四日目【1】
「・・・どうして私が貴方の食事の席に同席しなければならないの」
「それは俺があんたに居て欲しいからだな」
「貴方にはお仲間が居るでしょう?彼らに同席してもらえばいいじゃない。特にあのお嬢さんなら快く付き合ってくれるはずよ」
「あいつらなら、ハーク様とアーク様に案内されて屋敷のどっかに行った。俺は一人だけ寝過ごしたんだ」
「寝過ごす?貴方、起こしてもらえなかったの?」
「ああ。朝食もないしどうしたもんかと思ってたら、あんたがタイミングよく部屋をノックしたってわけだ」
話しながら結構な勢いで食事を摂る勇者に呆れる。
私はちなみに白檀様たちとご一緒したのでもう食事は終わっているので見ているだけなのだが、こちらが気持ち悪くなるくらいの食欲だった。
そう言えば他の『勇者』の面々も食欲は旺盛だったのを思い出す。
涼やかな顔で何処に消えるのか問い詰めたいくらい食べていたので、これも血統なのかもしれない。
呆れを含んだ眼差しで見物していると、不意に視線が絡む。
蒼い瞳は勇者しか持たないのだが、この世界以外の勇者も同じような色合いなのだろうか。
別の世界の『魔王』をしている知人に帰ったら聞いてみようと考えながら、薫り高いお茶を口に含む。
香が向こうから持ってきたブレンドだが、私好みの味をしているそれは今日も美味しい。
「あんたって、そうしてると本当に綺麗だな」
「・・・そう」
「動じないのか?」
「言われ慣れてるわ」
「はぁ、凄いな。その年で言われ慣れているのか」
「───私は見た目どおりの年齢じゃないわ」
「だが見た目は子供だ」
「・・・子供の姿を装っているだけよ」
そう。
ずっと子供でいられるなら、これほど楽なことはなかっただろう。
白檀様が転化した私の姿に動揺することもなかったし、私も分に合わぬ力を求めなかった。
この姿が仮初でしかないのを誰より理解していながら、それでも執着する自分を愚かだと思う。
他に手段はなかった。後悔していないし何度でも選択を迫られれば同じ道を選ぶ。
けれど幾度も愚かだと思うのだろう。
「梅香と伽羅は幼馴染だよな?ならどうして伽羅だけ子供のままなんだ?魔族は子供の姿と大人の姿を好きに変えられるのか?性別も好きに出来るのか?」
「───そんなわけがないでしょう。転化すれば成体に変わるし、そこから子供に戻るなど聞いたこともないわ。性別も変えられないわ。見た目を誤魔化す程度なら出来ても、根本を捻じ曲げる事になるもの」
「ならどうして伽羅は子供の姿なんだ?」
いつの間にか食事の手を休めたフレドリックは、不思議そうに私を見詰めた。
好奇心の宿る瞳は鬱陶しいまでに輝いている。
彼は私が子供の姿のままでいる理由を聞きたいのだろうか。
それともどのようにして子供の姿を維持しているかを知りたいのだろうか。
つい先ほど答えに近い言葉を発したのだが、あれだけでは彼には通じないのだろう。
「───それが貴方の役割と何か関係あるのかしら?」
「ないな。単なる好奇心だ。俺はあんたを知りたい。『伽羅』を知りたいんだ」
彼は見ているのは私なのだろうか。
それとも勇者の『手記』に登場した『伽羅』という魔王側近を知りたいのだろうか。
ため息を吐き出し、軽く頭を振る。
違う。彼が知りたがっているのは私ではない。
「貴方が知りたいのは『勇者』のことでしょう」
「伽羅」
「私の口から『手記』に書かれた情報を擬え、『彼』に近づきたがっている。違うかしら?」
「・・・・・・」
問えばフレドリックは口篭り俯いた。
惑うように視線を彷徨わせる態度に、それも正確ではないかと気付く。
彼は『勇者』を理解したかった。
そのために私に近づき『彼』が過去を記した情報を元に行動を擬えた。
今までの勇者ではありえない行動だが、歪なフレドリックの行動としてなら理解できる。
欠けた何かを埋める為、無意識に何かを求めて動いている。
根本は憧れかと思ったがどうやら違うらしい。
彼の瞳に浮かぶのは焦燥。憧れなんて生易しいものではなく、飢え渇き何かを求め焦っている。
しかし何を求めているか判らないから惑い、そして私へたどり着く。
勇者の手記に何と書かれていたか知らないし、知りたいとも思えないが、反応から察するに細かく色々と書いてあったのかもしれない。
「伽羅は」
「何?」
「伽羅は口説かれ慣れてるな。誉めても近寄っても全然動揺しない」
「当然ね。貴方程度の語彙ならば日常茶飯事にもならないわ」
「そうか」
唐突に話を摩り替えたフレドリックは、困ったように眉を下げて笑った。
「だから伽羅は鈍いんだな。慣れ過ぎていて流すのが上手い」
「・・・貴方は私と違う意味で鈍そうね。全く慣れていないのか、周りを見てもいないわ」
「手厳しいな、伽羅は」
苦笑するとフレドリックは食事を再開させた。
「俺は食事が終わったら行きたい場所があるんだが」
「私たちの個人的な領域以外なら考えるわ」
「・・・本当に、伽羅は手厳しいな」
聞こえよがしのため息を無視するのも、私は全く慣れていた。