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私の婚約者が胡散臭すぎる

作者: bob

私ミリアリアはどこにでもいる平々凡々な人間だ。

通う学園の成績は中の上。

家柄も男爵家で資産があるわけでも、特別な特産品があるわけでもない。

しかも田舎だ。


この国に一番多い栗色の髪に、目立つ容姿でもない。

唯一母から受け継いだルビーの瞳だけが異彩を放っている。

が、それだけだ。


そんな平凡な私に非凡な婚約者ができた。

2年生で同じクラスになった、カルフィア伯爵家嫡男のサイファス様。

切れ長の吊り目に、困ったように下がる眉。


胡散臭く見える容姿にもかかわらず、令嬢からの人気が高い。


どうして私と?


と考えないでもないが、格上の伯爵家から受けた婚約の申出に、我が家が断る理由も勇気もなかった。


それでも両家顔合わせの際、優しく名前を呼んでくれたサイファスに安心したのを覚えている。


そんなサイファスとの婚約が私の悩みの種となることも知らずに。






ドン


いきなり突き飛ばされた私は手に持っていた教科書を床にばら撒いた。


その教科書を無遠慮に踏み躙り、侯爵令嬢アイリーンは取り巻きを従えて私を見下した。


またか…。


周りの学生も関わりたくないのか、気付かないふりをして通り過ぎていく。


「田舎の男爵家如きがサイファス様と婚約するなんて、恥知らずな真似をせずに断りなさいよ」


「ご存知の通り、私の家は男爵家です。

伯爵様の申し出を断ることはできません」


いつもの定型文を言う私に、自身の小指に嵌る指輪を見せるアイリーン。


「これを見て。

サイファス様は私に指輪をくださったのよ」


私の大好きなルビーの宝石がついた指輪。

私は動揺を隠し、床に落ちた自分の持ち物を拾い集める。


「サイファス様はアイリーン様と婚約なさる約束をしていたそうよ」

「この素敵な指輪が何よりの証拠じゃない」

「横からしゃしゃり出てきて生意気なのよ」

「お似合いの二人を引き裂くなんてはしたないわ」


取り巻きの令嬢たちも、好き放題言葉を投げつけてくる。

いつものことだと、反応を示さない私に痺れを切らしたアイリーン。


「痛ッ!」


私の手を踏みつけていた。


「なんの特徴も才能もない凡人が。

さっさと婚約を解消してサイファス様を解放なさいな」


見上げるとアイリーンが笑いながら見下していた。

笑っているのに目だけは憎らしげに私を映している。


「どうしたの?」


そこへ第三者の声が聞こえた、サイファスだ。


アイリーンは咄嗟に足を引き、私の教科書を拾った。

埃を祓う動作をし、親切げに教科書を手渡してくる。


「いえ、ミリアリア様が持ち物を落とされたので一緒に拾っておりましたの」


サイファスに見えないよう私を睨むアイリーン。


「ねぇ、ミリアリア様?」


「……はい」


男爵令嬢が侯爵令嬢に楯突くことは難しい。

アイリーンに同意し手の傷を隠した私を見て、アイリーンはニンマリと笑う。


「それよりサイファス様!

もうすぐランチの時間ですわ、宜しかったらご一緒しましょ?」


アイリーンはサイファスの腕に抱きつき、強引に彼を連れて行く。

サイファスは感情の読めない表情で場を観察するように辺りを見回すが、私に声をかけることはなかった。



「ほら?サイファス様もアイリーン様と一緒にいるのを望まれているのよ。」


クスクスと笑いながら捨て台詞を吐き捨て、令嬢たちも散っていった。


手の痛みよりも、味方がいない状況に心が痛んだ。






簡単な手当を受け、庭園の隅で本を読みながらパンを齧る。


カルフィア伯爵家は布産業に重きを置き、特に領地で取れる上質な絹が有名だ。

私は婚約者として、蚕の生態から絹の歴史まで勉強している。


伯爵家の勉強に意味はあるのだろうか…


すると読んでいる本に影がさした。

見上げると、いつもの胡散臭い笑顔を貼り付けたサイファスが私を見下ろしていた。


「な、なんでしょう…?」


サイファスは何も言わずに、じっと私の手を見ている。


「何か、助けて欲しいことはある?」


何故かアイリーンとランチに行くサイファスの背中が思い出される。


「…いえ、ないです」


「そっか」


私が手を隠しながら言うと、サイファスは何も言わずに去っていった。


いつもの笑顔が消えていたのを、私に見せないように。







それからもアイリーンの虐めは続いていた。


「男爵令嬢如きが侯爵令嬢である私の邪魔をしないでよ!」


しかし日を追うごとに、おかしな点も出てきた。

取り巻きの令嬢が数を減らしている。

取り巻きが減るごとにアイリーンの余裕も消えていった。


「サイファス様の婚約者は私なのよ!!」


「なにしてるの?」


サイファスの冷たい声がアイリーンの動きを止めた。


「…な、なんでもありませんわ!」


アイリーンは逃げるように去っていった。


サイファスに対するアイリーンの態度に違和感を感じているとサイファスがこちらを見ているの気付いた。

いつもの胡散臭い顔で笑っていた。






あの日を最後にアイリーンからの虐めはパタリと止んだ、突然訪れた平和に私は胸を撫で下ろした。


それがいけなかったのかもしれない。


その日は図書室へ寄ったため、馬車を待たせてしまっていた。

急いで階段を下る。


ドン


誰かに背中を押され、ふわりと体が宙に舞う。

次の瞬間階段から転げ落ち、私の意識は暗く沈んでいった。


ルビーの指輪が見えた気がした。







目を覚ますと、私は自室にいた。

何があったのか思い出そうと思考を巡らす。


ふと手が暖かな何かに包まれているのに気がついた。


「ミリィ」


声のする方へ目を向けると、サイファスが心配そうに私を見ていた。


「サ、サイファス様!どうして…?」


ガバリと起き上がり、サイファスに向き直る。


「階段から落ちたんだよ。

幸い怪我は軽いみたい、よかったねミリィ」


サイファスが優しく私の頭を撫でる。


私は真っ赤になった顔を隠すよう俯いた。


「サイファス様…、私の名前…」


突然、愛称で呼ばれ混乱する。

婚約しているとはいえ、私のことを“ミリアリア”と呼んでいたのに…。


「長い片想いの末、ようやく婚約者になれたんだ。

そろそろ舞い上がってもいいでしょ?」


「…え?」


驚いた私の顔を見て、クスリと笑うサイファス。


「5歳の時、怪我をした猫に自分のリボンを使って治療してあげたよね?」


招待を受け母と共に参加したお茶会の記憶が呼び起こされる。


あの時、退屈した私は探検していた庭園で怪我をした猫を見つけた。

傷が汚れないようにリボンを巻いてあげたのを覚えている。


「あの時、近くで見ていたんだ。

幼心になんて優しいんだろうって印象的だった」


私の髪の毛を指で遊びながらサイファスは続ける。


「家名も名前も、年齢すらわからなかったけど…。

同じクラスになった時、君の瞳を見てすぐにわかった」


サイファスが優しく私を見つめる。

その視線に当てられ、再び私は赤顔した。


「ねぇ、ミリィ

僕に助けて欲しいこと、本当にないの?」


ルビーの指輪が思い出されるが、心に何かが引っ掛かり言葉が出てこない。


「大丈夫だよ。

ミリィが心配することは何一つないから」







次の日、生徒たちは珍しい光景に騒めいた。


それもそのはず、サイファスがピタリと私に寄り添っているからだ。

クラスの席は隣になっているし、移動教室はもちろん一緒。


お昼は一人で食べようと、こっそり出てきたのに。


「ミリィ、立ってないでこっちに来て座って」


何故かサイファスがいる。


「サイファス様、今まで通りご学友とお過ごしいただいてもいいんですよ?」


「何言ってるの?

愛するミリィを優先するに決まってるでしょ」


サイファスの物言いに私はもちろんのこと、近くにいた生徒まで赤面していた。


「…それに、決着もつけたいしね」


「え?」


独り言のように呟いたサイファスの声を風が掻き消し聞き取ることができなかった。


ただ、その一瞬だけサイファスの笑顔がとても冷たいものに見えた。






放課後。

帰る準備をしている私のところへ、ツカツカと怒りの形相を浮かべたアイリーンがやってくる。


「貴女いい加減にしなさいよ!」


今日一日、サイファスと行動を共にしたことでアイリーンの我慢は限界に達したようだった。


放課後といってもクラスメイトは、教室に数人が残っている。

皆、アイリーンの様子にどうするべきか悩んでいるようだった。


こんな時に限ってサイファスは席を外している。


「一日中ずっとサイファス様にくっついて…!貴女なんて!!」


アイリーンは手を振り上げた。

私は振り下ろされる衝撃に備え目を瞑る。


しかし、アイリーンの手は振り下ろされることがなかった。


恐る恐る目を開けると、サイファスがアイリーンの腕を掴んでいる。


「アイリーン嬢、私の婚約者がなにか?」


サイファスの笑顔が消えた表情にアイリーンはたじろぎ、手を引っ込めた。


「サ、サイファス様が私に婚約のお申出をされると、私待ってたんですよ?」


目に涙を溜めアイリーンはサイファスを見る。

その言葉にサイファスは、いつもの胡散臭い笑顔で笑いを堪えている。


「アイリーン嬢、行動に注意しろって…侯爵様に言われませんでした?」


「それでも!サイファス様は私に指輪を下さったではありませんか!?」


指輪が見えるように手を差し出すアイリーン。

サイファスから貰ったと私に自慢したルビーの指輪だ。


私は咄嗟に顔を伏せ、暗い気持ちになりかけたとき。

サイファスは声をあげて笑い出したのだ。


驚いてサイファスを見る私とアイリーン。


「新規事業を侯爵様に説明する際、分かりやすいようにとお持ちした、ガラスをカッティングした指輪ですよ」


「………え?」


アイリーンは茫然と聞き返す。


「貴女にプレゼントしたものでもなければ、宝石でもない安物の指輪を大事に身につけていらっしゃったのですか?」


周囲の視線がアイリーンに集まる。


「アイリーン嬢は、慎ましい女性ですね」


「!!!」


サイファスの物言いに、アイリーンは顔を赤くし何も言うことができなかった。

それを見たサイファスは私の手を取り、アイリーンの横を通り過ぎる。


通り過ぎる間際、サイファスがアイリーンへボソリと何かを呟き、アイリーンが膝から崩れ落ちるのが横目で見えた。







馬車へ向かう道、当然のように手を繋ぎ歩く。


「指輪欲しいの?」


サイファスは突然、私の顔を覗き込むように問いを投げかけた。


「え!なんでですか!?」


「アイリーン嬢の指輪を見てるミリィが…悲しんでるように見えたから」


「!?」


そうか…。

私は指輪を貰ったと自慢するアイリーンに嫉妬をしていたんだ。

そして、今はとても安堵している。


「…私はサイファス様をお慕いしているようです」


私の独白にサイファスは幸せそうに笑い、私の手を強く握りしめた。

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