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三日目【6】

胸元につけた花を指先で弄っていると、不意にフレドリックが顔を上げた。

先ほどから黙ってアースを観察していたのだが、また何か突拍子でもないことを思いついたのだろうか。

人間の考えは本当に判らない。

博愛を謳う天使のようなものもいれば、ただ一人を恋い慕う悪魔のようなものもいる。かと思えば愛していない相手とでも結婚し、さらに子供までなすものもいるし不思議で面妖でならない。


人間といえば屋敷にハークとアークを置きっぱなしにしているが、黒方と香は大丈夫だろうか。

一行の世話を香に頼もうとしていたのに、結局あの二人の面倒を任せてしまったために梅香に借りが出来てしまった。

むしろこの世界に来るたびに借りが増えている気がしてとても気が重い。

向こうの世界に戻った時にまた色々と借りを返せと迫られるかと思うと、今からうんざりしてしまう。


顔を俯け重々しいため息を吐くと、意を決したようにフレドリックが口を開いた。



「おい」

「・・・何?」

「あのさ、もし、俺が望んだら、お前はあいつを助けるか?」

「・・・まだ言ってたの?」

「だってさ、目の前でもがいてたら誰だって気になるだろ。それにお前だって今、辛そうな顔してため息吐いてたし・・・やっぱ、自分の眷属が死に掛けてたら、きついよな」

「・・・・・・」



別にアースが死に掛けているから重々しいため息を吐いたわけじゃない。

それに先ほどから何度も言っているが、彼は絶対・・に死なない。

あの程度で死ぬような執着であれば、もっと早く昇天しているだろう。

信用も信頼もしていないが、眷属にした程度はその執念を認めている。

だから傍に置いているのだ。


だがそんな私達の関係など知る由もないフレドリックは、何かを納得したように頷くとこちらを笑顔で振り返った。

立ち直りの速さは歴代勇者に引けを取らないかもしれない。

全く面倒な部分だけ受け継いでいるものだともう一度ため息を吐き出すと、大丈夫だ、と頷いた。



「梅香は、伽羅があいつを助けようとしたら殺すといった。けど、逆に言えばあんた以外なら手を出しても放っておくってことだよな?」

「それで?」

「俺、知ってるんだ。あんたはこの城の中に不可侵領域を有してるって」

「・・・それは」

「『手記』に書いてあった。あんたの部屋から通じる異空間。常夜の魔の世界にあって、唯一太陽が射す穏やかで優しい場所」



彼が何を言いたいか判ると、私は思い切り眉根を寄せる。

だがこんなにもあからさまに迷惑だと訴えているのに、彼は全く気付かない。

図太い。フレドリックはもしかすると梅香並に図太いかもしれない。



「歴代の勇者はこぞって『手記』に記している───通称、『伽羅の屋敷』」



拾い物が抜けてる。だが訂正する気力もない。大部分は間違っていないので、別に構わない。

しかし何故勇者は態々『手記』に私の『拾い物屋敷』を記録しているのか。

考え、その原因にすぐに思い至る。

思えばあの空間は勇者にとって知らぬ力で作られた珍しいものだと言っていた。

興味深く、そこに住む生き物にも関心があると。

毎度対面するごとに足を運んでいたが、確かにあれは魔王である白檀様の城にある別空間。

ならあの花畑と違い、『手記』に残されていても不思議じゃないかもしれない。



「側近も魔王ですら手を入れない、そこはあんたの絶対領域だ」

「そこに連れて行ったとしても、私はアースの助命には関与しないわよ」

「・・・それでも、少なくともあんな姿をここで晒させるよりマシだろう?あんた以外の誰かが手を施すかもしれない」



それはない。

あそこに居るのは私が許可を与えた数人と、あとは文字通りの『拾い物』だけ。

私があそこの主な以上、私に逆らってまで意思を押し通す輩は居ない。

そう説明しようとし、きらきらしい目で見ているフレドリックに面倒になった。

あれこれ言うより、行動した方が早い。

香に伝心を繋げ状況を伝えると、真っ直ぐに勇者を見据えた。



「判ったわ。でもそれ以上口出しは無用よ。貴方の一言で彼の生殺与奪が決まると覚えておいて」

「・・・っ」

「それとあの場に貴方は連れて行かないわ。貴方も言うとおりにあそこは私の領域。貴方が足を踏み入れる場所ではないわ」

「だが他の勇者達は」

「関係ないわ。それを飲まないなら、アースはあのままよ」



何処に居たって回復力は関係ないだろうが、あそこから離れれば彼の気が治まるなら易いものだ。

確かに人間の目から見れば血塗れの獣は耐え難いかもしれない。

あれこれ言われる原因を退かせば少しは大人しくなってくれるだろう。

何処に居ても傷つき苦しんでいるならば、私の姿があるこの場所の方が、アースは幸せであったろうに。

目に見えなくなったとしても何も状況は変わらない。それを、フレドリックは理解しない。


渋々ながらに頷いたのを確認すると、指先を振り力を使う。

倒れたまま目を丸くしたアースが、信じられないとばかりに私を見上げた。



「暫く向こうに行っていなさい。香たちには伝えておいたわ」



血を吐きながら震えるアースは、鳴き声か呻き声か判断しかねる声を漏らした。

瞬きする間に姿は消え、ついでに庭先の血も処分する。


隣で吐息を漏らしたフレドリックは、安堵したように頬を緩めていた。

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