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三日目【4.5】

梅香視点での話です。

残酷表現が強いのでお気をつけ下さい。

常と変わらぬ笑顔で勇者達の相手をしながら庭園を案内していた梅香は、すこぶる不機嫌だった。

何故不機嫌かといえば、はっきり言って『人間』が嫌いだからだ。

本来なら好悪の感情を抱かぬはずの種族に好悪の基準を与えた存在は、何食わぬ顔で梅香の横に並んでいる。

それがまた気に入らず、同時に酷く愉快だった。


ちらり、と隣に並ぶ勇者を観察すれば、今までの歴代の勇者達の面影を色濃く残している。

だが観察する限り今代の勇者は決定的に欠けている部分がある。欠けたものを理解できずに、どう探せばいいか判っていない。

その無様な様子が酷く愉快で、唯一梅香の心を慰めた。


昨日一日伽羅に代わって相手を務めたおかげで、勇者一行の人間関係は大体つかめた。

勇者の隣で嬉しそうに微笑む少女はほんのりと頬を淡く染め、その様を面白くなさそうに見詰める自称タラシの格闘家と、さらにその様子を眺める傍観者の魔法使い。

判り易い一方通行の図解だ。

勇者は少女に対しては庇護するような立場にあるが、そこに恋愛感情は混じってないように見える。

付け入る隙は溢れていて、梅香はくつりと喉を震わした。



「・・・どうかしたのか?」

「いいや?気にしないでくれ」



伽羅に対して打ち解けたように見えた勇者は、梅香に対しては相変わらずぶっきらぼうだ。

朝とは違いしかめっ面のままの青年は、警戒心を解く気はないらしい。

もっとも友達になりたいわけでもないので、それもまた結構なのだが。


蒼い目と蒼い髪。

世界でただ一人の異端であり、排斥されるべき魔王を打ち倒す力を持つ存在。


『人間』は愚かだ。

善のみで世界の均衡は成り立たないのに、悪を排斥したいと願う。

梅香にしてみれば自分たちの種族は別に悪でもなんでもないし、天使の方が博愛と称して空恐ろしい行動をしていると思う。

だが天使が執行するというだけで彼らの行為は天の裁きと成り代わり、自分たちが動けば悪の侵略へと挿げ替えられる。

価値観の違いと一言で纏められる話だが、その価値観の違いを彼らがどこまで理解できるかは興味があった。



「ああ、先客がいたようだ」

「え?」



予め伝心で頼まれていたことなど微塵も見せず、飄々とした顔で勇者達の視線を誘導するために手を向ける。

すると目的どおりに動いた彼らの視線は、ある一点で止まった。


そこには闇を溶かしたような漆黒のドレスを纏う伽羅がいて、その隣には緋色の毛並みの巨大な獣が一匹座っていた。

獣の存在を知っている勇者はもとより、強大な魔物の存在に一行の面々も息を呑む。

小さく華奢な伽羅が並ぶからこそ余計に存在が強調され、獣の異質さがよく目立つ。


恐怖に固まる『人間』の何と脆弱なことだろう。

自身の弱さを理解せず、この獣の何百倍も力を持つ梅香には対等とばかりな態度を取るくせに、判り易い異質には身動き取れない。

ならば今から見せる行為で彼らはどう動くのだろうか。



「おはようございます、皆様方」



ドレスの端を指先で持ち上げ、人形のように精巧な動きで礼を取る。

見た目も相俟って儚げな美しさを出す伽羅は、それでも儚さとは無縁の存在だ。

唇が弧を描き、笑顔と取れる表情を作れば、『人間』たちはそれだけで緊張を解いた。

だが折角解けた緊張も、次の伽羅の行動で打ち消された。


礼を解いた彼女は、自らの指先を振るとその手に剣を出現された。

梅香にはよく見覚えのあるそれは、伽羅が戦いの際好んで使っている切れ味を優先させた武器だ。

業ではなく技を必要とする剣の抜き身の刃は銀色に鈍く光り、冴え冴えとした美しさがある。

武では梅香に劣る伽羅だが、実戦経験は豊富だし決して弱いわけでない。

むしろ梅香ですら梃子摺る強さを持ち、内包する力を使えばどちらが勝つか判らないほどの戦闘力を有していた。



「・・・どうしたんだ、伽羅」

「先ほどの私との会話を覚えてますか?」

「先ほど?お前、キャラちゃんと何かしたのか?」

「聞いてないよ、レイノルド」

「・・・どういうこと?」



口唇を開いた伽羅は、外野を完璧に無視すると勇者のみを視界に入れて問いかける。

訝しげな表情をした勇者は、仲間の言葉に渋面しつつそれでも伽羅に首を振った。

嘆息すると剣を構えて獣に向き直った伽羅は、一瞬だけ梅香に視線を送る。

それに頷くと、もう視線は真っ直ぐに前を向いた。

無意識の内に梅香の唇が弧を描く。

今から起きる出来事がとても楽しみで、その結果が楽しみだった。



「よく見ているんだな、勇者君。伽羅の今からの行動は君のためのものなのだから」

「何を・・・?」

「あの子はね、本当に馬鹿で愚かなんだ。僕と同じ悪魔の癖に、悪魔らしさがほとんどない。唯一といっていいのは魔王様への執着と忠誠くらいで、自分には欠片も頓着しない」

「貴様・・・伽羅の仲間じゃないのか?良くそこまであしざまに言えるな」

「僕は伽羅の仲間だよ。だからここ・・に居るんじゃないか」

「意味が判らないな。貴様は伽羅が嫌いなのか?」



苛立ちを篭めた眼差しで睨んで来た勇者に、にっこりと微笑む。

やはり『人間』とは会話は成り立ちそうにない。

だがとても安心した。

勇者・・は、どこまで行っても勇者・・でしかない。

梅香の嫌悪を煽り、人間への情を薄めてくれる存在だ。



「キャラちゃん!!?」



少女の悲鳴に近い声が上がった。

見れば伽羅が剣を構えるところで、獣は抵抗もなく従順に首を下げた。



「この地において勇者・・の存在は絶対不可侵領域よ。それを理解し、尚且つ牙を剥いた獣。眷属と言えども赦せる所業ではないわ」

「何をする気なの!?やめてキャラちゃん!」

「勇者様に牙を剥いた罰と、私の命に背いた罰を」



見せ掛けだけではなく殺傷能力も十分に宿した剣は、躊躇なく獣を貫いた。

獣は右足に突き立てられた剣に堪えきれずに悲鳴を上げる。

軟弱な存在に嘲笑が浮かび、少女の悲痛な叫びが響いた。

崩れ落ちる獣に対しさらに伽羅は剣を振り上げ、そのまま腹を突き刺した。

二撃目も全く躊躇の欠片もない。

清々しいまでの早業に、落ちてた機嫌が上向きになる。


伽羅の技術は鬼神と呼ばれた男直伝だ。

迷いも躊躇いも欠片もない剣は、獣を瀕死に追いやった。

最早獣は叫ぶ力すら失くし、その体を横たえて痙攣し血を吐いている。

伽羅の一撃は内臓を傷つけたらしい。

あのまま置けば血が喉に詰まり窒息死か、それとも出血多量で失血死か。

どちらにせよ生き延びる可能性の方が低いに違いない。


瞳を潤ませ伽羅を見上げる獣は、ウルるるぅと弱々しい声を上げる。

その姿を一瞥すると、興味を失ったとばかりにあっさりと獣に背を向けた。



「勇者様」

「・・・・・・」

「先ほどの無礼、どうぞこの程度でお許し頂けないでしょうか?」

「ッ・・・あんた、おかしいだろ!さっきはこの獣に謝れって言ったくせに、どうしてこいつを殺そうとするんだよ!?」

「勇者様に牙を剥いたからにございます。それは決して魔王様の本意にございません。お許しいただけないのであれば、獣は処分いたしましょう。勿論、あれの主である私もそれなりの責め苦を負います」

「何でだよ!!あんた、さっきあれだけあの獣を庇ったろう!?俺を傷つけようとした獣を殺すんじゃなく、自分の体を盾にして守ったんだろう!?どうしてそんなに簡単に殺すなんて言えるんだよ!!」

「貴方様に無礼を働いたからです。勇者に向けて牙を剥いた瞬間から、この獣の末路は決まっております」

「・・・っ」



顔を歪ませた勇者は、信じられないとばかりに後ずさった。

信じていた何かを裏切られたとでも言いたげな表情に梅香の笑みは深くなる。

混乱した様子の勇者へ歩を進めると、ゆっくりと唇を開いた。



「どうする?勇者君。君が望むなら立会人を頼まれた僕が伽羅も処分しよう。そうしてこの城から追放し、君の目の届かない場所へ置こう。彼女の眷属が君に対してとった非礼は、主である彼女の責だ。我らの総意ではないとはいえ、君に対して獣が牙を剥いたのは事実。君の選択に委ねよう」

「・・・あんたは、伽羅は、それでいいのか?」

「勿論。そのために立会人として梅香を呼びました。これは魔王様の意思ではありません。それを証明するためなら、処分も喜んで受けましょう」



跪き頭を垂れた伽羅に向かい距離を縮める。

自分の手に慣れた武器である大刀を手にすると、いつでも攻撃できるように無造作に構えた。

笑顔で振り返れば勇者の顔は益々強張る。



「言っただろう、勇者君。この子は愚かで馬鹿なんだ。愚直なまでに努力家で、真っ直ぐにしか進めない。唯一無二の相手のためなら、自分を愛する存在も躊躇なく切り捨てる。それが『伽羅』だ」

「・・・狂ってる」

「ははは、それは光栄。僕たちは君たちと種族が違うから価値観も違う。君は伽羅をどうしたい?流石に殺しはしないが、君の望みであればそれなりに考慮する」

「下種が」

「どうやら嫌われたみたいだな」



笑いながら大刀を振り上げれば、伽羅を斬り裂く前に静止の声が聞こえた。

十分手加減をしていたが、それでも勇者が止めなければ振り下ろすつもりだったそれに躊躇はない。

こちらを見上げる伽羅の瞳と一瞬だけ視線が絡み、ウィンクすると武器を消した。



「伽羅に対して処分は必要ないということか?」

「ああ。・・・そこの獣も助けてやってくれ」

「助ける、ね。困ったな、僕は癒しの力は持たないんだ」

「助ける必要はないわ。この程度でアースは死なない。余計なことはしないで」

「何故!?」

「───簡単だよ、勇者君。この獣を伽羅が助けようとするなら、僕が殺してしまうからさ」

「ッ!!?」



耳元で囁けば、びくりと体を震わせた勇者は目を見開いてこちらを見た。

その表情にはありありとした恐怖が浮かんでおり、異質なものを見る目だった。

彼にしてみれば先ほどまで伽羅の横に居たはずの自分が、急に横に現れたように感じたのだろう。

別に力も何も使わず、単純に移動しただけだが、スピードに目がついてこれなかったらしい。

そこから計れる実力に、嘲りを鮮やかな笑みに隠す。



「言っただろ?僕は伽羅の仲間だ。そして、彼女の幼馴染でもある。長く付き合うと、情も沸くものだ」

「・・・・・・」

「僕はね、愚かで馬鹿でどうしようもなく悪魔らしくない彼女を、こう見えてそれなりに大事に思っているんだ。この僕が、『愛してる』と口に出来るほど、十二分に特別に想ってる」

「『愛してる』と、口にするくせに、躊躇いなく斬れるのか」

「当然だ。僕の主は彼女じゃないし、何より伽羅自身がそれを望むからね。ああ、でも獣を殺したいのは僕個人の望みだ。獣の分際で伽羅を傷つけるなんて、死んで当然だと思わないか?」

「狂ってる」

「『人間』とは感情の表し方が違うだけだよ。伽羅は決して優しくない。自分を愛する存在ですら、当たり前に殺してみせる。けれどあの獣に剣を向けたのは、伽羅なりの想いの返し方だ。誰だって自分を嫌っている相手より、愛した相手に殺されたいものだ。そして伽羅が処分した手前、僕もこれ以上手を出せない。獣の生命力が強ければ、彼はまだ伽羅のもので居られる。───忌々しいが、伽羅の言ったとおり獣は此処で死なないだろうな」



黙り込んだ勇者は、泣きそうに顔を歪めて獣を眺めた。

どくどくと溢れる血を大地に吸わせながらも、獣の瞳が伽羅から逸らされる事はなかった。


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