第二十五話:叡智の探索と、王の孤独な決意
定例幹部会議が終わり、五龍姫と副官たちは、古王軍の霧幻の策士を撃破するための具体的な準備に取り掛かっていた。しかし、ヒカルの心は晴れなかった。
「王よ。いかがされましたか? 作戦は、成功率93%と算定されています。あとは、レヴィア様の独断専行のリスクさえ排除できれば…………」
深海の戦術師シエルが、ヒカルの顔色を窺いながら静かに問いかけた。
ヒカルは、シエルにだけ聞こえるよう、声を潜めた。
「レヴィアの独断は、フレアが制御するはずだが……。シエル、フレアをうまく丸め込んでくれ。奴のレヴィアへの忠誠心は、時に俺の命令よりも優先される」
シエルは、眼鏡の奥で目を開き、ヒカルの心の内にあるフレアへの懸念と、シエル自身への知的な依存を感じ取った。
「ご心配には及びません、王よ」
シエルは、その問いを待っていたかのように、無機質な瞳にわずかな優越感を滲ませた。
「フレア将軍は、レヴィア様の激情と、王である貴方への忠誠心との間で、論理的な葛藤を抱えています。彼の知的な独占欲を満たし、冷静な判断を下させるよう誘導する術は、ぬかりありませんわ」
(ルーナの調律のおかげで、五龍姫の愛の和音は極限まで安定している。この完璧な「音色」さえあれば、策士の論理も打ち破れるはずだ)
ヒカルは、五龍姫の感情ステータスの完璧さに満足しつつ、シエルとフレアの配置図に視線を落とした。
(だが、俺の「絆の共感者」の異能には、シエル自身の感情の波も、フレアの心の真の音色も届かない。竜姫のステータスは完全でも、六天将の感情は、俺にとって最大の未解読情報だ。この盲点が、いずれ思わぬ戦術的リスクとなる…………)
ヒカルは、シエルの冷徹な自信に、安堵ではなく戦慄を覚えた。
(シエルは、フレアの心を完全に掌握し、意のままに動かしている…………。この、感情までも戦略的資源とする冷酷な知性は、いったいどこまで俺の領域に踏み込んでくるのか?)
ヒカルは、会議室のテーブルに残された巨大な地図を指差した。そこには、古王軍の軍勢配置だけでなく、中立を保つ4,800体の竜族が広範囲に点在する様が描かれていた。
「シエル。軍事的な勝利は、アクアと貴様たちの知恵、そして姫たちの絆の力で掴めるだろう。だが、俺たちには決定的なものが欠けている」
「決定的なもの?」
シエルは無機質な瞳で問い返した。
「ああ。それは、俺が『正当な王』であるという歴史的な根拠だ」
ヒカルは、重い口調で語った。
「古王は、力と恐怖で竜族の秩序を支配している。俺が勝ったところで、中立の竜たちは『強い竜の王』を恐れるだけで、『優しさと絆の王』を信じる理由にはならない。ヴァルキリアは長姉という血筋の正統性を持っている。俺たちには、古王の真の弱点と、俺こそが王であるべき歴史的根拠が必要だ」
蒼玉の理性竜姫アクアが、この議論に静かに加わった。
「王の懸念は論理的に正しいわ。勝った後の政治戦略がなければ、中立勢力は古王とヴァルキリアへの恐怖から、我々に傾倒しないでしょう」
「そうだ。だが、その情報を持つ者がいる」
ヒカルは、以前、シエルたちから得た情報を提示した。
「竜族の歴史と古王の真の弱点を知る独立勢力の賢者が、どこかに存在している。『知識の守護者』だ。彼らに接触し、歴史の証拠を得る。これが、霧幻の策士を撃破した後の、俺たちの最優先の戦略目標となる」
アクアは即座に、ヒカルの提案を支持した。
「論理的に見て、最も重要な一手よ。彼らの支持を得られれば、王位簒奪者である古王の権威は、歴史的に崩壊する」
◇◆◇◆◇
ヒカルの提案に対し、紅蓮の激情竜姫レヴィアは、再び激しい嫉妬を露わにした。
「ありえないわ、夫! なぜ、私という最強の妻の愛と力が、得体の知れない賢者の証明など必要とするのよ! そんな非効率な回り道は止めなさい! 貴方の正当性は、私の情熱的な愛と、炎の力が証明する!」
レヴィアの炎の魔力が、ヒカルの絆の共感者を激しく揺さぶる。
そこへ、純白の調和聖女ルーナが、静かに介入した。
「レヴィア姉さま。光は、真実の知識と結びついてこそ、真の光となります。ヒカル様の優しさを、歴史的な真実で裏打ちしなければ、それは単なる甘い感情だと、古王に嘲笑されてしまいます」
ルーナの言葉は、レヴィアの激情を鎮め、その愛の核心に触れた。
突如、風の竜姫セフィラが、椅子の上で跳ねるように身を乗り出した。
「ねーねー、団長! 『知識の守護者』なんて、最高にスリル満点の新しい冒険じゃない!?」
セフィラは目を輝かせ、レヴィアたちを挑発するように続けた。
「どうせ重い王妃様たちは、お留守番でしょ? 私とゼファーだけで秘密のルートを確保して、団長の自由を独占する最高の冒険に連れて行くよ! こういうのは、自由とスピードが命だもんね!」
セフィラの「冒険」という名の「王の自由の独占」という、他の姫とは異なる愛の重圧がヒカルの心にのしかかった。
一方、磐石の守護龍テラは、ヒカルの安全を最優先した。
「主。知識の守護者は、中立とはいえ、裏切りの可能性を常に内包する人間社会の勢力と同じです。彼らとの接触は、毒物の判別や近接護衛の専門家がいない現在、極めて危険です」
テラは、母性的な愛から来る強い不安を滲ませた。
ヒカルは、レヴィアの激情、ルーナの調和、テラの献身、アクアの理性、そしてセフィラの自由という、五つの愛のベクトルを一身に受け止めた。
「レヴィア、この決断は、お前の愛を最強の力とするために不可欠だ。テラ、お前の心配は理解するが、俺は王として、孤独な道を歩まなければならない」
ヒカルは、五龍姫と副官たちに、強い決意を込めて宣言した。
「霧幻の策士を撃破した後、セフィラとゼファーには、知識の守護者との接触ルートの確保と情報収集を最優先で指示する。そして、俺は必ず、単独でその賢者に会いに行く。武力だけでなく、知をもって、俺の王としての正当性を証明する」
ヒカルの孤独な決意は、五龍姫の愛の重圧と、その後の激しい戦闘への準備という二重の緊張を生み出したのだった。
【第26話へ続く】
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