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三日目【8】

「昼食は仲間ととる」



不機嫌そうな顔で言ったフレドリックに頷くと、何故か彼は眉間の皺を増やした。

今度は何だと観察すれば、そっぽを向いて短く刈られた髪に手を差し込んでがりがりと掻きだす。

さらに無言で観察を続けると、ため息を漏らした彼はまたこちらに視線を戻した。



「───異論は、ないのか?」

「ないわ。基本的に貴方のやりたいことは妨げる気はないもの」

「その割りには伽羅の屋敷には踏み込むなと言われたが?」

「当たり前よ。あそこは私の領域。貴方が足を踏み入れる必要はないでしょう。それより、昼食には私も同伴した方がいいのかしら?」

「当然だ。・・・何だ?自分だけ別の場所で昼を取るつもりだったのか?」

「そうね」

「何でだ?」



初めの頃より大分崩れた調子で声を掛ける勇者の本心が何処にあるか、見定めようとこちらを見詰める蒼い瞳をじっと見返す。

僅かに目元を染めた彼の発言にはどうやら言葉以上の意味がないらしく、彼の仲間に少しだけ同情した。


彼は忘れているようだが、私は先ほど勇者一行・・・・の前でアースを処断したのだ。

切れ味がいい剣を体に突き刺し、浴びるほどの血を流させた。

地面で悶える獣の姿は彼らの目に焼きついているだろうし、何よりその行動をとった私への恐怖も見て取れた。

誰もが自分ほど切り替えが早くないと気づかないのは見た目以上に性格が大雑把だからだろう。


眉間に皺を寄せて渋い顔をしていた初日の雰囲気では、一々細かいことに気がつきそうに見えたが、この半日ばかりでそんな印象は崩れ去っている。

彼がいくつか知らないが、外見だけが成長した子供、というのが私の結論だ。

子供は自分を中心に物事を考える。

良くも悪くも興味があること以外に関心が薄く、彼の好奇心は今は専ら私に傾いているようだった。

だから仲間とは言え、彼らの些細な表情や粟立った恐怖にも気づかなかった。

否、気付いていても自分の欲求を優先させるために無視をした、が正しいかもしれない。



「・・・一応言っておくけれど、私が同席するのに貴方の仲間はいい顔はしないわ」

「どうして?」

「私が自分たちと違う生き物だと意識したからよ」



少しはその首の上に乗せているものを働かせてみてはどうかと思いながらも、瞳を細めて教えてやる。

人間は───否、人間だけに言えるものでもないが、自分と違うものに拒否感を覚えるものだ。

それは常識が合わなかったり、好悪が違ったり、見た目が異質だからと色々と理由があるだろうが、今回の場合は、『一見すると幼い子供が、自分たちよりも数十倍は強い獣を迷いなく串刺しにした』部分にあるだろう。


私たちの見た目は基本的にそれほど人間と変わりない。比べれば彼らよりもやや耳が尖り、羽があるところくらいしか外見的な違いはないだろう。

しかし耳は髪で隠せるし、羽は必要時以外は基本的に仕舞っている。

そうすると私の姿など人間からすれば『単なる子供』にしか見えず、自分たちよりも弱い存在だと先入観で決め付けやすい。

だが実際は違う。

彼らが視覚的情報でどんな判断を下したか大体判るが、実際には彼らより遥かに年を経ているし、自分よりも強いと認識したであろうアースよりも私の方が遥かに強い。

見た目で侮った彼らは、自分たちとは明らかに『異質』であると理解し、そうして恐怖しているのだ。



「それは初めから知ってる。あんたは『悪魔』で『魔王の側近』だ」

「知識と理解は別物よ」



首を振り否定すれば、ぐうっと喉を鳴らして黙り込んだ。

さすがに幾度も似たようなことを言われれば少しは学習するらしい。


勇者の仲間である彼らは気づいてしまった。

人間である己とそれほど差異が認められない、その上子供に見える相手が、自分たちを殺す力を十分に持っているのだと。

アースの処断をした私の行動を見て、私が躊躇いなく剣を振るえる存在だと、自分たちを殺せると気づいてしまった。

聊か認識が遅すぎるのではないかと思うが、彼らの出身国はここ数百年と戦乱から遠ざかっている。

平和ボケしていても仕方ないのかもしれない。


私たちからしてみれば重要なのは『勇者』だけだ。

一行の面々は居ても居なくてもいい、言わばどうでもいい存在。

何故毎回ついてくるのかと言えば、代々の勇者を輩出する国の王が回りの国への牽制を兼ねて諸国から仲間を募るらしい。

私たちからすれば人間の価値などないに等しいのに、彼らの権勢に遠まわしに助力していると考えると嫌な気分になるが、白檀様が受け入れるので一応のもてなしはする。

だが彼らの意識が変わったのなら、これからの対応は多少は変化するだろう。


何しろ彼らは認識の中にある『魔物』のよりも、更に上位にいる『悪魔』に囲まれて生活せねばならないのだ。

残りの日数ではいつ殺されるかと恐怖と戦う羽目になる。

ここ二日ばかしは勇者は一人部屋で過ごしていたが、そうなるとフレドリックのベッドも彼らの部屋へ運んでおいた方がいいかもしれない。

何しろ彼らの中で『魔王』に対抗する力を持つのは勇者だけで、彼らも嫌と言うほどそれを理解しているだろうから、きっと極力勇者と離れたがらないだろう。

そこをどうするかは梅香の腕の見せ所だ。

彼のことだからそつなくフレドリックと一行に距離を取らせる術を用意するだろう。



「ともかく、貴方は仲間のところに行くといいわ」

「・・・伽羅も行くぞ」

「私の言葉を聞いていた?」

「聞いたが納得できない。それに、あんたは俺の世話係を言い渡されてただろう?俺から離れるのは変だ」

「変・・・」

「そうだ。だから、あんたも一緒に昼をとる。行くぞ」

「・・・・・・」



あくまで我を通すつもりらしいフレドリックを目を眇めて眺める。

確かに白檀様から申し付けられた内容なので異論はない。異論はないが、面倒だ。

恐怖に強張る顔で窺われつつ食事を取るのは不快だし、その様子を楽しそうに観察する梅香の前に行くのも気が進まない。


言いたいことを言って満足したのか、背中を向けて歩き出したフレドリックに呆れてしまう。

私が背後から襲い掛かるとか微塵も考えていないのか、それとも警戒心の欠片も持たぬ生物としての本能が欠落しているのか。

これを信頼の証としているつもりなら、先ほどまでの会話の答えとしているなら馬鹿以外の何者でもないだろう。



『失礼だな、伽羅。僕がいつ君を面白半分で観察したと言うんだ?』

『説明しなくとも判ってるでしょう?いつから聞いてたの?』

『君が昼食をどうするか尋ねるところからだ。誰かさんが態々結界を強化してくれたおかげで、アースを移動させたことは判っても理由まで判らない』

『そう。それは上々ね。怪我が癒えるまであれはここには戻さないわ。使いたかった?』

『いいや。僕は別に君の獣に頼らなくてはいけないほど落ちぶれてないからね。ああ、だが少し君の・・協力は欲しい』



うんざりしている時に、さらにうんざりさせるような伝心に、それでも『是』と返事をする。

幼馴染としては色々思う部分があるが、魔王側近としての梅香は信頼が置ける相手だ。

生まれながらに白檀様に仕えることが約束されていた彼は、私を利用してでも白檀様に尽くす。

その彼の判断に異論があろうはずがない。



『では、勇者君と一緒に昨日と同じ部屋へ来てくれ。先ほどの言伝、香へきちんと伝えるように』

『判ったわ』



指示通りに香に伝心を繋ぎ、梅香からの言伝をそのまま伝える。

僅かに憤る彼女を宥めるといつの間にか勇者がこちらを振り返りじっと見詰めていた。



「何?」

「・・・その、遅いからだな、手を」

「馬鹿?」



続く言葉を想像し即座に切り捨てる。

初日に年を考えろと仲間に苦言していたはずの今代の勇者が幼女趣味とは知らなかった。

それとも一応私のことを知っているなら、幼女趣味とは言い難いのだろうか。


どちらにせよ私は不必要な場面で人間に触れる趣味はないので、冷め切った眼差しで睥睨して話しは終わった。

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