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四日目【7】

私を抱き上げて頬に手を滑らした梅香の瞳は、挑発的な色に輝いている。

緩く弧を描く唇、わざとらしく擦り寄る頬に嘆息して俯く。


フレドリックの怒りを煽って何がしたいのか目的は見えないが、彼の挑発行為のあおりを自分が全て喰うのだと知っているためにため息が喉までせり上がる。

それを辛うじて堪え近くにある自分よりも色が濃い肌に唇を落とせば、表情こそ変わらずとも明確な動揺が腕を通して伝わり少しだけ溜飲が下がった。

フェミニストを気取る女誑しのらしくない態度に、彼にだけ見えるように哂えば、その柳眉がきゅっと顰められた。



『私を利用するのだから、少しくらい動揺すればいいのだわ』

『───っ、卑怯だぞ、伽羅』



ほんのりと目尻を赤く染め上げた幼馴染が、自分に向ける感情はきっちりと理解している。

あえてしようと思わないが、その気になれば梅香の感情を揺さぶるのは容易いことだ。

普段しないことをすればいい。

作ったものだと理解していても、それだけで梅香は動揺する。


とても判りにくく湾曲だが、白檀様に忠誠を、そして私には別のものを彼はきっちり捧げてくれている。

彼の師匠と同じで女性に慣れている彼の反応とは思えない初心な反応だが、鼻で笑ってやれば悔しげに睨み付けて来た。

余裕たっぷりの態度で彼の腕から降りると、じとりとした眼差しでこちらを見ている梅香から視線を逸らさぬまま首を傾げた。



『それで、私にどう動いて欲しいの?』

『君は何も知る必要はない』

『それが白檀様の判断?』

『そうだ』

『───判ったわ』



白檀様の判断に否やはない。

瞬き一つを了承の返事とし、初咲きの薔薇のような色合いのドレスを翻す。

力を使いそれを下部から黒へと変色させながら向かう先は、一人仲間から外れた勇者の元だ。


何も知らされないなら、知っている任務を全うする。

白檀様が勇者の世話をしろというのなら、彼の望みを出来うる限り考慮するのが役目だろう。



「フレドリック。貴方はどれがいいか決まったの?」

「───男が何を着ても大した違いはない。それとも、そちらはそんなに奇抜な格好で来るつもりか?」

「いいえ。では服の意匠がどれでも構わないなら、貴方がこの場に居る必要もないわね。どうしたい?」

「この場から離れたい。俺と、あんただけで」

「他のお仲間はどうするの?」

「ハーク様とアーク様が居れば今はいいだろう?あんたの力で移動させろ」

「場所は?」

「・・・この城の裏手にある、湖のほとりに」



こちらを見るフレドリックの瞳に眉を寄せる。

覚えのある感覚に嫌な感じだと瞳を伏せた。



『行ってくるわ』

『ああ。楽しんでおいで』

『嫌味はよして』



後は頼むと言外に告げれば、からかうような調子で軽く返された。

私が楽しめるはずがないと知っているだろうに、意趣返しのつもりだろうか。


室内に居るハークとアークに視線をやれば、他の一行に気付かれぬよう彼ら二人は頭を下げた。



「移動するわ」

「ああ」



本当なら歩いて行きたいところだが、どうやら機嫌が下降している彼の相手は面倒そうなので力を使うことにする。

梅香の言葉を否定しなかったが、あの程度で疲れを覚えるなら白檀様の傍に居る資格がない。

離れた場所から私たちを見詰めるもう一つの視線に気付いたが、あえて反応せずにそのまま力を解放した。






「───この場所が」



美しさの欠片もない、湖とは名ばかりの湿地のほとりで感極まっているフレドリックを眺める。

一体この土地の何処に彼の心を震わせるものがあるのか、私にはさっぱり理解できない。


他の場所と変わらずこの湖も日が差さない。

じめじめとした空気に、湿地だからこその苔むした植物。

力を使い一定以上は近づけないようにしているが、虫も多いし空気もよくない。

湖の反面以上は良く判らない植物で覆われ、今居る場所からは水面すら見えない。

例え見えたとしても生態系が著しく崩れている湖で、美しい生き物は期待できないだろう。


七色に輝く鱗を持つ魚や、純白の羽を持つ鳥。

そんなものの代わりに得体の知れない鳴き声の蛙や、闇のおかげで昼間でも飛ぶこうもりが居るくらいだ。


胸一杯に空気を吸い込み深呼吸を繰り返しているが、人体にいい影響を与えるとは思えない。

止めるべきか放っておくべきか。

彼の行動を静かに眺めて迷っていると、くるりと嬉しげにこちらを振り返った。

その顔に先ほどの不機嫌な影は見当たらず、機嫌が直ったのかと首を傾げる。

明らかに趣味が悪い湖なのに、こんな場所で機嫌を直すとは、人間の感性は理解できそうになかった。


腕を組んで立っていると、あっという間に駆け寄ってきたフレドリックが瞳を輝かせてきた。

また何か面倒ごとでも頼まれるのかと嘆息すると、一切を気にせず大げさな仕草で湖を指差す。

嬉しそうに瞳を輝かすフレドリックに、面倒だと思いながらも仕方なしに口を開いた。

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