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第三十六話:潜伏する刃と王の重圧

 疾風の追跡者(ゲイル・チェイサー)の討伐から半日。司令部には、勝利の歓喜よりも、深海の戦術師シエルの重傷という暗い影が垂れ込めていた。


 ヒカルは、シエルの傷を磐石の守護龍テラと純白の調和聖女ルーナに託し、すぐに幹部会議を招集した。会議室に集まった五龍姫と副官たちの視線は、シエルの代役を立てるという論理的な問題と、爆炎龍将軍フレアという名の、張り詰めた感情的な問題に向けられていた。


 フレアは、いつも以上に尊大な態度を取り、レヴィアの隣で直立していた。彼の魔力は冷たい憎悪に満ちているが、それをレヴィアへの忠誠心という名の鉄壁の論理で覆い隠している。ヒカルの『絆の共感者』の異能だけが、その潜伏する殺意を正確に捉えていた。


「MVPを発表する」


 ヒカルの静かな声が響く。誰もが、シエルの自己犠牲を最優先の功績と見なすか、あるいは暗殺者を討ち取った風の竜姫セフィラの功績を称えるかで、意見が分かれていた。


「MVPは、セフィラだ」


 ヒカルの裁定に、場が静まり返る。


 紅蓮の激情竜姫レヴィアが、不満を露わにした。


「なぜだ、夫! シエルの献身は、誰もが認める最大の功績だろう! その功績を非合理的に無視するとは、王の義務に反するぞ!」


 蒼玉の理性竜姫アクアも、珍しく感情的な反論をした。


「王。シエルの自己犠牲は、論理的な判断を超えた絶対的な献身です。彼女の功績を称えなければ、軍の士気に悪影響が出ます!!」


 ヒカルは、二人の愛情に満ちた反論を正面から受け止めた。


「静かにしろ、妻たちよ。シエルの献身は、この王の命を守った至上の功績だ。だが、シエルは今、テラとルーナの光土ユニゾンによる戦略的休息に入った。彼女の献身を MVPという名の義務で縛る必要はない」


 ヒカルは、シエルの理性的な献身を、回復という名の軍務として位置づけたのだ。


「セフィラ。お前の純粋な怒りと奇襲は、敵の暗殺計画を完全に打ち破った。これは、戦略的勝利には必須である。ゆえに、MVP報酬、王の義務を要求しろ!」

「やった! 団長(ヒカル)は最高の裁定を下すね!」


 セフィラは、ヒカルの頬に無邪気ないたずらのキスを落とし、MVPの報酬として「王の義務からの解放」を要求した。


「じゃあ、報酬は、いつも通り団長との最高の空中デートの独占権! 重い義務を忘れて、私との自由な愛に溺れること!」


 レヴィアの嫉妬の炎は、フレアの目の前で激しく燃え上がった。


(MVPの報酬が、またしても空中デートという名の王の愛の独占か…………!)


 ヒカルは、フレアの魔力が憎悪と屈辱によって沸騰しているのを『絆の共感者』で感じ取りながらも、王の義務としてセフィラに応えるしかなかった。


 ◇◆◇◆◇


 MVP裁定の後、シエルの右翼の傷は、テラとルーナの光土ユニゾンによって急速に回復に向かっていたが、彼女の頭脳は依然として盟約軍から隔離されたままだった。司令部の知的な中枢を失ったことで、ヒカルの精神的な負担は増大する。


 フレアは、MVP報酬の独占という屈辱的な光景を冷静に見つめていた。彼の心の奥底には、シエルの告白への複雑な愛と、ヒカルへの冷たい憎悪が渦巻いていた。


(シエル…………貴様の献身は、あの人間の傲慢な支配を肯定しているに過ぎない。我は、貴様が真の安寧を得るために、あの王を王座から引きずり降ろす)


 フレアは、その夜、闇の王女ヴァルキリアへの秘密裏の接触を試みた。彼は、裏切りの忠誠心をレヴィアへの真の愛という名目に昇華させ、ヴァルキリアを王の愛の核を破壊するための刃として利用する計画を練り始めた。


 その夜、週6日の夜の当番制は、通常通り続行された。しかし、その雰囲気は以前とは全く異なっていた。


 紅蓮の激情竜姫レヴィアの当番。彼女はヒカルの疲弊した心を察し、激情ではなく、守護と献身の愛を注いだ。


「夫。シエルの分まで、我の体が貴方の最も強固な防御となる。貴方を苦しめる者は、我の愛の炎で容赦なく焼き尽くしてやる」


 彼女の愛は、ヒカルの命を守るという理性的な義務へと昇華していたが、その重圧は依然としてヒカルにのしかかる。


 蒼玉の理性竜姫アクアの当番。彼女は、シエルの代役として戦略的な休息と栄養補給のスケジュールを徹底した。


「王。論理的に見て、貴方の心身の安定が、今、最優先事項です。シエルが負傷した今、貴方の頭脳を護る義務は、私とゼファー、そしてルーナが引き継ぎます」


 アクアの愛は、ヒカルの頭脳を守るという論理的な支配へと変貌していた。


 磐石の守護龍テラの当番。彼女は、薬草入りの愛情料理を振る舞い、ヒカルの疲労を癒やした。


「主《あるじ》。わらわは、貴方の大地であり、母です。貴方の心身の消耗は、わらわの母性の愛で回復させます。どうか、わらわに甘えてください」


 テラの愛は、ヒカルの肉体的な献身を独占しようとする、穏やかながらも強い意志を帯びていた。


 ヒカルは、姫たちの愛の重圧が、シエルの負傷によって、より彼の心身の核へと集中しているのを感じていた。そして、調和の座(ハーモニー・スローン)(ヒカルの城)の闇の中に、フレアの潜伏する殺意が冷たい魔力として存在していることを、『絆の共感者』が絶えず警鐘を鳴らし続けていた。


 王の愛の指揮棒は、内部の亀裂という名の不協和音を制御するという、最も困難な課題に直面したまま、次の戦いへと向かうのだった。


【第37話へ続く】



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