幕間:変人たちのアジト
今日は少し趣向を変えて、奇天烈と不可思議が笑い歌う変人たちのアジトの中を覗いてみましょう。
世界の片隅にある、何の変哲もない寂しい荒野のど真ん中。訪れる者など皆無だったその場所にはいつの間にか、騒がしく禍々しい気配を放つ大きなサーカステントが鎮座していました。
極彩色の布地に飾られ、風も無いのにもぞもぞと蠢くように収縮する巨大なテントこそ、『マッド・サーカス』の有する魔法のテント。変人奇人たちのアジトです。
巨大なサーカステントの内部はルールルルーが新しい団員をスカウトして放り込むたび、より賑やかに、そしてカオスに変化していくのです。
「……」
テントの中央には『不動の哲学者』ゼノが、巨大な文鎮のごとく鎮座していました。彼の周囲だけは空気が凍りついたような静寂に包まれ、難しそうな顔をして思考を続ける重苦しい雰囲気は、誰も近寄らせない威厳を放っています……その、はずでした。
「えへへ! おじいちゃん、そんなに固まってて疲れない? ほら、背中のネジ巻いてあげる!ぐるぐるぐる~っとね!はいできた!どお?元気になった?次は肩もみしてあげよっか?ちょうどいいトンカチ見つけたの!いひっ!」
他人のプライベート時間を破壊することを目論む『跳ねる音符』フェルマータが、今夜も異様なハイテンションでゼノにちょっかいをかけています。微動だにせず思案にふける老人の周囲を超高速の玉乗りで走り回ったり、変顔をしながらパントマイムを披露したり、勝手に頭の上にリンゴを置いて投げナイフで射抜くゲームをしたり、それでも反応がないので背中にどこから持ってきたのかわからない金属製のネジを巻いてあげています。
彼女がやかましく笑うたびに、ゼノが必死に維持している顔面の硬直がピクピクと痙攣し、思考の乱れに連動してサーカステント全体がグニャグニャと歪み、不気味な軋み音を上げています。
「……黙れ、この騒音の化身め」
「いひひっ!や~だよ!だって私おしゃべり好きだもん!ねぇ!もっともっと話そうよ!」
「耳元で大声で怒鳴るのはやめろ……くっ……!この程度の騒音で、私の愛する思考と秩序が乱されるわけには……!」
「うひゃっ!重い重い!なにこれ!?すご~い!でも止まらないもんね~!」
ゼノが司る『重し』の能力が発動し、フェルマータの足を捉えて地面に抑えつけようとしますが、いくら空間の重みが増してもフェルマータは知らん顔、くるりと宙返りしてあっかんべーと舌を出しました。むしろ構ってもらえて嬉しいと言わんばかりにぴょんぴょんと跳ね、ゼノによりいっそう激しくちょっかいを出そうとしています。
「ほんっ……とうに騒がしいわね。もう少し静かにできないのかしら……」
一方、テントの隅では『影の仕立屋』シニエが、今夜も不機嫌そうに眉根を寄せながら、巨大な針でテントの布地と影をチクチクと縫い合わせていました。
彼女の周囲には影のドレスたちが輪になって座り、主人と同じように縫製作業をしたり、自らの手足の影を伸ばしてから大きな裁ちバサミでチョキンと切り取り、影の布地を量産しています。
「おい仕立屋、見てないでお前の影で小娘を拘束しろ」
「はぁ?なんで私が?こっちは仕事をしてるのよ。孫の遊び相手くらいしなさいよ」
ゼノから助けを求められたシニエは本当に嫌そうに、口をへの字にして反論しました。
言っていることは事実かつ正論です。彼女とその下僕の影たちはサーカステントの補修を行う縫製作業の真っ最中でした。
歌劇王ルールルルーが使役する『生きたテント』は団員たち(主にフェルマータ)のカオスな行動や存在に耐え切れず穴が開いたり破れたり、ほつれや綻びが多数発生しており、見ていられないシニエが修繕を担当しているのです。
これ以上破れないよう丈夫に、思いのままに姿形を変えられるようにシニエが自分の影を編み込み、ついでにルールルルーのリクエストに応じて『よりマッドに!』飾り付けたり装飾を施したり、内部をさらに大きくするための布の継ぎ足しを行っています。正直言って、作業の手も影も何もかもが足りません。
「この小娘が孫なものか!私を老人扱いするな!」
「あははっ!するな~!わははははっ!いひっ!いひひひっ!」
「はぁ……本当にうるさい。影が怯えるから大声で笑わないで」
目つきをさらに悪くした不機嫌そうなシニエがため息をつくと、彼女の影から漆黒の腕が伸ばされ、フェルマータの影を捕らえようと蠢きます。
しかし驚くべきことに、フェルマータの影は迫る影の腕を華麗に躱し、捕まらないように影だけが独立して動き始め、しまいには影が見事なパントマイムを披露し始めました。
「この子っ!なんで自分の影を動かせるのよ!?」
「いひひっ♪シニエお姉ちゃんのマネ~♪アン・ドゥ・トロワッ!影遊びっておもしろいね!」
「簡単に真似できるわけないでしょ!」
フェルマータの方はというと、影の攻防をまったく意に介さずぴょんと軽快に跳ね、シニエの傍らで縫製作業をしていた影のドレスの足を切り取って折り畳み、紙飛行機のように折りたたんで飛ばし始めました。
「まっくろくろの紙飛行機びゅ~んっ!あはははっ!」
「あっ、こら!やめなさい!オモチャじゃないんだから!……ってこの子どうして影に触れるのよ!?」
「なにを小娘同士で遊んでおるんだ!しっかり捕まえておけ!」
「ジジイは口じゃなくて脚か手を動かしなさいよ!」
「誰がジジイだ!老人扱いするな!」
「あははっ!するな~!わははははっ!いひっ!いひひひっ!」
「その会話さっきした!ループしてる!あぁもう……頭痛い……!」
ドタバタと騒動と口論を続ける間もシニエは針子の手を止めず、影の腕を操作してフェルマータの影と格闘するという並列作業をこなしていますが、全ての状況に耐え切れなくなってきた脳ミソが悲鳴を上げています。
「はいはいそこまで。ほら、捕まえた」
「むぎゅっ?むぎゅぎゅぎゅっ?」
収拾がつかなくなった混沌を見かねて、『破滅の楽団長』ヴィオラが助け舟を出しました。
サーカス内の自室に引っ込んで楽器の手入れをしていた彼女はいつの間にか音もなく現れ、問題児フェルマータを優しく抱き留めて捕まえました。
「いい子……いい子……ねんねの時間よフェルマータ……さぁ……ねんころり……♪」
「ふわぁ……ヴィオラお姉ちゃん……暖かい……すやすやりんこ……」
「あなたは悪い子じゃないけど、自由過ぎるわね。時間は壊すものではなく流れるものよ……ね?」
「はぁ~い……にひひっ……♪」
楽器や歌ならヴィオラのお手の物。ポンポンと優しく楽器のように背中を叩き、子供をあやす柔らかな口調で子守唄を唄い、跳ね回っていたフェルマータを落ち着かせることに成功しました。フェルマータは構ってくれるお姉ちゃん的存在に安心したのか、身を預けてゴロゴロと猫のように喉を鳴らして甘え始めます。
「はぁはぁ……助かった……!」
「やっと小娘を捕まえられたか。しかしあの子守唄、最後まで聴くと死んだりせんか……?」
「こわっ。なんでそんなもの歌い出すの?バカしかいないのかしらこのサーカス団」
変人奇人たちを統率するのも『楽団長』の役目なのか、それとも単にヴィオラがお姉ちゃん気質なのかはわかりませんが、ひとまずは暴風雨のような悪戯のターゲットから自らが外れたことを確信したシニエとゼノは安堵し、胸をなでおろしました。……別の問題がありそうですが。それはさておき。
「ル、ル、ルルルルルーーー!ブラボー!今日も相変わらずブラボーだ、諸君ッ!なんという不協和音!なんという無秩序!キミたちは異能力の錬金術師だね!『跳ねる音符』が各々の世界の境界線と時間軸を破壊し、『影の仕立屋』は自ら表舞台に躍り出て、『破滅の楽団長』が己の性とは真逆の安寧を提供し、『不動の哲学者』がこの無秩序のすべてを抱擁し留めている!まったくもって意味不明!徹頭徹尾に支離滅裂だ素晴らしい!それでいい!ここでしか味わえない最高の喜劇だ!異常こそが我ら『マッド・サーカス』の日常なんだよ!ルルルルーッ!」
テント内で繰り広げられている阿鼻叫喚のドタバタ劇を、団長である歌劇王ルールルルーは空中を浮遊するイスに座り、ティーカップを手に見物していました。彼にとってはこのカオスな状況こそ望んでいるもののようで、喜ばしく誇らしげな様子で何度も深く頷いています。
ちなみに彼の持つティーカップは空っぽで、ピエロマスクの口元に運ぶ真似だけはしていますが、何かを飲んでいる様子は見られません。彼にとって最高の癒しのティータイムとは、団員たちが織り成す混沌の渦であるようです。
「楽しそうで結構だが……団長、我々のサーカスの初公演はいつなんだ?老いぼれにはそろそろ静寂が恋しくなってきたぞ」
「チッチッチッチ!哲学者がウソをつくのはいただけないなゼノ!この世にも奇妙な狂騒を味わったキミはもう、そんじょそこらの静寂には物足らなくなっているはずさ!ルルルルーッ!」
「むぅ……そう言われれば、たしかに……?」
「哲学者のジジイがなんですぐに言いくるめられるのよ。バカじゃないの。……ねぇ団長。たしかに服の仕立屋の仕事は引き受けたけど、テントまで縫わされるのは聞いてないわ。どんな報酬で埋め合わせしてくれるのかしら?」
「オーーーウッ!我がサーカスの影の立役者シニエ!キミの働きぶりと献身には底なしの感謝をしているとも!観客を出迎えるテントはサーカスの顔と言っても過言ではないからね!最高の状態にしておきたい!がっ!キミの七色に輝く服飾センスに任せておけば万事安心だな!追加報酬として望むだけのキャンディをあげよう!さぁ私の帽子の中から好きなだけ持っていきたまえ!『鼻クソ味』に『目クソ味』に『耳クソ味』に『歯クソ味』!『新品の雑巾味』に『何回か使った雑巾味』、さらに『牛乳を拭いた後の生乾きの雑巾味』などなど!なんと6666種類の味がある悪徳のキャンディだ!ルルルルーンッ!」
「……うざ。もう帰ろっかな」
「とか言って~♪腕前を褒められてまんざらでもないシニエお姉ちゃん~♪ニヤついてるし~♪にひひひっ!」
「はぁ!?ニヤついてないし!アンタは黙って寝てなさいよ!バカピエロ!」
「いひひ!『バカ』って言う人はツンデレなんだよぉ~ん♪あははのは~♪」
「なんと、そうなのか……知らなんだわ。最近の若い者のコミュニケーションは多様化しているな……300年も人と関わっていないとわからんくなってくるわ」
「ジジイもピエロも黙りなさい!全部ズレてていちいちムカつくのよ!」
「まぁまぁ落ち着いてシニエちゃん……気持ちがリラックスして安眠できる曲を1曲演奏しましょうか?」
「いらない!アンタの『聴けば死ぬ曲』ってネタなの?ギャグなの?ワケわかんないんだけど!」
「ご、ごめんなさい……私、少しでも場を和まそうと思って……!」
「まさかの天然キャラ~!ごめん……!もう……ほんと……疲れるわ!」
ひとつの話題から縦横無尽に派生する洪水のような言葉の応酬が繰り広げられ、ガラにもなく叫びながらツッコミ役をし、ぜぇはぁと肩で息をするシニエを見かねたゼノが場をまとめます。
「……お前さんは少し黙った方がいい。なぁ団長、このテント内はいくらなんでも自由奔放に過ぎる。何事にも『まとまり』というものがあってな、無作為に無秩序な連中が集っている状況はまとまりがあるとは言えん。我々が『なぜ』『何のために』この混沌としたサーカスに集まっているのか、その行く先を示してもらえれば……私の忍耐力もまだしばらく保てそうなんだがな?」
「ル、ル、ルルルルルーーー!さすがは我らの頼りになる重し役だ!わかっている!わかっているとも!実は……『マッド・サーカス』の初公演の舞台を選定中でね!この世界のどこが一番退屈なのか、どの都市で混沌と狂騒の宴を開催するべきか、まだ決めかねているのさ。もう少しだけ時間が欲しい。それに……初公演を盛大に成功させるために、足りないピースも集めたいところだ……ルルルル!」
「まだ……団員が増えるのか。これ以上の混沌が必要なのか……?」
「ビンゴのビンゴ!モチのロン!あたりまえだのクラッカーだとも!キミたちの異能と異質と混沌は混ざり合って渦を巻き、より大きくより燦然と輝くのだ!見たまえ、この荒野の星空を!世界中の誰も見たことがない、史上最高に毒々しい色のオーロラが出現しているじゃないか!ルルルルーッ!」
ご機嫌なルールルルーが指を鳴らすと、サーカステントの裾布がばさりと大きく膨れ上がります。広がっている外の景色もちろん無人の夜の荒野。しかし灯り一つないはずの荒地は、いまやルールルルーの言葉通りに紫色に照らされています。
一同が怪訝そうな表情で外に出て確認してみると……満天の星空の合間を切り裂いて、毒々しく悪趣味な紫色のオーロラが輝いていました。
「ル、ル、ルルルルルーーー!エクセレントッ!極限に達した混沌がサーカステントから漏れ出て夜空を照らす!この『マッド・サーカス』こそが!邪悪と狂乱と混沌の始まりの地だ!この光を見て続々と『世界のはみ出し者』たちが集まってくるぞ。我がサーカス団に欠けている最高におもしろいピースを……新しく家族に迎え入れようじゃないか!」
◆◇◆◇◆ 『マッド・サーカス』団員メモ ◆◇◆◇◆
『歌劇王』ルールルルー: マッドでカオスなサーカス団員たちを束ねる究極の変人。
『不動の哲学者』ゼノ:300年間ほとんど人との交流が無かった寂しいおじいちゃん。最近の若者言葉がわからない。
『跳ねる音符』フェルマータ:人と関われること自体が楽しくて暴走気味な道化師。他人のプライベート時間を跡形もなく破壊する。
『影の仕立屋』シニア:口と目つきの悪い団員唯一のツッコミ担当。苦労人タイプ。
『破滅の楽団長』ヴィオラ:意外に天然ボケで、面倒見がいいお姉ちゃん気質。




