第四話:天才軍師の初陣と炎水の奇策
廃墟の城の最上階。ヒカルは、冷たい夜風が吹き込む窓辺に立っていた。彼の瞳には、現実の闇と重なって、人類軍の軍勢図が複雑な光の線として浮かび上がっている。
(敵はワイバーン騎士団を含め、魔法師団も出てきている。数は総勢約200人。平均戦闘能力数値Battle Power Index:BPI=10として、総戦闘力は約1500~2000か。対する我々は、レヴィア一人のBPIが500。フレアが300。兵力は覆しようのない劣勢だが、レヴィアやフレア単体では敵の個々の戦力を圧倒している……)
これは「戦場の視覚化」の異能が発動した状態だ。ヒカルの視界は、敵味方の兵力や魔力残量を、「戦闘力指数(Battle Power Index)」としてリアルタイムで数値化する。
(前回の戦闘で個々の戦闘能力の高さが、大きく戦局を左右することがわかった。これは人間どうしの戦ではないのだ。人間世界での理は通用しない。つまり、この圧倒的な力の差と、奴らが計算できない速度で勝つしかない)
さらに、ヒカルは、軍勢図を分析しながら、頭の中で「音楽」を奏でていた。
名門貴族の教養として徹底的に学んだオーケストラの作曲と指揮。それは、彼にとって論理と感情を調和させ、秩序を構築するための絶対的な手段だった。
(戦場を立体的な地図として可視化し、竜姫たちの激情や理性を和音として聴き取る。俺のこの能力は、すべてあの頃、裏切られることのない絶対的な調和を求めて打ち込んだ音楽に根差している)
彼の優雅すぎる才能は、かつて仇敵カインに「軍人には非合理的」と嘲笑され、裏切りの標的の一つとなった。しかし、この非合理こそが、今、六龍姫の「愛の絆」を調律し、盟約軍を統率する王の資格なのだと、ヒカルは夜風の中で静かに確信した。
彼の背後には、炎龍の竜姫レヴィアと、憎悪と警戒の視線を送る補佐竜フレアが控えている。
ヒカルは冷静に、傍らに立つレヴィアを見つめた。
「レヴィア。一つ、確認しておきたい」
紅蓮の激情竜姫レヴィアは、ヒカルの思考が戦術から逸れたことに不満を隠さなかった。
「なによ、夫。我を独占する義務を忘れ、また戦術のこと? 我の愛の炎に専念すればいいのに……」
ヒカルは、レヴィアの言葉を流し、冷静な目で問いかけた。
「警備の兵士たちの構成を見たが、どうも女性が多い。私の知る人間社会では考えられない比率だ。竜族は、女性も戦場に当たり前に出るのだな」
レヴィアは、まるで人間が呼吸の理由を問うたかのように、心底当然だという顔をした。
「何を今更、人間臭いことを聞くの。我ら竜族は、女性こそが戦場の中核よ。貴方の言う『前線』は、力で道を切り開く我々、女の独壇場だもの」
「な、なるほど……」
「我ら竜族は、女性の数が圧倒的に多い。男は、我々竜姫の血統を護り、後方で軍事戦略を担うことが多いわ。我が右腕となっているフレアは、むしろ珍しい存在よ。貴様たち人間とは、社会構造が根本的に違うのよ」
ヒカルは、レヴィアの言葉に隠された生物学的な真実に気づき、背筋に冷たいものが走った。
(女性の数が圧倒的に多い……? まさか、ただの社会構造の違いではない。この女性優位の比率は、種の存続に関わる何らかの致命的な制限を示しているのでは……)
ヒカルは、内心の動揺を押し殺し、冷静を装って結論を導き出した。
「我々竜族が、種の存続を賭けて強大な力を振るうのは、当然の義務。その力を最大限に引き出すためにも、貴方の愛の調律は不可欠だというわけよ、夫よ」
レヴィアは、ヒカルの意図を察することなく、「種の存続」という本能的かつ戦略的な義務を、「愛の独占」という言葉に置き換えて、彼に再び抱きついた。ヒカルは、レヴィアの激しい愛の裏側に潜む竜族の存続の危機という重すぎる真実を、心に刻むのだった。
ヒカルは、内なる恐怖を押し殺し、再び戦術的な思考へと切り替えた。
「わかった、レヴィア、フレアよ。ここから作戦を伝える。まず、完全竜体となれ。初動での殲滅、そして敵の虚を突いて突破する! 非常に単純だが、効果的な作戦だ!」
レヴィアの身体が眩い炎に包まれ、人型から体長約20メートルに達する巨大な紅炎の竜へと変貌する。その巨躯は、切り立った断崖を背景に立ち上がり、周囲の空気を歪ませるほどの熱量と威圧感を放っていた。
(これが、俺の視覚化するBPI=500という数値の真の姿。数字は、この圧倒的な暴力の予測値にすぎない――)
それに対し、人類軍のワイバーン騎士団が一斉に夜空へ舞い上がった。彼らの乗るワイバーンは、体長はレヴィアの約半分の10メートル級だが、鱗は汚れた鉄色で、毒々しい牙と鉤爪を持ち、悪意に満ちた低音で咆哮した。
(敵の竜は、レヴィアや六龍姫のような神々しい威厳がない。ただの戦闘兵器だ)
ヒカルは、竜族の「血筋」と「愛の純粋さ」が、力の源泉であることを改めて確認した。
レヴィア(竜体)は、ヒカルに顔を寄せようと威圧的な竜の頭を差し出す。その圧倒的な情熱と愛の重さに、ヒカルは一瞬たじろいだ。
「ご命令とあらば、いつでも! 我の力、貴方の戦略に全て捧げますわ!」
ヒカルは、内なる恐怖を押し殺し、冷静な声でフレアに語りかけた。
「フレア、お前は優秀な将軍でありレヴィアの参謀だ。まずは、俺の『戦場の視覚化』の情報を聞いて、俺の実力を見極めるがよい」
ヒカルは城外の闇を凝視したまま、淡々と指摘した。
「敵の配置には、既に複数の欠点がある。ワイバーン騎士団は、地上部隊との連携線が完璧ではない。そして、最も致命的な欠点は、彼らが『討伐』に固執し、速度を軽視していることだ」
フレアの顔は、ヒカルの指摘のあまりの正確さに、屈辱に歪んでいた。
「全竜族に命じる。この作戦の鍵は速度と正確性にある。人類軍の混乱を最大限に利用し、敵が包囲網を再構築する前に、この城を脱出しなければならない」
ヒカルは鋭い視線をフレアに突き刺した。紅きレヴィアに対し、フレアは、オレンジの業火をまとった威圧を放つ別の形の炎の化身であった。
「この作戦の最大作戦時間は、5分以内だ。この5分で、敵の指揮系統を破壊し、逃亡ルートを確保する。炎龍軍団の最速の竜である貴様でなければ、この作戦は完遂できない。…………フレア。それが、貴様にこれができるか?」
「侮るな! 誰に言っている!」
フレアは短く吠え、踵を返した。
「炎龍軍団の王妃様の命だ。悔しいが、貴様の指示に従おう。炎の壁を上げるぞ!」
レヴィアはヒカルの腕に抱きつきながら、頬を擦り寄せた。
「さすがは、我が夫どの! フレアよ、どうヒカルは!? とにかく貴方は私に尽くしていればいいの!!」
「御意に、姫様……。私からみても、彼の作戦は、この状況下では最善であると認めざるをえません……」
「そうよ! ヒカルはすごいの!! 我の夫なのだから!!!」
ヒカルはレヴィアの愛情表現が軍の士気を高める王の義務であることを再確認し、彼女に応じた。
◇◆◇◆◇
作戦は、秒単位の電光石火の速度で発動した。
炎龍軍団の数十体の竜族が、フレアの指揮の下、城の周囲に大規模な炎の障壁を発生させた。レヴィアの魔力により、それは城全体を包み込む偽装の炎の城と化す。人類軍の総指揮官の声が、ヒカルの『戦場の視覚化』の異能を通じて遠くから届く。
『よし、人類は餌にかかった。『炎の竜姫』が城ごと炎上したと見たぞ!包囲を維持しろ!』
ヒカルは冷静に命令を下した。
「フレア! 第一目標、魔法師団への威嚇と地上指揮官の排除!」
「姫様、行くぞ!」
フレアが大きく羽ばたき、怒号が響く。
「愛の調和、全力射出よ!」
レヴィアが、人類軍の魔法師団の安全圏ぎりぎりの地点に、威嚇目的のブレスを放った。
(レヴィアの音は、高揚感のあるトランペットのD音。今はまだ単独の音色だが、ヒカルの愛の指揮によって、この激情のD音を純粋な単音として放つ)
ヒカルは「絆の共感者」の異能で、レヴィアの魔力の流れを完璧な音程に調律し、魔力収束の精度を最大化する。
「フレア! 苛烈なファンファーレで、レヴィアのD音の軌道を固定しろ!」
フレアの忠誠心という伴奏が、レヴィアの高熱のD音に、一瞬の完璧な静止を与え、トゥッティ(最大出力)の如く重ねられた。
炎は大地を焦がし、爆心地の熱波が魔法師団の陣地を襲う。
「ぐあああ! 熱い! 安全圏が破られたぞ!」
魔法兵の悲鳴が上がり、師団長が血相を変えた。
「統制を乱すな! 支援を停止しろ!」
魔法師団は恐怖で統制を失い、支援を停止した。
魔法支援が途絶えた、その一瞬の隙を、ヒカルは逃さなかった。
「行け、フレア! 特攻隊長としての責務を果たせ! 作戦時間は4分を切ったぞ!」
「望むところだ! 炎龍隊! 指揮官を潰せ! 王の命令だ!」
フレアの怒号と共に、数十体の竜族が、高熱の気流に乗って敵の包囲陣に突入。彼らはワイバーン騎士団と地上部隊の指揮官をピンポイントで狙い始めた。
「くそ! 敵は数十体だぞ! なぜ我々の指揮官だけが正確に狙われる!?」
ワイバーン騎士が絶叫する中、フレアは自ら騎士の首を刎ね、一秒も留まらず炎の壁の中に戻る。
指揮官を失い、魔法支援も途絶えた人類軍は、完全にパニックに陥った。
「目標を見失った! 攻撃座標はどこだ!?」
「炎の中に敵がいる! 魔法で炙り出せ!」
「待て!味方に当たるぞ! 味方だ、やめろ!」
ヒカルの正確な攪乱により、人類軍の同士討ちと大規模な混乱が発生し始めた。人類軍は、面白いようにヒカルの策略にはまり、自滅の道を進んでいく。
作戦時間、4分30秒。
ヒカルの指示の下、炎龍軍団は、偽装の炎の壁の中に隠れ、高熱の気流が作り出す乱気流を利用し、敵の包囲網とは真逆の方向へ長距離移動を開始した。
「王よ、全員無事です! 誰一人欠けていません!」
炎竜兵の歓喜の声が響き、ヒカルの周囲に安堵の空気が広がる。
◇◆◇◆◇
ヒカルは、内心で張り詰めていた糸が切れるのを感じた。
(なんとか…………なった。あの絶望的な状況を、知恵だけで切り抜けた)
彼は安堵の息を漏らした。
レヴィアは、周囲の竜族から一歩離れると、一瞬で竜姫の威厳を消し去った。彼女は誰にも見えない角度で、そっとヒカルの手に触れた。
「ふふ、夫どの。貴方の知恵は本当に素晴らしいわ。…………誰も見ていないから、許すわ。今の貴方、世界一格好良かったのよ」
彼女は囁くような声で言った。レヴィアの体温と、その純粋な愛の感情が「絆の共感者」を通じて流れ込んでくる。ヒカルは、この感情が軍団の士気を安定させていることを確認し、心底ほっとした。
「ああ、ありがとう、レヴィア。おかげで助かった」
新たな拠点へ移動中、フレアはヒカルの前で膝をついた。
「…………王の命に従います。今回の作戦は、非の打ちどころがない。この天才的な頭脳と、レヴィア様との力の使い方。悔しいが、貴方の勝ちです」
ヒカルは、フレアの優秀さはなくてはならない参謀であり、そして最も危険な任務を担う特攻隊長として必要不可欠であることを理解する。誰一人欠けなかったという事実が、竜族たちの間にヒカルへの確かな信頼を生み出していた。
◇◆◇◆◇
その頃、遥か遠く、水の竜姫アクアは、廃墟の城の炎と、その後の異常な静寂、そして飛竜騎士団の壊滅的な損耗という非合理的な情報を、冷静な瞳で分析していた。
「あの方…………レヴィアの激情と、あの私たち竜を統率する『王の資格』。私が直接、査定しなければならないようね」
アクアはそう呟き、ヒカルに直接対決を挑むことを決意する。
【第5話へ続く】
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