四日目【4】
一見するとクリスタルによく似た物質で出来ている薔薇。
今よりも尚未熟だった力の名残を感じさせるそれは、完全な黒一色ではなく所々赤い線が入った中途半端な物質だった。
黒は魔族の力の象徴。つまり、純然なる魔力で出来ている証明だ。
これが天使族の作ったものなら白。つまり同じ『力』と称されても天力と呼ばれるものの結晶になる。
赤い線は私の中で一番強い火が押し出てしまっている所為だ。
力の制御が仕切れない未熟者が力を結晶化させると単色の結晶化が行えない。
だが今の私は当然単色の結晶化は片手間で出来る作業だ。
それがここまで美しくない出来であるのなら、単純に数百年は昔の作品だということだろう。
黙り込んだ私にさらに見せ付けるように薔薇に触れようとしたフレドリックを制する。
確かに人から見れば美しいものだろうが、これは人の身には過ぎた力を持っている。
幾ら未熟であったとしても、私は昔から魔族だ。
その私が作った純粋な力の集まりに触れたら、勇者であろうと今の状態のフレドリックはただではすまない。
彼が触れる前に薔薇を自分の掌に移動させ、まじまじとその作りを覗き込む。
確かに私の力の結晶なので過去に私が作ったもののはずだ。
しかし在りし日に作成されたそれを何処で見たか正確に思い出せない。
大した記憶ではないからだろうけれど、少しだけ頭に引っ掛かった。
「覚えているか、伽羅」
「・・・いいえ」
「そうか。───そうだろうな。君にはその程度のものだろう」
続く言葉に、私は薔薇から顔を上げた。
おかしい。何がおかしいのか気付けない。
こちらを見るフレドリックの瞳は疑問符を浮かべていて、何も変わっていない。
気のせいだと、違和感を振り払うために緩く頭を振る。
「貴方はこれを知っているの?」
「俺か?ああ、勿論知っている。これは先代の『手記』に書かれていた。必ず見つけて、あんたに見せるようにと」
「・・・私に、これを?」
何の意味があるか全く判らない。
先代の勇者の滞在期間は四日だった。
その間にこの薔薇を見せられた覚えはないし、話題にすら上っていないはずだ。
この物体は私にとっては単なる未熟な力の証。不恰好で歪な物体以外の何ものでもない。
小さく鼻を鳴らし、再び手に取ろうとしたフレドリックの手を避ける。
不服そうに眉を寄せた彼に、仕方なく説明してやることにした。
「やめておきなさい」
「何でだ?」
「触れた瞬間、力の強さに押し負けて内部から破裂するわよ」
「破裂!?」
「ええ。・・・貴方、魔力の能力値はそれほど高くないわね」
「ああ、俺は魔法はからっきしだ」
「でしょうね。在りし日の力の片鱗も感じない。だから止めておきなさい。貴方では弾け飛ぶだけだわ」
「だが、俺は」
「・・・仕方ないわね」
それでも尚手を伸ばすフレドリックに、ため息を一つ吐くと視線に僅かに力を篭める。
「なっ!?」
息を詰めたフレドリックの前で掌から宙に放った薔薇に力を向ける。
漸く形を維持していただけの物体は、ほんの僅かな力で甲高い音を立てて砕け散った。
舞い散る欠片すら残さず全てを消し去る。
残留しそうになる力も微量なものに変化させ塵となす。
目の前で壊された薔薇に口を開けて眺めていたフレドリックは、蒼い瞳に怒りを宿して鬼気迫る表情でにじり寄った。
私がこの姿でなければ胸倉を掴まれて持ち上げられていたかもしれない。
それくらいの迫力を有し、鋭い怒りをぶつけて来る。
彼は怒りの奔流を納め切れないとばかりに、掠れた声を発した。
「何故」
「・・・」
「何故、破壊した!これは、この薔薇は、俺にとって特別な───特別な、ものだったんだ!」
「私に見せたことで役目は終えた物体でしょう。どちらにせよ『人間』が扱うには過ぎたものよ。それに厳重な封を施さなければ維持も出来ぬほどに弱体化していたわ。付け加えるなら移動できたとしても、封を施した状態のあれを人間では解除できないわ。少なくとも、今現存する人間では、ね」
「それでも、俺は、俺は!!」
「何故、と貴方は聞いたわね。明確な理由を教えてあげるわ。貴方、あれが存在する限り絶対に触れようとするでしょう。それだと困るのよ。貴方の力ではあれは扱えない。それなのにあれがある限り諦めない。・・・万が一、私の力が元で貴方に傷をつけたなら、それが一方的なものであれば責任を取るのは誰だと思う?」
「・・・それは」
その時責任を取るのは、フレドリックでなければ私でもない。
『魔王』である白檀様だ。
『魔王側近』の地位にある私の力で、白檀様に手を出されていない状態で彼を傷つければ、天使に付け込む隙を与える。
それは赦される所業ではない。
目の前にあったあの薔薇は、害をなしても特にはならない。
例えフレドリックが気にしていたとしても、私の所為で白檀様に火の粉が降りかかるのは防がねばならない。
ただでさえ自分を抑えるので精一杯の状態が続いている。
失態を重ねれば、梅香により白檀様の傍から排除されるはずだ。
それだけは我慢ならない。
きっと目の前の彼は私に都合よく勘違いしてくれている。
責任を取るのは白檀様でなく『私』だと思っているだろう。
それ故に強く出れないのなら、彼の感情を利用させてもらうのに躊躇が生まれるはずがない。
「勇者の安全が私にとっての優先事項よ。貴方も見たでしょう?私は貴方のためになら自分の眷属を手に掛けるのも躊躇しないわ」
「伽羅」
「ここに滞在する限り、私は貴方を傷つけるものを排除するわ」
「・・・伽羅」
「理解しろとは言わないわ。それでも納得しなさい」
つい昨日口にしたばかりのものと同じ言葉を発する。
そう。彼に理解など出来るはずがない。
そもそも根本を理解していないのだから。
私は悪魔で彼は人間。
歩み寄れる距離になく、歩み寄りたくもない相手。
切なげに瞳を揺らし拳を握るフレドリックの感情など私には意味がない。
私の世界は白檀様で作られている。
あの日、誰からも蔑まれ疎まれた私を拾ってくださった彼こそが唯一で絶対。
だから私は決めたのだ。
彼の傍に居ると心に誓ったその瞬間に、何よりも強い覚悟をしたのだ。
───彼のために死ぬのではなく、生きる覚悟を決めたのだ。




