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第5幕:忘却の庭師 ルネ

 歌劇王ルールルルーが集めた変人奇人たち以外は人っ子一人いないはずの寂しい荒野のど真ん中。『マッド・サーカス』のテントの外には団員たちが醸し出す異質と混沌が渦を巻き、満天の星空は毒々しいオーロラの光に照らされていた。その極彩色の光に導かれるように、一人の男がフラフラと、しかし確かな足取りでテントの幕をめくった。


「あぁ……ここなら、もっといい肥料が見つかりそうだ……」


 サーカステントの帳をくぐって現れたのは、土で汚れた白衣を纏い、背中に巨大なジョウロを背負い、頭にはボロボロの麻袋(あさぶくろ)を被った男。彼の奇妙なところは服装だけではなく、その麻袋の頭頂部から一本の、見たこともないほど美しい青い花が咲いていることだった。


「ル、ル、ルルルルルーーー!ファンタスティック!招待状も出していないのに、(かぐわ)しい『狂気』の香りに誘われて、自ら檻の中に飛び込んでくる蝶がいるとはね!しかもなんと花とセットの蝶だ!あぁ、初めまして『記憶の植木鉢』よ!我がサーカス団にようこそ!」

「はて……君とはどこかで会った事あったかな……?」

「ルルル、ルルル、ルー!ない!もちろん完全無欠に初対面だとも!」

「……そうか。ならよかった。すまんね。どうにも忘れっぽくて」


 麻袋を被った頬を掻きながら力なく笑う男の名は『記憶の植木鉢』ルネ。

 かつては大陸一の賢者と呼ばれたほどの植物学者だが、珍しい植物を追い求める禁忌の研究の末、自分の『記憶』を養分にして花を咲かせる特異体質になってしまった変人だ。今の彼は自らの記憶を頭に生えた花に分け与え、美しく育てるためだけに生きている。

 変人奇人の騒がしさに引き寄せられた奇妙な出で立ちの男を目にして、ゼノ、シニエ、ヴィオラは『また変わったやつが現れた……』と自分のことを棚に上げて肩をすくめ、あるいは諦めたように肩を落とした。


「おやおやおやや?新しいお客様?それとも新しいオモチャが来たの?いひっ!このお花はなぁに?引っこ抜いていい?だめ?」

「やぁお嬢さん。悪いが僕の頭には触らないでくれ……。今、昨日の夕食の記憶が『花びら』に変わったばかりなんだ。……あれ、僕は昨日、何を食べたんだっけ?」


 ピエロ少女フェルマータがさっそくちょっかいを出し始めるが、接触を拒否したルネが力なく笑う。すると、頭の青い花からキラキラと光る粉が舞い散り、新しく生えてきた青色の花弁が愉快そうに揺れる。

 ルールルルーはそんなルネの目の前まで滑るように移動し、頭頂部の青い花をうっとりと眺めた……表情の読み取れないピエロマスクで。


「ル、ル、ルルルルルーーー!見事な花だ!過去を切り取り養分にして、今この瞬間の美しさを咲かせる!まさに刹那の芸術!ぜひ我がサーカス団にスカウトしたい!キミが舞台に立てば、観客は自分のつらく退屈な思い出を忘れ、ただキミの花の美しさに見惚れることになるだろう!」

「……つらい過去を忘れられることはいいことだ。ただ、僕はもう、自分の名前すら忘れかけているけどね……」

「ルルルルーッ!いっそ忘れて美しい花の養分に変えてしまいたまえ!名前なんて単なる記号に過ぎないからね!それに、サーカスの舞台に立てば観客たちの歓声で何度でも思い出すことができるさ!ここではキミは『忘却の庭師ルネ』だ!さあ、キミのその空っぽの脳ミソに、観客たちが発する最高の『熱狂』と『歓声』を詰め込んであげようじゃないか!間違いなく一生忘れられない経験になるぞ!サーカスの公演を行った夜、キミはその喜ばしい記憶を糧にして、最も美しく可憐な青い花を咲かせるのだ!ルルルルーッ!」

「一生……忘れられない……」


 いつものように大袈裟な口上や意味不明のポージングと共に燕尾服の裾を翻し、ルールルルーは懐から取り出した『熱狂の契約書』をルネの眼前に掲げる。契約書は、ルネの頭の青い花の光と同調して静かに深紅の明滅を繰り返す。


「ええっと……僕は……ここで……?」


 この場の不可思議な状況にも、ルールルルーをはじめとする異様な面々を目にしても、ルネはまったく動じなかった。彼は既に『恐怖』や『警戒』や『困惑』といった感情の記憶すら、青い花に食べさせて養分にしてしまった後なのだった。


「あぁ……そうそう、思い出した。ここなら最高の『肥料』が見つかると思ったんだった」


 独り言をつぶやいて納得したのか、ルネは熱狂の契約書を手に取ると、ペンで署名する代わりに頭の花から零れた一滴の蜜を落とす。青い花の光る蜜が契約書にしみ込むと、ルネは紙をぐしゃぐしゃに丸めて麻袋の口に詰め込み、咀嚼して呑み込んでしまう。すると、頭から生えた青い花がよりいっそう強い光を発し、花弁から輝く粉を撒き散らす。


「契約……完了。……ところで、あなたは誰でしたっけ?」

「ル、ル、ルルルルルーーー!最高のご挨拶だね、庭師くん!我々は1秒ごとに初対面、これほど新鮮な関係があるだろうか!いやないッ!だがしかし!我々は過去を振り返らない!いつだって前を向き明日を向き進むのだ!毒々しい熱狂の水と禍々しい狂乱の朝日をキミの大切な花にこれでもかと降り注ぐことを約束しよう!サーカスの公演を楽しみにしておきたまえ!ルルルルーッ!」

「はぁ……そうですか。まぁ、よろしく。僕が明日も覚えていられたら、ですけど……」


 状況や契約の事をわかっているのかいないのか、それとも既に忘れてしまったのか、『忘却の庭師』ルネは力なく笑う。その頭頂部から生えた青い花だけが、ゆらゆらと楽し気に揺れていた。


 こうして、過去を失い続ける奇妙な男が『マッド・サーカス』の新たな彩りとして加わった。


◆◇◆◇◆ 『マッド・サーカス』団員メモ ◆◇◆◇◆

『歌劇王』ルールルルー:団長。常に歌うように喋る、変人奇人を見つける感覚が異様に鋭い。

『不動の哲学者』ゼノ:300年間動かなかった伝説の変人。存在自体がサーカスの「重し」になる。

『跳ねる音符』フェルマータ:常に動きを止めず、笑いを生み出し続ける道化師。

『影の仕立屋』シニア:団員の舞台服を仕立て、観客の影を奪いドレスに変える。

『破滅の楽団長』ヴィオラ:聴く者の魂を肉体から引きはがす呪いの旋律を奏でる。

『忘却の庭師』ルネ:自分の記憶を養分にして青い花を咲かせる植物学者。


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