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三日目【4】

「『眷属の力などでどうこうなるようなら、側近は名乗れないわ』でしたか?よく言えたものだと感心しますね」



勇者を仲間達の部屋まで運び、梅香に朝食の確認をしてから自室に戻るといきなり怒りをぶつけられた。

怒りを孕んだ声に視線を向ければ、部屋の扉に背を凭れ掛け眼鏡の奥からこちらを睨む銀色の瞳に射抜かれる。

普段からクール気取りの菊花らしからぬ感情の発露に、面倒だと眉を寄せれば、こちらの気持ちを見透かしたように器用に眉を持ち上げた彼は、ずかずかと大股で距離を詰めてきた。

どうやら私の行動を監視していたらしく、状況は筒抜けらしい。



「入室の許可を与えた記憶はないわ」

「頂いた記憶もありません。ですが、今の貴女には私が必要だ。違いますか?本当に貴女の愚かさ具合には呆れてものも言えません」

「なら黙」

「黙れと言ったら許しません」

「別に許しは請うていないわ」

「白檀様に報告しますよ」

「・・・・・・」



その一言で反論は喉奥で消える。

白檀様は私が怪我をしたと知ったらきっと顔を曇らせる。

黙り込んだ私に向けこれ見よがしにため息を吐くと、菊花はうんざりとした表情で距離を詰めた。

そして表情とは裏腹の優しさで私を腕に抱くと、秀麗な顔を盛大に歪める。



「その忌々しいドレスを捨て、怪我を出しなさい。見た目しか誤魔化せない幻術でどこまで我慢する気だったか知りませんが、見栄を張るのもいい加減になさい。その体で残りの日数持つと思ったのですか?」

「いいえ。けれど私には菊花が居るわ。あなたが居れば、多少の無理も利く。違う?」

「───確かに、私が居ればどんな傷でも跡形なく治して見せましょう。ですが体感した痛みや記憶は消せません。骨が露出するほどのダメージを受け、平然としている神経が理解できませんね」



銀髪を揺らして首を振った菊花だが、彼本人も同じだけのダメージを受けても平然としているだろう。

しかしながら私達に痛覚がないわけではない。むしろ有事の際には微かな皮膚感覚がシグナルになるので鋭い方だろう。

今も激痛が体を苛んでいる。だがこの程度の傷なら死ぬほどでもないし、菊花が居れば十分に治る範囲だ。だからこそ重きを置かず無視している。

自分が受けた傷なら彼とて同じ反応をするだろうに、菊花は怒り心頭に発している。

面倒だ、と首を振れば、眉間の皺を深めた菊花は実力行使に打って出た。



「───・・・乱暴な殿方は嫌われるわよ」

「じゃじゃ馬はこれくらいの扱いが丁度いいんですよ」



態々怪我をしている方の腕を思い切り引いた菊花は、痛みに顔を歪ませた私に向け哂った。

傷口に爪を立てるなど天使の所業とは思えない。睨みつければ目を細め、そのまま私のドレスへと手を掛けた。

作ったドレスは紐を首に括るタイプのシンプルなものだったので、肩も露出している。別に解く必要はないと思うのだが、別段抵抗せずに行為を受け入れた。

解けて落ちていくドレスを胸元を隠すようにして手で止める。

緋色のドレスの下から現れたのは白い肌。鎖骨が見えるほど肌蹴ているが、傷などどこにも見受けられずドレスを作る時に混ぜた花の香りで血の臭いもない。

それでも迷いなく傷に触れていた菊花は、僅かに力を使い私の幻術を解除した。



「・・・あの獣が。殺してやりたい」

「やめなさい。あれは私のものよ」

「ですが貴女に牙を剥いた。この美しい柔肌に傷を作るなど赦し難い蛮行です」

「傷口に爪を立てるのは蛮行じゃないの?」

「これは可愛い嫉妬です。他の男の付けた痕など許し難いものでしょう」

「───貴方本当に天使?」

「残念ですね。遙か昔にその種族から堕ちてます。今はただの恋する愚かな男ですよ」



飄々と涼しい顔をして告げた菊花は、私の傷から手を放すと検分するように覗き込む。

改めて私も見たが、思っていたよりはマシな傷口だった。

牙が埋もれたために白い骨が露出していたが、肩の肉が抉れた訳でもないので大穴が幾つか空いている状態だ。止血だけは済ましていたが、血だけ拭ってあるので肌に開いた穴は殊更強調されるようだった。



「・・・やはりあの獣殺しませんか?」

「殺さないわ。そんなにこの傷口が目障りなら、さっさと痕跡なく消して」

「言われなくともそうさせて頂きます」



目を細めて傷口を眺めていた菊花は、そっと顔を寄せると薄い唇を持ち上げた。

赤い舌が爬虫類のように蠢くと、そのまま傷口へ伸ばされる。

別に口を媒体にして力を使うわけでもなかろうに。近づく舌に抵抗せず身動ぎ一つしないで居ると、肩に口付けるために屈んだ菊花は、上目遣いに私を見上げた。

銀色の瞳が僅かに潤み、肌が熱くなっている。白い肌が赤く染まり、私を抱きしめる腕が微かに震えた。



「・・・・・・ッ」



ぴちょり、と生々しい音が静かな部屋に響く。

犬が水を舐めるよう私の肌に付いた血を舐め取る菊花は、恍惚とした表情で舌を動かした。

舌を尖らせ傷口の内部までしゃぶるようにして舐める彼は、何が嬉しいのか満足気に顔を綻ばせている。

確か、吸血嗜好はなかったはずだが、新たな嗜好に目覚めてしまったのだろうか。それならば出来れば私とは縁遠い部分で開花してもらいたかったものだ。


菊花の嗜好はどうあれ、舐められた部分から着実に傷は消えていく。天使族特有の癒しの力だが、何度目にしても感心する。

悪魔には癒しの力を持つものはほとんど居ないので、彼の能力は重宝した。



「いつまで舐めているつもり」

「もう少し・・・駄目ですか?」

「駄目よ。食事ならしたばかりでしょう。離れなさい」

「・・・」



いつの間にか傷口から首へと移動していた頭をがしりと片手で掴むと、菊花は不満げに柳眉を顰めてこちらを見詰めた。

無言で睨むとため息を吐き、傷のあった部分に音を立てて口付ける。吸い付かれて赤い花が咲き、それを満足気に眺め漸く顔を放した。



「回復を早める呪を掛けました。消さないで下さいね。傷は消しましたが失った血は戻りませんから」



ついた痕を指先で撫でて消し去ろうとしたら、それより先に釘を刺された。

今着ている緋色のドレスの形ではこの場所は見えるか見えないかギリギリのラインだ。別に見えても構わないが、それに付随する面倒が嫌だ。



「あと一応血は洗い流しておきなさい。人間にその血は酷です」



私を抱く腕に力が篭められた。

菊花が全て舐め取ってしまったように見えるが、念には念を入れて血を流す方がいいかもしれない。

頷くと、私をベッドの上に下ろし、痛みを堪えるように顔を歪めた。



「───貴方ほど悪魔らしくない悪魔、見たことありませんよ。その身に牙を受け入れなくとも、貴女であれば獣を切り裂く程度朝飯前でしょうに」

「そうね」

「なら次は自衛してください」

「そうね」

「厄介なものです。見た目だけでなく、中身まで異端とは」

「そうね」

「・・・・・・白檀様が目を覚ましそうですね」

「早く行きなさい。白檀様の寝室へ入る際は必ずノック四回の後、返事を頂いてからよ。今日は眠りが深いようだったから、まだ寝たいと仰ったら聞き遂げなさい。あと朝食にはパンとサラダの他にフルーツのジュースと、黒方手作りの野菜マフィンもお出しして。私の力で結界が張ってあるから、貴方以外は入れないわ。使用人を使う際には気をつけなさい。お風呂は少し温めで張っておいて頂戴。ああ、白檀様のお傍にあるぬいぐるみには触れないようにね。私と白檀様以外が触れれば呪われるわ」

「・・・・・・はい」



もの言いたげに唇を震わせ、結局一言だけ返した菊花は、一礼すると部屋から気配を消した。

恨めしそうに銀色の瞳を向けていたが、慣れているので無視するに限る。

瞳孔は開いてなかったので放っておいても大丈夫だろう。



『伽羅。勇者君たちの食事はもう始まってる。風呂に入るなら手早く済ますんだね』



脳裏に響いた幼馴染の声に、うんざりと息を吐き出す。

どうやら彼にも情報は筒抜けらしく、私のプライバシーの確保は難易度が高いらしい。

ゆるく首を振ると、リボンを解いて風呂場に向かう。

とりあえず、覗きを防止するために、風呂場に結界でも張ることにした。

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