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第2幕:跳ねる音符 フェルマータ

「ル、ル、ルルルルルーーー!ご機嫌いかがかね諸君!次の獲物は、重力に嫌われ、時間に忘れられた愛しき迷子だ!不動の『静』の次は、やはり予測不可能で圧倒的な『動』だとは思わんかね!?うむ!思う!そうと決まれば張り切って行くぞ!ルルルルルルー!」


 世界中の変人奇人を集めた至高のサーカス団を結成するための団員探しの旅が始まった。

 極彩色に彩られた派手なストライプの燕尾服を翻し、ピエロの仮面をかぶり、七色の羽根飾りがデタラメに突き刺さるシルクハットを斜めに被った男――歌劇王ルールルルーが降り立ったのは、色彩のない灰色の都市。ここは全ての時間軸が止まってしまった『停止した街』だ。


 人っ子一人いない灰色の都市の中央にそびえ立つ、針がピクリとも動かない巨大な時計塔を目指して、ルールルルーは石畳の上を踊るようなステップを踏んで歩き、鼻歌を唄いながら塔の扉をこじ開け、タップダンスを踊りながら階段を駆け上がり、ついには時計塔の内部にまで辿り着く。

 時計塔の最上階、時計の心臓部ともいえる歯車が部屋中を埋め尽くす制御室は、いまや『時計仕掛けの監獄』と化しており、時間の流れに呪われた哀れな道化師が幽閉されていた。


「ふんふふんふふ~ん♪ふん……ふんふん?ふんふふふふふ~ん♪」


 複雑な機械が壁一面を這い回り、天井からは()()()()()()()()()()()()()()巨大な振り子が吊るされ、一定のリズムでメトロノームのように左右に揺れる部屋。その中心で、ピンクと黄色の水玉模様をしたダボダボの衣装に身を包み、赤鼻をつけたピエロの少女――『フェルマータ』がご機嫌で鼻歌を唄い、独り言を喋りながら玉乗りに興じていた。


「えへへ、あはは!止まらない、止まらないよ! 誰か私を止めて、それとももっと速くして!ひっくり返ったらK点を超えるくらい!あはは!もっともっと遠くまで!」


 フェルマータは意味不明なことを口走り、無邪気に笑いながら派手な色の大玉を乗り転がし、部屋中を跳ね回る。かと思えば急停止し、大玉の上で逆立ちをしながら動きをピタリと止め、天井から吊るされた巨大な振り子が揺れる様を「あ……え……う……?」とぼんやりとした表情で眺める。全力で動き、不可解で予測不能なその姿は天真爛漫で無邪気な子供のようにも、白痴のようにも見える。


「(……ルルルル?ふむむむ?)」


 時計仕掛けの監獄に足を踏み入れたルールルルーは、異様な行動を繰り返すピエロの少女フェルマータを無言で観察し、おもむろに懐から銀の懐中時計を取り出した。

 パカリと蓋を開いて時計盤を見ると……長針は逆向きにチクタクと回り続け、短針は微動だにせず止まっているかと思えば、急にギュンと動き、6時、11時、3時とデタラメな時間を指し示す。

 そんなおかしな時計の針も、フェルマータが動けば早く動き、止まればピタリと静止する。彼女が一歩跳ねる度に時間の概念が停止したり倍速になったりして、しまいには時間の感覚が狂った可哀想な懐中時計は悲鳴を上げるようにカタカタと震え始めた。


「(ほほぉ……ブラボー!ファンタスティック!これぞ時間に呪われ、時を狂わせる道化師の力だ!ルルルルッ!)」


「えうあう……あっ!約束の時間に遅れちゃう!よぉし!いっくぞ~!レッツ・ラ・ゴー!」


 観察と思考にふけっているルールルルーには一切気が付かず、急に思い出したかのようにフェルマータが飛び上がった。また楽しそうに笑いながら大玉に乗り、勢いよく転がし始めた。

 しかしその動きは今までより激しさを増しており、壁にぶち当たった大玉は塔が揺れるほどの衝撃を生み、壁に張り巡らされた時計塔の歯車を粉砕していく。勢いよくぶつかってぼよんと跳ね返ってもフェルマータは止まらない。壁を走り始め、天井にぶら下がり、飛び降りて逆立ち状態で床へ着地する。


「もっと早く!もっともっと早く!止まらないくらいに!あははは!止められないくらいに!いこういこう!世界の壁を壊して!ずっとずっと上の方まで!」

「おっと、危ない! パフォ-マンスが激しすぎるよ、お嬢さん!ルルルルー!」


 部屋中を破壊しながら大玉に乗って駆けまわるフェルマータ。ルールルルーは飛んできた時計の歯車をステッキで弾き飛ばすと、彼女の玉乗りの軌道に割り込み、一緒にタップダンスを踊り始めた。


「ルルルルッ!やぁお嬢さん。キミの名前はフェルマータ。音楽用語で『音を延ばす』、あるいは『休止』。だがキミの人生に休みはない!キミは常に絶頂、常にクライマックス! 素晴らしい、なんて過剰なエネルギーだ!」

「あれっ?おじさん、誰?私と一緒にバラバラになる?それとも私を笑いに来たの?」


 大玉を転がす軌道に割り込まれたフェルマータだったが、器用に方向を変えてルールルルーのタップダンスに合わせて周囲を転がり、位置を交差しながら見事に乗りこなしてみせた。


「ワンダフル!見事な腕前だフェルマータ!こんなにも激しく勢いのあるセッションは初体験だよ!止まった時の揺り籠の中で、キミは時間の壁を壊そうともがいているんだね!ルルルッ!」

「あははは!褒められた!ねぇおじさん!あなたは私を笑わせてくれる?えへへへへっ!いひっ!いひひひひっ!」

「ルルッ!ルルルッ!ルルルルルーーー!」


 笑うフェルマータ。唄うルールルルー。これは歪な道化師同士の即興セッションだ。

 しかし、フェルマータはルールルルーを見ているようで見ていない。彼女が歪に口を開けて激しさを増して笑うと、部屋中の歯車が逆回転を始め、時計塔の中の重力と時間の流れがデタラメに歪み出した。


「えへへ!いひひひっ!泣いて!笑って!止まって!動く!さぁ笑ってフェルマータ!だってわたし、女の子だもん!」

「ルルッ!ルルルッ!ルーーーッ!」

「あぇ?そこの人……だれ?誰かいる?誰かいたの?私を笑いに来たの?あなたは私の笑いを止めてくれる?それとも私を笑わせてくれるの?あははは!」


 フェルマータの破壊的な笑い声が大きくなり、同調するようにルールルルーの軽快なタップダンスが激しさとキレを増す。

 二つの歪みが渦となり、時計塔の制御室の中をさらに歪な空間へと変えていく。巨大な振り子がグルグルと横回転し、大玉の体当たりで砕けていた部屋の壁は時間が巻き戻るようにひとりでに修復されていき、砕けて転がっていた歯車のパーツは宙に浮かんでぐるぐると虚しく回り出す。


「ルルルル……キミを笑わせる?ノン!私はキミに『喝采』を与えに来たのさ!」


 歌劇王ルールルルーは重力に捕らわれない。彼は空中に浮いてくるくると回りながら声を張り上げ、大仰なポーズと共に燕尾服の裾を翻した。上下さかさまに被ったシルクハットを手に取り優雅に一礼。帽子の中に手を突っ込み、色鮮やかな赤色の風船を取り出し、それを一瞬で『心臓の形』に捻りあげた。


「はえ?いひひひっ!なぁにそれ!食べていいの?」

「『時の忘れ子フェルマータ』。時間に呪われ、灰色の世界で置き去りにされた悲しき道化師よ。キミを私のサーカスにスカウトしたい。その止まらない笑い声で、我らがマッド・サーカスのマスター・オブセレモニー(MC)を務めておくれ。夜空を七色の花火が彩り、熱狂と狂気が渦を巻き、不動の哲学者の静寂が支配する宴の中で、キミの笑い声が観客の脳を揺らし、世界の理をかき乱す。狂った心臓の鼓動が止まり、笑い声からエネルギーを得てまた動き出す。脈打つ鼓動は先程よりも強く、速く!観客の興奮は引き延ばされ、歓声と拍手喝采は強さを増し、彼らの悪夢は止まらない!キミこそが、キミの笑い声こそがマッド・サーカスの心臓だ!」


 ルールルルーが掲げた心臓の形の風船をさらに一捻りすると、一瞬の間に赤く燃え上がる『熱狂の契約書』に姿を変えた。真っ赤に赤熱する契約書は、どくん、どくんと鼓動を打つように明滅する。フェルマータは自らの鼓動に呼応するように光る契約書を、食い入るように見つめていた。


「私の笑い声が、世界をかき乱す?それって楽しい?」

「楽しいに決まっているじゃないかフェルマータ!時空を乱す道化師!予測不能の異端児!歩く放送事故!虹色のサヴァンよ!私たちと一緒に世界中を巡り、禁忌という名の悪戯を披露し、退屈という名の悪夢を吹き飛ばそうじゃないか!マッド・サーカスの舞台の上で、キミは最高の心臓になるんだ!ルルルルー!」

「おじさん……おもしろいね!今まで会ったおじさんの中で一番おもしろい!」

「ノンノン!私は『マッド・サーカス』の団長!歌劇王ルールルルー!この世界の誰よりも変てこりんでおもしろいのです!ルルルルー!」

「……うん!いいよ、契約しちゃう!だって私、楽しいこと好きだもん!」


 フェルマータが眼前に差し出された『熱狂の契約書』にガブリと噛みついた瞬間、契約書は虹色の紙吹雪を噴き上げて爆発四散した。

 至近距離で虹色の爆発を受けたフェルマータは一度だけビクンッ!と大きく身体をのけ反らせたが、すぐに大量の紙吹雪をブーと口から吐き出し、ご機嫌で笑い、歌い出す。彼女の笑い声や動きは先程よりも強く、激しい。新しい心臓を得たかのように道化師の少女は力強く舞い踊る。


「ル、ル、ルルルルルーーー!素晴らしい即断即決!タイムイズマネー!キミという『跳ねる音符』を得た我がサーカス団はより一層、黄金のように輝くことだろう!ルルルルー!」

「るんら♪るんた♪るんたった~!もっと早く笑う!もっと強く笑う!行こうフェルマータ!踊ろうフェルマータ!今の私は誰にも止められないよ~!」

「ル、ル、ルルルールー!」

「あはっ!あはははっ!えへへっ!いひひひっ!ひーひっひっひ!──げほげほぉっ!」


 こうして世界に新たな……強烈な『歪み』が生まれた。

 重力と時間軸が狂っていた時計塔の制御室が、さらなる歪みに耐えきれず瓦解していく。

 部屋の天井から吊られ、常にリズミカルに揺れていた巨大な振り子は上下左右デタラメに動きを乱し始め、制御室の壁を埋め尽くしていた時計の歯車は破壊され、あるいは自らが既に崩壊していたことを思い出したかのように崩れ落ち、都市全体がバラバラに砕けていく。


「オーーーウッ!なんと美しい軋みと歪みのノイズィーパレード!聴くに堪えない素晴らしい不協和音だ!この音を新しい心臓へ刻み付けたまえフェルマータ!『時計仕掛けの監獄』も、キミの新しい門出をお祝いしてくれているようだよ!全身全霊の全力で悲鳴を上げながらね!ルルルルッ!」

「えへ!そうなの?ありがとう時計さん!私うれしいな!いひひひっ!すごいギシシ音!」

「ルルルルー!さぁ踊ろうフェルマータ!時計塔が崩壊する間際まで!これが灰色の舞台での最後のダンス!過去との決別を告げるグランドフィナーレだ!ルールルルー!」


 ルールルルーとフェルマータは手を取り合い、タップダンスと大玉乗りを再開する。二人の歪な道化師は崩壊する時計塔の中で笑い、歌い、くるくると回るように踊り続けた。虹色の紙吹雪がどこからか終わりなく降り注ぎ、フェルマータの門出を祝うかのようにヒラヒラと舞い散る。

 やがて──時計塔だけでなく灰色の都市全体がガラガラと音を立てて崩壊する。足場そのものが崩れ落ちて二人の身体が落下を始めると……ルールルルーはフェルマータを引き寄せ、最後に明後日の方向を向いて優雅に一礼し、空間に生み出した裂け目に飛び込んだ。


 呪われた迷子を繋ぎ止め、世界の中からも外からも隔離していた灰色の揺り籠は、自らの存在理由と役目を終え、ついに跡形もなく消え去った。


「……いひひっ♪」


 最後には、フェルマータの楽しそうな笑い声が残響のように木霊した。



◆◇◆◇◆ 『マッド・サーカス』団員メモ ◆◇◆◇◆

『歌劇王』ルールルルー:団長。常に歌うように喋る、変人奇人を見つける感覚が異様に鋭い。

『不動の哲学者』ゼノ:300年間動かなかった伝説の変人。存在自体がサーカスの「重し」になる。

『時の忘れ子』改め『跳ねる音符』フェルマータ:常に動きを止めず、笑いを生み出し続ける道化師。


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