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二日目【13】

昼食をとり終えたばかりの白檀様は、私を連れて寝室へ転移するとベッドの上に腰掛けた。

朝の惨状は綺麗に片付けられており、胸が悪くなるような血の匂いも消えている。

視線と力で取りこぼしはないか確認し、しっかりと綺麗になっているのを確かめると私は体の力を抜いた。

白檀様は膝の上に私を抱き上げたままころりとシーツの上に転がり、そのおかげでひやりとしたすべらかな感触が頬に伝わる。

朝同様光を遮断した部屋は真っ暗で、それでも闇に強い瞳は明確に彼の顔を映し出した。



「───そんな顔、なさらないで下さい」



先ほどまで所有を宣言しふてぶてしい笑みを浮かべ傲岸不遜に仁王立ちしていた彼は、情けなく眉を下げ迷子の子供のように不安げな眼差しを向けていた。

遠慮のない力で抱き込まれ小悪魔でいる体は悲鳴を上げているのに、比例して心は浮き立っていく。

抱くというよりしがみ付くにと表現した方がしっくりくる抱擁に頬を緩めながら、普段から紐で一つに結ばれている髪を解いた。

背中の中頃まで伸びたそれは、さらりと音を立ててシーツの上に広がる。

指先を通して梳ると、ふっと息を吐いた彼は、私の肩に顔を埋めた。



「白檀様」

「───お前は」

「はい」

「お前は、俺のものだ」

「はい」

「体なら誰に明け渡してもいい。たが心は、魂は俺のものだ」

「はい」

「他の誰かに奪われるのは許さない。お前の存在は、俺のものだ」



私に言い聞かせるようでいて、自分に言い聞かせている言葉。

それが判るから逆らわずに肯定していく。

元々私の存在は白檀様が仰られたとおりに何から何まで彼のものだ。

反論などあろう筈ないし、何より所有を宣言されるのは嬉しい。

だが白檀様を追い詰めたいわけではないので、彼をここまで不安定に追い込んだ勇者に苛立ちが募る。


昔からそうだ。

白檀様のように爵位を持つ貴族は大抵の場合一つの世界を委ねられる。

天使も同じように義務を負っているのだが、彼らと交互で世界の平定を見守る立場にあるのに、何故か人間は魔族を嫌う傾向にあった。

この世界もそうだが、別の公爵が治める世界もそうらしく、教えてもらうと『人間』は大抵は魔族を忌避するらしい。

天使も悪魔もしていることは変わらないのに、交代で現れる天使には粛々とした歓迎を捧げると言うのだから腹が立つ。

勇者はこの地を納める天使も粛清する力を持つ。

それなのに、どうして白檀様のみがここまで苦しめられなければいけないのか理解できない。


この世界は出来てからまだほとんど時が経っていない。

白檀様が1000歳の頃から治め始めたらしいが、人の中から勇者が立ったのは私が100歳を僅かに超えた頃だ。

それ故に私も白檀様に無理に願い出てこちらの世界で初の勇者と言葉を交わしたのだが、思えばその頃からどうにも意見が通じなかった。


だからこそ・・・・・、面倒は起こってしまった。


思い出すだけで腹立たしい過去を胸の奥に沈めながら、自分を抱く人に腕を回す。

ぴくり、と僅かに体を震わせた白檀様は、それでも抵抗せずに私に体を寄りかからせた。



「ご安心ください、白檀様。私が白檀様を裏切るはずありません」

「・・・伽羅」

「不安に思わないで下さい。私は貴方様のものです。欠片も疑わないで下さい。私は貴方様の魂に沿います。揺らがないで居て下さい。私は忠誠を誓っております。───私が、ただ一人愛するお方」



前髪を上げ唇を落とす。

ちゅっとわざと軽く音を立てて繰り返せば、ささくれ立った気配が段々と落ち着いてきた。

揺らぐ心を収める白檀様に、私はそっと微笑みかける。

苦痛に耐えるように顰められていた眉が皺を失くし、ぎこちないながらも笑みを返してくれた白檀様に、私の笑みは深まった。



「このままお休みになりますか?」

「───まだ、昼だ」

「あら。白檀様は何時間でも寝ることが出来ると日頃から豪語されているではありませんか。子守唄も謳って差し上げますよ」

「・・・共に寝るのか?」

「はい。白檀様のご許可が頂ければ。───私は安眠効果抜群の抱き枕ですよ?」



冗談めかして告げると、くつくつと喉を震わせて笑った白檀様は、ほうっと息を吐き出すと体の力を抜いた。

広い背中を掌でぽんぽんと軽く叩けば、小さく欠伸をして首に頭を摺り寄せる。

きっと体は横たえていたものの、昨日の夜の襲撃から眠っていないのだろう。

その原因を思い僅かに眉を顰めるも、腕の中で安らぐ人に気付かれる前にすぐに笑みにすり替えた。

誰かに腹を立てるより、今は腕の中の安寧こそが優先事項だ。



「洋服を着替えられないのですか?」

「・・・面倒だ」

「ですが、寝苦しいでしょう?皺になってしまいます」

「気にしない。それに、お前が子供の頃は良くこうして眠ったものだ」

「・・・後で菊花にどやされても庇いませんよ?」

「構わない。それよりも、今は眠りたい」



言葉を交わしているのに、段々とゆったりとした口調になりはじめた。

伝わる鼓動も音を遅め、体が睡眠に移行しているのに気が付くと背に回していた手を頭へ移動する。

また髪を撫で始めると一瞬だけ薄目を開いて笑った彼は、すっと眠りに落ちていった。


健やかな寝息が聞こえると同時に、力を解放して結界を張り直す。

白檀様が普段張っているものに自分の力を加えて、それを襲撃者へ・・・・の合図へ代える。

白檀様だけの力であれば襲い来る敵も、私がこの場に居れば少しは収まるだろう。

もしかするともっと悪いものが現れるかもしれないが、今の時期はきっとそれもないはずだ。



「・・・ああ、そう言えば『人間』を手に入れたのを報告するのを忘れていたわ」



報告しようと考えていた内容を思い出し、じとりと眉を寄せる。

暫し思案したが、どう考えても白檀様の眠りを妨げてまで行う報告ではなかったので、また目が覚めてから改めてにしようと決めた。


今はただ。

不安定に揺れるこの方を、安らかで健やかに眠りに誘うことだけを優先したかった。



「・・・♪~~♪」



小声で耳障りにならない程度に歌を歌う。

それは昔、白檀様が私に聞かせてくれた子守唄で、彼が眠る時に一番心を解く魔法の歌だった。

中々望んでいただけない故に久方ぶりの共寝に心を弾ませつつ、白檀様が目覚めるまで力を解放し続ける。


この優しい体温こそが、私が望む世界の全て。

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