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四日目【8】

「・・・どうかしたのかしら?」

「この場所で、力の結晶化を見せてくれ」



無駄に瞳を輝かせて嬉しげに表情を崩したフレドリックに、軽く首を振り嘆息した。

指差された場所は湖の水面で、濁った水に瞳を眇める。

力の結晶化を見せろと言うのであれば、つい先ほど壊したあの花をこの場で咲かせろと言っているのと同意だろう。

何を拘っているのか知らないが、全く面倒なことだ。



「いいだろ!あんたの力なら結晶化くらい難しくないはずだ」

「そうね、簡単だわ」

「ならいいだろう?この湖の一面に、昔と同じ・・・・ように!」

「昔と、同じ?」

「そうだ。さっきあんたが壊した力の結晶は、初代が取っておいたものだ」

「初代・・・」

「魔王に命じられたあんたが、勇者に力を見せたとき。この湖一面に力の結晶の薔薇を咲かせた。薄暗い闇の中に咲く黒い薔薇。それはこの地の闇と違う黒曜石のような黒。花自体が薄く発光し、花弁の先に混じる赤い筋が美しかったという」

「・・・・・・」



熱い光を瞳に宿したフレドリックの言葉に、私は漸く思い出す。

どこかで見た覚えがあると思ったのだが、あれは遙かな昔、初代の『勇者』に請われ白檀様に命じられて発現した力の名残。


暗雲に雷を轟かせた白檀様は、力を操りながら笑っていた。

この湖にお前の美しいと思えるものを力で現せ、と。

私が選んだのは咲き誇る薔薇。

本来の世界で初咲きの薔薇を執事に贈られたばかりだった私は、美しいものと聞き薔薇を連想した。

そして未熟な力を操り、この湖の隅々までを薔薇で覆い尽くしたのだ。

黒く輝く薔薇に勇者は感嘆の声を上げ、何時間もこの湖の辺でじっとしていた。

蒼い瞳を興奮で輝かせ、静かな声で『美しい』と呟いて。


忘れていたのはその記憶を留めておく価値がなかったから。

『勇者』があの光景にどんな意味を持ったのか知らないが、私にとっては何の意味もない行為でしかなかったからだ。

白檀様の命令により動いただけで、私の自発的な意思はそこにない。

振るった力に結果がついた。ただそれだけのこと。


あの時の薔薇を『勇者』はこっそりと持ち帰っていたらしい。

昔の『勇者』であればこそ出来た行動だが、フレドリックが何故あの力の結晶に拘るのかは判らない。

彼の目の前で砕いたからこそ余計に執着したのなら、そこには何らかの理由が存在する。

だが今の『勇者』にその理由を見出せない。

まだ何かが足りない。

私が知らない、あるいは私には知らされていない、何らかの情報がある。


纏めてある髪の毛先を指で弄れば、癖は強いが櫛通りはいいそれはするりと指から解けて落ちた。

知る必要はないと梅香は告げた。そしてそれは白檀様の意思だと。



「───判ったわ」

「伽羅!」

「ただし、触れるのは許さない。私の力はあの時より遙かに強いものよ。近づくだけで貴方の体にはいい影響を与えない」



ぱちり、と指を鳴らすと視認出来る色で結界を張る。

私のすぐ目の前までを力で囲い、距離がある湖から僅かにも漏れないようにした。



「この結界は力の余波を防ぐものよ。あちらからの力の影響を受けないよう遮断した。───けれど、この結界はこちらからは容易に超えられる」

「・・・・・・」

「この意味、判るかしら?」

「俺を試すと言うのか?」

「その通り。私は貴方がここから抜けないと信じる・・・わ」

「俺は」

「約束はいらない。けれど一つだけ覚えておきなさい。この結界は一方通行よ。入るのは出来ても出ることは出来ない。花に魅せられて潜り込めば、生きて出れないと思いなさい」



じっとフレドリックをの瞳を見詰め、彼が頷いたのを確認して背を向ける。

背中に羽を出現させ、一気に上空まで舞い上がった。

風を支配し勢いをつけた先から湖を見下ろす。

フレドリックの姿は虫のように小さくなり、何故かこちらを見上げて両腕を振っていた。

その姿を軽く無視して、呼吸を整え力を満たす。


湖の広さは大体城の二つ分ほど。

昔はあの広さ一杯に力の結晶化を行うのはとても疲労したものだ。

だが今の私の力は昔と比べ随分と研磨されている。


瞼を閉じてイメージを膨らませる。

湖一面を覆いつくす薔薇。

赤、黒、黄、緑、青。

全て単一色で混じり気ない力の結晶を。



「ふっ」



短い掛け声を発すると、湖の中心からぱきぱきと音が広がる。

蕾、七分咲き、満開、赤、黒、黄、青。蔦は緑で茨から薔薇を。


わけの判らない植物で覆われていた湖が、色鮮やかな薔薇に侵食される。

濁った水の中に存在していた生命を殺し、ただ魅せるために花を咲かす。


美しいだけの存在に意味はない。

強すぎる力の結晶は、この地の生き物を消しつくす。

影響を与えられるのは人体だけではない。

私の結界の中に存在した植物も全てが枯れ果て消えていく。

そして命を持たぬ力の塊に飲み込まれていった。


腐れ落ちた何もかもを隠すように薔薇は咲く。

嘗て一度見た光景は、やはり後味のいいものとは思えなかった。

私達の力はこの世界で与える影響が大き過ぎる。

惰弱で脆弱な生き物しか居ないここでは、僅かな力の解放でも存在を踏み躙る驚異と生り得た。



羽ばたきを緩め、ゆっくりと地上へ降りる。

興奮した眼差しで拳を握るフレドリックは、嬉しそうに目尻をほの赤く染めていた。



「───綺麗だ、伽羅」



エサを喰らい終えた獣のように満足気に目を細めて笑う彼に、そっと瞳を伏せ頷く。

黒に赤を混じらすような未熟な結晶はこの場にはない。

あの日より遙かに色とりどりに咲き誇る薔薇は、それでも私には美しいとは思えない。


こんなに醜悪な光景も美しいと捕らえる存在は、あの日と同じように私に喜びを伝えた。

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