪を揺らす角度すら意識し、首を僅かに傾げ唇をゆるりと持ち上げる。
自分の容姿が人間に対しどれ程の影響力を持ち得ているか、私はきちんと理解している。
人では持ち得ない肌理細かく透けるような白い肌。頬は桜色に染まり唇は何もせずとも桃色に色づく。
光を紡いだような輝く金糸の髪は右サイドで結い上げて波を打ちくるくると流れる。
長い睫に彩られた碧の瞳はエメラルドですら及ばないと吟遊詩人に言わしめた。
小悪魔の姿であるためメリハリはないが、それが返って華奢な身体を引き立たせる。
幼い容姿に悪戯っぽい笑みを浮かべれば、人どころか魅了に慣れている魔族ですら『堕ちず』にいるのは難しいと、白檀様に言わしめた小悪魔が一人誕生だ。
「いらっしゃいまし、『勇者』様方。ようこそ『魔王の城』へ」