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四日目【5】

昼食は仲間と摂ると背を向けたフレドリックを部屋まで案内すると、開いた扉から室内を見る。

双子の眷属が目に入り彼らが頷いたのを確認してから部屋を辞した。


昼食はどうしようかと思案しながら適当に歩いていると、不意に伝心が入る。



『やあ、伽羅。勇者君の相手ご苦労様』

『───何故かしら。貴方に言われると口先だけのねぎらいにしか感じないのは』

『それは君が捻くれているからだろう。僕に二心はないからね』

『よく言うものね。用件は?』

『昼食を一緒に摂らないかと思ってね』

『白檀様は?』

『白檀様はもう昼食は摂られたよ。僕は君を待っていたんだけど、駄目かな?』

『・・・・・・』



どうせ拒否権はないのに、態々伺う形を取った梅香に、聞こえるようにため息を吐く。

すると鮮やかな笑い声が伝わり、瞬間で景色が変わった。


ワインレッドの絨毯に黒の革張りのソファ。さらに応接用の机と、部屋の隅に本棚が一つ。

壁には絵画が一枚だけ飾っており、その絵に眉間に皺が寄る。

いつか勇者が持ってきた絵画を部屋に飾るなんて悪趣味な行為を平然とやってのけるこの部屋は、目の前の幼馴染がこの城で私室としている部屋だった。



「強制転移?フェミニストを気取る貴方らしくない荒業ね」

「こちらの方が早いだろう?」

「白檀様は屋敷内の移動手段に転移は多用するなと仰ったわ」

「この程度で嫌味を言われるような方ではないさ。僕より君の方が知っていると思ったけれど」

「無論よ。ただ注意されなくとも気にしろと促しただけ」



促されるままにソファに腰掛けれる。

応接用の机は食事を摂るためのものではないが、十分な広さがあるので気にはならない。

相手が梅香なら余計に気にする必要はないだろう。

それ以前に招いたのが梅香なのだから、本来ならあちらが気にしてもう少しましな場所に呼び出すべきだ。

無言のまま眼差しだけで訴えると、ひょいと優雅に肩を竦めた。



「君は食事の場など気にしないだろう?学生時代だってどんな場所でも一番漢らしく堂々としていたし。上位の魔物が住む森に放り込まれたって、男子生徒が怯んだ死体の前でも平然と肉を焼いて喰らっていたじゃないか」

「貴方だって人のことを言えないでしょう。隣でそれを見た生徒が吐瀉しても平然と私の焼いた肉を奪って食べていたじゃない」

「そう。僕たちは同じ境遇を過ごしてきた仲なのだから、今更取り繕う必要もない。互いの嫌な面もとことん知り尽くしているしね」

「それもそうね」



一つため息を吐き同意すると、梅香は笑みを深めた。

何年経っても胡散臭い笑顔だと心の中で思いながら改めて料理に視線をやり目を丸くする。

そこに置いてあったのは『オムライス』と呼ばれる私の好物の一つだった。



「これ、どうしたの?」

「さっき黒方に会いに行ったら丁度いいからと渡されたんだ。君の昼食用らしい。確か、君の好物だっただろう?」

「ええ。黒方しか作れないからこちらに来てからはご無沙汰だったのだけれど」



ほかほかと湯気を立てる卵の黄色い表面には、赤いソースで文字が書かれている。

字体は見覚えがあるもので、多分香だろう。

『お姉さま、愛してます』と中々の長文を器用に二段に分けて書いてある。

好奇心を刺激されて梅香のも見れば、そちらには普通にソースが掛けてあるだけだった。



「何、僕のにも何か書いてあると思ったのかい?」

「別に」

「素直じゃないな。表情は嬉しそうにしているのに」

「・・・・・・」

「気付いてないかもしれないけど、ちょっと機嫌よさげに笑ってる」



突っ込まれてすっと表情を引き締める。

腐れ縁と称されるものだが、伊達に長い付き合いをしていない。

他人から判らぬ変化であっても長年の経験の差か、梅香は割りと私の表情を読むのが上手い。

必要がなければ基本的に表情を作らないため感情が判りにくいと言われる私だが、素のままの私を見続けているだけに梅香は感情を読み取るのが得意だった。

もっともそれはお互い様で、どれほど上手に機嫌を誤魔化そうとしても私には梅香の機嫌が読み取れる。

大して嬉しくない特技だが役に立つことはあるので重宝している。


実際今も胡散臭い笑顔でいるが、見た目以上に彼の機嫌がいいのは判っていた。

何かいいことがあったのか知らないが、必要があれば向こうから話してくるはずだから敢えて問わない。


黒方に教わった作法どおりに食事の前に手を合わせると祈りの言葉を呟く。

梅香もそれに倣って呟くと、スプーンを手に取りオムライスを掬い取った。

口内に入れてほろりと崩れる卵の柔らかさと、絶妙な組み合わせのソースとライス。

それ一品で他には何もないが、私にも梅香にも十分な食事だった。

きっと別室で食事を摂っている勇者達がこの光景を見ると驚くに違いない。

何しろ昼とはいえ彼らには当たり前にコース料理を出しているから。


暫く無言で咀嚼していると、不意に梅香が顔を上げる。

悪戯っぽく光る瞳に、これは来たなと身構えた。

私が嫌そうに顔を歪めているのに気付くと、梅香はにこりと楽しそうに笑った。



「ところで伽羅。午後には勇者君たちの衣装を決めたいんだけど」



さりげない調子で告げられ、私は思いため息を吐き出した。

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