四日目【6】
にこやかに笑いながら腕を組みゆったりとした体勢で立つ幼馴染を思い切り睨み付ける。
視線に軽蔑の色を篭めてみたが、さらりと受け流した彼はひらひらと手を振ってきた。
勇者一行の衣装を選ぶので付き合えと言われたのを了承した私は、何故か自分自身が幾度も衣装を取り替える羽目に陥っている。
先ほどから楽しげにこちらを見ている梅香は一切助けるつもりがないらしく、ドレスを選ぶはずのシェリル本人は、次から次へドレスの見本が描かれた本を指差しては私に見本を見せろと願っていた。
実際どんな印象か判りにくいというので付き合ったが、気がつけばもう二十着は見本を見せている。
しかも彼女はどう考えても自分の参考にする気がないのが感じ取れる上、調子に乗った他の面々までドレスを指定してきた。
いい加減邪魔をしろと伝心で幾度か訴えているのに、何も聞こえないとばかりに返事一つしない幼馴染に腹を立てる。
ふつふつとした怒りを溜めていく私は、ついに我慢の限界に達した。
指差されたのは真っ白なドレス。
小花のレースが幾重にも連なり下に行くほど色を濃くするそれは、ゆったりとしたドレープを描く独特な作りをしていた。
髪飾りも同色の白で出来たティアラ。
さらに柔らかな真珠のピンを、幾つも緩やかにアップにした髪に飾らねばならない。
着替え自体は簡単に出来るが、それ以前に嫌いな配色にきつく瞼を閉じた。
「───・・・」
「さあさあ、そろそろシェリルちゃんのドレスを決めようか。俺のお勧めはこのドレス。深い青色のグラデーションが綺麗だろう?スリットも浅めだし、体に沿ったデザインは華奢な体つきのシェリルちゃんに似合うと思う」
「え?でも、私よりキャラちゃんのドレスを」
「実は伽羅のドレスはもう決まっているんだ。魔王様直々に選ばれているから変更は出来ないし、彼女も力の使いすぎで疲れているから開放してやって欲しいな」
「あ・・・そうよね、もう何着もお願いしてるもんね。ごめんなさい、キャラちゃん」
「いいえ、お気になさらず。それより私も梅香の勧めたドレスに賛成ですわ。きっと青はお似合いです」
実際は絵すら確認していないが、笑顔を作り肯定しておく。
するとその気になったのか嬉しげに微笑んだシェリルは漸く私から興味を移すと、仲間達の意見を伺いながら見本誌を確認し始めた。
面倒な時間からの開放に息を吐き出す。
私の我慢の限度を良く理解している梅香の絶妙なタイミングの良さに腹は立つが、一応助けてくれたのだから苛立ちを沈める。
どうせ怒りをぶつけたとしてものらりくらりと躱されるだけだ。
無駄な行為をすることはない。
それよりも私の意識を奪ったのは、彼の発した『魔王様が選んだドレス』に関してだ。
私のドレスを選んでいてくれたとは聞いてない。
視線で問いかけるが、笑みを深めるだけで疑問を解消しようと一切思っていないらしい梅香に一つため息を落とした。
そのまま僅かに顔を俯かせ嬉しさに口元を綻ばす。
選んでくれた理由がなんであろうと、白檀様が直々に私のためにご用意くださるのなら、私に否があるはずがない。
白檀様がドレスを選んで下さるのはパーティが十回あれば一回くらいの頻度になる。
私は毎回でも選んでいただきたいが、毎回は白檀様に負担が掛かると元の世界に住む執事に窘められ、大抵は彼が選んでいた。
基本的に私は自分が身につけるものに頓着はないため、選ばれたドレスに文句はない。
文句はないが、白檀様が選んでくださったら歓喜が沸く。
機嫌が良くなった私に気付いたのか、瞳の色とよく似た碧のドレスに身を包む私を梅香が抱き上げ腕に乗せた。
高くなる視界に瞬きをすると、ぐっと顔を近づけ瞳を覗きこんできた梅香は、吐息が掛かる距離まで来るとくすくすと笑う。
『嬉しいか、伽羅?』
『黙っていたのはこれ?』
『どう思う?』
『どうでもいいわ。ただ、そうね───嬉しいわ』
想いを混めて呟くと、梅香の瞳が丸くなる。
そしてふわり、と珍しくも純粋に照れたようなはにかんだ笑みを浮かべた。
目尻を赤く染め僅かに視線を逸らした梅香に、私も驚きで目を丸くする。
子供時代ならともかく、年を経るごとに私とは違った意味で感情を隠すのが上手くなった梅香は、それでも今はきっと誰が見ても判るように照れている。
一年に一度あるかないかの表情の変化にまじまじと観察していると、彼は表情を隠すように片手で口を覆った。
ここから見える耳までも僅かに赤く染まっているため、あまりその効果はないがあえて口に出さずにいると、暫くして漸く落ち着いたらしい梅香は情けなく眉を下げて苦笑した。
「君は」
「?」
「君は、本当にあの方にのみ反応するんだな。昔と少しも変わらない」
あの方とは言わずもがな白檀様を指している。
私は別に白檀様に関してのみ反応する訳ではないが、感情のふり幅の大きさは比較できないものなので、ある意味では彼の言葉は正しいのだろう。
しかしそれはそのまま梅香にも返る。
生まれながらに白檀様に絶対の忠誠を誓う彼は、白檀様を基準に生きている。
忠誠は悪魔の本分だ。心の核を担う想いは、梅香とて持っている。
その部分では私と梅香はよく似ている。
表に出る性格は全く違うものだが、根本が酷似しているためにここまで付き合いが続いたのかもしれない。
そうでなければとうに互いに殺し合っている。
昔と比べれば随分と性格は丸くなったが、やはり梅香は梅香のままだ。
「急にどうしたの?」
しかし先ほどまで伝心で話をしていたのに、態々声に出して切り替える理由が判らない。
今更そんなことを確認せずとも、それこそお互いに誰より理解している。
梅香も私もずっと白檀様に仕えるために努力し続けて、その努力がいかほどのものか近くで見ていたのは互いなのだから。
今回の行為には意味があると直感が訴えているが、角度により僅かに色を変える藍色の瞳から情報は読み取れない。
ただ穏やかに微笑んだ表情だけは嘘がなく、それも話す気はないのかと首を振った。
ぱさりと音を立てて結っている髪が彼の胸に当たる。
金色のそれを一房掴むと恭しく唇を落とした。
「魔王様に関してでしか君は笑わないって話だよ」
「・・・・・・」
わざとらしい態度に瞳を眇めるが、先ほどまでと表情を一変させいつもどおりの胡散臭い笑顔に切り替わった梅香は掴んだ髪を放すと機嫌良さそうに頭を撫でる。
幾度も幾度も髪に触れる仕草は優しいものだったが、私は気が付いていた。
彼は私を見ているようで、見ていない。
藍色の瞳が映しているのは、私の後ろにいる人物。
痛いくらいの視線をこちらに向けている、フレドリックその人であるということに。