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二日目【11】

焼きたてホクホクの『クッキー』を両手で持ちながら、私は機嫌よく廊下を歩く。

先ほど黒方と共に焼いたのだが、味見をさせた香は涙ながらに美味しいと言ってくれたので、きっと中々の出来だろう。

焼きたてのそれは、四つに別けた。

一つは菊花に。一つは梅香に。一つは黒方たちに。

そして残った最後の一つは綺麗にラッピングして白檀様に。

菊花と梅香の分は転送したので彼らの分が先に付いているが、歩いていっても昼食後のデザートには十分間に合うし何より白檀様のお顔が見たかった。

先ほど何だかんだで手に入れてしまった新たな部下二人の報告をしなくてはならなかったし、一日に最低三回は白檀様の顔を見ないと調子が出ないのだ。


新しい部下を思い出すと、自然と眉間に皺がよる。

黒方の想いに応えるために双子を受け入れたが、それは果たして吉と出るか凶と出るのか。正直先が全く見えない。




『改めて名乗るけれど、私の名前は伽羅。こちらの黒髪の男が黒方で、可愛らしい女の子が香よ。貴方達の名は?ああ、家名は必要ないわ。もう意味がないから』


視線を向ければ同時に膝を付いた双子は、私の手を握ると甲を額に当てる。


『我はハークと申します』

『我はアークと申します』

『誠心誠意二心なくお仕えいたします』

『どうぞ我らを、使い切ってください。我らは貴女様のもの。所有していただけることこそ幸せ』


恭しく告げると熱の篭った瞳を向けてきた。色は彼ら本来のもので、上気した頬は単純に興奮故らしい。

覚めた眼差しで眺めていると、そのまま手の甲へ唇を落とそうとして───戻ってきた香により強かに壁まで蹴り飛ばされた。

毛を逆立てた子猫のように威嚇する香の頭を撫で、彼女の背中を避けて顔を出す。


『・・・使い切られたいなら強くなりなさい。今のままじゃ盾にしてもすぐに壊れるわ』

『・・・はっ』

『そうね、丁度いいから香に師事するとわね。頼めるかしら、香?』

『勿論です!この脆弱な輩を叩き潰せば宜しいのですね?』

『違うわ。叩いていいけれど、伸ばして欲しいの。打たれ強くしてくれれば十分よ』

『どの程度でしょうか?』

『貴女が、私の傍に置いても恥ずかしくないと思える程度までよ』


香はそれはそれは嬉しそうに笑った。

見えない瞳は閉じたままだが、それでも表情から喜びが伝わってくる。

体に刻まれた呪が赤く点滅し、危険色に染まった。


『お前ら、死ぬより辛い目に合うぞ。今ならまだ逃げ出せるが、どうする?』

『心配御無用』

『一度は死んだ身。耐え抜いて見せましょう』


口の端を持ち上げて笑った双子に後悔は全く見られなかった。

彼らが香を見てどう感じたか知らないが、きっと想像以上に扱かれるに違いない。

何しろ彼女の師匠は戦闘において抜群のセンスを誇る男だ。

そして彼の私に対する過保護な感情も香はそっくり受け継いでいる。

合格ラインまで叩き上げられるのは、ちょっとやそっとでは無理だろう。

黒方の唇が愉しげに持ち上がる。彼らの運命を見越した上での表情は、白檀様に少しだけ似ていて、ちょっとだけ可愛らしかった。




先ほどまでの遣り取りを思い出していると、いつの間にか白檀様の部屋の前についた。

朝入った寝室ではなく、少し離れた場所に設置している執務室。

応接間を隣接しているこの場所で白檀様は昼食を取られるので、きっと今の時間帯ならこの場所に居ると検討をつけたが当たりらしい。

室内から仄かに漏れる力を間違えるなど有り得ず、軽快なノックを四回する。


「伽羅でございます。入室の許可を頂けますでしょうか」

『・・・うむ。入って来い』

「ありがとうございます」


視ていないだろうが扉の前でスカートを持ち上げ一礼すると、背筋を伸ばしてドアノブを掴む。

ゆっくりと空けると、部屋の置くから漂う白檀様の気配が強まった。

焼きたてのクッキーを抱えたまま笑顔で室内に入り、そしてそのまま固まった。


「よく来たな養い子。お前も同席するといい」


磨きぬかれた机の上に、昼食を乗せたまま笑顔で促した白檀様は、椅子に座ったまま普段どおりに私を手招く。

いつもならそれに一、二もなく飛びつくが、それが出来ない理由があった。


ぎこちない仕草で白檀様から視線を逸らすと、こちらを射抜くように眺める男に目を向ける。

蒼い目と蒼い髪。世界で唯一の色彩を持つ、ただ一人の存在。


「───・・・勇、者」


掠れる声は、私が発したものだろうか。

器用に片方の眉を持ち上げて一つ瞬きをしたレイノルドは、当たり前の顔をして、白檀様と同席していた。

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