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三日目【7】

35話目更新です。読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!

アースを送った後、私はそのまま勇者と昼食へと向かった。

血塗れのアースを見て顔を青褪めさせていた割りに彼の立ち直りは早かった。

性格的なものかそれとも経験値によるものか。判断し難いがとりあえず置いておく。

長い廊下を歩きながら、取り留めなく話し続けるフレドリックの言葉を右から左に流しつつ窓から外の景色を眺めた。


小悪魔の身長で辛うじて外が窺える高さの窓から見える景色は相変わらず薄暗い。

所々で雷が煌いているのが見えるので、白檀様は起床されたのだろう。

そう言えば今日は挨拶のキスをまだしていない。

先ほどは眠そうだったから遠慮してしまったが、次に顔を合わせた時にはさせていただこう。

咄嗟にぬいぐるみを転移させたが、腕の中の存在が入れ替わっていたら不機嫌に違いない。

拗ねたように眉を寄せるお方をどう宥めようか。考えるだけで心が躍る。



「なぁ、伽羅」

「何?」

「アースはさ、死なないんだよな?」

「・・・ええ、死なないわ」



いい加減しつこい問いかけに、僅かに苛立つ。

何度も何度も繰り返したはずだ、あの獣は死なないと。

私への執着心こそが生への執着心。生半可なものでは彼の心を折ることは出来ない。

白檀様のことを考えていたのに水を差され窓の外から視線を戻すと、人間にしては美形と称されるだろう顔を情けなく歪めたフレドリックがこちらを見ていた。

態々目の前からアースを消し、心に翳を落とす存在を見えなくしてあげたのに、まだ何か気になるのだろうか。

ひっそりと眉根を寄せると、慌てたように口を開いた。



「いや、疑ってるわけじゃないんだ」

「なら、何?まだ何か気になるの?そんなに気になるなら殺してきましょうか?」

「だからそれは止めろって言っているだろう!そうじゃなく───あいつが死なないのは判ったけど、あいつが五体満足で癒えなかったら、やっぱり殺すか捨てるかするのか?」



一瞬、問われた意味が判らなかった。

表情を消し瞬きを繰り返す。

今、彼は何を言ったのだろうか。

アースが五体満足で癒えなかった場合、私が彼を殺すと言ったのか。捨てると、そう言ったのか。



「貴方、何を言っているの?」

「あんたの行動見てたらさ、不安になったんだ。あんたの中であいつの命の価値って凄く軽いだろ?」

「それで?」

「五体満足の状態でもあそこまで軽んじているんだ。なら一部が欠損したら」

「したら何?私が、私のものを捨てる・・・・・・・・と?そう問うているの?」

「・・・ああ。前足が無くなれば機動力は落ちる。弱くなるだろう?見た目だって、・・・」



確認するために聞けば、彼は渋々頷いた。

不貞腐れた子供のような表情だが、白檀様の拗ねた顔に比べると格段と可愛らしさが落ちる。

やはり所詮は勇者だ。子供であってもこちらの神経を逆撫でにする能力は大したものだ。

しかし怒りは沸かない。この程度の輩に怒りを沸かせるのも面倒だ。


フレドリックの目を見て、ゆっくりと口角を持ち上げる。

嘲りを瞳に含ませ、それでも笑顔と呼ばれる表情を作る。

立場も価値観も違う。そして理解も求めていない。



「たかだか足が一本捥げたところで、アースを手放したりしないわ。あれは私の眷属よ。私のために生き、そして死に絶える生き物。足が無くなろうと、首がなくなろうと、何を失ったとしても、生きている限り傍に置くわ。アースは何を失っても私の傍を離れない。目が見えなくなっても、耳が聞こえなくなっても、鼻が使えなくなっても、動く手足が無くなっても、あれは私を探し求め続けるわ。それが眷属というものよ」

「・・・あんた」

「それに、足一本無くなろうが、腹に穴が開いたままだろうがアースは弱いはずが無いわ。事実あの状態でも貴方達は近寄ることすら出来なかったでしょう?たかが足一本、たかが腹に風穴が開いた。それだけで強弱が決まるものではないわ。腕が無くとも足が無くとも、強者は強者よ。同様に五体満足であったとしても弱い者は弱い。───強さの基準はね、体の欠損とは関係ないわ」



そんな程度を教えねば理解出来ないのだろうか。

私は先ほど自分から進んでアースを手に掛けた。

後悔していないし当然だと思っている。

迷いも躊躇も欠片も無かった。これで死ぬならそれまでだとも思っている。

だが、だからと言って、アースへの侮辱を受ける気はない。

あれはただの獣ではなく、私の眷属なのだから。



「見た目が何?部位が欠けたら何かあるの?例え欠けて現在の強さが維持出来なくとも、別の手段を探して這い上がるわ。魂も心も強さも忠誠も変わらないのに、私が彼を捨てる理由は何?」

「それは、」

「貴方が言うように私にとってアースの命の価値は軽いわ。それに関して否定する気も反論する気もない。けれど何も意味のないところで命を奪おうと思ってないわ」



元は人間だったあの獣、私の理解る範疇外に存在するアースを、それでも根っから否定する気はない。

人であった人生も、結婚した伴侶も、生まれた子供も、華やかな生活も、何もかも捨てて来た獣。

人間の国で魔術が魔法と呼ばれていた頃に、人間の割には天才的な才能があった魔法も、優れた力を持つ格闘術も本来は彼の好むところではなかった。

端整な顔立ちながらも常に仏頂面だった彼は見た目より芸術肌で、絵画を描き、楽器を奏で、歌を歌うのが好きだった。

不条理に私に堕とされた後、私に向かって日夜楽器を奏でていた。

緩やかに微笑み、今が一番幸せと笑っていた、どうしようもなく愚かな男。


今の彼は筆を取る手が無い。楽器を奏でる腕もない。甘く響いた声もない。

好んでいた何もかもを捨てて、愛していたか知らない家族を捨てて、永遠を誓った妻を捨てて、彼はこの地に存在する。



「これが最後よ、勇者様。理解しろとは言わないわ。でも、いい加減納得なさい。アースは絶対死なないわ。そして、何処が欠けてもアースがアースである限り、あれは私の眷属よ」



結婚し永遠を誓った相手を捨てる精神は理解できない。

それでもその執念は私にも理解できる強さで、だからこそそれだけは否定する気はない。

あの獣は私にとって特別な相手ではないが、私への想いこそが彼の誇りだと知っている。

それを誰にも否定させる気はない。


咬んで含むように伝えれば、戸惑いも露にフレドリックは頷いた。

きっと彼にしてみれば矛盾だらけの言葉の中で混乱の渦にあるのだろう。

だが私は言った。『理解はしなくていい』と。



「───昼食は皆様とご一緒なさいますか、勇者様?」

「・・・フレドリックと呼べと言っている」



いい加減無益な会話を終わりにしたく、態々丁寧に問いかければ、あっさりと勇者は乗ってきた。

むすり、と唇を尖らせた訴えは、やはり白檀様の百万分の一も可愛らしさが無かった。

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