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第二十六話:王の限界と、愛の激情による崩壊

 霧幻の策士(ミスト・マキナ)との決戦を目前に控え、ヒカルの心身の疲労は極限に達していた。連日続く戦略会議と、五龍姫からの異なるベクトルの愛の重圧が、ついに彼の心身を蝕んだ。


 執務室。ヒカルは、シエルが提示した最終報告書を読み終え、意識が朦朧とし始めた。


(限界だ。五人の姫たちと契約してから、俺は人間としての休息を一度も取っていない。裏切りのトラウマと、王の義務。その二つを背負い、愛という名の熱量を力に変える日々…………)


 視界が霞んでくる…。


(レヴィアの激情、アクアの理性、テラの献身、ルーナの調律、セフィラの自由。誰か一人でも欠ければユニゾンは崩壊する。だから、俺は全員の愛を公正に受け止め続けなければならなかった…………)


 思考の糸が切れた瞬間、ヒカルは音もなく机に突っ伏した。


「王!?」


 深海の戦術師シエルは即座に反応し、その無機質な知性をフル回転させた。


「予測される事態です。王の感情的負荷は、戦闘準備開始以来120%を超過しています。疲労による判断力の低下は、戦略資産の最大のリスクです」


 シエルはヒカルを揺り起こすことなく、隣に控えていたルーナの補佐竜、無垢なる浄化使アウラに冷徹に命じた。


「アウラ。直ちに王の休息時間《リチャージ・タイム》を、全ての王妃スケジュールより最優先で確保しろ。ヒカル様の疲労は、軍団の意思決定機構の資本回転率を低下させている」


「承知いたしました。王の『生命維持《ライフ・サイクル》』の管理も、王妃管理職である私の責務です」


 アウラは、ヒカルの疲労すら経済的な論理として処理し、完璧に設定された栄養ドリンクと、ルーナから託された調律の光を放つ魔石をヒカルの首元に置いた。


 ヒカルは朦朧としながらも、アウラとシエルからの論理的で冷徹なケアに、ある種の安息を感じた。それは、姫たちの情熱的すぎる愛とは正反対の、義務感と合理性に基づいた、静かな献身だった。


(シエルは、俺の『脳』を守ろうとし、アウラは、俺の『経済的価値』を守ろうとしている。これもまた、俺を独占しようとする愛の形なのか…………)


 ◇◆◇◆◇


「夫ォオオオオオ!!!」


 紅蓮の激情竜姫レヴィアの、悲鳴にも似た咆哮が調和の座(ハーモニー・スローン)(ヒカルの城)の廊下に響き渡る。五龍姫は一瞬で執務室に集結し、現場はすぐに愛の戦場と化した。


「夫! 情熱が足りないからよ! 私の炎を注げば一瞬で回復するわ! 死んだら承知しないわよ!」


 レヴィアはヒカルを抱き起こし、強引に魔力を注入しようとする。それはヒカルを活性化させる愛であると同時に、彼の生命力を焼き尽くしかねない重圧だった。


「待ちなさい、レヴィア! 貴方の感情的な魔力は、王の精神を乱す! 私の理性的な水で、熱を冷まし、論理的な休息を与えるべきよ! 王の命を、貴方の激情で弄ぶな!」


 蒼玉の理性竜姫アクアは冷静さを保とうとするが、その瞳は動揺に揺れていた。彼女は論理に基づきながらも、レヴィアとヒカルの間に入ろうと躍起になる。


「主《あるじ》! わたくしの温かい大地が必要です! この栄養満点の煮込み料理をすぐに! こんなに痩せてしまわれては、わたくしの母性が許しません!」


 磐石の守護龍テラは、調理したての料理を持って駆けつけ、その母性的な愛でヒカルの肉体的な献身を独占しようとする。


「ヒカル様! わたしの調律の光を、貴方の魂に! 心の孤独を、私に! どうか、私を拒絶しないで…………!」


 純白の調和聖女ルーナは、涙声で光を放ち、ヒカルの魂の安息を独占しようとする。


「ねーねー、団長! こんな重い空気から逃げないとダメだよ! 私と夜空へ! このままじゃ、団長の自由が腐っちゃう!」


 風の竜姫セフィラは、この重圧そのものを「非自由」と呼び、他の姫たちを出し抜こうと騒ぎ立てた。


 この愛の衝突と混乱の中、シエルは静かに、しかし絶対的な威圧を放った。


「静粛《せいしゅく》に願います、王妃の皆様!」


 シエルは、冷静に姫たち全員を戦略的リスクとして断罪した。


「王の激情的な愛は、しばしば独断専行のリスクを生みます、レヴィア様」

「王の理性的な愛は、時に感情的抑圧となり、王を孤独にします、アクア様」

「王の母性的な愛は、過度な献身から王の自律を奪います、テラ様」

「王の調律の愛は、精神的依存という戦略的な穴を生みます、ルーナ様」


 シエルは、年長者である姫たちに論理と義務を突きつけ、反論の余地を与えなかった。


「そして、王の自由な愛は、王の職務放棄という軍事機密の漏洩リスクに直結します、セフィラ様。皆様の愛の形は、現在、王の休息を妨害するという非合理的な行為に他なりません」

「え、ちょっと待ってよ! シエル、自由は非効率じゃないでしょ!?」


 セフィラが、自分の愛を否定されたことに耐えられず、シエルに食って掛かろうとした瞬間、彼女の補佐竜である風の機動将ゼファーが、セフィラの肩を掴んだ。


「セフィラ様。シエル殿の分析は論理的に正しい。我々の愛の形が王という資産の資本回転率を低下させたという事実は、風の機動力をもってしても否定できない」


 ゼファーは冷静にセフィラを制止し、シエルに頭を下げた。


「シエル殿。王という最重要戦略資産の管理、感謝する。我々風の軍団は、王妃の皆様の愛の過熱を避けるため、物理的距離を置くことを誓約する」


 シエルは、ゼファーの行動を論理的な判断として受け止め、微かに頷いた。


「王の休息は、今、軍事機密として扱われます。王妃の皆様の愛の努力を無駄にしないためにも、個人の感情は軍務よりも優先されません」


 アウラとシエルは、論理と義務という名の壁で五龍姫の接近を遮断した。


 五龍姫は、冷徹な義務で武装した副官たちの有能さの前に、愛の力が通用しないことを悟り、不満を露わにしながらも、渋々部屋を後にした。


 ヒカルは、朦朧とする意識の中で、激情よりも論理が自身の命を守ったという事実に、王としての孤独と、安堵を同時に覚えるのだった。


【第27話へ続く】

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