三日目【9】
昼食を取るために合流した部屋の居心地は、予想通りに悪いものだった。
食事を口に入れるたびに視線が集まり、顔を上げればあからさまに逸らされる。
彼らに手出しをする気は今のところ全くないのだが、こうもあからさまだと流石に鬱陶しい。
梅香の話題には相槌を打つ勇者一行と、それとは逆に私に話しかけ続ける勇者。
席順の所為かもしれないが、きっぱりと分かれた境界線は判り易すぎるだけに下手に手を打てない。
私から声を掛けても萎縮するだけだろうし、逆に梅香がフレドリックに声を掛けても同じだろう。
隣でぺらぺら喋る勇者に適当に相槌を打っていると、漸く香からの伝心が入った。
『お姉さま、こちらの準備は整いました』
『そう、ありがとう』
『そんなお礼なんて恐縮です!むしろ遅くなったのを謝らなければならないくらいなのに』
『いいえ、十分よ。梅香、聞いてるわよね』
『勿論。少し時間が掛かったが、十分許容の範囲内だよ香。ありがとう』
『梅香様からの礼など望んでません。あたしはお姉さまのためにのみ動いてます』
『本当に僕は嫌われてるな。僕は君が嫌いではないのに片想いか』
『気持ち悪いです。気色悪いです。冗談でも止めてください、虫唾が走ります』
『ある意味君には感心する。この僕に向かってそこまで堂々と言い返せるのだから』
『あたしが恐れるのはお姉さまに拒絶されることだけです。それ以外の何を恐れろと言うのですか』
『───そうだな。極めて悪魔らしい思考だ』
『当然です。私も悪魔の端くれですからね』
香の答えに笑った梅香に、人間達の視線が集中した。
彼らには私達の会話は聞こえないし気取られもしないので、唐突な行為に驚いたのかもしれない。
自分に視線が向いたのを丁度良いと梅香は利用した。
彼らの意識が十分に自分に向いているのを自覚しつつ、食事が始まって以来初めて私に話しかける。
「そう言えば、伽羅。君が拾ってきた人間の様子はどうだ?」
「そうね、大分調子を取り戻したわ」
「・・・拾った人間?」
食いついたのは予想通り、好奇心旺盛な勇者だった。
ちらり、と視線を向ければ、彼以外の人間もこちらを見ている。
先ほどまでは私と目が合っても逸らしていたのに、僅かに怯むが話は聞いているようだった。
梅香も同じように判断したらしく、殊更愛想良くフレドリックに笑顔を向ける。
「そう。伽羅は拾い癖があってね。先日も、怪我をした人間を拾って介抱していたんだ。あれは、どれくらい前だった?」
「一月ほど前ね。散歩中に魔物に襲われているのを見つけたから助けたの。今では起き上がって歩くことも出来るわ」
色々割愛しているが嘘ではない。
一応拾った時は人間だったし、魔物にも襲われていた。
怪我をするどころか本来なら死んでいて当然の彼らだったが、今はぴんぴんしている。
ぴんぴんしすぎて香に扱かれまくるほどに元気になっていた。
昨日と話す内容は同じだが、言葉尻を少し変えるだけで受け取る側の印象は随分と変化する。
事実、私と梅香の会話に、人間達の警戒が緩んだ。
先ほど私が剣を振り上げていたのを見ていたが、彼らの同族を助けたと聞いて油断が生まれ始めたのだ。
「キャラちゃんが人間を助けたの?」
「結果的にはそうなりますわ。・・・もし宜しければお会いになられますか?」
「そうだな。差支えがなければ紹介してもらえるかい?俺たちも知ってる人かも知れないし」
「・・・・・・」
驚きながらも僅かな笑みを向けてきたシェリルと、彼女ほど警戒は解いていないらしいアイル。そして無言を通すウェイに向かって小さく微笑むと、指を振り力を使った。
次の瞬間、目の前に現れた人間に勇者一行の瞳が丸くなる。
それはそうだろう。
昨日の会話を覚えている私達は、勇者一行の警戒心を緩めるために彼らを利用すると決めていた。
ハークとアーク。双子の元・人間を。
香に扱かれた傷を隠すのにきっちりと首まで隠す黒の上下を纏った彼らは、優雅に一礼して見せた。
瞳の色は黒に近い藍色。冷静でいるのを確認し、私はそっと視線を外す。
椅子から降りると彼らまで近づき、私は勇者一行に笑顔を見せた。
「彼らの名前はハークとアーク。皆様ご存知の方かしら?」
微笑みながら小首を傾げる。
息を飲み込んだ勇者一行は、驚きに見開かれた眼で彼らを一瞥し、そして私へと視線を戻した。
驚きゆえに瞳から払拭された警戒心に、彼らの死角で梅香が一つ頷いた。
「ハーク様、アーク様!」
一番最初に行動したのはアイルだ。
昨日も思ったが、彼はもしかしたらこの二人と知り合いなのかもしれない。
呆然とする仲間を余所に、アイルは彼らの前に駆け寄りすぐさま跪き礼を取った。
「存命だと信じておりました・・・!」
その瞳に涙すら浮かべ深々と頭を垂れる様は、その仕草に慣れたものの行動だった。
もしかしたら、思うより身分が高いのかもしれない。
しかし頭を下げるアイルを見るハークとアークの瞳は至って冷たい。
昨日の私への言葉を覚えているからに他ならないが、勇者一行は忘れているのでその態度は不自然だ。
無言で睨むと何気ない仕草で彼らは態度を改めた。
「心配を掛けたか」
「すまないな、アイル。だが俺もハークも伽羅様のおかげで五体満足で生きている」
「怪我をしたところを、こちらの伽羅様に助けていただいてな」
「ああ。随分と良くしていただいた。衣食住どれも無償で提供してもらい、怪我をしている間は看病もてづから致してくださった。おかげで体も回復し、ここまで動けるようになった」
淡々とした口調で話す双子は、表情の変化に乏しい。
私の前ではもう少し変化があった気がするが、アイルの態度を見るとこちらが素なのだろう。
一人称も『俺』になっているし、それに違和感も感じない。
ハークとアークの言葉に、人間達の私を見る目が完全に変わった。
先ほどまでの懐疑的な眼差しから、尊敬の眼差しへと。
私からすれば捨てられたものを拾っただけなのだが、彼らにとってその行動は私が予想する以上に意味があるものなのだろう。
容赦なく殺されかけたアースを見ていたくせに、随分と簡単に感謝の念を向けられ、むしろ拍子抜けしてしまう。
双子が悪魔である私を様付けて呼んでいるのも気にならないらしい。
しかしそれだけで今後の行動が取り易くなるなら、利用しない手はない。
双子に視線をやれば、心得たように会話を続けた。
「弟達もさぞかし心配しているだろう」
「はい・・・ッ、特に王女の錯乱振りは酷く、弟君がお慰めして漸く正気を保っていられる有様です。早急に国へお戻りください」
「いや、それには及ばぬ。もしかして、まだ話を聞いていないのか?」
「・・・何を、でございましょうか?」
「数日後この城に各国の王族が集められることをだ」
「え?」
「そうか。まだ聞いていなかったか。それなら丁度いいから話を聞いたらどうだ?梅香様、彼らにも説明をお願いします」
「そうだな。彼らにも話をしようと思っていたんだ。君たちも同席するといい。昼食は摂ったのか?」
「はい。伽羅様の屋敷で頂きました」
「ならいい。伽羅、椅子の用意を」
「判ったわ」
指を振り力を紡ぐと二つ椅子を作り上げる。
空いている私の隣にそれを並べると、彼らは上品な仕草で一礼し椅子に腰掛けた。
『上出来よ』
彼らに向け伝心で告げると、喜びに震えた感情が伝わってきた。
まだ力は使いこなせていないが、感情を伝えるだけでも上達は早い。
一方通行であるが使えないのと使えるのとでは大分違う。
この短期間に伝心の初歩を元・人間である彼らに叩き込んだ香には、後ほど何か礼をしなくてはいけないだろう。
腰掛けた彼らの前にお茶を用意すると、タイミングを見計らい梅香が口を開いた。