婚約破棄? 誰が? もしかして、私のこと?
楽しんでいただければ嬉しいです。
※2026/07/02 シャルルについての名前の指摘があったためシャーロットに改めました。
「婚約破棄? 誰が? もしかして、私のこと?」
ロレッタ・エヴァーフィールド公爵令嬢は突然言われた相手の言葉をオウム返しに聞き返した。
「ええ、そうです。ロレッタさん」
これに得意げに笑うのは元の発言者である聖女のシャーロットだ。
シャーロットは庶民の出だ。
しかし聖女の力が発現し、魔王を倒し世界を救ったことにより、つい二か月ほど前に貴族学校に入学してきた。
ロレッタとはクラスも学年も違うので面識はなかったのだが、向こうは違うようだった。
学校の中庭で呼び止められたかと思うと、シャーロットにいきなり「婚約破棄されるそうですね」と言われたのだ。
シャーロットは手を腰に当てふんぞり返った。
「みなさんが言ってるんです。ロレッタさんより聖女の私の方がクロード様にお似合いだと」
ロレッタの婚約者のクロードとはこの国の第一王子のことである。
これにロレッタは納得だった。
「まあそうですよね。シャーロット様とクロード様が並んで立たれると絵画を見ているようですもの」
「ふふ……ロレッタさん、可愛いことを言うんですね」
シャーロットは満面の笑みを浮かべた。
ロレッタの言葉は満更でもなかったようだった。
「そんなわけで今度のセイネステスパーティーで婚約破棄をされるだろう、ともっぱらの噂なんです。だから、今度のパーティー欠席なさった方がいいと思いますよ」
「はぁ」
「それでは、失礼しますわ」
シャーロットはそう言ってくるりとロレッタに背中を向け中庭を去って行く。
その後ろ姿を見ながらロレッタは「うーん」と唸った。
(そんなことあるのかなー。クロード様からはもうパーティーに誘われてるんだけどなー)
ロレッタは手を頬に当て溜息をついた。
(まあ、婚約破棄されても仕方がないかもしれない。もともと、何の取り柄もない私がクロード様の婚約者がおかしかったわけだし……でも、もしも婚約破棄されたら私はどうなるかしら? 誰か貰ってくれるかしら?)
ロレッタはほんの少し憂鬱になったのだった。
*
セイネステスパーティー。
それは初代聖女の生誕を祝う学校の行事だ。
その日の当日、ロレッタの元に一通の手紙が届いた。
内容は仕事の関係でエスコートができないというクロードからの謝罪の手紙だった。
(クロード様、お忙しいわね。お体壊さないといいのだけど)
ロレッタはクロードを心配しながらパーティー用のドレスに身を包み、先に会場に入場することにした。
「――ロレッタ・エヴァーフィールド公爵令嬢の入場です」
社交の練習の場でもある学園のパーティー。
本物の社交の場と同じように入場の際に名前が紹介されロレッタは中に入り礼をする。
すると、会場内がざわつき始めた。
(何かあったのかしら?)
ロレッタはいつもと違う雰囲気に戸惑う。
いつもならすぐに声を掛けてくれる令嬢たちが今は遠巻きにしていて扇で口元を隠している。
「――おひとりで……」
「――やっぱり……」
「――噂は本当……」
「――聖女様が……」
断片的に聞こえてくる言葉がロレッタを不安にさせる。
その不安を払拭しようと近くにいた令嬢に声を掛けようとしたのだが、
「ロレッタさん、よくこのパーティーに参加できましたね!」
「シャーロット様」
聖女のシャーロットがロレッタに向かってきた。
「わたし、先日忠告しましたよね? 今日このパーティーには欠席された方がいいって!」
「え? ええ……ただ、クロード様からの手紙では先にパーティーに向かってくれといただいたので……」
「まっ! クロード様ったら! こんな大勢の前で、しかも、本人を前に発表する気でいらっしゃるんですね!! まぁ、厳しい方なんですね!」
「それは、そうかもしれませんわね。クロード様は自分にも周りにも厳しいので」
「そうですか、そうですか。では、私もクロード様の厳しさを見習って、私の方からあなたに引導を渡しましょう!」
そう言ってシャーロットは閉じた扇の先端をびしりっ、とロレッタに向けた。
「ロレッタさん、あなたにクロード様との婚約破棄を言い渡しますわ!!」
「えっ?」
「そして、クロード様の新たな婚約者はこの私! 今世紀最強の聖女! 世界を救った聖女でもあるこのシャーロット・ハーコートが務めますわ!!」
シャーロットの言葉に会場がわっと沸いた。
「シャーロット様、もうそこまで話が進んでいたんですね!」
「知らなかったです!」
「私、前からシャーロット様の方がクロード様の相手に相応しいと思ってたんですの!」
「なんだって! 俺、シャーロット様のこと狙ってたのに!」
「クロード様が相手なら仕方がないよな」
会場はそんな声で埋まった。
ロレッタはどう反応を返していいか戸惑い、辺りをキョロキョロとしてしまう。
「あの、皆さん、少し落ち着いて」
とにかく興奮している周囲を静かにさせようとロレッタが声を張り上げる。
だが、その声は周囲に届かない。
シャーロット賛美の声が徐々に大きくなっていった時の事だった。
「――これは、何の騒ぎだっ!」
会場に朗々とした声が響いた。
その途端、波が引くように会場が静まり返る。
「ク、クロード様の入場です!」
遅れて会場に響く入場者の名前。
皆が入口を注目すればそこには声の主であるクロードがいた。
金髪碧眼で高身長。
女性貴族の憧れの的だ。
クロードは騒ぎの中心地であるロレッタとシャーロットの元へと近づいた。
それにいち早く反応したのはシャーロットだ。
「クロード様!!」
シャーロットはそう言ってクロードに駆け寄ったのだが、あと一歩というところで足を止める。
何故か。
それはクロードが怒りのオーラを纏っていて近寄れなかったからだった。
クロードはシャーロットを一瞥すると、それからロレッタに顔を向けた。
ロレッタは慌てて令嬢の一礼をする。
「ロレッタ、何があった」
「ええ、どうやら私とクロード様が婚約破棄されるそうなんです」
「……どういうことだ?」
「さあ? シャーロット様がそのようにおっしゃって」
「ほう」
クロードはロレッタの言葉に今度はシャーロットに視線を向けた。
その視線は鋭く寒気がするほどのものだ。
シャーロットは一気に背筋が寒くなった。
「説明してもらおうか、シャーロット殿」
「ひっ! えっ、あっ、その、先日、国王陛下と謁見したとき、わたしを『娘だったらよかったのに』とおっしゃてくれまして、それでわたし、クロード様との婚約を望まれてると思いましてっ」
「続けてくれ」
「あの、あの、聞けば、ロレッタさんは貴族学校での成績は良くなく、外見も女性として地味。家柄しか取り柄がないというお話を聞いて、次代の王妃には相応しくないと、みんなが言っていて、それで私、婚約破棄されるのだろうと、と」
「そうか。では聞くが、俺に相応しい女性は誰だと思う?」
「もちろん、聖女のわたしです。確かにわたしは庶民の出ですが、成績優秀、武芸にも秀でて聖女の力も最強。見目も他の者より秀でてますから!」
「ふーん。なるほどな」
クロードはシャーロットの言い分を一通り聞くとそれから実に楽しそうに口角を上げた。
「それなら一週間、俺の婚約者としての務めを試してみるか?」
「えっ!?」
「俺は婚約者を代えるつもりはなかったが、そこまで皆が言うというなら試した方が早いだろう。もしも一週間耐えきれたら俺の方から陛下に婚約者を変えるよう進言しよう」
「それは本当ですか!?」
「ああ、神の名において誓おう。どうだ? やってみるか?」
「まっ、まっ! 当然じゃありませんか!!」
シャーロットは顔を赤らめ急いで返事を返す。
それをクロードは笑う。
「では、お手並み拝見とさせていただこう。――ロレッタ、それでいいな?」
「ええ、まあ、クロード様がお決めになったなら私は構いませんけど」
「つれないな。もう少し俺に縋ってくれてもいいんだぞ?」
クロードはロレッタに向けて少し頬を膨らませた。
これにロレッタは笑ってしまう。
(ということは、明日から一週間はお休みということね。何をしようかしら?)
突然降ってわいた休日に、ロレッタはウキウキした。
脳内に街のカフェの新作ケーキが浮かんでいた。
*
三日後。
ロレッタは放課後に街のカフェへと繰り出そうとしていたのだが、中庭のベンチでシャーロットが項垂れ座っている姿を見つけた。
まるで戦闘で疲れ切った兵士の姿だ。
ロレッタは心配になって思わず、声を掛けた。
「ごきげんよう、シャーロット様。いかがなさいました? お体の調子でも悪いんですか?」
「はっ! ロレッタさん、いえ、ロレッタ様!!」
「シャーロット様、泣いてらしたのですか……?」
顔を上げたシャーロットの目元は腫れ、涙が浮かんでいる。
ロレッタは隣に座りハンカチを差し出す。
「ありがとうございます」としおらしく感謝を言い、シャーロットは目元を拭い、それから鼻を思い切りかんだ。
「どうなさったんですか?」
「うっ……うっ……ロレッタ様~!! なんなんですか、あの一族は!!」
「一族というのは、国王ご家族のことでしょうか? 何かされたのですか?」
「いいえ、何も、何もされてません! でも、とにかく時間を取られて!!」
「ああ、そうなのですね。時間というのは、放課後のこと?」
「放課後もそうですが、朝から晩までなんです! 婚約者のロレッタ様ならお分かりでしょうが、国王陛下の話がすごく長くて! 夕食時、何時間も話に付き合わされるんです!」
「ええ、そうね、国王陛下はお話を聞いてほしがる人だから。でも、国王陛下のお話は楽しいでしょう?」
「一日目は! でも、二日目、三日目と同じ話を延々と聞かされて!! 相槌のレパートリーも切れます! しかもそれが終わったら今度は王妃さまの愚癡に何時間も付き合わないといけないんですよ!?」
「王妃さまもストレスが溜まるお役目ですからね。他に愚痴を言えない分、身内に打ち明けるしかないんですよ」
「そうかもしれませんが少しでも反論したり慰めたりするとすぐに『あなたは分かってないのよ!』って言いだすんですよ!? ヒステリックにもほどがありませんか??」
「そうね、王妃さまはそういうところがおありかもしれないわね。でも、数日後にはこちらの言い分を呑み込んでくださって理解してくださるわよ」
「でも、ものすごく怖いんですよ!! わたし、何度か泣いちゃいましたもの!! それから、あのクロードとかって悪魔! あの人、むちゃくちゃですよ!! 人の弱みを探れって言いだして、神殿の中や学校の中の情報を色々と聞きだしてくるんですもの! それも何時間も、事細かに!!」
「王族として情報収集は必要だから」
「そうかもしれませんけど! そうかもしれませんけど! でも、弱みを調べられなかったら、『使えないな。まだ食べられる分、豚の方が役に立つ』とかって言ってくるんですよ!? なんですか、あの口の悪さは!! そりゃあ、入学した時より太っちゃいましたけど! それから、最悪なのは前王妃ですよ!!」
「ドリス様のこと?」
「そうです! あの人、朝になる前に部屋に呼び出して、朝食の時間まで延々と、延々と喋るんですもの! こっちはクロード様に付き合って夜遅くまで起きてたから眠いっていうのにもう延々と!」
「そう、そうなのね。ドリス様はお寂しい人だから他に話し相手がいないのよ。でも、話をしてみると優しい方なのよ? 歴史にお詳しいし。国の歴史を知れて楽しいかも」
「そんなこと、一言も喋りませんでしたよ!? 庭の花のこととか、料理のこととかくだらない話ばかり! ……わたし、聖女のお仕事もしないといけないのに全然できないんです……そのせいで神殿から仕事ができてないって怒られて……もう、みんなわたしの話を聞いてくれないんですっ!!」
シャーロットはそう言って、涙をボロボロと零した。
ロレッタはかわいそうになってシャーロットの背中を撫でた。
「そうなのね……聖女のお仕事も大変ね。他の方にはできないお仕事ですものね。どんなお仕事なの?」
「うぐっ……聖女の、お仕事はっ、まず、毎朝30分聖水で身を清め、それからっ、30分、神へ祈りを捧げるんですっ。それから聖典を読みますっ……聖典は長くて、私でも1時間は掛かるんです……それで学校へ行って、学校が終わったらまた聖典を読みます……それから30分、神へ祈りを捧げるんです……」
「まぁまぁ、大変ね。聖水で身を清めるのは寒いんじゃなくて?」
「そうなんです! もうガタガタ震えちゃって風邪を引きそうになるんです!!」
「そうよね。他の聖女様も同じことをするの? 今は神殿に何人いらっしゃるの?」
「はい、聖女は同じことをしますね。今は私含めて3人です。あっ、先輩の聖女が言ってた話なんですけど、昔、聖水が冷たいからってポットで温めて聖水を使って身を清めたんですって。でもそうしたら火傷しちゃって、痕がずっと体に残っちゃったらしいんですよね。だからそれからはポットで温めるの禁止っていうのが出来ちゃったらしいです」
「そんなことがあったの? その聖女様には悪いけど、ちょっと笑っちゃうわね。聖水を温めるなんて。火傷しちゃったのはお気の毒だけど」
「そうかもしれませんね。――話を戻しますけど、本当、最悪ですよ、国王一家は。どうしてロレッタ様は平気なんですか?」
シャーロットにそう問われてロレッタは考える。
「えーと……人の話を聞くのが苦じゃない、から……?」
「苦じゃないとかそういう次元の話じゃありませんよ! あの量はっ!!」
「やあ、シャーロット殿。こんなところにいたのか。迎えに来たぞ」
「うわっ!! 出た!! 悪魔!!」
クロードがにこやかな笑顔で手を振りやってきたのを見て、シャーロットは顔を引き攣らせ、逃げるようにベンチに身を寄せた。
「無理です!! もう王城へは行きたくありません!! わたしを神殿に帰して!!」
「なんだ、もう試さなくいいのか?」
「もう無理です! 婚約者なんてこっちからお断りです!!」
「まったく自分から言い出したくせに、まるでこっちが悪役のようじゃないか。――まあでも、三日なら持った方だな」
「何を言ってるんですか!? クロード、あなたは悪役なんかじゃなくて悪魔そのものですよ!! 人の心がない、人でなしめ!!」
「人聞きが悪い。俺は別にそんな輩ではないのにな」
「婚約者を休ませる努力をしないなんて、悪魔以外の何物でもないですよ!! ロレッタ様がかわいそうです!! もっと人並みのちゃんとした生活をさせてあげてください!!」
「お前とは器が違うんだよ、ロレッタは」
クロードは鼻でシャーロットの言葉を笑った。
「ロレッタは傍目から見るとどんくさい女だが、傾聴の力はすごい。父上とおばあ様の話に延々と付き合い、しかも、的確に質問するからどんな情報だって手に入る。そのせいか、他国との交流はロレッタがいないとはじまらないんだからな」
「そんな凄い人なんですか!?」
「いや、おおげさよ。ただお話を聞いて、そのお話を別の人との会話に使ってるだけだから」
「あっ、でも、確かにわたしも聖女のお仕事について自然と話してしまいました……」
「そういうわけだ。ロレッタには自覚がないが、他国の王や貴族のスキャンダルが情報として手に入るのだからロレッタの存在は国が放っておけないわけだ」
「なるほど……本当にそうですね!」
シャーロットはすくっと立ち上がると、ロレッタの前に立ち、それから腰を折って深々と頭を下げた。
「ロレッタ様、この度は本当に申し訳ございませんでした! わたしの勘違いから差し出がましいことをしてしまって。わたしでは力不足でした! 今後はロレッタ様のことを全力で応援いたします!」
「それでは私、聖女のお仕事があるので、これで失礼します!!」と、シャーロットは逃げるようにしてその場を去って行った。
その姿を見送るロレッタの隣に今度はクロードが座る。
そしてロレッタの腰を抱き、その体を引き寄せた。
「さぁ、邪魔者はいなくなった。城へ戻る前にここでしばらくゆっくりしようか」
「あの、クロード様。すぐそうやって二人きりになろうとするのいい加減やめませんか?」
「どうしてだ? 私は君の婚約者だ。当然の権利だよ」
クロードは幸せそうに笑うので、ロレッタは今日のケーキを諦めることにした。
END




