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第4幕:破滅の楽団長 ヴィオラ

「ル、ル、ルルルルルーーー! ご機嫌いかがかね親愛なる紳士淑女の諸君!さぁ今日も我がサーカスに欠けているピースを一つずつ埋めていこうじゃないか!いやいや何を言っている!常識に囚われていては老いて死ぬ!強欲であるほど退屈は遠ざかる!一つではなく──とんでもなく多くのピースをかっさらいに行こうではないか!最高のサーカスに必要なのは至高の楽団(オーケストラ)だ!聴く者すべてを強制的に『終幕』へと誘うバイオリニスト、鎮魂歌(レクイエム)をスカウトしに行くぞ!」


 今日もご機嫌なルールルルーが空間の裂け目から降り立った場所は『音楽の都』。かつては世界中の音楽が集うと称され繁栄した王国の大都市でありながら、今はただ不気味な静寂に包まれた都市だ。

 ルールルルーは極彩色の燕尾服の内ポケットから小さな耳栓を取り出すと、自らの耳の奥へとねじ込み、ぐりぐりと捻り……少しサイズが合わなかったのか、取り出して肩をすくめてポイと投げ捨て、そのままスキップをしながら崩れかけた建物……『嘆きの音楽堂』へと向かう。

 世界中の変人奇人を集めた『マッド・サーカス』を創り上げる歌劇王ルールルルーが次なる標的に定めたのは、美しい音楽で人々を癒やす楽団……などという生易しいものではなく、呪われたバイオリニストが奏でる、聴く者の命を刈り取る『呪いの旋律』だった。


「うむ!ここだ、ここだ! すぅ……はぁ……!この空気が凍りつくような殺意!素晴らしい!彼女の弾くバイオリンの弓は、死神のヒゲで出来ているに違いない!ルルルルッ!」


 かつての栄華は見る影もなく、ボロボロに朽ち果て、苔や草花に浸食された『嘆きの音楽堂』の主……。

 鮮血のように赤いドレス、病人のように青白い肌、そして悲しげに伏せられた瞳。バイオリニストの女性『ヴィオラ』は、瓦礫の山となった舞台の中央に座っていた。


 誰もいない音楽堂の中でヴィオラは不意に立ち上がり、一礼してバイオリンを構え、弦を弾き始める。奏でるのは、聴く者が思わず聞き入って足を止めるような優雅な旋律。

 バイオリンの音色だけで紡がれる、小夜曲(セレナーデ)夜想曲(ノクターン)協奏曲(コンチェルト)円舞曲(ワルツ)、そして鎮魂曲(レクイエム)。どの楽曲も完璧に演奏されたかに思えたが……すべての曲は最後の音符だけ演奏されず、なんとも調子はずれに終わっていた。


「……ッ!…………ッ!」


 それでも演奏には熱が入り、興が乗ってきたヴィオラは無心で弦をかき鳴らす。

 が……弦を強く押さえすぎたあまり、彼女の青白い指先からドレスと同じ鮮血が滲み始める。血が雫を垂らす前にヴィオラは構えを解き、名残惜しそうに目を伏せて一礼をした。

 すると、誰もいないはずの音楽堂に、場違いな拍手と底抜けに明るい声が響く。


「ル、ル、ルルルルルーーー!素晴らしく美しい旋律だ!特に最後の一音符だけ見事に抜けているのが味わい深い!キミは楽曲演奏を通して音楽を殺し、心の絶望を表現しているのかね?ブラボー!アメイジング!ファンタスティック!」


 瓦礫の山をコサックダンスで軽々と乗り越えて現れたルールルルーは賞賛とスタンディングオベーションを贈る。

 ヴィオラは突然の来訪者に驚いた様子もなく、血の滲む指先をドレスの裾で拭い、冷たい視線を向けた。


「私の演奏は呪われているの。最後まで聴いた者の命を刈り取り、死をもたらすのよ」

「ルルルルッ!やはりそうなのか!ううむ、なんともったない!キミのその完璧で美しい旋律を、人生で一度きりしか耳にできないとはっ!いやいや、真にもったいないのはヴィオラ、キミ自身だ!国一つを滅ぼすほど壮絶な旋律を奏でられるキミが、わざと音を外して未完成の曲を演奏するなん──」

「少し……おしゃべりが過ぎるわね」


 ルールルルーの芝居がかった口上を遮るようにヴィオラはバイオリンを構え、キュイッと甲高い音を奏でる。すると大気が震えて発生した鋭い音の刃がルールルルーの喉元を掠めた。


「わかっているのなら帰ってくださるかしら?あなたのような雑音がいると、私は最後まで曲が弾けないの」

「ルルル、ルルルッ!ルーーー!これはこれは!私を死なせないようにご配慮いただき感謝感激雨あられのレレレのレッ!だが残念ながら、私の身体の中には止めるべき心臓も、奪われるべき命も入っていないのだ!私は生と死を超越したエンターテイナー!私の鼓動は歌!私の血潮の流れは劇そのもの!歌と劇によって生かされる歌劇王ルールルルー!変人奇人が一堂に会する『マッド・サーカス』の団長にして、世界で一番騒がしい名前を持つ男!この身を突き動かすのは……情熱!退屈という名の悪夢を全て燃やし尽くし、憂鬱のため息を綿アメに変えて胃袋を満たすまで私は死ねないのだよ!ルルルルー!」


 燕尾服の裾を翻し、大袈裟なポーズを決め、いちいち意味不明な身振り手振りを交えて語るルールルルーは、シルクハットを手に取り軽くノックをしてから手を突っ込み、中から1本の指揮棒(タクト)を取り出し、ヴィオラの目の前で大袈裟にお辞儀をした。


「『死の旋律』ヴィオラ。キミが奏でる音は聴く者を死に至らしめる破滅の旋律だ。特殊な波形の音を繰り返し受けることで魂が肉体から剥離し、聴く者は生命活動が維持できなくなる。この現象が発動するトリガーは楽曲を完璧に弾き終わること……まさに魂を震わせる至高の鎮魂歌(レクイエム)だ!ぜひキミを我がサーカスの楽団長としてスカウトしたい!公演スケジュールは空いているかね!?ルルルルーッ!」

「私の曲を聴けば……人が死ぬわ」

「ル、ル、ルルルルルーーー!キミは……人の命を奪いたくないから遠慮すると言うのかい?聖母の如き優しさだ!そんな優しいバイオリニストが、なぜ死に絶えた音楽の都で孤独に弦を弾き続けるのか、栄華を誇った国がどうして沈黙に沈んでしまったのか、我々の序曲(オーバーチュア)として聴いてもいいかな?ルルルルーッ!」

「……」


 興味津々という様子で指揮棒を振り始めるルールルルー。テンポなどまったく無視して繰り出されるタクトを目にしたヴィオラは……やがてため息をつき、バイオリンを奏で始めた。哀愁を誘う悲しみの歌曲、哀歌(エレジー)の弾き語りだ。


「この王国……私の生まれた街には、音楽しかなかった。朝から晩まで、いえ、夜中を超えて東の空が白んで朝日が昇るまで……街中の誰もが歌い、楽器を奏でていたわ。私は赤ん坊の頃、親の名前を覚える前にバイオリンの弾き方を覚えたと聞かされたわ。楽器を演奏していれば毎日が幸せだった。音楽に囲まれて楽しかった。……でもある時、国中の音楽の才能を妬んだ悪魔によって恐ろしい『呪い』がかけられた。その日を境に、国中の楽師たちの全ての音が『ズレた』の。たった一音。それだけで人々は狂ってしまった。街のどこかで音のズレた楽曲が演奏されるたび、人々は悲鳴を上げ、耳を塞いで頭を掻きむしって狂い死んだ。音楽を愛するが故に、完璧ではない捻じ曲げられた音に耐えられなかったのよ」

「ルル……ルルルル……!なんという悲劇(トラジェディ)だ!音楽や歌は人生において最も大切なエンターテインメントだというのにっ!ルルルー!」

「そう……その通り。だからこそ音を奪われた人々は絶望したの。私はズレた音を取り戻そうと必死に練習した。朝から晩まで。いえ、夜中を超えて東の空が白んで朝日が昇るまで、何日も何日も……ッ!やっとの思いで私が元の音を取り戻した時……この国で生きている者は一人もいなかった……皆、呪いによって歪められた音に耐え切れず、死を選んだ……」

「ルルル……ルルルル……なんという……なんという残酷な結末だ!おのれ悪魔め!歌と音楽を愛する者たちの尊厳を踏みにじるとは!許せん!許せんぞ!決めた!私がその悪魔の存在そのものを抹消し──」

「もう殺したわ。私の曲でね」

「ル……ル?」

「国中の人の命を奪った私は、悪魔がかけた呪いを一身に背負うことになった。気の遠くなるような時間の果てに取り戻したと思っていた私の音ですら、あの悪魔は聞き逃さなかったの。私の両親が褒めてくれた美しいバイオリンの旋律は、聴く者を死に至らしめる醜い呪いそのものに変わってしまった。私が曲を弾き終わることで魂が肉体を離れ、どんな者でも無事ではいられない……絶望した私をあざ笑いに現れた悪魔で試したら、ちゃんと死んだわ。だから……あぁ、これでおしまい。どうしてこうなっちゃったんだろうね……私はただ、誰よりも楽しく、完璧にバイオリンを弾きたかっただけなのに……」


 悲し気な調子の弾き語りを終えたヴィオラは、静かに哀歌を弾き終えた。最後の一音だけは丁寧に外し、そっと目を伏せて一礼する。


「これでわかったでしょう?相手が人間だろうと人外だろうと、私の曲を聴けば死ぬ。変人のあなただってきっと例外じゃない。今の私の旋律は呪いそのもの。せっかくのお誘いだけど、あなたのサーカスで曲は弾けないわ」

「ル……ッ!ル……ッ!ルルルルルルーーーッ!ど……が……ぎぃぃぃっ!」


 落ち着いた様子で語り終えたヴィオラとは対照的に、ルールルルーは胸を押さえて唸り、悔しそうに歯噛みしながらタクトをメチャクチャに振り回し、それでもなお発散できない気持ちは地団駄を踏みながら抑えつけた。


「ルルルル……ヴィオラ……!キミは……この音楽堂で鎮魂歌(レクイエム)を奏で続けているのか……!死者の安息を祈る曲を、孤独な呪いに蝕まれながら、ずっとずっと……ルルルルーッ!うぅぅ……げほぉっ!がは……えっふぉんえっふぉんっ!」

「……あの、大丈夫?」

「もちろん大丈夫じゃないとも!やり場のない悲しみと悔しさでゲロを吐きそうだよ!ルロロロロッとね!いや、ルルルルーッ!っとね!ふはははは!ああ失敬!キミは小即興曲(インベンション)はお好みではなさそうだね!ルルルッ!」


 身をくの字に折って嗚咽混じりの咳をしながら、ピエロマスクの上から口を押えるルールルルー。心配して損をした……と半目で睨むヴィオラに対して、身を起こしたルールルルーは懐から抜き出した一枚の紙を掲げる。深紅色の明滅を静かに繰り返す『熱狂の契約書』だ。


「えっほん!『破滅の楽団長』ヴィオラ!聴くも哀しき序曲(オーバーチュア)をありがとう。改めて、我らが『マッド・サーカス』こそがキミの次の舞台だと確信した!狂乱の演目を盛り上げるバックグラウンドミュージックではなく、観客の魂を震わせるメインディッシュ……オーケストラの楽団長としてキミをスカウトしたい!どうだい?キミが望むなら、100万人の魂を引っぺがすような最高の演奏会(コンサート)をアテンドしてあげるよ!」

「あの……さっきの話を聴いていた?私が演奏したら、観客は死んじゃうのよ?」

「ルルルルーッ!もちろん理解しているとも!だがしかぁし!音を聞けば死ぬ……そんなことは日常茶飯事だ!ハハハッ!この世は喜ばしいことに音が溢れている!小鳥のさえずりを聴いた後に人が死に、赤子の笑い声を聴いた後に死ぬことだってあるだろう!気にするな!どうせなら盛大に死をもたらそう!我々が開催する狂乱の宴に足を踏み入れたことを絶望させよう!キミの演奏を聴きながら観客はその美しい旋律に酔いしれ、いつ自分の肉体と魂が剥離するかという焦燥感に追われるのだ!まるで人生をかけた追想曲(カノン)のようじゃないか!会場に招かれた観客たちはこう想い、願うだろう!『死の楽団長の魂を震わす演奏を聴くまでは死ねない!』『どうかこの音色を最後まで聴けますように……止まるな心臓!離れるな我が魂よ!死ぬな!生きろ!』とね!あぁ……なぁに心配いらないよ!我らがサーカスに招かれる客は、退屈に殺されそうになっている狂った連中だからね!少しくらい魂がぶっ飛んだ方が刺激になるだろう!うむうむ!誰もいない音楽の都で孤独な独奏会(リサイタル)を開催するよりも、ずっとずっと楽しい演奏会になるぞ!ルルルルーッ!」

「あなたのサーカスは……私の演奏を最後まで聴いてくれるの……?」

「ル、ル、ルルルルルーーー!たとえ恐怖で逃げ出す者が現れても捕まえて連れ戻し、確実に最後まで聴かせると約束しよう!くくくっ!跳ねまわる可憐な『音符』と、客を縛る『影』のドレスが絶対に捕まえて逃がさない!それに、なんといっても私のサーカスには頼りになる『重し』がいるからね!彼の重苦しい哲学にかかれば客は尻を椅子から浮かすことなど不可能だろう。いやいや、あるいは『魂』そのものが『不動』となり、死なずに済むかもしれないな……ルルルルッ!おもしろい!これはおもしろいぞ!悪魔をも殺す旋律を活用した運命の大抽選会……文字通り生死を賭けた運試し(ギャンブル)ができるぞ!私がタクトを振れば、キミの呪いは最高のエンターテインメントになる。呪いを芸術に、芸術を奇想曲(カプリチッオ)に変えるんだ!ルルルルーッ!」

「……ふふ。おかしな人ね……」

「ルル、ルルル、ルルルルーッ!この世で最高の褒め言葉をありがとう!では、我がサーカス団と正式に契約してくれるかね?」

「……いいわ。あなたのタクトが私の旋律を必要とするなら、喜んで。その狂ったサーカスに私の呪いを響かせてあげる」


 ヴィオラは伏せていた眼を開き、ルールルルーをまっすぐ見つめ、優雅に一礼。凛とした姿勢でバイオリンを構えると、弓が弦を擦り、滑らかで流麗な『死の旋律』を響かせ始める。

 制御と抑圧から解き放たれたヴィオラの呪いの演奏は、不可視の呪波となって音楽堂へ響き渡る。音波を受けた天井や石柱はサラサラとした砂に分解されていき、音楽堂を侵食していた苔や草花は次第に生気を失い枯れていく。

 ルールルルーが手に掲げた『熱狂の契約書』もまた、音波によってヒラヒラと揺れる。静かな明滅を繰り返し、ゆっくりと塵になって分解されていく契約書を眺め、ルールルルーは満足そうに何度もうんうんと頷いた。


「ルルル、ルルル、ルーッ!なんという禍々しくも力強い旋律ッ!これが音楽!誰にも何にも縛られず自由に音を奏でる!これが命を揺らす最上級のエンターテインメントだッ!聴こえているかね音楽の都の英霊の諸君!新たな『楽団長』の誕生に、どうか盛大な拍手を!ルルルルーッ!」


 歌劇王ルールルルーが大仰にシルクハットを掲げ、歌いあげるように拍手を求める。すると……誰もいないはずの廃墟から地鳴りのような『何者か』の拍手が沸き起こった。


「あぁ……みんな……!」


 万雷の拍手を発しながら、砂や塵となって消えていく『嘆きの音楽堂』。ヴィオラの周囲の建物そのものが塵と化して崩れ去っていく中、滅んだ『音楽の都』から無数の淡く光る霊魂が飛び上がり、ルールルルーが掲げたシルクハットの中へと吸い込まれていく。


「オーーーーウッ!我らが楽団長の門出を祝福するだけではなく、サーカス団にまで力を貸してくれるのかい!?音楽を愛するキミたちが協力してくれるならば百人力だ!いや、この場合は百霊力か!?ルルルルー!ゴーストのうめき声によるバックコーラス!ポルターガイスト現象による楽器演奏!ファンタスティックでファンタジックなオーケストラの結成だな!ルルルルー!」

「みんな……ありがとう……ありがとう……!」


 ヴィオラは『音楽の都』全体からの祝福を受け取り、泣きながらバイオリンを夢中でかき鳴らす。彼女の目尻からこぼれ落ちた涙は頬を伝って流れ落ち──音波によって微細な粒と化し、虹のようにきらめいて霧散した。


◆◇◆◇◆ 『マッド・サーカス』団員メモ ◆◇◆◇◆

『歌劇王』ルールルルー:団長。常に歌うように喋る、変人奇人を見つける感覚が異様に鋭い。

『不動の哲学者』ゼノ:300年間動かなかった伝説の変人。存在自体がサーカスの「重し」になる。

『跳ねる音符』フェルマータ:常に動きを止めず、笑いを生み出し続ける道化師。

『影の仕立屋』シニア:団員の舞台服を仕立て、観客の影を奪いドレスに変える。

『破滅の楽団長』ヴィオラ:聴く者の魂を肉体から引きはがす呪いの旋律を奏でる。


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