私の大好きなお兄ちゃん
—この世界には、魔王が存在した。人間たちは、魔王に平和な日々を脅かされている。魔素そんな人間たちが平和を望み、打倒魔王の旗を掲げ始めたのがきっかけだった。
それから魔王たち魔族と人間の大規模な、永くに渡る戦争が始まったのだった。
そんな戦争で数百年たち、押されている人間側、『不破』は奥の手を出すことにするのである。
その奥の手とは、人間にぽつぽつとたまに現れる『式神使い』達の事だった。
式神使い達は、すぐに戦争に収集された。それでもこの戦争は終わらなかった。魔王軍も同じように、『魔法』という物を使ってくるからだ。式神使いの式神たちも魔法のような技をつかう。式神によって守護型か攻撃型かが変わる。そしてこの戦いは接戦を極めたが、どんどん魔王軍の数の多さに負けて行った。
—そんな時、ある少女が戦場に現れる。
少女の名前は、神楽琴音。彼女もまた式神使いだったが、それでも弱い12歳の少女だった。彼女が現れたその時は、幼い子供を出兵させるほどに魔王軍に侵略されていたのだろう。そんな幼い彼女が、魔王軍に押されていた戦争に、希望を照らす。
初めて戦場に立つはずなのに、堂々としていて、怖がりもせず、敵に入っていった。
彼女が持つ式神は3体。式神使いのなかでも珍しい、貴重な多数の式神を持つ式神使いだった。
そして、式神の中でも上位に入る人型の一人、守護型の椿。その見た目こそ幼く可愛らしいが、戦いになってもそのほんわかとした笑顔を絶やさず、守りの結界を張っていた精神の持ち主だった。もう一人は攻撃型のスサノオ。すごい攻撃的で暴れまわる問題神様だが、琴音はスサノオととても仲が良く、よく手合わせをしたり、トランプで遊んでいたという。そんなスサノオは、笑顔で敵陣を一掃するほどの強さだった。
そして最後の一匹、こちらは狐の姿をしている上位式神、稲荷。神の使いと言われている狐だが、すごい好戦的で、本狐がいうなら白虎の血が入っているそう。
そんな式神たちで構成された神楽琴音、琴音チームは、敵陣に颯爽と入っていき、今までにない量の魔王軍を倒したのだった。そして琴音は重要視され、何回も戦争に駆り出されることになる。
その数回の戦争で、琴音は魔王軍の一大勢力と言われる四大将軍のうち二人を打った。これは、今まで同等にも持ち込めなかった不破で初めて、逆転のチャンスを、琴音は残した。けれども琴音は四大将軍との戦いで悔しくも命を落とした。まだたったの12歳だった。そこで不破の王は、魔王軍との逆転のチャンスに持ち込んだ琴音を称え、英雄の名と、琴音の像と絵本を作りあげた。
—その琴音という英雄の妹が、私、静音だった。
私達の家系、神楽家は、二人の式神使いを輩出した。英雄である姉・琴音と、琴音と同じく12歳の兄・天音だった。
そして神楽家は、絶望に暮れた。
両親も、
兄も、
親戚も、
もちろん、私も。
琴姉は、その戦争で魔王にやられて命を落とした。魔王にとどめを刺されて死んじゃった。
そして魔王が現れたせいで琴姉の遺体を持って帰ってこられなかった兵士たちは私達、いえ、私に琴姉が戦うときに使っていた二つの扇を手渡した。皆、涙を流して琴姉の死を報告してきた。私は、
—琴姉は、こんなにも沢山の人に信頼され、慕われていたのか。
と、私はぼーっと琴姉の死を受け入れられないまま、二つの扇を胸に抱えた。
家族も親戚も、天兄も、皆涙を流していたけれど私はその場で泣かなかった。泣けなかった。
琴姉の死を受け入れてしまったような気がして、嫌だったから。
私が琴姉の死を聞いたあと、自分の部屋に帰って漫画を読んでいると、夜中なのに静音の部屋を開ける音がした。
「琴姉っ…!見てみて、この子—」
静音は琴姉がもういないことも忘れて、いつも漫画を読んでいるたびに静音の部屋に入ってくる姉の姿を思い浮かべて、話しかけながら振り返った。
けれどもそこにいたのは琴姉ではなく、目の下が真っ赤ですごく腫れて、ふらふらとおぼつかない足取りの天兄だった。
「…静音…」
ゆっくりと静音の方に歩いてきて、かがんで静音をぎゅっと抱きしめた。
天兄はパンパンに腫れた目で、さらに涙をどばどばと止めどなく流しながら、それでも力ずよく静音を抱きしめた。
「静音…お前も、つらいよな。…神楽家の扇を、託されたんだから…」
「神楽家、の。扇…」
琴姉が継ぐはずだった神楽神社の舞。代々神楽家の女が引き受ける神楽舞。それは神楽家代々の扇を使う舞。…その舞を、琴姉が今までやっていた神楽舞を、琴姉じゃなくて私がやるのだ。
―大好きだった、姉が毎年舞っていた神楽舞を。
これからは私が。
「…いや、いやっ!それは琴姉が舞うものでしょうっ?琴姉の役目であって、私が、私が請け負っていい役目ではないじゃない…!」
「…静音。こんな事を言うのは酷だが、本当は。本当は―」
ドオンという音が響き、私達は急いで離れた。けれど、なぜか天兄が手の甲をぎゅっと血が出るほど握って苦しそうに唸っていた。
「天兄っ!天兄、しっかりしてっ…」
そう言った時、部屋の中に威圧感の半端ない者が入ってきた。
二人はやさしく天兄を抱き上げると、天兄の手の甲をそっとなぞった。
するとぽわ~と金色に光り、天兄はぐったりしながら眠った。
「待ってよ!天兄を返してよ!天兄っ!!」
ふわりと振り向いたその人物に、私は目を見張る。
それは、光り輝く太陽のシンボルを額に着け、上等な着物をまとった、琴音のスサノオの姉、天照大御神様だったからだ。
「あ、アマテラスさま…」
『始めましてやの。妾はアマテラス。ちとお前さんの兄さんを借りるぞよ』
ぽかんとしているうちにアマテラスさまは今にも飛び立たんとしている。
「ま、まってぇっ!天兄は、天兄は…ダメ!」
『なぜじゃ?こやつは式神使いに選ばれたのだぞ?それも太陽を司どる妾、アマテラスに。』
式神使い?そんなの猶更嫌に決まっているじゃない。琴姉を亡くして間もないのに、天兄が式神使い?嘘よ。なんで?琴姉と天兄が双子だから?どうして双子の片割れを失った天兄まで、戦争に行かなくてはいけないの?おかしいじゃない。どうして、どうして?
「どうして、どうして天兄まで失わなくちゃいけないの!?おかしいじゃん!神様は、琴姉を助けてくれなかった!それなのに、それなのに神様はまるで戦争の生贄のように私から大切な家族をことごとく奪う!神様は、琴姉を助けてほしいという願いさえ、叶えてくれない!!」
『…それは。スサノオも、すごく悲しんで…』
「主をちゃんと守ってよ!神様ならこの戦争なんて終わらせてよ!それだけの力があるのに、どうして終わらせてくれないの!?おかしいでしょう!!」
事実を突きつけられたアマテラスさまは、逃げるように黙り込んで、結局兄を連れて家から出て行ってしまった。
—琴姉も、私に手が痛い、変な人達が来たって、私の部屋に入ってきた。
そして琴姉が式神使いに選ばれてしまったことが発覚して、2年の修行ののち、戦争に駆り出された。2年間しか、式神たちと遊べなかった琴姉。
そんなことが、今度は琴姉も大好きだった双子の片割れ、天兄にまで…
天兄が戦争に行って死んでしまう…想像するだけでゾッとする。涙までこみ上げてくる。
いや、いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ。琴姉が愛して残してくれたもの全部、全部、私が。
―私が全部、守るんだ。
翌日、結局天兄が式神使いに選ばれてしまい、アマテラスさまが式神だと知った両親と式神使い本部に、天兄の大幅捜索がはじめられた。式神が三貴子の一人である事から、天音は重要視され、普段2年の修行を1年に大幅短縮し、戦争に駆り出されることが決まった。だがあくまで、天兄が見つかり、帰ってきたらの話しだ。もしも天兄と戦闘になった場合、勝てる兆しがあるのは同じ三貴子の式神だけ。けれども三貴子の式神のスサノオは琴姉が死んでしまったことで今下界にいない。三貴子の真ん中の月読が式神として下界に来た時、勝てる兆しが見えるというわけだが、今月読は下界に存在しない。
けれども、天音が家に帰ってきた。逃げも隠れもせず。それはそれはアマテラスさまと仲良さげに。
「天兄っ…!?」
しばらく戻らないだろう、というか帰ってこないほうが天兄が安全だと考えていた静音は、天兄がアマテラスさまと仲良さげに帰ってきたのにすごく驚いたのだった。
「ただいまぁ~。心配かけたね、静音」
『おじゃまする』
アマテラスさまを無視して飛びついてくる妹に、天音は仕方なさげに微笑んで抱きしめて、一緒に(アマテラスさまも一緒に)静音の部屋へと入っていった。
「いいの?天兄、このままじゃ…」
「ん?いいんだよ。結局は琴音も行ったんだ。それに、静音の神楽舞が見たくてね」
『妾も楽しみにしておるぞ』
「いえ別にアマテラスさまに見てほしいなんて言ってませんけど」
あからさまにガーンと肩を落としているアマテラスさまを無視して天兄の膝に乗っかると、今度は天兄が取られたのが悔しいのかぐぬぬぬぬと眉を寄せて私をにらんでいる。
「…私、琴姉の神楽舞みてただけだから。そんなに期待しないでね」
『じゃが、神楽舞の奉納は今日じゃなかったかの?』
「そうだよなぁ?だから早く帰ってきたってのもあったんだが」
なー?と二人で仲良く首を傾げながら超大事なことを言ったところを、私は怒り心頭。すぐさま自分の部屋から飛び出して親がいる所に突進していった。
『…自業自得とはいえ、ご両親がお気の毒じゃの。…妾でもあやつに勝てるかは怪しいからの』
「やっぱり?静音は昔から運動神経ずば抜けてたからなぁ…父さんたち大丈夫かなぁ」
そう心配していたのも束の間、リビングから静音の、
「早く言えやコノヤロー!!!!!!」
という声と共に、ばしーんという音が響いた。
おそらく静音が起こって父に平手打ちをしたのだろう。…馬鹿力だからめっちゃ痛そう…
天音は妹にすごく好かれているので、余程の事じゃないかぎり平手打ちなどの暴力を受けることはないだろう。(兄弟げんか)
「すまんすまんすまんっ!!静音は運動神経いいから大丈夫だろ?」
「≪運動神経いいから神楽舞を練習しなくても舞えます~≫なんて、神楽舞舐めてんのかこの野郎!!」
そしてもう一発ぱしーんという平手打ちを食らわせた音が家中に響いた。
『…おぬしの妹恐ろしいな…相当な威力だぞ…耐えているご両親もすごいと思うがの…』
「まあ、うちで一番怖いのは静音って覚えておくといいよ…女は強い」
妾も女なのだが?とアマテラスさまが抗議するも知らんふりをして天音は苦笑いを返した。
『だが、あの妹だけだろう。きっと、』
『神楽舞を一番美しく舞い、無病息災の癒しの力を発揮できるのは』
そしてどたばたと足音を響かせながら両親と静音が静音の部屋に顔をのぞかせ、俺に飛びついてきた。
「静音ぇぇ~!すまなかった、謝るから舞ってくれぇ…今日じゃないと月読さまに奉納できないだろぉぉっ」
「…月読さまに罪はないから、舞うことは舞うけど…期待しないでよね」
静音さまぁぁぁっと自分の末の娘に抱き着いて、俺から静音を引っぺがし、着物へと着替えさせにいった。
『…弟に奉納しているのか、神楽神社は』
「そうだね、月読さまが中心だけど、三貴子さまたち全員を敬う神社でもあるから舞いも月読さま中心だけど三貴子さまたちにも奉納している形かな」
『ほほう。弟がうらやましいな…』
そして静音が両親たちに連れ去れて数時間がたち、すっかり夜になった時、静音が神楽殿の上に現れた。
着物に袴、髪には月の髪飾り。髪を普段束ねている静音は、今日はすべておろしていた。神楽家の中で静音だけ藍色の髪に藍色の瞳を持っている。髪には鈴の髪飾りが施されている。扇と瞳を際立てるため、着物は髪と同じく藍色で、少し長めの振袖に、下も藍色の袴を履いている。
そして二つあったうちの一つ、藍色と金色のグラデーションの扇を持った静音は、中心まで目を瞑りながら歩いていく。中心に立つとそのまま目を瞑り、扇を胸の前で左手と右手に渡らせるようにもつ。そのまま静音はしばらく動きを止めた。
—あぁ、今年は私がやるんだ。今までずっと琴姉がやってきたこの舞を。
月読さまが、天界できっと私を見ている。琴姉も、きっと私を見ながらドキドキしていることだろう。
代わりでも、神楽舞を舞えるのが嬉しいと感じている自分がいる。何より私はずっと、神楽舞が好きで好きでたまらなかった。琴姉が舞う神楽舞を毎年見て目を輝かせて、琴姉にこっそり神楽舞を教えてもらって。自分もあの舞台立ってみたいと、幾度と思ってきた。
—それが今、叶うことになる。
琴姉の舞をみて、少し教わって、自分なり少しずつ練習していた。そこそこまともにできることだろう。何より私は、神楽舞を楽しみたい。
山から月が顔を覗かせ、黄金の光を放つ時。静音の髪飾りが鈴の音を響かせる。その音を合図に、神楽舞が始まる。
バッという音と共に扇子が開き、藍色と金色のグラデーションが現れる。静音が神楽殿を踏み、爽やかな静音の声が神楽神社に木霊する。
ゆっくりと開かれた静音の瞳の奥には、嬉々として周りを照らさんと黄金に輝く月があった。それは夜の月が映ったのではなく、静音の夜の瞳に月が宿ったようだった。
神楽の巫女の歌が始まる。代々受け継がれてきた神楽舞の、世に響く美しい歌声が。
『善き人も 咎める人も 隔てなく遍く覆う 夜の優しさ』
開いた扇を胸の前で水平にピタッと止め、開いた扇の直線を、人間の善悪を断ち切る境界線に見立て、鋭い視線とともに横へ一文字に切るように移動させる。
『天罰もなく 願いも叶わぬ 神なれど隠れて泣かむ 闇を給えり』
一番で大きく広げた扇を、ゆっくりと自分の顔の前に持ってきて目元を覆い隠し、視線をあえて落として、膝を深く折って、身体を小さく沈めた。
『涙する 者の御上に 煌々と照らし慰む 黄金の月影さえも 優しく溶かす 夜の闇』
下ろしていた扇を、今度は天に向けて一気に高く突き上げ、今度は自分の手首をクルリと回しながら、頭上で円を描くように美しく旋回させる。
『哀しみも 喜びの日の のちの世も違わず来たる 夜の御恵みよ月読の 御前に捧ぐ』
大きく広げていた両腕を、今度は自分の胸元で交差させ、衣装の袖を抱きしめるようにする。そして胸元でクロスしていた両腕を、一気に前方に解き放ち、すり足で力強く一歩前に踏み込んだ。
『この舞は千代に轟く 祈りの調べいざ舞わむ 夜の深淵に 身を捧ぐ』
高く掲げていた扇を、ゆっくりと、しかし確実な重みをもって、両手で丁寧に前方に差し出した。その姿勢のまま、上体を深く前に倒し、最も深い一礼を捧げた。
古語の歌でありながらも、すらすらと美しく歌って、舞もまた美しく舞ってしまう妹に、またもや実感させられる。
—神楽静音は、神楽の巫女であると。
極めつけには神楽舞を始めた時に瞳に黄金の月が宿ったからだ。代々神楽家には藍色の瞳を持った女が生まれる。その子供たちは神楽舞を舞うと、瞳に黄金の月が宿っていたとか。一代に一人しか藍色の瞳を持った子供は生まれなかったのだが、今代は琴音と静音、二人とも藍色の瞳を持って生まれたのだった。けれど琴音の方が早く生まれたため、両親は琴音が神楽の巫女だと思って育ててきたが、琴音は神楽舞を上手く歌うことも、舞うこともできなかった。ましてや舞っても舞っても瞳に月は宿らなかった。…だから式神が、月読さまではなく、スサノオさまだった。
のちにゆっくりと衣装はそのままで静音が神楽殿を下りようとしたときだった。空から長い藍色の髪に、黄金の瞳を持った着物を着た男が静音に飛びついた。
『よいよい!よい舞であった。静音、お前をずっと、10年間もまっていたんぞ!』
『…ツクヨミ。静音が困っているだろう。離してやれ』
おっとっとという感じで静音から手を放し、静音をめちゃくちゃ褒めた。褒めまくった。
『待ちくたびれたわ…!神楽の巫女。やっと無病息災の加護が行き渡った。っていうか今までどこほっついとんや』
「は?なにをしてたもないでしょ?琴姉が毎年やってたじゃんか。…見てなかったとか言わないよね?」
完全に切れている静音に、落ち着けと声をかけようとするも、ツクヨミさまの返答ですべてが水の泡になった。
『ん?あぁ、だってあやつは神楽の巫女ではないやろ?見る価値もない。そんなことより、俺と契約…』
「見る価値もない…?そんなこと?」
誰もが静音が聞いたこともないくらい低い声で呟いた言葉に、全員が守りに入る。
『いっ、いいいい今すぐに謝れツクヨミ!!お前、そんなに馬鹿ではなかろうっ!』
『馬鹿とは失礼やなぁ、姉上』
とにかく今すぐ謝れと次々に大きな声で怒鳴られ、ツクヨミは不思議そうな顔で静音を見た。
そして一向に謝るつもりがないツクヨミに、全員があきらめた顔になり、遠くへ避難する。
『なんでそんなに遠くに行くんや…?』
「皆、私の事をよ~~~~~く知ってくれてるのよ!!!!!」
そう静音が言った瞬間、静音の足が目にもとまらぬ速さで振り上げられ、見事ツクヨミの腹に的中した。そしてすごい音を立ててツクヨミの体が神社の森の方へ吹っ飛んでいく。
『けほ!なにするん!?こんな好戦的な神楽の巫女なんて知りまへんのやけど!!って、姉上たちもなんで止めてくれへんの!?』
『お前な…ツクヨミ。誰がこの人体能力お化けを止められる?それに加えて神楽の巫女だぞ。無理に決まってるだろ。』
「そうだね。さっきのは完全に自業自得だねぇ。…なんなら俺も殴りたいわ、こいつ」
琴音の悪口を言われてガチで切れている兄妹に、とくに妹の恐ろしさを知らぬツクヨミはこれから地獄を見ることになるだろう。
「天兄の代わりに私がやるわぁ。いくら神様でもさぁ、殴る、蹴るはできるっしょ?…なんならこの扇でぶった切ってやってもいいんだけど」
恐ろしいことを笑顔で言っている妹に、ぞわっとするも、まあそれくらいならいいかと、やってまえーと思っている自分もいる。
『主…静音が暴れるぞ、これこのままでいいのかの?結界だけ張っとくか?』
「結界だけよろしく頼むよ。…止めなくていいからね?琴音を悪く言ったんだから、いい気味だろ」
こちらも容赦ない言いぐさに、両親ともども顔を青くして、固まっている。
「さぁさぁ。琴音はそんなことじゃあないよね?」
『……』
「点々点…じゃあないよね?返事は?その姿勢は?背筋伸ばして?」
厳しい静音に習って正座してその背筋はピシっと伸ばしている。顔はこわばり、真っ青で冷や汗をドバドバかいているが。
『…俺が悪いです。すいませんでした』
「…もう一回。琴姉は?」
『…琴音さんはそんな事ではありませんでしたっ。琴音さんの舞もホントはちゃんと見てました!とってもきれいでしたが…』
「でしたがじゃないよね?なに?琴姉の舞に文句あんの?」
その目で射殺さんばかりの冷ややかな目でツクヨミを見る。いや、なんならゴミを見るような目で見ている。
『…そもそも、琴音さんは、神楽の巫女ではありません。だからあまり詳しく見ていません』
「は?何言ってんの!?」
『…神楽の巫女はその瞳に月を宿します。琴音さんは月をその瞳に宿さなかった。けれども』
皆からの視線で今やっと理解した私は、自分が本物の神楽の巫女で、あくまで琴姉はその代理だったということ。
「…最悪。分かった。とりあえず一発殴らせろ。気が済まない」
『ひどっ』
有無を言わせぬ顔で思いっきりツクヨミの腹に渾身の一発を入れる。
そのままツクヨミは気絶したが、まだ夜が続くため、ツクヨミをとりあえず両親が部屋に運んだ。
え?なんで私じゃないのか?琴姉を侮辱した奴なんてそこらへんほっぽいといてもいいだろって気持ちだからですけど?
あからさまな嫌悪の混じった顔で運ばれていくツクヨミを見たあと、静音は最愛の兄の方を振り返る。
「天兄~!ねぇねぇ、頑張ったよ?」
「そうだね。えらいえらい」
天音に頭を優しくなでてもらいご機嫌の静音。だがなでている天音の心境は、すごく複雑だった。
—静音は思いっきりツクヨミを蹴飛ばしたから、きっとツクヨミは静音を守ろうとはしてくれないだろう。と、なると。
天音は静音の頭から手を放し、静音を目線を合わせて話をする。
「…兄ちゃんは静音を守ってやれない。だから、静音、お前に護衛官を付ける」
「…へ?」
まさかの護衛官という言葉が出てくるとは思っていなかった静音は、間の抜けた声を漏らした。
「いやいやいや。天兄よりも私強いんだよ!?そこらにいるのじゃ私簡単に勝てるんですけども?」
「まあそうだが。一応だ、一応。静音と同じくらい強いやつを俺は知ってる」
私と同じくらい強い人を私は一人しか知らないのだが……
「お久しぶりです、静音様」
声の方を振り向くと、やっぱり予想していた人物がそこに立っていた。
高身長に見合わぬ可愛いらしい顔。中性的な顔立ちに今日は立派な袴を着ている。というかいつもこの立派な袴を着ている。
「出雲玲だ。知っての通り、静音の昔からの幼馴染だ」
「お久しぶりです、静音様」
二回目の挨拶をするも、玲には応答せず静音はそっぽをむく。
「お久しぶりです、静音様」
「静音様。お久しぶりです、静音様」
私が返事を返さない限りずっと久しぶり久しぶり言ってくるが、やはり静音はそっぽをむく。
「…おまえら、そんなに仲悪かったか…?」
「…昔私の親友振ったんです、こいつ。有無を言わせず振ったんです。許しません」
「……そうか。それは……うん。好きな人がいたんじゃない?」
「…あっそぉ。じゃあ私の護衛官から外してください。可愛そうじゃあないですか。好きでもない相手の護衛官務めるなんて」
いや玲の好きなやつはお前だよと言いたい所を我慢してじゃあと代案を言う。
「そうだなぁ、静音も新しい式神持つか?…ツクヨミさまはおいといて」
「あ、それいーじゃん!えー誰が来るんだろー」
『いや、弟を捨てるでない…かわいそうだろう…』
「「あれは自業自得でしょ」」
アマテラスさまのツッコミに素早く反応した二人は、そろって自業自得だツクヨミさまを言う。
『…あのさぁ、俺をそんなに蔑ろにせんでも…俺が悪こうたから…』
「…ふん…私の家族大切にして、守ってくれて、優しくしてくれるんだったらいいよ?…ま、無理だろうけど~。だから契約はしませーん」
『いや、無理て決めつけられても…分かった!お前の家族大切にして守って、優しくすればええんやろ?ええで。やったるわ。だから契約してくれぇ…』
なんでそんなに契約したいのかは謎だが、家族を守ってくれるなら万々歳だ。じゃあ契約したほうが得。…してやらんでもないな。
…契約ってなにするんだ?
契約ってなにするのかわからなかったから静音はすっとスマホを取り出し、ネットで≪式神 契約 ってなにする≫と検索を掛けた。
「うげぇ。…やだなぁ。ねぇ、他の方法ないの?知らないの?天兄はどうやったの?」
「…天兄じゃあなくお兄ちゃんとよんでほしいものだなぁ」
「……お兄ちゃん」
「そうだなぁ、俺はそこに書いてある方法でやってもらったよ」
瞬く間に静音は暗い顔をし、笑いながらアマテラスさまを問いただした。
「…やったの?本当に?」
『これしか方法がないからな』
「…お兄ちゃんに触れた罪で一発殴らせろ」
『こわ…おぬし、重度のブラコンじゃぞ。病院行け病院』
「失礼な。病気じゃないわ!…ブラコンてなにかしらんけど」
「知らずに言ってたの…」
天音が少々引いてるが、そんなことは静音にとって痛くもかゆくもない。
静音にとってダメージなのは、天音の初の指輪がアマテラスさまから献上され、はめられたということだ。そして何よりも…
「いやあぁぁぁっ!!おに、お兄ちゃんの恋人がアマテラスさまなんてっっっっ!!!!!」
『いやひどくないか?恋人じゃないしの…』
『…姉上、静音は一度言い始めたら天音しか止められんからあきらめた方がいいと思う…』
「よくわかってるじゃなぁぁぁいツクヨミく~~ん。…やだ、ペアリングなんて、恋人の証みたいなもんじゃんっ。ましてやダサいのだったら絶対つけたくない。絶対」
そんなに絶対と言われるとプレッシャーが…と顔を青くしながらもペアリングを取り出して手の中で見えないように握っているツクヨミさま。
「俺がテラスにもらったペアリングは…」
「ちょっと待ってお兄ちゃん」
ペアリングは―という絶妙なタイミングで待ったをかけてぶるぶると震えながらすごい顔で兄を見つめながらもう一度なんて言ったのかを問う静音。
「…なんて言ったの、さっき」
「え?だからもらったペアリング」
「じゃなくてそのちょっと前」
「俺がテラスにもら」
「そこ!!」
『…姉上、ご愁傷さま…』
『…勝手に死なせるな。…天音がなんとか…』
「?あだ名のこと?呼びにくいから短くテラスって。可愛くない?」
そう問われた張本人は体中をぶるぶると震わせ、俯きながら両手のこぶしを強く握り占めていた。
『…妾、下界で言う詰んだというやつかもしれんわ…』
『…がんばってください』
式神二人は青い顔をして、恐ろしい未来を予測して静音を見るが、静音は予想の斜め上を行った。
「そうだね!かわいいねぇ、テラスって!」
その解答に式神二人は胸をなでおろすが、次の静音の一言でその安心感と心臓は天界に吹っ飛ぶことになる。
「じゃあ、かわいいかわいいテラスちゃんには護身術の指導しとかないとね!さらわれたら叶わないもの!」
「そうだね、お願いするよぉ!かわいいテラスのために……って、え?」
「…ね?護身術、教えてあげるよ、可愛いテラスちゃん?」
にっこりと目が笑ってないまま口角を上げる姿は、恐怖以外の何物でもなかった。
そのままアマテラスさまの方へ歩いていく。危険を察知して静音が一歩近づいてくるごとに一歩下がるアマテラスさま。他の二人も顔を青くしているが、誰もどうにもできないため、そのまま固まっている。
『おっ、落ち着け、落ち着くんじゃぁっ!つ、ツクヨミとの契約は!?リングを見せてもらいなさいな!?』
「あらぁ、これでも私は十分落ち着いてるよ?テラスちゃんこそ落ち着きなよぉ。一発殴るだけだから」
『一発殴るだけて!おぬしの一発は重いんじゃ!』
「ありがとう」
『褒めてないのだが!?』
うふふふと黒い笑みを浮かべ、とうとうアマテラスさまが追い込まれ、そのお腹に一発静音の重いこぶしが入った。
神様なので死にゃしないが、静音の威力が威力なので、気絶をした。
「ふう…敵は撃ったぜ…」
「いや誰も死んでないし。怪我もおってないし」
『…姉上、可愛そうに』
「いや皆してひどくない!?お兄ちゃんとペアリングなんて私も持ってないし!!ずるい!!」
『「いや、ひどいのは静音だから」』
えぇっとのけぞる静音。そして今度は静音がツクヨミに押される番である。まさにこういうのを敵討ちという。(姉の)
『ん。手だしや。俺らもペアリングや』
「…ううぅっ。いやだぁぁぁっ!!でも玲に護衛官やられるんだったらこっちのがましーーっ!!」
『おぉ、急に大人しなったな。よしよし。大丈夫や、家族はちゃんと大切にするし、守る。あと優しくするんやったな。こう見えても約束は守る男やで、このツクヨミさまは』
「そーね。はいはい」
冷たい返しをして、ツクヨミに手を差し出す。
ツクヨミは手に握っていた金色と藍色のペアリングを一つ、静音の薬指にはめた。
そしてもう片方を静音に渡して、静音もツクヨミの薬指にペアリングの片割れをはめる。
すると、ツクヨミの金のペアリングには藍色の月が。静音の藍色のペアリングには金色の月が彩られた。
「…なんか、すごいあれだわ。…はずい」
『いやかっこいいやろ、どう考えても』
「いや、なんかねぇ」
『…もうええわ。で?俺たちは一応契約したわけやから、静音は身体能力がさらに向上する。んーと、下界でいう≪すてーたす≫ってのも出て、≪れべるあっぷ≫?もできるらしいぞ。ちなみに夜だとその効果は倍だ』
「ステータスとレベルアップね。そーねぇわくわくだわぁっ!これがお貴族様たちがやっているゲームの中にあるやつじゃないの~!お貴族様からはめったに式神使い出ないからねぇっ!よし!ツクヨミ、これからレベルアップしに行くよ!」
出雲玲がそこにいることも忘れてはしゃぎまくる静音。玲はあきらめないぞ!と決意を固め、静音について回るのだった。
「静音ー!じゃあ静音がレベルアップしてる間に俺たちも修行してくるからねー!あと、俺たち半年後に戦争行かなきゃだってー!」
「ほーい!いってらっしゃぁい!気をつけてねぇ」
この時浮かれていた静音は、≪半年後に戦争に行かなければいけないというところを忘れて、さっそくレベルアップに三人で向かうのだった。




