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四日目【2】

フレドリックが連れて行って欲しいと頼んできたのは、屋敷の中にある一室だった。

僅かに迷ったが断る理由もなく結局承諾し二人並んで廊下を歩く。

窓の外から覗く空は相変わらずの暗雲で、雷が轟いていないので白檀様は仕事中だろう。

気配が幾つか庭にある。

覚えのあるものなので、どうやら勇者一行は懲りもせずにまた庭を散策中らしい。

あの庭に見るほどのものは特になかったと思うが、ハークとアークの気配しか感じられず梅香は居ないようなので、何か話でもしているのかもしれない。

昨日と同じように監視しようか僅かに迷うが、どうせ大した情報も得られぬかと止めた。

彼らの相手は梅香の役目。交代したならあまりでしゃばると梅香の不興を買うだろう。



「伽羅?聞いているのか?」

「いいえ」

「・・・あっさりと言うんだな。少しは悪びれたらどうなんだ」

「悪びれる?悪いと思ってないのに?」

「きつい女」

「そう」



眉根を寄せて聞こえよがしにため息を吐いたフレドリックは、私に向かい手を伸ばす。

髪に触れそうだった手を避け距離を開けると、じとりと眉根を寄せた。



「何で避けるんだ?」

「触られたくないからよ」

「魔王には赦していたじゃないか。梅香や、もう一人にも」

「貴方は私の同胞か何かになったつもり?魔王様と同列に扱えと?」

「いや、別にそうは言ってないが。・・・いいじゃないか、少し触れるくらいは」

「貴方は親しくもない相手に髪を触れさせるの?無言で伸びてきた手を拒絶しないと?だとしたら随分と寛容なのね」

「伽羅は狭量だな」

「そうね」



むっと唇を尖らせたフレドリックの子供っぽい発言を流すと、益々不機嫌そうに渋い顔になった。

蒼い瞳に険が宿り苛立ちを混めてこちらを見ている。

しかし私の言葉に反論できる要素を見つけれず、それ故に黙り込んでいるのだろう。


下らない、と右の高い位置で結い上げている髪に触れる。

今日は白檀様がてづから髪を結って下さった。

元々人間に触れられるなど我慢ならないが、それ以上の意味でこの髪型を崩されたくない。

僅かに残された髪が頬を擽る。

癖の強い私の髪は櫛通りはいいのだが自然とくるくると巻いてしまう。

金色の波みたいだと誉めていただいたばかりのこの髪に、勇者が触れるなど赦せない。



「綺麗だって思っただけだ」

「・・・何が」

「髪。金の奔流。光を紡いだみたいな色だ」



不貞腐れ、視線を逸らしたままフレドリックが告げる。



『伽羅は綺麗だね。髪は月光・・・よりも色が強いから、太陽の光を紡いだ色かな』



フレドリックの声に、忘れ難い声が重なる。



『瞳は緑がかった青?うん・・・ずっと昔に見た、南の国の海の色だ』



臓腑の底から苛立ちを掻き立てる、忘れたくとも忘れれぬ声。

ぎりりと歯を咬むと、今はない面影を見つけた気がして自然と力の制御が緩む。



「伽羅!?どうした?」

「っ───・・・どうもしてないわ」



フレドリックの声に正気に返ると、慌てて漏れた力を押し込める。

気が付けば窓にひびが入り今にも割れそうに撓んでいた。

私は再生は出来ないので、菊花に伝心を繋ぎ修復を頼んでおく。

深呼吸を繰り返し漸く昂ぶる精神を治めたが、やはりこの世界は私には合わないらしい。


慌てた様子でこちらを伺う蒼い瞳に何でもないと首を降ると訝しげな表情ながら彼は引く。

そう。大した理由などないのだ。

何故自分がここまで乱れるか、平時と同じように冷静でいられないか、その理由と原因はわかっている。


私は欠けた存在だ。

悪魔として存在するための『核』が損なわれている。

そしてその損なわれた『核』がこの地にあるから、私の心は安定しない。

『浮ついている』との梅香の言葉は、比喩でも何でもなく私の正確な状態を指していた。

欠けた状態のままフレドリックの傍に居るから、より不安定になるのだろう。

時間が経つになれ徐々に酷くなっている症状は嫌でも自覚を促す。



「伽羅」



先ほどまでの怒りはなりを隠し、心配そうな表情でこちらを覗き込むフレドリックから距離を取る。

傷ついたように情けなく眉を下げた『勇者』に、気をつけなければ力をぶつけてしまいそうだった。



「・・・目的地はもうすぐよ」

「伽羅」

「貴方はそこに行って何を見たいの?」

「───心配も、させてくれないのか」



自嘲して俯いたフレドリックは、首を振ると気を取り直すように笑った。

その笑顔はいかにも作ったものだとわかる表情だったがあえて何も言ない。

どうしようもない嫌悪感を宥めるだけで精一杯だ。



「今までの勇者が案内された部屋は、今俺が居る部屋じゃない」

「そうね」

「だから、そこからの景色を見てみたかった。記された場所は最上階にある一室。この城の何処よりも高い場所に誂えた部屋だな?」

「ええ」



その一室を与えたのは白檀様で、数百年の時を跨いでその部屋を自室へと変えたのは『勇者』だ。

フレドリックとは違い、正しく『勇者』と表現する相手だった。



「俺はその部屋で見たいものがあるんだ」

「その部屋で?」



見たいもの、と言われ首を傾げる。

何かあっただろうかと思案するが、あの部屋に見るものはなかったような気がした。

勇者が居る数日の間に1、2度足を踏み入れる程度なので記憶にないだけなのかもしれないが、それ以前に興味を持っていないので覚えていないのかもしれない。

基本的にあの部屋に足を踏み入れるのは勇者だけだったし、私達は興味も関心も持っていなかった。

否、現在進行で興味はない。



「俺は見つけなきゃいけない」

「何を?」



思わず口を突いて出た疑問は、曖昧な笑顔で誤魔化された。


自分に違和感を感じているフレドリック。

もしかしたら、あの部屋に欠片を見つける手がかりでも置いているのだろうか。

欠けた何かを見つければ、彼は勇者として満たされるのだろうか。


蒼い瞳を見詰め返し、視線を廊下の先へ移す。

どちらにせよ、答えはこの先にしかないのだろう。


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