第八十二話:所領視察3:ルーナとヴァルキリアの競争
レヴィアとセフィラの視察を終え、所領視察の最終日。統一王ヒカルは、新王国の「精神的な支柱」と「最終防御」を象徴する、ルーナとヴァルキリアの領地へと馬を進めた。
同行するのは、これまでと変わらず、アクア、政務代表レオーネ皇女、リヒター総帥、黄金の鑑定士ギルティア、そして放浪の運び屋という中枢メンバーである。
今回は、ルーナのパートで、人類の信仰の頂点である聖女クラリスへの表敬訪問が組み込まれており、この視察が「種族と信仰の融和」という新王国の最も困難な課題を公に示す場となることを意味していた。
ヒカルは、レオーネ皇女のわずかな表情の変化から、彼女の心に「ルーナの光への深い共感」と「ヴァルキリアの闇への本能的な恐れ」という、相反する強い感情が渦巻いているのを察していた。
ヒカルは優しく彼女に声をかけた。
「レオーネ皇女。少し顔色が優れないようだが、どうかしたか?」
「いえ、王よ。ルーナ王妃の領地からヴァルキリア王妃の領地へと向かうこの行程が、あまりに対極的で……人類の代表として、王国の『光』と『闇』、その両方を受け止めねばならないと、改めてその重責を感じただけです」
レオーネは、静かに王への献身を示した。ヒカルは彼女の健気な忠誠心に、王としての揺るぎない信頼を覚えた。
◇◆◇◆◇
最初の視察地は、純白の調和聖女ルーナの直轄地、「光の福祉統合施設」だった。そこは、戦争で傷ついた人間や竜族の孤児、負傷兵が一堂に会し、ルーナの調和の魔力で癒やしを受けている場所だった。施設は清らかな光の魔力に満ちており、争いの記憶を洗い流すかのような穏やかな空気が流れていた。
「王よ、よくお越しくださいました。わたくしの愛は、力と論理だけでは届かない、すべての傷ついた魂を癒やすために存在します」
ルーナは、その純白の翼を静かに広げ、聖女としての慈愛に満ちた微笑みでヒカルを迎えた。彼女の隣には、元ドラゴンスレイヤー教団の頂点であり、今はルーナの最も献身的な協力者である聖女クラリスが立っていた。
ルーナは続けて、人類信仰統合顧問シルヴィアを、彼女の『統合の副官』としての新たな役割と共に改めて説明した。シルヴィアは、かつて教団に属していた人類の女性であり、ルーナの調和の魔力とヒカルの優しさに触れ、今や光の竜族に最も献身的な協力者として仕えている。
シルヴィアは、深く頭を垂れ、人類代表として発言した。
「王よ。ルーナ様は、この戦争で傷ついた人類の信仰と、竜族の教義を、王の優しさという名の唯一の真理へと統合されています。この施設では、人類も竜族も、『王の愛の普遍性』を信仰することで、種族の壁を超え、癒やしを得ています。これこそが、永続的な統治の精神的な土台となるでしょう!」
シルヴィアの言葉は、単なる忠誠ではなく、「宗教と統治の融合」というルーナの功績を証明していた。
聖女クラリスも、ルーナの隣で静かに頭を下げた。
「ヒカル王。ルーナ王妃の光は、私たちが信じていた『神の光』よりも遥かに温かく、そして、『真実の愛』に満ちています。私は、かつての過ちを悔い、この場所で、竜と人間の平和的な共存が、決して夢ではないことを毎日証明していますわ」
ルーナのアピールは、他の姫たちとは異なり、ヒカルの人間としての資質を神聖化することで、王権を正当化するものであった。
ヒカルは、同行メンバーたちの顔ぶれを確認した後、アクアの最も重要な協力者であるアウラの不在に気づき、尋ねた。
「ルーナ。そなたの献身は理解した。しかし、新王国に不可欠な技術の柱であるアウラの姿が見えぬが、彼はどうした?」
ルーナは微笑み、静かに答えた。
「アクア姉さま、ご心配なく。アウラは今、王から特別に言い渡された極めて重要な技術統合に関する極秘任務を、学術院の奥深くで監督するという、外せない任務に就いております。彼の功績も、わたくしは決して忘れておりません」
ルーナは、アクアの問いに応えながら、さらに自らを正妻としてヒカルにアピールした。
「テラ姉さまの復興も、アクア姉さまの論理も、レヴィア姉さまの武力も、そしてアウラの技術的な統合も、すべては心の安定があってこそ活かされます。わたくしこそ、王の魂の調律を担い、新王国の精神的な正妻となる義務を負います」
レオーネ皇女は、この融和の光景に、安堵と感動の表情を浮かべる。
「ルーナ王妃、クラリス殿。貴方方の行いは、人類と竜族の間にかけられた、最も強固な『優しさの楔』です。これで、人類の心は、決して再び王に刃を向けることはないでしょう」
しかし、黄金の鑑定士ギルティアは、その光の中にあっても、冷徹な目を向けていた。
「ルーナ王妃の福祉は、非常に高コストです。しかし、この『心の平穏』は、兵の士気、労働効率、そして治安維持コストの低下に直結する。非合理的ではあるが、統治の合理性を高めるための、不可欠な先行投資です」
◇◆◇◆◇
ルーナの光の領域を出た一行は、続いて、闇夜の特務竜姫ヴァルキリアの直轄地、「闇の特務機関」の地下深くへと案内された。
そこは、王国の軍事機密、情報戦、そして暗殺や内部監査といった、光では解決できない闇の事案を扱う、絶対的な機密区域だった。空気は重く、一切の魔力的なノイズがない、極度の緊張感に包まれている。
ヴァルキリアは、わずかに口角を上げ、以前よりも柔和な表情でヒカルを出迎えた。彼女の隣には、ヴァルキリアの影となり、特務機関を統括する影竜将軍シェイドが控えている。
「王よ。他の姫たちの領地が王国という城壁の表側だとすれば、ここは深淵の基礎です。光が届かぬ場所で、汚いものを処理し、王の座を揺るがす全ての脅威を即座に排除するわ」
ヴァルキリアの愛は、王への「独占的な忠誠心」であり、他者との競争を許さない孤高の義務であった。
副官であるシェイドは、闇に溶け込むような声で報告する。
「王よ。ヴァルキリア様が率いる特務機関は、人類の奥深くに入り込み、カインの残党や、通商連合の不穏な動きを、すでに水際で排除しています。我々の任務は、国民の視線も、王の優しい理念も及びません。ただ、『王の生存』という唯一の論理のみに従います」
ヒカルはシェイドの報告が終わるのを待ち、核心を突いた。
「感謝する、シェイド、ヴァルキリア。俺の生存のため、現状、闇の特務機関の最重要任務は、逃亡したカインの所在を特定することだ。奴の動向は、今、どこまで把握できている?」
ヴァルキリアは、闇の底から響くような声で冷静に答えた。
「契約者よ。カインは、我々が想定していた以上に狡猾だわ。奴は、人類側の裏切り者、そして旧古王軍の残党に憎悪という名の魔力を与え、我々への精神攻撃の拠点を複数設けています。しかしながら、我々が得ている最新情報からは、奴が逃亡先の東方で魔族との密約を試みているという、最も危険な可能性を示唆しています」
シェイドは、その報告に情報連携の必要性を加えた。
「ええ、王よ。カインの持つ人類側の外交ルートと魔族の密約に関する最終的な情報は、レオナルド皇太子とレオーネ皇女が持つ、旧帝国の行政記録と照合しなければ、全容を把握できません。カインを最終的にあぶり出し、世界の脅威とする前に断つには、人類側の知恵との連携が不可欠なのですが……」
レオーネ皇女は、その報告に凍りついたような表情を見せた。
「……魔族との密約。カインは、自身の復讐のため、人類の生存基盤すら裏切るというのか……! 王よ、ご命令を。わたくしは直ちに、兄レオナルドと共に、旧帝国の行政記録をすべて開示し、この闇の情報を光のもとに引きずり出します。人類の知恵を、カインという裏切り者を断つ剣として、王に捧げます!」
シェイドは、内部の裏切り者や、新王国の安定を脅かす貴族たちの詳細な記録を、ヒカルに提示した。その中には、ギルティアの派閥に属する有力者の名も含まれており、ギルティアは一瞬、冷や汗を流す。
その表情を読み取り、シェイドがすかさず声をあげる。
「ギルティア様、ご安心ください。あなたに直接被害が及ばぬよう円満に水面下で処理いたします。あなたは、もはやこの王国には必要なお方ですからね」
総帥リヒターは、武人として闇の必要性を認めた。
「王よ。ヴァルキリア王妃の存在は、我々が安心して戦場に出るための、絶対的な後方の保証です。闇なくして、光は存在し得ない」
放浪の運び屋は、闇の中継拠点から得られる情報に、プロとして敬意を払った。
「団長さん。セフィラ王妃の情報はスピード、ヴァルキリア王妃の情報は深さです。この二つが揃えば、通商連合は、王国の手の中で踊ることになる」
ヴァルキリアは、最後に王に直接自らの愛を訴えかけた。
「王よ。わたくしの愛は、最も重く、最も汚い義務を担うことです。他の姫たちの光が王を癒やすとき、わたくしは、王の孤独な暗殺者となり、王の永遠の安寧を独占する。だからこそ、わたくしこそ、王の真の終着点にふさわしいのですわ」
◇◆◇◆◇
全六龍姫の所領視察は完了した。新王国は、テラの再生、アクアの経済、レヴィアの武力、セフィラの情報、ルーナの精神、そしてヴァルキリアの防衛という、強固な六つの柱によって支えられていることが証明された。
ヒカルは、六龍姫全員の献身的な愛と、それに伴う王位継承権の激しい要求を、王として公平に受け止めた。
「ルーナ。お前の光は、王の最も優しい理想だ。ヴァルキリア。お前の闇は、王の最も重い義務だ。どちらも、王の愛を独占するにふさわしい」
ヒカルは、ここで同行した中枢メンバー全員に向かい、今回の視察の目的を再確認する。
「そして、レオーネ。お前の提案通り、これよりカインをあぶり出すための、人類側の総力を挙げた包囲網を敷くことを許可する。作戦の全権を、お前と兄レオナルドに委ねる」
ヒカルは、優しくも確固たる王の眼差しで、六龍姫の待つ王城へと向き直った。
「つづけて、ルーナ、ヴァルキリアよ。そして、テラ、アクア、レヴィア、セフィラも、だ。お前たちの愛の独占要求は、今夜からの当番の義務において、引き続き、王が公正に判断することとする。王国の行政と精神の土台は固まった。これより、王城に戻り、当番の愛の調律を開始するぞ!」
ヒカルは、王の義務としての愛の調律の重圧に耐えながら、帰路につくのだった。
【第83話へ続く】
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