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序章【1】

「何を仰るのですか、魔王様!!」


唐突なことを告げた主に、背を一杯に伸ばして私は声を上げた。

こんな態度を許される筈が無いのに、自制する気力が根こそぎ奪われた。

本来なら彼の抑止をすべきはずの右腕を睨み付けると、長い銀髪を緩やかに編みこんだ彼、菊花キッカは、メガネを指の腹で押し上げうっそりと息を吐いた。

堕天した過去を持つ彼は、この城では異例の存在ではあるが力こそ全ての魔物の基準で魔王の右腕を任されるほどのやり手だ。

理解できないのは白地の衣服を纏うセンスのみだが、基本的に常識的な彼ですら止めるのを放棄し諦めの境地に居るらしい。

眉間の皺の刻み具合から、賛成はしていないだろうに、押し切られたとでも言うのか。

頼りにならないと一瞬で切り捨てると、右隣を見る。

私と同じ白檀様の側近という立場の幼馴染、赤地に金の糸で刺繍が入った人間世界で言うところの東国の衣服を纏う梅香バイカは肩を竦めてこちらを見ていた。

浮かぶのは苦笑で、こいつもダメだとじろりと睨む。

結局頼りになるのは自分だけと気合を入れると、数メートル先の玉座に足を組んでゆったりと座る白檀様に瞳を向けた。


「そう怒らないで欲しいものだな、可愛い養い子。怒ったとしても碧の瞳が輝きを増し、白い頬が上気して益々可愛くなるだけだ」

「何を戯言を!!」

「はははは。───なあ、伽羅キャラ。俺の言うことが聞けないか?」

「いえ、いいえ、魔王様。ですが・・・っ」

「俺の名は白檀ビャクダンだ、可愛い養い子」

「っ。白檀様!」


魔界の闇よりもなお黒い瞳が私を射抜く。

睨まれたわけでなく、ただ見詰められただけ。それだけで全身震えが走り、冷や汗がどっと流れた。

かたかたと制御できない細かさで身体が揺れる。

彼は怒っているわけではない。

ただ、少しの力を解放しただけで、私は身が竦み動けなくなる。

白檀様の側近と呼ばれても、彼との力の差は歴然とし、その気になれば羽虫のように指先で潰される。

圧倒的な存在感。

だが、それでもあっさりと引けぬ理由が確かにあった。

震える身体をどうにか宥め、掠れる声を絞り出す。


「・・・それでも、勇者を魔王城に一週間も泊めるなどとは」

「───そこまでにしておきなさい、伽羅」

「菊花」

「白檀様が仰られるのです。わたくしたちの応えは『是』以外にないでしょう」

「ああ。それに、白檀様が人間如きにどうこうなるはずがない。それを良く知っているのは、僕達ではなく君自身のはずだが」

「貴様に言われなくとも───っ。私が白檀様のお力を疑ってるとでも言うのか!!」


ぶわり、と魔力を開放する。

小悪魔で居る状態の金色の髪が揺れるのが視界に映る。

例え子供の姿でいようとも、魔力が薄れるわけではない。

白檀様の養い子として恥ずかしくない力を身につけるために、血の滲むような努力も、死に掛けるほどの修行も欠かしたことは無かった。

例え相手が男性系であろうとも、人間と違い悪魔の私には関係無い。

私が遅れを取る理由にはならない。

私の本気の怒りに早々と両手を上げ、降参の意思を示した梅香に力を納める。

青く発光していた魔力が小さくなると同時に、壇上の白檀様に声を掛けられ慌ててかしこまる。

醜態をさらしたことに後悔が湧き上がり、恥ずかしくて消えたくなった。

どれもこれも、隣に立つ幼馴染の所為だ。


「伽羅」

「・・・はい、白檀様」

「俺の言葉はお願いではない」

「はい。・・・申し訳ございませんでした、白檀様」

「許そう、可愛い養い子。俺の心配するなどという行為も、俺の言葉に反論するという行為も。代わりに命令しよう。遊びに来る勇者の面倒はお前が見るのだ」



脳裏に覚えている勇者の顔が浮かぶ。

世界に選ばれた勇者の癖に、やる気が無くへらへらと白檀様のところに遊びに来ていた、空を写したような蒼い髪を持つ男の事を。

世界でただ一人持つ蒼色の髪を後ろで軽く結わえ、白銀色の鎧を纏う、この世界の勇者を。

思い浮かべるだけで胸の奥がざわめき落ち着かなくなる。

だが、感情を一切顔に映すことなく私は口を開いた。


「はい、白檀様。仰る通りに」


ゆったりと肘に顎を乗せてこちらを見る白檀様は、ゆるりと唇を上げて満足げに頷いた。

その麗しい笑みを向けてもらえるだけで、これからの苦労も報われるのだと畏まって頭を下げた。


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