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二日目【9】

瞼を閉じ、ついで開いた時には目的の場所に移動していた。

部屋の広さは教えられた単位で数えると二十畳ほど。屋根に取り付けられた天窓と、そして壁に嵌る四つの窓から降り注ぐのは、この地には似合わぬ太陽の光。

私の『拾い物』が太陽がないと生きられないと仕方ないのでと、白檀様がここだけ力を緩めているのだ。

ただしその分城との境はきっちりと結界が張られている。きっちりと区切られた一角は結界のおかげで外からは見えないようになっているが、太陽のおかげで庭の緑は青々としており花も数多く咲き乱れていてここだけ別空間となっていた。


伽羅が使うのは屋敷の二階にある一室だ。この部屋の内装はちぐはぐで、城にある華美で品のいい調度品はほとんどない。

部屋の半分はフローリング、そしてもう半分は畳という草を編んだ床で構成されている。調度品としておかれているのは、この場にそぐわない装飾を施された天蓋つきのベッドと大きい扉つきの本棚のみで、他にはちゃぶ台と呼ばれる小さな机が置かれているだけだった。

手入れはされているが豪華でない屋敷、それが伽羅の与えられ白檀様により手入れされた、通称『伽羅の拾い物屋敷』だ。


城の部屋に比べるべくもない瑣末な部屋の中には、ぽつりと一つの人影がある。

医者でも研究者でもないのに白衣を着て畳の上で座り込む青年は、伽羅に気づくと顔を上げた。

瞳すら見えない分厚い黒縁眼鏡と白檀様と比べても遜色ないほど黒い髪。クリーム色の肌は私たちの世界ではあまり見かけないもので、どっこいしょと掛け声をつけて腰を上げた彼が、私に部屋の広さの単位と畳を教えた本人だった。

畳に座って本を読んでいた所為か、僅かにふらつきながら近寄ってきた男───黒方くろえは私を見下ろし首を傾げる。


「・・・あれ?伽羅仕事は?」

「梅花に頭を冷やせと追い出されたの」

「ぬわんですってぇぇ!?あたしのお姉さまを追い出したですってぇ!!?信じられない暴挙です!」

「・・・香」


アルトの声で大絶叫した彼女は、私を見つけると走り寄り抱きついた。ぎゅうぎゅうと抱きつくというよりしがみ付く力の強さの香は、小悪魔でいると私より背が高い。彼女の肩に頬を押し付けつつ一つ息を吐く。

この盲目の少女は私を慕ってくれるのは嬉しいが、たびたび暴走しがちなのが困ったところだ。苦笑して頭を撫でると、漸く少し落ち着いたらしく力が抜けた。

香からそっと離れると、再び黒方と目が合う。否、眼鏡が分厚すぎて合っているか判らないが、多分合った気がした。


「頭を冷やせって、何したんだ?あいつがお前にそんなこと言うの、珍しいな」

「お前?お前とは誰を指して口にしたものですか!お姉さま?まさか、お姉さまと言わないわよね、この下郎が」

「・・・香。話が進まないから黙りなさい。黒方は昔からこの話し方なの。子供の頃からこうなの。私が許しているのだから、貴女の許可はいらないわ」

「でも、お姉さまっ」

「香」


威圧を篭めて名を呼べば、びくりと体を震わせた香は黙って頭を下げる。肌に刻まれた呪が赤い光を消し、元の黒い呪へと戻った。その様子を見届けてから、もう一度髪をくしゃりと撫でる。


「お茶の用意をお願い出来るかしら。貴女のお茶は美味しいし、考えを纏めるには最適だわ」

「っ、はい!お姉さま!誠心誠意心を篭めてお淹れします!」


ぱぁと顔を輝かせて全開の笑顔を見せた香は、一礼するとドアから出て行った。この屋敷は基本的に白檀様のルールが適用され、敷地内では極力力を使わないようにしている。

お湯を沸かしてお茶の用意をしてから彼女がこの場へ戻るには少し時間がかかるだろう。

勢いよく出て行った少女を見送ると、黒方の視線がこちらに向いているのに気づいた。そして連れて来た存在を思い出した。


「伽羅。『それ』、朝連れてったんじゃないのか?何で速攻でお持ち帰りしてるんだ?」

「それが、どうやら勇者一行が顔見知りだったらしいわ。王族関係者だったみたい。私が誘拐犯みたいに思われたから、仕方なしに記憶を有耶無耶にしてここに連れてきたの」

「誘拐犯?伽羅が?」

「ええ。落ちていたから拾っただけなのだけなのだけれど、誤解を解くのも面倒だわ」

「それでどうするんだ?」

「出会いをやり直しさせる予定よ。いきなり予備知識なしに会わせるより、本人たちの口からワンクッション入れた方がいいでしょう」

「そうだな。で、それまでの間『それ』をどうするんだ?俺としては第三の選択肢、今すぐ捨ててくるがお勧めだ」

「・・・捨てる?私が?」

「捨てるは比喩みたいなもんだ。大体『それ』の体の傷はもう癒してあるだろう?ならば開放するのがルールだ」

「・・・・・・」


黒方の言葉に、思い出した二人を振り返れば未だに頭を下げ続けていた。

本当に、彼らはいつまでそうしているのだろう。あの体勢はどう見ても楽なものじゃないだろうに、固まったように動かない。


「いつまでそうしているつもり」

「・・・お許しが、いただけるまで」

「許し?」

「は。伽羅様のご許可がいただけるまではこの体勢を崩すつもりはありません」


ならどこまで出来るか試してみようかとちらりと脳裏を過ぎり、同時に冷静な声がそんな無駄なことに時間を使うなと突っ込んだ。

黒方が呆れと苛立ちを含んだ気配を纏い、私は肩を竦めると彼らの望む許しを与えた。

漸くこちらに向けられた顔はやはり瓜二つで、黒子を探しどちらがどちらかを判断する。


「黒方の言葉を聞いたわよね?勇者一行の面前に出した上で判断すると、貴方たちがここから居なくなるのも確かに選択肢の一つと判断するわ。怪我が治ったならここに居る必要はないでしょう。そうすればあの人間たちに説明する手間が省けるし、全てはあやふやで終わるわね」

「・・・・・・」

「元々貴方たちは気紛れで拾っただけ。怪我が治ったなら自由にするといいわ。勇者一行には香を付け、当初の予定通り私が面倒を見ればいい。生きる代価として純粋な人としては存在できないけれど、それは予め告げておいたわ。貴方たちは好きになさい」

「・・・・・・」


私を見つめる二対の瞳に告げれば、彼らは微かに瞳を揺らした。

何の感慨もなくそれを眺めていると、背後から寄った黒方が私を抱き上げる。世界の中でもイレギュラーな彼はとても非力だが、それでも私を抱き上げる力は持っていた。

突然の行為に僅かに目を見開くと、ゆるりと口角を持ち上げた黒方は私の額を指先でつつく。親しげな行為は好まないが、彼に対しては許していた。


「伽羅。無言は抵抗に等しい。『それ』の意見も聞いてみたらどうだ?」

「・・・面倒ね」

「全く。でも、話が進まないからさっさと発言を許せ」

「───言いたいことがあるなら、早く言いなさい」


渋々と促せば、揃って一礼した二人は私を真っ直ぐに見つめた。黒に近い藍色の瞳は悪魔の好む色合いだ。

だがその程度の色は悪魔にあって珍しくなく、さして私の興味を引くものでもない。

一瞬互いの片割れと目配せしあった彼らは、漸く唇を開いた。





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