婚約破棄された私は弱みを握りまくって立場逆転
「デギンズ公爵令嬢、君との婚約を破棄する!」
国王陛下も列席している舞踏会で、その場にそぐわない怒りに震えた声が響き渡る。
「時、場所、場合を考えて発言してください、シャイニー王子殿下」
裏腹に、冷静で意に介さない態度で王子殿下を苛立たせるデギンズ公爵令嬢。
「いつまでも鉄仮面のままでいられると思ったら大間違いだ。君を徹底的に追い詰める生き証人が、目の前にいるんだからな」
不適な笑みを浮かべる王子殿下の背中から、小柄な少女が顔を出す。
彼女は確か、治療の奇跡を使う転入生。
「マリスだ。次期聖女と噂される彼女のことは知っているだろう」
「えぇ、珍しいですから魔法だなんて。……それで彼女のどこが生き証人なんですか?」
気に食わない返答に再び声を張り上げる。
「ふざけるな! あくまでもしらを切るつもりか! 君に震えているマリスを見ても同じことを言えるのか!」
「…………ぅぅ」
私を見て怯え切っているマリスを一瞥した。
どうもこうもありません。
だって、彼女に生き証人としての価値はないんですから。
そして、彼女へ無機質に言い放つ。
「私に何か用ですか?」
ついに堪忍袋の緒が切れた王子殿下が問い詰める。
「君がマリスを虐めていたんじゃないかって、聞いてるんだ!」
「知りませんね、そんな世迷言」
「言い逃れようとしても無駄だ。マリスから直々に何をされたのかを語ってもらえば、君の罪が露わになるんだからな。……さぁ、言い難いだろうが、勇気を出して」
彼女に優しく声をかけると、背中から身を乗り出したマリス。
舞踏会の参加者は固唾を飲んで彼女の動向を見守る。国王陛下でさえ例外ではない。
「わ、私はデギンズ公爵令嬢様にい…………何もされていません。全て王子殿下の戯言です」
「っ!?」
予想外の展開に狼狽える王子殿下。
私の罪を暴くための証人が、牙を剥いてきた。
「だそうです。こんな騒ぎを起こして、許されない大問題です」
「そ、そんな、どうしてそんな嘘を……」
未だ状況を掴めずにいる王子殿下に現実を突きつける。
「……つまり嘘をついていたのは、シャイニー王子殿下、あなたの方なのでは?」
「バカな、ありえない! この目で見たんだ、君がマリスを虐めているところを!」
なるほど、お優しい王子殿下が婚約破棄という強行に踏み出た理由が分かりました。
「そうですか、見たんですか……」
「あぁ、もう逃げることはできないぞ! 君が犯してきた罪を償うんだ!」
意気揚々と私を責め立てる。
追い詰められているのが、自分だとも知らずに。
「はい、私は彼女を虐めました」
「認めた……、認めたんだな! なら、マリスにきちんと謝罪を――」
「それで?」
「は?」
「何がいけないんですか、私が彼女を虐めて?」
冷徹な発言が場を凍りつかせる。
そこには何の感情も宿っていなかった。
「駄目だろう、人を傷つけるのは!」
「けれど、彼女は平民です。治療の奇跡を使えようと平民なのです」
「それでも許されないはずだ! なにより民を想う国王陛下が! そうでしょう、父上!」
助け舟を出すように国王陛下に声をかける。
「…………」
しかし、いくら待っても返事は返ってこなかった。
「父上ぇ……、なぜ止めてくださらないのですか」
腑抜けた顔と声に絶望をひしひしと感じる。
私からすれば当然なのですが、そろそろ種明かしといきましょうか。
「止めたくても止められないんですよ。国王陛下……いや、この場の全員がですね」
「全員?」
「そう、私はこの場の全員の弱みを握っています。公表してしまえば、人生が破滅に向かうのも容易い弱みを。誰も逆らえはしません」
こうして婚約破棄は無効となり、未来の国王、王妃が誕生する……
――と思われていた。
「それは違う!」
「え?」
意外な王子殿下の反撃に口から溢れる。
何かの起こりを感じ、舞踏会場は柄にもなく静まり返った。
「この場の全員の弱みを握ったと言ったな。だが、それは違う!」
「違わないですよ。事実を言ったまでです」
公爵令嬢は冷静さを取り戻し、反論に出る。
それも気にせず続ける王子殿下。
「なぜなら! 弱みを握っていない人物がここにいるからだ!」
「……ふふふ、まさか自分が弱みを握られてないと考えているんですか?」
もはや関係のないことに揚げ足を取ってくるなんて。何か策があるのかと思っていましたが、少し損した気分になりましたね。
「その通りだ! 人に恥じる人生を歩んできたわけじゃない!」
「……確かに、弱みを握っているわけではありません。ですが、弱みの有無はもう関係のない話です。王子殿下以外が私の支配下にある以上は」
もう、どうにもならない現状に王子殿下は絶望の顔を覗かせ――てはいなかった。むしろ好調だ。
「それを聞いて安心した。なら、やることは一つしかない」
「やれることなんて一つも……っ! まさか!」
「全員味方につければいいだけだ!」
本当にお馬鹿なのかもしれない……。
「はぁ……」
「なんとか説得して、わかってもらえば! 勢力図は逆転する」
無謀な考えに呆れ果てる。
まともに言葉を交わす気にもならない。
「……無理ですよ」
「一人呼び込めれば、あとは勢いで何とかなる。――誰か! 勇気を持って人生を賭けられる人は、手を貸してください!」
弱みで人生が終わってしまう人達には、到底その手は掴み取れない。結局人は変われない。
そんな時――、一人の少女が手を取った。
次期聖女、マリスだ。
「私、逃げていました。苦しいのが嫌なのに、もっと辛くて苦しい道を歩くところでした」
それを拍子に次々と鞍替えを始める貴族達。
ついには国王陛下までも手を取った。
「まさか我が子に教えられるとは、恥じるべきか誇るべきか。どっちみち立つ瀬がないのぉ」
完全に勢力図が逆転。
まるっきり逆の状態になってしまった。
あ、ありえない。
人間は大きな決断からは逃げたがる生き物なのに。一体何が起こっているの!?
「けど、これで勝ったつもり、結局民衆に情報を流してしまえば終わりなのに!」
「勝つも負けるもない。これが全員が選んだ道なんだ」
心が絶望に埋め尽くされる。
残ったのは虚無感だけだ。
「婚約破棄成立ですね。せいぜい苦しんでください」
行き詰まる歩幅で舞踏会場から出ていく。
「ちょっと待ってくれ! 忘れ物だ!」
「?」
王子殿下はおもむろに手を突き出す。
私には、それが理解できなかった。
「言ったはずだ。勝ち負けなんてないってな」
あれから国は大騒ぎになった。
貴族の不祥事が民衆にばら撒かれ、大変な批判を受けた。早急に対応すべく、今回の不祥事で全くの無傷だったシャイニー王子殿下が王位を継承。誠実さを強調した。
王妃にはデギンズ公爵令嬢が即位し、人を見抜く目で国民から優秀で勤勉な者に貴族の仕事を任せ、民主的な国へと変わっていった。
聖女となったマリスにも不祥事があったが、虐められていた過去を鑑みて、更生の余地ありと判断されて今では国の顔的存在だ。
いずれ、この困難も乗り越えてくれるだろうと、私は信じている。
「そう、亡くなったあの人の意思を継いで……」
「いや、死んでないから! まだまだ元気ですから!」
年のわりに元気な男性が突っ込む。
私の夫、シャイニー元国王殿下だ。
「それにしても、よく事の発端の私を王妃にしましたね。やはり、お馬鹿さんとしか考えられません」
「遅かれ早かれ起こっていたからね。むしろ、不祥事を抑えてくれていたんだろう? 圧力をかけて」
今ではお互いを知り尽くしている、年寄り夫婦だ。




