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第五十五話:優しさの総決算

 古王討伐から一週間。統一王となったヒカル・クレイヴは、居城である調和の座(ハーモニー・スローン)の玉座の間で、六龍姫と六天将、そして新官僚たちを前に、壇上に立っていた。その瞳は、もはや裏切りのトラウマに怯える追放者のそれではない。六龍姫の愛と、王国のすべての知性が裏打ちする、揺るぎない王の威厳を放っていた。


「古王の恐怖による支配は終わった」


 ヒカルの声は、玉座の間全体に重く響き渡る。


「だが、この世界には、もう一つの、より根深い悪がある。それは、俺を陥れた仇敵カインが実権を握る、人間社会の腐敗と、竜族への絶対的な憎悪だ」


 ヒカルは、壇上から、広大なグランツェリア帝国の首都へと向かう進軍ルートを示した。


「俺の王としての義務は、竜族の安寧を確保し、人間と竜が争わずに済む新世界を創造することにある。そのために、俺は、人類の指導者たちに、王としての宣戦布告を行う。俺たちの戦いは、破壊ではない。優しさが最強の力であることを、世界に証明する戦いだ!」


 ヒカルの言葉は、仇敵カインへの個人的な復讐心と、新秩序創造という大義が、奇跡的な調和をもって統合された、王の決意の表明だった。


 その時、ヒカルの隣に控えていた紅蓮の激情竜姫レヴィアが、身を乗り出した。彼女は、燃えるような紅の髪を揺らしながら、全軍の目の前でヒカルに情熱的な抱擁を仕掛けた。


「ふふふっ! 夫! 貴方の愛は、私だけのもの! 貴方を裏切った人間社会など、私の炎で一瞬にして焼き尽くしてやるわ! 貴方を独占するこの激情こそが、全軍の士気を最大化する最高の火力よ!」


 レヴィアの激情的な愛は、ヒカルの「絆の共感者」に、BPI(戦闘力指数)が120%に跳ね上がるほどの熱量となって流れ込む。レヴィアは、自身の愛こそが、王の使命の根幹であると、公衆の面前で誇示したのだ。


 しかし、その熱狂の直後、蒼玉の理性竜姫アクアの冷徹な声が、その場を支配した。


「レヴィア、感情的にならないこと。貴女の激情は、王の決意を私情に歪ませかねない。そして、公衆の面前での過度な独占欲の誇示は、王国の品位を貶め、軍紀を乱す非合理的な行為です」


 アクアは、冷静な視線でレヴィアを牽制し、ヒカルの隣に立ち、知的な愛をアピールした。


「王よ。貴方の理念を世界に証明するには、冷静な戦略と、統率の取れた軍紀が不可欠。私の理性的な愛こそが、王国の品位と、軍団の継戦能力を保証する最高の盾です」


 二龍の王妃の座を賭けた愛の衝突は、進軍開始のファンファーレとなった。ヒカルの「絆の共感者」が感知するレヴィアの情熱(D音)とアクアの理性(F音)は、激しい不協和音を奏で始める。


 その緊迫した空気に、他の四龍姫たちもそれぞれの愛の形を表明し、王妃の座争奪戦に加わった。


 疾風の遊撃竜姫セフィラが、軽やかに二人の間に割って入る。


「わーい、王妃様のバトルだ! でも、重い愛はユニゾンを乱すから、団長が可哀想だよ? 最高の冒険は、最高の自由から生まれるんだから、団長を独占できるのは、私との空中デートの時だけだね! あはは!」


 セフィラの無邪気な茶化しは、場の重圧を一時的に吹き飛ばしたが、レヴィアとアクアの嫉妬をさらに煽った。


 純白の調和聖女ルーナは、静かに光を放ち、二人の激情を優しく包み込む。


「レヴィアお姉様、アクアお姉様。ヒカル様の精神的な安定こそが、この軍団の核です。感情の調律を担えるのは、私だけ。どうか、私の光の献身に、王の心の安寧を独占させてください」


 テラは、柔らかな母性の微笑みを浮かべながら、一歩前に進み出た。


あるじ。激情も理性も、疲弊の種になります。王の生命維持の基盤は、わらわの母性的な献身が独占します。貴方の肉体の安寧だけは、誰にも渡さない、それがわらわの愛の形です」


 最後に、深淵の孤高竜姫ヴァルキリアが、冷たい威圧を放ちながら口を開く。


「フン。愛の独占など、下らぬ。契約者。貴様が真に求めるべきは、この王国の闇の裏側を護る、私の孤高の忠誠だ。闇の王族の忠誠は、愛憎を超越した絶対的な王の義務。他の感情的な姫たちとは、次元が違う」


 六龍姫の愛のベクトルが、一斉にヒカルへ向けられる。


(まずい……このままでは、進軍開始と同時にユニゾンが暴走する。俺の『王の義務』は、この二人の愛の衝突を、戦略的な士気の向上へと調律することだ)


 ヒカルは、額に冷や汗をかきながらも、王の威厳を保ったまま、二人の姫の愛の奔流を正面から受け止めた。


「静粛に、妻たちよ。レヴィアの激情は、前線の兵士の士気を極限まで高める最高の燃料だ。そして、アクアの理性は、その炎が暴走しないよう制御する最高の冷却材。どちらも、俺の王国の柱だ。この愛の衝突は、王国の最優先課題ではない」


 ヒカルは、六龍姫の嫉妬を戦略的な士気の向上に繋げる「王の義務」を、進軍開始の瞬間に果たした。


 ◇◆◇◆◇


 ヒカルは、玉座から立ち上がり、六天将と顧問団に、宣戦布告前の「堀を埋める」ための周到な指令を下した。


「まず、開戦前の準備として、全軍、静かに動け。人類の指導者たちに気づかれる前に、我々の足場を盤石なものにする。これが第一の軍令だ」


 ヒカルは、アクアと顧問団に、最も重要で、そして静かな指令を優先させた。


「アクア、ギルティア、ソフス! まず、三つの論理的な指令を遂行せよ」


 蒼玉の理性竜姫アクアは、冷静に答えた。


「王の御意。論理的な指令をお聞かせください」


「一つ。【経済制裁の無効化】だ。ギルティア、お前は放浪の運び屋(ウィンド・ランナー)と連携し、宣戦布告前に、カインが仕掛けるであろう経済制裁の穴を完全に特定し、密輸ルートの確保を盤石にせよ。経済の準備なくして、軍事的な持続可能性はない」

「御意。王の経済資産の維持は、この私の論理的な忠誠が保証いたします」


 財務官僚長官ギルティアは、冷徹な誇りを滲ませた。


「二つ。【知識の統合と防衛】だ。ソフス、アウラ。教団とカインが仕掛けるであろう、古代魔術や対竜特化兵器(Dragon Specialized Weapons: DSW)への対抗策の知識を、ルーナの調律の光と協力し、全軍に静かに浸透させよ。知識という盾なくして、優しさは弱さとなる」

「歴史の教訓は、無知な支配者を滅ぼします。王の哲学が世界を救う知恵となるよう、私も全力を尽くしましょう」


 学術顧問エルダー・ソフスは、その知恵の重みを込めて深く頷いた。


「三つ。【士気の安定と信仰の布教】だ。ルーナ、アウラ。お前たちは、教団のプロパガンダを覆す世論戦の準備を整えよ。光の力で憎悪を癒やし、新王国の正当性を人類に示せ。宣戦布告が憎悪の応酬とならぬよう、光の基礎を固めろ」

「ヒカル様。貴方の優しさの光を、このルーナが必ず人類の心に布教します」


 純白の調和聖女ルーナは、静かに光を放ち、誓いを立てた。


 ヒカルは、次に六天将に多方面作戦を投入する指令を下した。


「テラ、ガイア! お前たちは辺境へ向かえ。辺境12国連合への軍事指導と、食料・インフラの整備を主導せよ。彼らの支持こそが、新王国の防御基盤となる。物理的な足場と、人の心を護る基盤を確保せよ」

「御意、あるじ。わらわの献身が、王の帰るべき大地を必ず守り抜きます」


 磐石の守護龍テラは、母性的な愛を込めた眼差しでヒカルに頷いた。


「さらに、セフィラ、ゼファー! お前たちは通商連合との秘密交渉、そして人間社会の諜報ルートの構築に専念せよ。カインの経済制裁を裏側から突破する自由な遊撃戦を頼む。常に敵の目を欺き、情報で先手を握れ」

「了解だよ、団長! 最高の情報収集と、スリル満点の冒険を期待してて!」


 疾風の遊撃竜姫セフィラは、いたずらっぽい笑顔でヒカルに敬礼した。


「ヴァルキリア、シェイド! お前たちの闇の特務機関は、古王残党の掃討と、帝都への潜入工作に専念せよ。カインが魔族と密約を結んでいる可能性を探れ。お前たちの闇こそが、王国の最終防御戦略だ。闇の裏の汚れ役を担い、王国の安全を絶対的なものとせよ」


 深淵の孤高竜姫ヴァルキリアは、一言「契約者、御意」とだけ答え、その孤高の闇を深める。


 ヒカルは、レヴィアとアクアを左右翼の主力とし、進軍を開始した。盟約軍の旗が、人間社会の憎悪が渦巻くグランツェリア帝国の首都へ向けて翻る。


 ヒカルは、進軍中、過去の裏切りの舞台に近づくにつれて、「絆の共感者」の異能がトラウマによる激しい精神的負担を受けるのを感じていた。処刑台、裏切りの笑み、そしてリリアを失った谷底の景色が、脳裏にフラッシュバックする。


(カイン……俺を裏切った代償は、貴様の想像を絶する。俺の優しさが、貴様の憎悪と腐敗を打ち砕くのだ)


 ヒカルの決意の裏で、玉座の間の闇に潜む一人の竜族が、静かにヒカルを見つめていた。


(王よ。貴方のその愛の調律は、憎悪という闇の結界の前で、どこまで耐えられるのか。楽しみにさせてもらうぞ)


 その視線は、裏切りの炎を胸に秘めた爆炎龍将軍フレアではなかった。玉座の間に残された、漆黒の工作師シェイドの冷たい瞳だった。


 シェイドは、ヴァルキリアの解放という愛と、王の覇道という論理を天秤にかけ、ヒカルの王としての真価を試そうとしていた。


【第56話へ続く】



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