第6幕:マッド・サーカス
「ル、ル、ルルルルルーーー!ご機嫌麗しゅう紳士淑女の諸君!ついにこの日がやってきた!我がサーカスが誇る最高の異能の持ち主たちが、退屈を持て余した観客に出会う運命の瞬間だ!狂気と狂乱の拍手喝采が鼓膜をぶち破る準備はいいかな?いやいや!感激のあまりに停止した心臓を震わせて動かす準備が必要かもしれないね!とにもかくにも楽しみだよ!我ら変人奇人が真心と誠心誠意を込めてお贈りするマッドネスなショーをとくとご覧あれ!アンコールの準備もお忘れなく!ルルルルーッ!」
世界中の変人奇人を集める異能のサーカス団を結成した『歌劇王ルールルルー』が、『マッド・サーカス』の初公演の地に選んだのは、巨大な歯車が動き続け、常に蒸気と灰煙が空を覆う『鋼鉄都市アイゼンブルグ』。
そこは合理性を追求した無機質な街。効率と規律のみが尊ばれ、人々は替えの利く歯車のように扱われ、歌も笑いも『無駄な不純物』として禁じられた、世界で最も退屈な都市であった。
もくもくと灰煙を噴き出す、しんと静まり返った煙突街。
人々の会話など一切なく、ただひたすらに歯車機械が動く耳障りな音が響く工場街。
鋼鉄都市として合理的に、淡々と鉄鋼製品の加工や生産を行うアイゼンブルグの都市。
その中央広場の空に、突如として歪な空間の裂け目が生まれ、蒸気と灰煙を押しのけて巨大なサーカステントが姿を現した。
重厚で退屈な歯車の城に囲われた都市の住人たちが、困惑と好奇心でテントを見上げ足を止めたその時、歌劇王ルールルルーの甲高い声が都市全域に響き渡る。
「レディース・アンド・ジェントルメン!ご機嫌いかがかね!効率に縛られた哀れな歯車諸君よ!あぁ答えなくてもけっこう!私にはわかっているとも!キミたちの全ては昨日と同じだ!そうだろう?この街は雑音を嫌い、無駄を忌避し、変化を隠し、昨日と寸分変わらぬ今日が来ることを願っている!なんと哀れな歯車たちだろうか!今宵、キミたちの『退屈』という名の歯車を、我々『マッド・サーカス』の狂気という潤滑油で徹底的に破壊してあげよう!万雷の拍手で出迎えたまえ!ルルルルーッ!」
歌劇王ルールルルーの前口上が高らかに響き渡ると、ついに空間の裂け目から全貌を現した『マッド・サーカス』のテントが、アイゼンブルグの中央広場に轟音と共に降下した。
◆◇ 公演 第一幕 ◆◇
「ル、ル、ルルルルルーーー!さぁ記念すべき我らがサーカス団の初公演だ!張り切ってチケットを売り始めるぞ!あ~、お客様!押さないで押さないで!この街の全員分だって入れるようにお席をご準備いたしますから~!ルルルルーンッ!」
轟音と共に土煙を巻き上げて着地した『マッド・サーカス』の『生きたテント』は、すぐさまモゴモゴと蠢き布地をはためかせ、中央広場のど真ん中に巨大なサーカステントを展開した。七色のスポットライトが灰煙で汚れた空や歯車の工場群を照らし、打ち上がった極彩色の花火がこの街に充満する『退屈』を少しでも霧散させようと派手に火花を撒き散らす。
サーカステントの幕をめくりあげ、中から団長である『歌劇王ルールルルー』が軽快なステップと共に現れ、シルクハットを手に取り一礼し、声高らかにサーカスの開演を宣言した。
しかし、鋼鉄都市アイゼンブルグはただ黙って珍妙な侵入者を眺めていたわけではない。けたたましい警報がかき鳴らされ、武器や銃器を手にした警官隊が駆け付けテントを包囲し、空飛ぶ歯車機械の車が蒸気を噴き上げて飛来し、逃げ道を塞ぎ広場を取り囲んでいる。『マッド・サーカス』の面々がこの都市自体に歓迎されていないのは明らかだった。
しかし警官隊に包囲されてもルールルルーは余裕の態度を崩さなかった。『退屈』に支配された哀れな人間がいくら立ちふさがろうと、『歌劇王』と『マッド・サーカス』は止まらない。
「ア~ハッハッハ!ようこそ!『退屈』に飼いならされた歯車の諸君!キミたちが最初のお客様だ!この序幕の主役は……『不動の哲学者』ゼノ!そして……『忘却の庭師』ルネ!さぁさぁ世にも不思議な変人奇人たちの共演をとくとご覧あれ!ルルルルーッ!」
ルールルルーが華麗な指パッチンを響かせると、ついに極彩色のサーカスの幕が上がる。
薄暗いサーカステントの内部、その中央に鎮座するのは『不動の哲学者』ゼノ。彼は鳴り響く警報音や警官隊の怒号、そして都市全体に響き続ける歯車や機械の音を耳にして、静かに顔をしかめた。
「ふん……騒がしい街だ。少しの間、黙らせてやろう」
ゼノが不機嫌そうに鼻で笑うと、彼の司る『不動』の異能力がテントから溢れ出し、都市全体を包み込む。彼の異能は、強制的に歯車の動きを『止める』ことで街中の蒸気機関の動きを『停止』させ、取り囲んでいた空飛ぶ歯車機械を落下させて『地に張り付け』、サーカスを包囲する警官隊の足を地面に縫い付けて『固定』する。
そして、一瞬で音が消えて静まり返ったアイゼンブルグの街の中を『忘却の庭師』ルネがふらふらと歩きだす。彼の頭頂部に揺れる青い花がいっそう強く光を発すると、淡く輝く花粉が大量に撒き散らされ、風に乗って舞い上がり、街全体に降り注ぐ。
「あれ……こういうとき、何を言うんだっけ……?まぁいいや。みんな一緒に、今日という日を『忘れよう』」
『忘却の庭師』の花が撒き散らした花粉を浴びた警官隊は、歯車で動く銃や武器を取り落とし、自分がなぜこの場にいるのかさえも忘れ、呆然と口を開けて宙を見上げる。
花粉を浴びたアイゼンブルグの住人達も同じく、どうして自分が働いているのか、なぜ今までニコリともせず日々を過ごしていたのか、いったい何のために規律と規則を守っていたのか、全てを忘れてぼんやりと立ち尽くし、あるいは力なくへたり込んだ。
『マッド・サーカス』の『不動の哲学者』と『忘却の庭師』の共演により、アイゼンブルグの都市機能は一瞬で麻痺し、警官隊はことごとく無力化され、住民たちの無防備な姿が露わになった。
「ル、ル、ルルルルルーーー!エクセレント!ありがとう二人とも!見事な演舞だったよ!暴力による弾圧や追放など極めてナンセンスだ!断固反対する!我々が望むのは『暴力的な対話』ではなく『狂気的な共演』だからね!さてお次は……我がサーカスの麗しき灰被り姫よ!己を忘れた哀れな歯車たちに色とりどりのドレスコードを施しておくれ!今夜は世にも奇妙で豪華絢爛な舞踏会を開催するからね!ルルルルーッ!」
◆◇ 公演 第二幕 ◆◇
「どこを見ても同じ服、同じ形……画一的でつまらないわね」
漆黒のゴシック・ドレスを身にまとった目つきの悪い少女。『影の仕立屋』シニアがサーカステントの影から姿を現し、周囲を見渡して呆れたため息を吐く。
アイゼンブルグの住人達は皆一様に同じ服、同じ髪型を強いられている。統一されたと言えば聞こえはいいが、この街の服装は四角四面の画一的で面白みに欠ける。変化や独自性や多様化を阻むような、人間性を押し込めて人格を縛るための囚人服……彼女にはそう思えた。
「あなたたちには唯一無二のドレスコードでパーティに参加してもらうわ。自分の好きな色で着飾りなさい。無ければ……漆黒で塗りつぶして染めてあげる」
漆黒で染め上げられた豪奢なドレスを身にまとうシニエとはまた違う意味での統一性。つまらなく洒落っ気のない服を着ている鋼鉄都市の住人達に向けて、シニエが巨大なハサミを虚空で振るう。すると、人々の足元の影が一斉に立ち上がり、持ち主に纏わりついて縛り上げた。
ルネの『忘却の花粉』により我を忘れ呆然としていた住人達は、今度はシニエに操られた『影』と同化することで、本当の自分をさらけ出させられた。ある者は鮮やかな髪色とフリルで飾られたドレスを身に着け、ある者は胸元に一輪の花が飾られた洒落たストライプ柄のスーツを身にまとい、またある者はヒゲを生やし、帽子を被り、好きな色の好きな服を身につけ、『自分の姿』を取り戻す。
「……なかなかいい眺めね。ふふん。やればできるじゃない」
多様な服装を身にまとった住人達を見て、いつもより少しだけ上機嫌のシニエが再び巨大な鋏を掲げる。すると鋼鉄都市の住人達は影に操られ、列を成して『マッド・サーカス』のテントへ向けて歩き始める。望む者は嬉々として、なけなしの理性で抵抗する者は無理やりに。影による行進は止まることが無く、巨大なサーカステントはあっという間に満員御礼。入りきらない者は広場の周囲に集まり、洒落た服でテントを彩る着せ替え人形のように思い思いのポーズをとった。
「ル、ル、ルルルルルーーー!ファンタスティック!十人十色どころか千人千色!万人万色のエレガントなドレスコードだ!よくお似合いだよ、唯一無二の歯車の諸君!退屈そうにしていた顔が見違えるようだ!さぁさぁ!舞踏会兼お客様参加型のサーカス演舞の開催だぞ!お次の主役は『跳ねる音符』フェルマータと『破滅の楽団長』ヴィオラだ!よろしく頼んだよ!ルルルルーッ!」
◆◇ 公演 第三幕 ◆◇
「あはははは!いくよフェルマータ!もっと速く、もっとグチャグチャに!街中グルグルにしてぶっ壊れちゃうくらいにねっ!いひひひっ♪」
広場に集まった人々を尻目に、人気の無くなった工場街の屋根の上を、フェルマータが巨大な玉に乗って跳ね回る。彼女が笑うたびに都市の時間が部分的に加速し、最新鋭の歯車機械や摩天楼のようにそびえ立つ建物が数百年分の錆に覆われて腐食してグズグズに崩れていく。
「いひひっ!あはははっ!うひゃひゃひゃひゃ!ポポイぽーいっ!」
フェルマータは時間軸を破壊し都市をメチャクチャに崩すだけでは飽き足らず、服の裾という裾からポイポイとキャンディのように爆弾花火の筒を撒き散らし、楽しそうな笑い声と共に着火して都市部を七色の花火で染め上げていく。彼女がサーカステントから勝手に持ち出してきた、歌劇王ルールルルー特製の噴き上げ花火はいつまでも鮮やかな火花と煙と爆音を噴き出して止まることがない。街中に広がる工場は着火されて煙を噴き出し、機械は熱されて不気味な音と共にねじ曲がって軋みを上げる。工場の中には『火気厳禁』と張り紙がされた区画ももちろんあり……。いつしか鋼鉄都市アイゼンブルグは『マッド・サーカス』のテントを中心にして、七色の花火と、不気味な黒煙と、破壊的な笑い声に飾り立てられる狂騒のステージと化していた。楽し気に跳ね回るピエロ少女の狂ったような笑い声をメインMCに、次なる演目の舞台は整ったのだ。
「さぁ、魂を震わせる至高の一曲を聴いて。死なないで。最後の最後まで!」
極彩色に彩られた舞台の中心。サーカステントの中央に歩み出たのは『破滅の楽団長』ヴィオラ。バイオリンを手にした彼女は観客へ向けて優雅に一礼し、恍惚とした表情で楽器を構える。それを見たルールルルーが静かに指揮棒を構えると……その燕尾服の裾やシルクハットのすき間から数百体の淡く光る魂が飛び出す。魂たちはいくつも混ざり合い、人型を形成すると多様な楽器を構えてヴィオラの背後に控え、亡霊の楽団を作り上げた。
「ル、ル、ルルルルルーーー!この世の全ての『退屈』に死を!聴く者の魂をも震わせる破滅の楽曲を……文字通り死ぬ気で聴くのだ諸君ッ!ル、ル、ルールルルーッ!」
歌劇王ルールルルーの指揮棒が振られ、ヴィオラ率いる亡霊楽団が演奏を開始する。この演奏こそが『マッド・サーカス』の公演のメイン・ディッシュ。音ならば、歌ならば、目で見るよりも遥かに多くの人に届けられるのだ。
かつては音楽や娯楽の一切を禁じられ、虚しい機械の音が響くだけだったアイゼンブルグは、一瞬の静寂を経て、いまや世界で最も騒がしい街へと変貌した。
音楽が遮られることのなくなったこの都市で、人々は今までの強いられた規律や規則を忘れ、色とりどりの自由な服装を身にまとい、誰も彼もが笑い、感動して涙を流し、音楽に酔いしれ、魂を震わせて『退屈』という悪夢を破滅させるのだ。
「ルルル!ルルル!ルー!ペンは剣よりも強し!しかし歌劇は何よりも強し!楽器を奏でて歌い踊ることこそ人間に与えられた最高の娯楽なのだ!演奏できぬ者は手を叩き、歌えぬ者は踊り、踊れないものは心臓の鼓動でセッションに参加したまえ!ルルルルッ!アイゼンブルグの諸君!今宵は共に歌い踊り明かそうじゃないか!そう!この街全体が!キミたち自身が!『マッド・サーカス』だァー!ル、ル、ルルルルルーーー!」
鋼鉄都市の街中に響き渡る、マッド・サーカスのオーケストラの歌曲。そして歌劇王ルールルルーの朗々たる語り口。呼びかけに呼応するようにアイゼンブルグの住人達は狂気と恍惚の混ざり合った叫び声を上げて歌い、拳を突き上げ、力尽きるまで踊り続ける。それはもはや歌や音楽ではなく、人間の感情の奥底から発せられるエネルギーの奔流だ。
その夜。彼らはこの世界で一番退屈な街の中で、人生で初めての『熱狂』を味わったのだ。
◆◇ 終演 ◆◇
『マッド・サーカス』の記念すべき最初の公演が行われた次の日──。
鋼鉄都市アイゼンブルグには何一つ『形を保ったもの』は残っていなかった。
灰煙の空に突き刺さらんばかりに高くそびえ建っていた煙突や工場は瓦礫の山となって崩壊し、全ての鉄鋼製品はバラバラに砕けるか焼けこげた残骸と化した。
今まで街で生活を送っていた規律と効率に支配された住人たちの姿はない。瓦礫の山に座り込む者、地面に四肢を投げ出して泥のように眠る者、誰もが魂が抜かれたかのように力つきているが、そのすべてにかつての無機質な表情は無く、どこか晴れやかな生気と、完全に壊れてしまったような笑顔が宿っていた。
「ル、ル、ルルルルルーーー!大成功だ!素晴らしい初演だったよ、諸君!見たまえこの都市を!退屈という悪夢から覚めた清々しい表情の住人達であふれている!混沌の中にこそ本当の秩序があるのだ!いやぁ圧巻だな!社会貢献をした後は気分がいい!ルルルンッ!この街に蔓延る『退屈』という名の悪夢は晴れた!私もキミたちも大・大・大満足だよ!」
『マッド・サーカス』の記念すべき初公演を指揮したルールルルーは、以前とは外身も中身も全く違う姿に変わってしまった都市を見渡し、満足げに何度も頷いた。すると彼の背後に鎮座していた『生きたテント』が、街に充満していた『退屈』な雰囲気を全て食べ尽くして胃袋へ納めたかのように、こちらも満足そうに大きくはためいた。
「さて、次の街へ行こうか。世界にはまだまだ、治療が必要な退屈な場所が溢れているからね!ルルル!ルルル!ルーッ!」
◆◇◆◇◆ 『マッド・サーカス』団員メモ ◆◇◆◇◆
『歌劇王』ルールルルー:初公演を成功させて大満足。
『不動の哲学者』ゼノ:不動の異能により、住人達の魂は乖離せずに済んだ。
『跳ねる音符』フェルマータ:時戻しで都市を直せるか聞かれ、できないとウソをついた。
『影の仕立屋』シニア:住人達の服が朝日に溶けて消えていったことを残念がった。
『破滅の楽団長』ヴィオラ:一晩中、完璧な演奏を披露できてご満悦だった。
『忘却の庭師』ルネ:狂騒と喝采のエネルギーで最高の花を咲かせた。




