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閑話【むかしむかしの魔法使い:後編】

残酷表現があります。ご注意ください。

端的に言って、その当時の私は力に驕っていたのだろう。

その気になって堕とせない存在はなく、どうすれば効率よく落ちるか、より力を磨くためにどうすればいいか、もしくはこれ以上高めなくとも誰にでも通用するのか、誰に試して良いか、誰に試していけないか、その判断を誤った。


結論から言うと、アドニスは私の前に堕落した。

小悪魔では魂を掴みにくかろうと態々成体に戻ったのだが、その必要もなかったと感じるほどに呆気なく。


魔王の城に滞在する間アドニスは私の傍を離れようとせず、人間の国に帰る当日は狂ったように仲間を含め力を放った。

人にしておくには惜しいほどの力だと後に白檀様に言わせるほどの暴れっぷりだった。

自分を人間の国に連れ帰ろうとする勇者たち相手に暴れて暴れて暴れたところで、気が緩んだ瞬間を白檀様により気絶させられた。

気を失った瞬間に白檀様の力で私の記憶を捻じ伏せられ、その間に梅香により勇者たちは人間の国に強制転移させられた。


それは、白檀様が魔王と呼ばれて以来の、最大の不祥事だった。




「・・・私が、聖女?」

「どうやら、そうらしい。ほら、これ。勇者君の土産だが、どう見ても伽羅、君だろう?」

「・・・・・・」



反省と力の制御のためにそれから百年を費やし、気がつけばまた世界へ渡る周期になった

強固に反論を訴える梅香を白檀様が捻じ伏せ勇者を迎えて、愉快そうに顔を歪めた梅香からその情報をもたらされた。


苦虫を百匹噛み潰してもこんな嫌な気持ちにならないと思いながら、土産とされた絵画を見る。

金色の波打つ髪に、碧の瞳。肌は抜けるように白く、ゆるく孤を描いた唇は赤く艶かしい。

身に纏う衣服はシンプルな黒のワンピース。髪にも同色のヴェールが被され、胸元には色取り取りの花を抱き僅かに顎が引かれていた。

はにかみ目元を染めて笑うその顔は、確かに見覚えがある。

見覚えはあるが、そんな構図に覚えはない。



「何、これ?」

「だから『黒の聖女様』だ。前回君が堕とした魔法使いは深層心理に君を記憶していたみたいだな」

「・・・何ですって?私より遙かに強力な白檀様の力で捩じ伏せたのよ?ありえないわ」

「そう、本来ならありえない。だが実際に人間の世界で広まるこれを目にすれば、信じないわけにいかないだろう?何とも凄まじい執念だな。彼の魂にはもう君の色が刷り込まれていたんだろう。君の記憶は消しても、刻まれた想いは消えなかった。彼はその後、君とよく似た色合いの嫁を貰って、画家になったそうだ。そうして描いた絵を教会などに無償で寄付し、気が付けば君は『聖女』様。どんな気持ちだい?」

「最悪よ」

「いいしっぺ返しだな、伽羅。あの人間は元々君に想いを寄せていた。表立っては抵抗していたが、心の内では伸ばされる腕を欲していた。魔族と拒絶しながらも、渇いた心は望んでいた。伽羅の力が効き過ぎたのもその所為だ。気付いているか?彼はな、抗うのではなく、その力を望んで魂奥まで引き込んだんだ」



吐き捨てるように告げれば、梅香は益々笑みを深めて告げた。

私が未だに前回の失敗を引き摺っているのを理解しての行動に、歯噛みするものの反論は出来ない。

違えようもない私の失敗は、梅香にとっても愉快なものではなかった。

彼にも迷惑を掛けているので、気分の逆なでをする気にもならない。

笑顔の裏で勇者を忌み嫌う梅香が、態々情報を得てきてくれたのだ。

捻くれ曲がっているが、これも一応気遣いの一端なのだろう。


しかしながらこれ以上彼の嫌味を交えた報告を聞くのは嫌で、踵を返そうとしたが肩を掴んで引き止められた。



「何?」

「面白いものを見つけた。君もおいで」

「・・・・・・」



ここで嫌だと言うのはとても簡単だが、そうすればいつまでも付きまとわれるだろう。

時間を無駄にするよりも一度で終わらせた方がましかと息を吐いて付き従う。

羽を出した梅香に驚きながら、促されるままに羽を出すと、彼は窓から外に出た。

普段の梅香なら律儀に玄関を利用するのに、珍しいこともあるものだ。


目的地はどうやら城の敷地の外らしく、どこを目指しているのか判らないままに後をつける。

梅香の飛ぶ方向に何かあった記憶はないが、彼が案内するのだから何かがあるのだろう。


空を飛ぶのは陸を歩くより遙かに楽な交通手段だ。

暫く空を飛んでいると、森の一部に空けた場所を見つけた。

以前来たときにはなかった空間に眉根を寄せると、私の疑問に気付いたように空を飛んだまま梅香が振り向いた。



「ここだよ」

「何、ここは」

「僕が見つけた面白い場所。気付かないか?この気配。意識を研ぎ澄ますと気付く微かな気配」

「・・・・・・」

「覚えているだろう、伽羅。君が忘れるはずがない。君の最大の醜態で、汚点である存在を」



息を呑み、視線を下へ向ける。

意識を研ぎ澄ませれば、確かに覚えのある気配があった。

まさか、と瞳を丸くする私に笑顔を向ける梅香は、見てご覧とある箇所を指差す。

そこには成体になった私が両手を広げた程度の範囲で、赤い何かが広がっていた。



「───花?まさか、この地に?」

「そう、そのまさかだ。陽も射さないこの場所で、何かを核にして花が咲いてる。さぁ、見ておいで。そこに君の行動の結果がある」



促されるままに地面に向かうと、梅香の気配が瞬時に消えた。

顔を上げればそこに彼の姿はもうなく、態々私を一人にしたのだと気付く。

その行動に違和感を覚えながら花に近づくと、そこで見たものに目を丸くした。



「・・・これは」



確かに覚えている気配。

空からでは僅かにしか感じ取れなかったが、手が届く距離になれば流石に気付く。

当時の強大なものとは比べ物にならない、残滓と表現した方がいいだろう力の名残。

これは、この力の持ち主は。



「アドニス。アドニス・ファン・デル・サール」



見る影もないほどに腐り果てていたが、間違えるはずもない。

美しい容姿も頑強な体躯も燃えるような髪も澄んだ瞳もそこにないが、力の名残ではっきり判った。

百年前の面影すらない形で、彼はそこに存在していた。

それもそうだろう。

私達の世界で百年前でも時間の経過が違うこちらでは大体四百年は昔だ。

それなのにまだ残骸が残っている方が余程可笑しいのだが、この力の名残を感じると遺体が腐るまで時間が掛かったのだと気付いた。



「・・・何故、貴方はここに居るの?」



物言わぬ骸に問いかける。

先ほど梅香に聞いたばかりだ。

彼は国に帰った後画家として暮らしたと。

国で嫁を貰い、過ごしたと。


それなら何故、この地に彼の遺体がある。

どうして彼の力の名残が此処にある。

訳がわからず緩く首を振ると、どこからか獣の鳴き声が聞こえた。


瞬時に武器である剣を出すと、片手に持ち周りを見渡す。

すると森の中から現れた巨体が距離を空けて留まった。


その獣はこの場に咲く花と同じ緋色の毛並みをしていた。

瞳の色は鮮やかな若草色で、立ち上がれば成体の私よりも大きいだろう。

狼に似た姿をしているが、この地にそんな獣は居ない。

魔物の一種だが、何度か来たこの世界で、目の前の魔物のは見たことがなかった。

見たことはないが、私は彼が『何者』か良く知っている。

そして、この魔物がなんと呼ばれるかも。



「ルー・ガルー。・・・この地に呪いを掛け、尚且つ獣に身をやつしたのね」

「うるるぅルぅ」



甘く喉を震わせた『アドニス』に、私はすっと目を細める。

梅香が見せたかったものが何か私は漸く気付いた。



「人語も操れなくなったの?」

「ぐるぅ、うぅおーん!」



遠吠えをし、ふさりと尻尾を振った『アドニス』は、私を見つめ嬉しげに目を細める。

これが私が魂を掴んだ魔法使いの末路だった。


忠誠を誓うように頭を下げる獣は、知性を感じさせる瞳で私を見る。

彼は私を忘れたはずだった。

だが実際は忘れていなかった。

どうやっていつこの地に来たのか知らないが、己の体を媒体に呪いを発動し、この地に赤い花を咲かせた。


この花がこれだけ群生するのに、少なくとも数百年単位で時間が掛かったのだ。

己の骸の傍で、彼は、『アドニス』と嘗て呼ばれていた男は、一人で私を待っていた。

あれほど厭んでいた魔物に身をやつしてまで、彼は永き時間を過ごしていたのだ。


『人間』が魔に染まる方法はそれほど多くない。

彼は己の魂を喰らわせた獣の体を乗っ取ったのだろう。

それだけ強く意識を持ちながら、それでも『人間』の虚弱な魂ゆえに中途半端な魔物になった。

この様子だと人型にもなれないに違いない。

そうでなければ、私を目にした瞬間に、人の姿になっているだろうから。



「貴方、馬鹿ね」

「うぉォーン!」



呆れを含んだ声なのに、嬉しくてたまらないとばかりに獣は幾度も尻尾を振った。

会えて嬉しいと、幸せだと、言葉に出来ないからこそ体を使って訴える。

魔物であるくせに力の使い方すら理解してないので、意思の疎通すら出来ないらしい。


一つ、ため息を吐き出す。

これが私の行動の結果。



「私は生涯貴方を愛さないわ。この先白檀様の邪魔になるようなら容赦なく殺すし、時には利用すると思うわ。楽な死に方も出来ないでしょうし、楽な生き方も出来ないわ。全てを捨てなければいけないし、簡単に死ねなくなるわ」

「ぐるぅう」

「それでも構わないというなら、それでもまだ望むなら───貴方、私と共に来る?」



問い掛ければ、『アドニス』は嬉しげに遠吠えした。

暗い闇に包まれた森のどこまでもその声は浪々と響いていく。



後に力の使い方を教え、彼がどうやってこの地に足を踏み入れたか、人間としてどんな生活を送っていたか、どうやって花を咲かせたか、どうやて魔物を喰らったかを知る事になるが、それはとても些細なことだ。

居場所も力も姿も捨てたその獣は、新たな名を得て今でも私の傍にいる。

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