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閑話【フレドリック】

生まれた瞬間の記憶を有している人間は、果たしてこの世界に何人存在するのか。

フレドリックは生まれた瞬間から、今現在までの記憶を余すことなく覚えている。


母の胎内から生まれ、始めにしたのはむせ返るような呼吸。

喉に詰まる何かを鬱陶しく感じながら、背中を叩かれ叫び声を上げた。

泣き続けた自分に向かい誰かが何かを言ったが、聞き取れるほど明瞭に音は拾えない。

そのまま誰かに手を握られ、柔らかな何かに包まれると意識を失った。


それがフレドリックが覚えている一番初めの記憶。





「レイノルドは凄いね!またテスト満点だったんだ」

「・・・別に凄くない。ただ覚えている範囲が出たから」

「それが凄いって言うんだよ。きっとレイノルドは天才なんだ!」



無邪気な笑みを浮かべて自分を誉める幼馴染に、フレドリックは瞳を伏せた。

まるで自分ごとみたいに胸を張っているが、自分にとってテストなど価値がない上に、神童の呼び名は重すぎた。


フレドリックは記憶力がいい。

否、正確に言うと『何かを忘れられない』。

例えば朝起きて瞬きを三回。それから口での呼吸に切り替え、右の拳を握って小指から開く。

小鳥の鳴き声が一度だけ響き、促されるよう左手を枕元について右肩を前にして上半身を起こす。

普通なら意識一つしない行動でもフレドリックの脳裏には刻まれ、何年経っても忘れることはない。

例えば数年前の日にちを指定されても明確に答えることが出来るだろう。


テストの点数で頭角を露にしたことで神童と言われたが、こんなものは才能なんかではない。

才能などと生易しいものではなく、『呪い』と読んだ方がぴったりな能力だった。

狂わない為に他人との距離を測りなるべく接触を避けようとしているのに、この幼馴染はいつだって無遠慮に踏み込んでくる。

最近のフレドリックはそれが疎ましく、同時に疎ましいと感じている自分を心苦しく思っていた。

何しろこの幼馴染の好意はあからさまで、無視しようにも出来ない。

名を呼ばれるたびに、微笑みかけられるたびに、発狂しそうになる自分を理解している。

それでも狂わないのは、最後の最後で何かが狂うのを拒否するように自分の感情を押さえ込んでいたからだった。

何が自分を留めるのか判らないが、少なくとも目の前の幼馴染の好意ではないだろうと重いため息を吐き出す。

とにかく早く一人になりたくて、自分を称賛し続ける幼馴染から相槌を打ちつつ瞳を逸らした。



家に帰ると、ある時期からフレドリックが直行する場所は決まっていた。

代々の勇者の『手記』がある封印の間。

そこに入れるのは勇者候補・・・・であるフレドリックのみで、閉鎖的な世界は心を和らげた。


子供のフレドリックが二十歩ほど歩けば壁にぶち当たるくらいの狭い部屋に用意されているのは、小さな窓と机と椅子。そして壁際に備え付けられている本棚だけ。

勇者の一族とありフレドリックの家は屋敷と呼べるほど豪勢なものだが、その中でもこの部屋だけは異質だった。

狭苦しい空間でありながら暑さも寒さも感じぬ不思議な部屋。

まるで時を止めたような場所は、昼も夜もほの明るい。

窓から外は見えるのに、外から中は覗けない。

特殊な力が使われているのかもしれないが、少なくとも現代では解析できないだろう。

常人であれば息苦しくなるかもしれない場所だが、これ以上安心できる空間はない。


本棚に足を向け勇者の手記を一冊取り出す。

そしてじっくりと読み始めた。


汚れ一つないがぺらぺらの本は学校の教科書よりも遙かに薄い。

記憶力が優れるフレドリックは一回で内容は覚えていたが、それでも本を捲った。


視線を動かし、一言一句をしっかりと読む。

奇妙なまでに心惹かれる『手記』は、幾度読んでも心が躍った。

書かれる内容は淡白で観察日記のようだ。

登場人物は魔王とその側近。

僅か数日の会合でのやりとりと、彼らの取った行動。


繰り返し読む内に心はどんどん引き込まれ、まるで自分が実際にその世界に居る気になる。

感情豊かな文章ではない。表現が大げさなのでもない。

ただ、何かが心の琴線に触れ、フレドリックを封印の部屋へと誘う。

どの手記に書かれる内容も興味深く面白いが、フレドリックが特に気に入っているのは自分の先代の・・・レイノルドが残した手記だ。

そこだけ異常に分厚い本は、他のものと明らかに一線を画していた。


先代レイノルドが残した手記は優に十冊を超え、一日の終わりにそれを読むのがフレドリックの日課だ。

そして数年後に会うべき相手を思い描き、ひっそりと希望に胸を膨らませる。

本をなぞり記憶した内容ではなく、新たに自分が感じるために。


呪われた記憶力ゆえに何かを楽しみにする気持ちが少ないフレドリックにとって、この想いだけは例外だ。

早く会いたい。会って、全てを『記憶』したい。

焦がれるように頁を捲る。

一枚一枚読み進める内に、気持ちは募り想いは溜まる。



「早く会いたい。会って、呼んで欲しい。俺の、俺だけの名前を」



レイノルドと呼ばれるのは絶対に嫌だ。

『勇者』の名ではなくきちんと固有名を呼んで欲しいと思うのは、『先代』の気持ちを読んだからだろう。


早く、早くと心は急く。

会いたい、逢いたいと希う。


金の髪に碧の瞳。

美しさと比例し気高い心を持つ異端の悪魔。



「伽羅。───あんたに、会いたい」



意識せず零れた声は、図らずも年に不相応な熱の篭ったものだった。

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