表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/56

閑話【むかしむかしの魔法使い:前編】

この世界の時間枠での昔の昔のその昔。そして私の住んでいる世界でも十分に昔と言える過去に、私の人生の汚点が作られた。

それはほんの些細な気持ちが生み出したとんでもない面倒で、私はその後手痛い失敗を元に慎重になった。


私の人生に汚点を刻んだ男の名は『アドニス・ファン・デル・サール』。

今から数えて四代前の勇者の一行に魔法使いとして同行していた男であり、当時の世界にこの人ありと歌われる人最高の魔法使いだった。

魔法使いだというのに随分と体格がよく、その顔立ちは勇者のそれより精悍できりりとしており、短く刈り揃えられたメイプルレッドの髪のところどこにアッシュグリーンのメッシュが入った色彩が派手な男だった。

真面目を絵に描いたような男で、いつだって私を見る眼は疑惑に塗れ、無口な性質だったらしく偶に口を開いても一言二言で会話は途切れる。さらに言葉以上に明確に、眉間に刻まれた皺が私達に対する感情を教えていた。

曰く『鬱陶しい』『魔物ごときが』『穢れた存在め』『俺に近づくな』などなどなど。

目は口ほどにものを言うと昔勇者に教えてもらったが、確かにその通りだと、感慨深げに彼の言葉に感心してしまった。ありえない不覚だ。


とにかく、アドニスの私に対する拒絶はとても判り易くあからさまで、一度当時の勇者が仲を取り持とうとして返り討ちにあったくらいだった。

そう、何の因果か知らないが、魔法使いの彼は格闘術にも優れていて、残念な勇者より腕が立った。それでも彼が一人でこの場に来れなかったのは、彼の腕がどれだけだとしても所詮は『人間』の枠に収まる程度であり、私達とは歴然の差があったからだ。

力で遙か及ばない彼らの切り札は勇者のみ。世界中でただ一人魔王の白檀様に傷をつけることが出来る存在のみだ。どれほど魔力が強くとも、どれほど武術に優れていてもそれは判断の基準にならない。


私は最初アドニスは勇者が嫌いで、だからこそあんな態度なのかと思った。

しかしながら、彼は勇者の無二の親友だったらしく、仲良くしてやってくれと頼まれた。頼まれたからと言って聞く理由は欠片も持ち合わせぬ私は普段通りに振る舞い、そして日が経つにつれ徐々に彼の瞳は鋭さを増していった。


アドニスは私が嫌いだった。その事実は当時の私にとって魅力的な内容であり、実験台を探していた私としては、彼は丁度いいモルモットに過ぎなかった。

当時の私は自分の力を試したくて仕方がない年頃だった。王族の暗部も傲慢な貴族も、誇り高い天使でさえ堕天知らしめた実力である私だったが、片手に満たない数だがどうしても堕とせない存在もあった。

自分より高位である白檀様や王族の方々ならまだ我慢も出来た。魅了が利かない相手に、『人間』が居たのが私のプライドを酷く刺激した。


いつの時代も私に向かってヘラヘラと笑いかけてきた勇者。いつだって油断していて隙を見つけるのは簡単なのに、いざ捉えようとしても彼は私の手の内に堕ちて来ない。だからずっと実験してみたかった。

私を愛さなくとも私に好意を持たない存在は数少ない。力を使わなくともそうで、野良の魔物や動物、果ては知性の高い『人間』や『悪魔』『天使』もそうだ。だから、彼は体のいい実験体だった。





「あなた、私が嫌いね?」


一応疑問符をつけているが、問いかけは疑問ではない。むしろ心の内では確定した真実であり、彼がそれを否定するはずがないと自信があった。

しかし目の前の男は目を細めただけで無言を貫いた。思ったより馬鹿ではないらしい。

人の身で魔王の城へ交渉に来ている現状をよく理解している。口にしてくれれば言質が取れてまた面白いのだろうが、別に構わない。


この地域一体はもう幾度も利用しているが、相変わらず日が差すことはない。今は昼の時間帯であるが、太陽が嫌いな白檀様の力により厚い雲で覆われ空は闇色に濁っていた。ところどころ雷雲があるのも白檀様の趣味で、時折暴風雨を起こすのが密かなマイブームらしい。

その嗜好は理解できないけれど、白檀様が宜しいなら私に文句はない。子供みたいな笑顔で作った雷を私に語る白檀様は可愛らしく、素敵だ。

ああ、話は反れてしまったが、何が言いたかったかというとこの部屋には明かりが乏しく光源が少ない。ただでさえ外は薄暗いのに更に遮光カーテンが引かれ、人は闇に慣れるまで時間が掛かるはずだ。そして私の自室に明かりはなく、人であれば闇の濃さに恐れを抱くだろう。

それなのに言葉を発する私から微塵も目を逸らさぬアドニスは、濃い闇に怯まずいつも通りに仏頂面だった。警戒するように魔力のアンテナを広げ、私を探っている。

振り払うのは簡単だが好きにさせてやっていると、危険がないと理解したのか警戒しながらもアンテナを引っ込めた。

普段ならそんな無礼な真似をされたらさっさと魔力を開放しているが、今日の私は知的探究心が前面に出されている。よって少しの無礼は赦すことにした。



「明かりは必要?」

「・・・頼む」



アドニスはきっと失語症に違いない。言葉を三言以上発音している姿を目にしないし、ついでに彼に付けている部下も見てないと言う。

顔立ちは整っているが女に怖がられると勇者が言っていた理由の一端はそれだろう。それでいて女に慣れてないわけじゃないと教えてもらっているので、本当に都合がいい。

指を振り部屋の中を照らす光源を作ると宙に浮かべた。闇に慣れた彼は眩しげに目を細めたが、私は気にせず観察を続ける。


見れば見るほど容姿の優れた男だった。

柔らかな光源に照らされた髪は、本来よりも薄い色に見え綺麗と言えないこともない。


明らかに苛立ちを含んだ視線を向けてくるアドニスに、私はにこりと微笑んだ。


本来の姿へと戻ったときの、彼の反応が楽しみだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ