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二日目【4】

室内に足を踏み入れた瞬間、三対六つプラスαの視線が私を射た。

その視線は昨日と違い剣呑な意味合いを含んでいるものが多く、何かが彼らをそうさせたのだろうと考えながらも視線を無視して梅香は進む。そして当然私も視線の意味など興味の欠片もないので無視をした。

私の興味を引いたのはそんな剣呑に向けられた視線の意味ではなく、別にある。

ちらりと瞳だけで室内を見渡すが目的とする相手はその場におらず、梅香に視線を向けても肩を竦めるだけ。何か隠しているのかと思ったが、それにしては反応が薄い。

通常私に対し何か隠し事をしているなら、もっと面倒な感じにテンションが上がり瞳がキラキラと輝いている。隠しておく気があるのかと問い詰めたくなるくらいにあからさまな態度をとるので、本当に知らないに違いない。

梅香からは答えを得れないと判断した私は、唯一この部屋で答えをくれそうな人物たち・・に視線を向けた。すると心得たように僅かな微笑みを見せた彼らは、こくりと頷く。

疑問の解消が出来る当てが出来た私は、それまで無視していた視線を正面から受けると鮮やかに微笑んだ。


「このような格好で挨拶するのをお許しくださいませ、皆様。おはようございます、昨夜はよく寝れまして?」

「・・・ああ、柔らかいベッドに清潔なシーツに温かい風呂。何かあればすぐにお付きの人間・・が来てくれて何一つ不満はなかったぜ」

「それは宜しゅうございました」


口を開いた垂れ目がちな男が瞳を細めてこちらに答えた。ナンパな態度を取っていた彼の名前は、確かアイルだったか。警戒した眼差しを向けているが、答えを返しただけまだマシなのだろう。

そ知らぬフリでぱちぱちと瞬きを繰り返し小首を傾げる。視線を向けずとも残り二人の眼光がこちらに突き刺さるのを感じ、梅香の気が揺らいだのを慌てて押さえた。

見た目と反し気が短い幼馴染は、押さえ込まれたのに気がつくと苦笑して私を床へと下ろす。漸く地に足が着き自分の意思で歩けるようになったので、スカートの端を持ち上げ一礼すると用意された自分の席に足を進めた。

空席は二つ。

梅香と私が座っても余る席に座る予定者は、レイノルドと菊花だった。一人だけいないのならともかく二人ともいないのなら、菊花が何らかの意図を持ち彼を何処かへ連れて行ったと考えるのが自然だろう。

面倒になっていなければいいがと内心で苦く呟きながら、微笑みはキープして下げられた椅子に腰掛ける。

そして視線をアイルに向け、微笑みを浮かべながらどうしたのかと問うてみた。

すると判りやすくみるみる眉間の皺を深くした彼は、行儀悪くも私を指差して声を荒げる。否、性格には私の後ろを指差して声を荒げた。


「一つ答えろ。何であんたの後ろに近衛隊隊長のハーク様とアーク様がいらっしゃるんだ!場合によっちゃあ俺たちはあんたに刃を向けなきゃならねえぞ!?」


弱い獣が自身より強い獣を威嚇するときのように、声を裏返して叫んだ男に目を細める。

何を勘違いして上から目線で私にものを申しているのか。勇者さえ居なければ彼らは烏合の集だと自覚すらしていないのだろうか。

それとも私の見た目で勝てると判断しているのだろうか。ならば実力差すら気づかぬ愚か者だと、嗤うことすら億劫だ。

見た目は笑顔をキープしたまま内心で苛立ちを抑える。


『どうする伽羅?彼ら自分の立場が判ってないようだけど』

『───さあ、どうしましょう?』

『僕たちが気にするのは勇者の存在だけなのにな。ついでに言えば勇者が倒せるのだって魔王である白檀様だけで、僕たちには対抗策すらないのに。何を勘違いしているのやら』

『本当に。これだから人は愚かでいけないわ』

『その愚かな人を君が拾ってこなければ、こんな面倒もなかったんだが』


笑いを含んだ声に苛立ち強制的に伝心を断ち切る。

すると今度は飽き足らず実際に声を出して笑い出したので、優雅に微笑みながら彼らに見えない角度で思い切り睨み付けた。

その視線に苦笑した梅香がひらひらと掌を振るのを見届け意識を元に戻す。

私と梅香が放している間にも糾弾だか、質問だか判断が出来ない言葉が席を飛び交い、気がつけば参加していなかった二人すら発言を始めていた。

億劫になりながらそれを眺め、面倒になったので問題となった『人』を指先で手招く。すると先ほどまでは彫像のように動かなかった彼らは従順に私の傍まで近寄ると配下の礼を取った。


下から私の顔を仰ぐ彼らの顔は鏡で合せたようにそっくりだった。唯一の違いは口元に黒子があるかないか。

黒に限りなく近い藍色の髪に、同じ藍色の瞳。顔立ちは人間にしては整っており、切れ長の二重とオールバックにした髪形が特徴と言えば特徴になるだろう。細身でありながらしっかりと筋肉はついており、試しに魔物と争わせたところ、相手は下級であったが二人は競り勝った。

梅香に揶揄された通りの拾い物の二人だったが、ここまで面倒な具合に詰問されて手元に置く筋合いはない。


「ハークとアークとは彼らの名前でございますか、アイル様?」

「・・・そうだよ。もしかして、名前も知らないのか?」

「ええ、存じ上げませんでした。何しろほとんど会話も交わしておりませんので」

「どういうことだ?」

「彼らはね、伽羅が拾ってきた人間なんだよ。一月くらい前かな?散歩をしに出かけた伽羅が死に損ないの二人を拾ってきたのは」

「そうね。確かそれくらい前だわ。もう一月も経つのね」

「こんな面倒になるなら見捨ててこれば良かったな。態々助けた挙句に責められるなんて、面倒この上ない。君の甘さはどうしようもないものだよ、伽羅」


何度も面倒だと口にしたのはわざとに違いない。私に聞かせるためと、この場に居る人間全員に聞かせるために繰り返された言葉は、不愉快に耳を打つ。

しかし実際自分でも面倒だと感じていたので反論の言葉もない。

黙り込んだ私に何を思ったのか、厳しい表情をしたままのアイルが問いかけた。


「お二人は王女直属の近衛であり、同時に彼女の許婚候補筆頭でもあったんだ。一月ほど前に魔物に襲われ失踪したと言われていたのだが、君が攫ったんじゃないのか?」


言葉はあくまで問いかけであるのに、彼の心はそれを否定しているようだった。

始めから私が攫ったと思っているのなら、何故疑問の形を取るのか。回りくどく責められた気がして、歪みそうになる表情を何とか押さえ込んだのは、白檀様に対する忠誠心故だ。私の態度は白檀様への評価へと直結する。それはこの世界以外でも・・・・・・・・共通する事項で、身に刻まれていた。

自分の怒りを落ち着けようと静かに呼吸を繰り返していると、更に追い討ちが掛かった。


「悪魔は自分の好みの人間を攫い飼うことがあるという。君は彼らを眷属へ加えたのか?」


その言葉は、きりきりと膨らみかけていた怒りをぼたりと落とした。歯牙に掛ける必要すらない愚考だ。ここまで言われると、最早侮辱されているとすら感じない。

ただ思うのは、やはり面倒だとその一言だけ。

隣に腰掛ける梅香が笑顔で力を溜め始めたのを抑える気は今度はなかった。白檀様とてこの矮小な人間達を一人二人消しても何も言わないのではないかと思い始める。

だが寸でのところで理性が勝り、梅香の力の発動と同時に結界を張ってやることにした。そうすれば一応自分を守った相手に対し見方は変わるだろう。

伝心でそれを告げれば愉しげに笑った梅香から了承の言質が取れ、彼に合せて力を膨らませる。人である身が受ければ一瞬で蒸発してしまう程度の力なのに、彼らはそれを感じ取ることすら出来ないらしい。

しかし結局その力を発動することはなかった。


「伽羅様を貶めるのはやめてもらおう」

「我らは確かに伽羅様に命を救われこの場に存在するのだから」


流れるバリトンは勿論私のものでもなければ梅香のものでもない。唖然と口を開く勇者一行を眺めれば彼らでもないのは判断できた。

この場に居るのは残りは二人で、跪いたままの彼らに視線を向ける。

すると目を細め慈しむように微笑んだ彼らは、その光を一転させると勇者一行に向ける。

剣呑な眼差しと殺気に塗れた雰囲気は戦いに慣れた者が発するそれで、勇者の一行であるくせに剣すら持たない存在に怯んだ彼らは喉を鳴らし二人に釘付けになった。


『どうするんだ、伽羅?傍観するか?』

『───そうね。この二人が話したのなんて一月ぶりだし、いい余興になるかもしれないわね』

『ついでに利用できるといいんだがな』

『ええ』


視線で頷きあった私と梅香は判断を下す。そうして私は足元に跪いたままの二人を立たせると、発言を許した。

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