表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/56

一日目【4】

唇を噛み締め黙り込んだ私の頭を撫でると、白檀様は私の脇の下に手を入れひょいと抱える。そしてそのまま自らの隣に置き、静かに立ち上がった。

その一挙一動に勇者一行は釘付けになり、青ざめた顔色ながらも視線を外せないで居る。きっと白檀様の壮絶な美貌と覇気に押されているのだろう。弱き人間にありがちだが、すぐにも意識を失わないところを見ると、なるほど、やはり勇者の仲間に選ばれただけはあるらしい。

ただ一人真っ直ぐに白檀様を見上げるレイノルドの蒼い瞳は揺らがず真っ直ぐに彼を見据えていた。

その瞳の強さが気に入らず、思い切り睨みつける。

よりにもよって白檀様を睨むなど、何という厚かましさか。本来ならすぐにでも首を飛ばしてやりたいが、残念にも白檀様本人が『彼』の存在を気に入っているため果たせない。それが苛立たしく腹立たしい。

殺気を向け気がついたのか、蒼い瞳がこちらを向く。先ほどまでの鋭さが嘘のように消えたその瞳は、過去を思い出させ更に私を苛立たせた。

そんな私の感情に気づいているに違いないのに、喉の奥を震わせた白檀様は私の髪を梳くとそのままぽんと背中を押した。

たたらを踏み前に倒れこみそうになる私を、横から菊花の手が掬い取る。そのまま何故か片腕で抱き上げられ、涼しい顔をしている男を思い切り睨みあげたがあっさりと流された。


「俺の可愛い養い子」

「・・・はい」

「お前は必ず本来の姿で『彼』をもてなさなければならない」

「はい」

「だがそのタイミングはお前に任せよう。ああ、そうだ。いつだったかの時のように奴隷志望の人間は作るな。魂に刻まれた想いを消すのは手間だし、追い払うのも厄介だ。お前も、面倒は望んでいないだろう?」

「はい」


白檀様の言葉に深く頷く。

何代か前の勇者の時代、芸術が好きだという魔法使いをうっかりと堕としてしまった経験がある。面倒にも約束の一週間が終わった後も彼は城の周りをうろつき、結界を張ったまま自分の世界に帰り安堵したのも束の間。次の時代の勇者に会うため時を経てこの世界に戻れば、何故か自分の絵姿を聖女としてそこかしこに残されていた。無駄に絵画の才能があったらしい彼は、私を天使の如く美化し何故か旅した場所のそこかしこのその絵を飾り、今でもそれは教会や王族の城に飾られているらしい。

次代の勇者に話を聞いた際には背筋を怖気が走ったものだ。

魔王の部下である私を指し聖女とのうのうとのたまった挙句、それを歴史に刻み残すなどどうかしている。挙句その絵を残した本人は人を勝手に聖女に祀り上げ永遠の愛を述べたくせに、堂々と妻帯し子供も何人も作ったと言うのだから最悪だ。悪魔である私は誰かを堕とすために自分を使う。それ故別に他の女に手を出したからどうというのではないが、結婚するならその女に永遠の愛を誓えと全力で言いたい。やはり人間の価値感は理解できない。

面白がった白檀様はその時代の勇者に私の肖像画を持ってこさせたが、慌てて焼却したのでそれを見られてはいないはずだ。私は白檀様には絶対に本来の姿を見られたくないので、その時代の勇者に酷く怒りをぶつけた記憶がある。

確かに、あんな目に合うのはもう御免だし、今は人間の使い魔も必要としていない。白檀様の言葉に頷くと、彼は一つ頷きもう一度勇者一向に向き直った。


「しきたり通りにこの屋敷に住むのは一週間。その間に人の世界で起きた内容を語ってくれ。魔王である俺との話し合いが勇者の役割。レイノルド・F・ラッチェ。お前が本来の役目と目的を違わずに居てくれるのを願うとしよう。では、また明日。ああ、部屋の案内は梅香お前が致せ」

「は、魔王様」


梅香が礼を取るのに合わせ、私と菊花も頭を下げる。本来ならきちんとした礼をとりたいのに、菊花が手を放さないためそれも叶わなかった。痩身であるくせに彼はとても力が強い。現在もぎりぎりと腕に爪を立てているが、全く気にした様子も見せない。この涼しい顔を引っかいたらスッとするだろうが、勇者一行の目があるのでそれも出来ない。

頭を下げている間に白檀様の気配も消える。顔を上げれば重圧から開放されたように惚ける人間達が居て、その姿を冷めた目で眺めた。

そんな私の静かな苛立ちに気づいたらしい梅香が、苦笑すると手を叩き勇者一行の視線を集める。呪縛から開放されたように視線を集中させた彼らにウィンクすると、あくまでペースを崩さず口を開いた。


「さて。では僕が君達を寝所へと案内しよう。全員で眠れる部屋と一人部屋、どちらがいい?」

「もちろん、全員で眠れる部屋をお願いいたします、バイカ様」

「おや?君は女の子なのに男と同じ部屋でいいのかい?シェリル」

「ええ」

「ふふふ、どうやら警戒されてしまったようだね。もちろん、僕は君の願いを叶えるとしよう。他に異論がある者は?」

「───俺は、一人部屋にしてもらいたい」

「レイノルド!?」

「何言ってんだよ、お前が居なきゃいざという時俺らじゃどうしようもないだろ!?」

「そうだよ!僕達じゃ何かあったときシェリルを守りきれない!」

「先ほどの魔王の言葉を聞いてなかったのか?話し合いが勇者の役割だと魔王は言った。ならば迂闊に手を出すわけがないだろう。違うか、伽羅」


呼ばれた名にひっそりと眉を寄せる。他の面々と違い完璧に発音された私の名前に、彼は欠片も違和感を抱いていないらしい。ひっそりと眉根を寄せる私をじっと見詰める彼の表情は動かず、応えるまではずっとこのまま見詰めあわなければいけなさそうなのでため息を一つ落とし仕方なしに折れる事にした。


「ええ。魔王様はあなた方に手を出す気はございません。あなた方が手を出されるなら反撃はしましょうが、何もされぬのに何かする理由はありませんから」


そう。蟻がうろついていようとも大して気に留めないのと同じだ。噛み付かれたら振り払い潰すが、そうでなければ放っておく。私達にとって人間の力などその程度のものでしかなく、彼らが自覚する以上に遙かに差があった。

不安に顔を曇らすリシェルに向かい微笑む。作り物の笑顔であっても、それだけで彼女の気負いが和らぐのを見て益々笑みを深くした。


「心配であれば扉の前に護衛をお付けしますわ。私の直属の部下に致します。───それでも、心配ですか?私を信じてはいただけませんか?」

「・・・いいえ。私、キャラちゃんを信じるわ」


梅香は様で何故私はちゃんづけなのかと問いただしたいが、奥歯を噛んでぐっと堪える。

そのままこちらを見ているレイノルドへ視線を移すと、小首を傾げ聞いてみた。


「勇者様はお一人の部屋で宜しいの?部下はご入用でしょうか?」

「いや、必要ない」

「そう。では梅香、案内をお願い」

「了解」


私に向け小さく微笑んだ梅香が指を鳴らすと、勇者達の姿は消えた。

気配がしっかりと消えるのを待ち、自分を抱き上げたままの菊花を殺気を篭めて睨み上げた。


「いつまで抱いているつもり」

「あなたが落ち着くまでです」

「・・・菊花の分際で図々しい」

「ですがあなたは放せと言わなかった」

「言えなかったのは見て判っているでしょう?私を放しなさい、菊花」

「・・・・・・はい」


暫くの無言の後頷いた菊花の腕から降りる。だがその手が未練がましく私の服を掴んだままなのに気づき、苛立ちで髪をかき上げた。


「まだ、何か用があるの?」

「食事がまだです」

「食事?お腹が空いたの?」

「はい」


こくり、と冷たくも見える美貌で頷いた菊花を見上げる。淡々とした口調と声音はとても腹を空かせている様に見えなかったが、強請るように服を引く仕草に肩を竦めると頷いた。


「私の部屋でいいですか?」

「構わないわ」


返事をするのが早かったか。それとも彼の力の発動の方が早かったか。

どちらか知れぬが、どちらでもいいと瞼を瞑った。

残り6日。勇者との日々はいつもどおり長く感じそうで、私は眉間の皺を深めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ