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第二十話:四龍ユニゾンの代償と、精神的な消耗の限界

 四龍ユニゾン『四元絶対支配圏』による圧倒的な勝利の翌日。調和の座《ハーモニー・スローン》(ヒカルの城)の会議室にて、盟約軍の主要幹部が集められた。ヒカルは、疲労の色を隠せないまま、会議の主導権を深海の戦術師シエルに委ねた。


「王。昨日のドラゴンスレイヤー教団精鋭部隊との戦果について、報告します」


 シエルは冷静沈着に、戦略分析の結果を読み上げた。


「戦力分析に基づき、結論から申し上げます。精鋭部隊は壊滅状態。短期間での追撃、または大規模な攻勢は不可能と判断されます。人間社会の対応は常に遅く、彼らが再び大部隊を編成するまでには、最低でも二週間、楽観的に見て二ヶ月の猶予が生まれたと見ています」


 紅蓮の激情竜姫レヴィアが腕を組み、不機嫌そうに同意した。


「ふん。当然よ。我らと夫のユニゾンを舐めた報いね。せいぜい、震えていればいいわ!」


 蒼玉の理性竜姫アクアが、冷静に補足する。


「その期間を利用し、我々は内政の安定化と防御の強化に集中すべきです。テラとガイアの連携により、我らの城の周辺の兵站・防御体制は強化されつつあります。現在の盟約軍の戦力は、四龍ユニゾンという切り札によって、人類の追撃を凌駕していると判断できます」


 磐石の守護龍テラが、静かに頷いた。


「主《あるじ》。地の軍団は、貴方が望む限り、揺るぎなき大地となって、この拠点を守り続けます。戦力的には、今しばらくの安堵が約束されています」


 しかし、シエルの表情は晴れない。彼女は、ヒカルにだけ聞こえる声で、低い結論を述べた。


「……ただし、王。戦力、兵站、防御に戦略的な穴はありませんが、唯一、盟約軍の核に致命的な脆弱性があります。それは、貴方の精神的な疲弊です」


 シエルは、会議室の全員が持つ愛の熱量を計測するかのように一瞥し、続けた。


「貴方の『絆の共感者』の異能は、四龍姫それぞれの激情、理性、献身、自由という強すぎる愛のベクトルを常に調律し続けています。この四つの重圧が、貴方の脳を休むことなく焼いている。これが、現時点での最大の戦略的弱点です」


 ヒカルは、彼女の言葉が真実であることを痛感していた。戦場では無敵の力も、この愛の重圧の前では、ただの拷問でしかなかった。


(レヴィアの激情、アクアの理性、テラの献身、セフィラの自由…………四つの強大な愛が、俺の心臓を四方八方から締め付けているようだ)


 その後の自室。ヒカルは、疲労の色を隠せず、自室のベッドに倒れ込むように横になっていた。彼の身体には、目に見える傷一つない。だが、「絆の共感者」の異能が、彼の脳を休むことなく焼いていた。


 特に、レヴィアが公然と、セフィラが夜の語らいで示した「強いオス」に対する独占的な愛の熱量は、ヒカルの心身に重くのしかかっていた。


「団長の義務だ、と、私に抱きついた時のあの熱。王として耐えねば、軍の士気が下がる…………」


 彼は、自身の本能的な衝動と、「王の義務」としての冷静な対応との間で、常に板挟みになっていた。その精神的な軋みが、彼の疲労の主な原因だった。


「王。体力の消耗だけでなく、精神的な疲弊が限界に達していると分析します」


 蒼玉の理性竜姫アクアが、ベッドサイドに立ち、冷徹ながらも心配の色を浮かべた声で語りかけた。彼女はヒカルのために、徹底的に栄養価を計算し尽くした完璧な栄養食を振る舞った。


「私の分析によれば、王の心身に必要なのは、感情の波を一切含まない休息と、論理的に計算された食事です。レヴィアやセフィラのような非合理な刺激は、今の王にとって有害です」


 アクアはそう言って、レヴィアやテラの愛の形を「非合理」として切り捨てることで、自らの理性的な愛こそが最強だと証明しようとする。


 その時、磐石の守護龍テラが、静かに部屋の隅から進み出た。テラはアクアの言葉を遮ることなく、ヒカルの傍らにひざまずいた。


「主《あるじ》。わらわは、あなたの大地でありたい。水や炎のような激しい流れは、今のあなたの根を揺らがせてしまいます」


 テラはそう言いながら、自らの分身であるかのような、外界の刺激を遮断する静謐《せいひつ》な土のブランケットをヒカルの体にかけ、その上から優しく手を置いた。


「わらわの愛は、揺るぎない防御です。どうか、この物理的な安堵の中で、感情の波を鎮めてください。他の者たちの愛の重圧から、わらわがあなたを隔離します」


 テラの献身的な愛は、ヒカルの肉体的な安全を最優先し、精神的な疲弊を「防御対象」として認識していた。


 そこへ、部屋の窓が軽やかに開き、風に乗って風の竜姫セフィラが、補佐竜ゼファーと共に舞い降りた。


「あはは! 退屈な匂いがすると思ったら、みんなで団長を棺桶に押し込もうとしているんだね!」


 セフィラは軽装のミニスカート姿で、ベッドにかけられたテラのブランケットを指さし、無邪気な笑みを浮かべた。


「テラのお姉ちゃんの愛は重すぎるよ? 団長に必要なのは最高のスリルと自由、そして空中散歩だよ!」


 補佐竜のゼファーが、冷静な声で口を挟んだ。


「その通りです、アクア様、テラ様。セフィラ様の『団長を連れ出し、心身をリフレッシュさせる行為』は、四龍ユニゾンを連続使用するための『風軍団の士気向上訓練』の一環として認められるべき軍務です。非合理な感情論でこれを妨害することは、盟約軍の戦略的損失に繋がります」

「そうだよー! さすがゼファーちゃん!」


 ゼファーはセフィラの自由な行動を、戦略的なリフレッシュとして合理的に正当化し、ヒカルを連れ出そうとする。ヒカルは、セフィラの無邪気な愛もまた、他の愛とは異なる方向からの重圧であることを感じていた。


(セフィラの愛は、俺を「王の義務」から引き剥がそうとする重圧だ。誰の愛も、俺の心を休ませようとはしない)


 そこへ、後方司令部から深海の戦術師シエルが静かに現れた。


「テラ様、それは王の本質を無視しています。防御だけでは、王の孤独は癒やせません」


 シエルは、ヒカルの額にそっと触れた。その冷たさが、彼の火照った精神に心地よい。


「さぁ、王よ。疲れたときこそ、知の交流を。戦略会議のパートナーとして、私が貴方の孤独を埋めましょう。人間社会で裏切られた過去を共有する私だけが、貴方の精神的な休息を担えます」


 シエルは、戦略という「理性的な愛の空間」をヒカルに提供することで、王の孤独な心を独占しようと試みる。


 この緊迫した状況を、部屋の入り口で爆炎龍将軍フレアは息を潜めて見つめていた。彼の視線は、もはやレヴィアではなく、冷徹なシエルに釘付けになっていた。


(シエル…………あの女の言うことは、常に論理的だ。レヴィア様の激情は、王を焦がし、テラ様の献身は王を縛る。だが、シエルの冷徹な知性だけが、この場の非合理な愛の熱から王を遠ざけようとしている)


 フレアは、純粋な忠誠心から、シエルの理性的な独占こそが、レヴィア様の激情的な独占よりも「王のためになる」と錯覚し始めていた。シエルに対する彼の感情は、レヴィアへの忠誠心という「絶対的な炎」を燃料とした、新たな「知性的な独占欲」へと変質しつつあった。


 しかし、その場に紅蓮の激情竜姫レヴィアが現れると、状況は一変する。彼女はヒカルの疲弊の原因を「他の女の誘惑」だと疑い、嫉妬の炎を燃え上がらせた。


「ふざけるな! 王の疲弊は、アクアの退屈な栄養食や、テラの重すぎる毛布、セフィラの無責任な空中散歩、シエルの冷たい戦略会議では癒やされないわ!」


 レヴィアは、ヒカルのベッドに飛び乗り、有無を言わさず彼に抱きついた。


「私の夫の疲れは、私の情熱的な愛で燃やし尽くすのが一番よ! なぜ、貴方は他の女たちとばかり話すの! ねぇ、夫どの?」


 レヴィアは、ヒカルに過剰なスキンシップを要求し、彼の心身が休まる暇を与えない。その猛烈な愛の圧力は、ヒカルの「絆の共感者」の数値を、再び危険域へと押し上げる。


(まずい…………このままでは、俺の心が、この強すぎる愛の熱量に押しつぶされる。激情、理性、知性、献身、そして自由…………どれもが、今の俺には重すぎる)


 ヒカルは、物理的な攻撃よりも恐ろしい、この精神的な消耗の連鎖に、心底から絶望的な疲労を感じていた。


(俺に必要なのは、論理でも激情でも献身でも自由でもない……この精神的な苦痛を、根源から優しく治癒し、この四つの愛の熱を統合してくれる、絶対的な光だ)


 ヒカルの切実な願いは、まだ見ぬ五人目の竜姫、純白の調和聖女ルーナの存在を強く求め始めた。物理的な治癒では回復できない精神的な支柱の必要性を、ヒカルは痛感する。


「この消耗を鎮め、この軍団の魂を統合してくれる光……」


 ヒカルの切実な願いは、まだ見ぬ五人目の竜姫、純白の調和聖女ルーナの存在を、物語の舞台に引き寄せるのだった。


【第21話へ続く】

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