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二日目【8】

「さて、それで君はこの惨状をどうするつもりかな?」


席を立ちゆったりとした体勢で腕を組んだ梅花が、顔に薄い笑みを湛えたまま問う。

『この惨状』とは、勇者一行が床に平伏して意識を閉ざしている状況をさしているのだろう。

この場で意識を保てた人間はハークとアークの二人だけで、彼らは未だに頭を下げたままだ。使用人としてはある意味正しいのかもしれないが、彼らを使用人として雇った記憶もないため感心する気はない。

面倒な状況を作り出した一員に含めたいが、そもそも彼らを配置したところからが自らの失態だと理解しているので、彼らを責めるのもお門違いだ。

一つため息を吐くと、小悪魔の姿で指を振るった。

淡い光に包まれた彼らが瞬時に姿を消し、移動先に指定した場所の気配を探る。


「移動先は彼らの寝室?」

「ええ。今の出来事は忘れてもらうわ。朝食はまだ準備ができていない。彼らは慣れない場所で寝坊してしまった。起こしに来たのは魔王の側近。彼らは自分たち以外の人間は目にしていないし、女性の悪魔は見ていない」

「全て、夢の中の出来事って?それは根本的な解決になってないな、伽羅。今は忘れていても切欠があればすぐに思い出す。菊花の力に弾かれたんだろう?」

「時間を稼げる程度に暗示は掛けたわ。出会いはやり直しをさせる。記憶を上書きさせれば信じたい方を信じるでしょう。───彼らを不用意に会わせたのは私の失態。ならばそれを拭うのは私の義務よ」

「やれやれ。僕は白檀様のために、君が醜態を曝さないのを祈るよ。とりあえず君は昼まで謹慎だ。頭を冷やしたまえ」

「・・・判ったわ」


瞼を閉じて意識を集中させれば、脳裏に廊下を歩いている菊花と勇者の姿が現れた。

どうやら菊花が力で空間を歪めたらしく、果てのない回廊を延々と歩いている。

時折勇者が何事か尋ね、菊花がそつなく返答していた。


『菊花』

『話は纏まったみたいですね。では、勇者はどちらに向かわせますか?』

『・・・彼に選択を委ねて頂戴。菊花は私から伝心で彼らがまだここに来ていないのを伝えて。その上で勇者がこちらに向かうか、それとも彼らの寝室に向かうか選ばせて欲しい』

『判りました』

『・・・時間を稼いでくれてありがとう。手間を掛けたわ』

『いいえ、お気になさらず』


切れた伝心に肩の力を抜く。

こちらの様子を力を使って覗いていた菊花は説明せぬとも話を理解して、眼鏡のつるを指先で押し上げた。

一瞬だけ視線を絡めると、力を断ち切って意識を戻す。


「私が頭を冷やす間、勇者たちの相手を願えるかしら。午前は一応城の案内の予定だったのだけれど」

「君のお願いなら喜んで。ただし貸し一つだ。次の休みは一日僕に付き合ってもらうよ」

「───ありがとう」


綺麗にウィンクを決め伊達男を気取った幼馴染に頷いて礼を言う。

次はないと忠告しながら、彼は今回の失態を黙認してくれる。手厳しく感じる物言いは、それだけ彼が案じてくれているからだ。

梅花は勇者が嫌いだ。多分、私が抱く感情の何倍、何十倍も膨れ上がった嫌悪感を抱いている。

だからこそ梅花は私を勇者に近づけないために引っ掛けようとするし、あわよくばこちらの世界から排除しようとするだろう。

彼は白檀様の側近で同僚であるが、同時に心配性な幼馴染でもある。


「ああ、伽羅。君の屋敷に戻るなら、そこの目障りな人間二人も連れて行ってくれ。この場にいても邪魔なだけだ」


私に向けていた親近感のある視線でなく、言葉通り邪魔な虫けらでも見るような眼差しをハークとアークに向けた彼は、冷ややかな笑みを浮かべる。

私の血が混じっていても、梅香の目に彼らは人間に映り、尚且つ嫌悪の対象であるのには変わらないらしい。

視線に篭められた力は僅かだが、元が人である彼らにはさぞかしきついだろう。

近づき手を握ると、視線が私へと戻ってくる。首を縦に振れば嫌そうに眉を顰めた梅花は、ひょいと肩を竦めた。


「君は本当に甘いね、伽羅」

「貴方は相変わらず心配性ね、梅花」

「そうだよ。僕が心配性になるのは、君に対してだけだ」


私を抱こうと伸ばされた手をワンステップでかわすと、本当につれないなと益々笑みを深めた。


「私は頭を冷やしに行くわ。香は向こうにいるから直接彼らの下に付くよう言っておく。食事の用意は改めてさせるから、冷えた料理はこちらにまわすよう告げておいて」

「はいはい。お姫様の仰るとおりに」

「───時間があれば貴方の好物の『クッキー』を作っておくわ」

「楽しみにしてるよ」


言葉以上に嬉しそうに笑った梅花は、くしゃりと私の頭を撫でた。

菊花の分も作らなくては、と考えながら、自身の力をもう一度展開した。


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