表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あむ  作者: 天回大基
2/3

あむ②

あきちゃんの言っていた「たいせつなもの」が、りゅうくんではないかとおもったのは、それから1年後のことです。じかんが急にとんでしまって、ごめんなさい。じゅんばんにかきます。

 1週間、あむはあきちゃんとしゃんぷうといっしょにくらしました。3日目からは元気がでてきて、ごはんをつくることができるようになり、あきちゃんのかえりをまっていっしょにたべるようになりました。しゃんぷうもじょじょにあむにこころをひらいてくれました。さみしくはありましたが、あまりめいわくもかけていられません。最後の日におれいのシフォンケーキをふたりにつくって、8日目にあむはじぶんのへやにもどりました。

 クローゼットの奥深くにしまっていたけいたいをひっぱりだして充電しなおしてみると、たしかにあきちゃんからの連絡がはいっていました。あむは、それだけだとおもっていたのです。弟もふくめて、あむはかぞくとの仲がよくありません。だからかぞくからの連絡はなくてとうぜんです。ほかに連絡をとりあっていたのはたおくんくらいですが、たおくんから連絡がくるはずはありません。だからあきちゃんのlineがきている、それだけだと。

 でも、もう一通lineがきていました。それはりゅうという、あむがいぜん働いていた居酒屋でいっしょだった男の人からでした。りゅうくんはあむが突然居酒屋をやめたことを心配していました。じぶんはポケモンがだいすきで、あむがリュックサックにコリンクのぬいぐるみをつけていたので、もっとはなしたかった、よければごはんにいきたいともかいていました。

 ふしぎなくどき方だなとおもいましたが、そのぶんだけしょうじきにかいてくれている気もしました。たしかにあむはりゅうくんとは何度かはなしたことがあったし、コリンクかわいいねといってくれたこともありました。それであむは、りゅうくんにあってみようとおもったのです。


 ホテルをでたのは朝がたでした。りゅうくんに予定があったので、朝ごはんをたべるまえにばいばいしました。あむからさそいました。りゅうくんはさいしょことわりましたが、あむがうでをひっぱるので、ほんとうにいいのとききながらついてきました。

 あとからあきちゃんにしかられたように、あむはまちがっていたとおもいます。でも、あむはとにかくつながりを必要としていたのです。あきちゃんのおうちをでて、ひとりになって、あむのこころのろうそくはきえかかっていたのです。おうちに帰ってから、きっとりゅうくんとはもう会わないだろうと思って、泣きました。さいしょにえっちしてしまったら、男の人は興味をうしなうものだからです。

 だから、りゅうくんからlineの返信がきたとき、ゆめをみているような気持ちでした。あむたちはまた会って食事をしました。どうして誘ってくれたの? とあむがきくと、ポケモンの話がたのしかったから、とりゅうくんはこたえました。きっとでまかせを言ってるんだ、とあむは思いましたが、その日りゅうくんは次の日のバイトがいそがしいといって2軒目のあと帰りました。

 またまたりゅうくんから返信があり、あむたちは会いました。こんどもホテルにはいきませんでした。そうやって2週間に1回くらい、あむとりゅうくんは会うようになりました。会うとおさけをのんで、いろいろなはなしをしました。ポケモンのこととか、学校に通っていたころのおもいでとかです。といっても、りゅうくんがわだいをだして、じぶんではなしをすすめていくことがおおかったです。あむはりゅうくんのはなしをうんうんといっぱいうなずいて聞いてました。あむはりゅうくんのはなしかたがすきになりました。のんびりしていて、やさしくて、きいているとあむのこころもおちついてくるのです。ひとに怒られているときに、あいての鼻の穴を「目」だとおもって口といっしょにみてみると、変なキャラクターが浮かびあがってくるのだそうです。ほら、ここをみて、とガイドつきであむもやってみました。たしかに変なキャラがいたし、居酒屋のすみっこで真剣にそんなことをやっているあむたちの方が変だなとおもって、おかしくなりました。


 りゅうくんはものすごくのんびりしたひとでした。のんびり度でいうと、あむの中ではギネス級です。まず、あるく速さがゆっくりです。あるく時間もながいです。お店がみえてるのに、もうちょっとあるこうと言って30分くらい平気でまちなかをぐるぐるまわります。ときどきねこがいたりすると、しゃがみこんで舌をならしてあそぼうとします。りゅうくんの目にうつるせかいはこどものあそびばのようでした。

 でも、りゅうくんはじつはすごい人でもあるのです。りゅうくんはこまざわ大学という有名な大学をでていて、けいざい学を勉強していました。説明してくれたことがあったのですが、けいざい学のことはあむにはさっぱりわかりませんでした。りゅうくんはものすごく頭がいい人なんだとおもったし、それはすごくかっこいいことです。頭がいいから、あむとはせかいのみえ方もちがうのだとおもいました。

 もちろんりゅうくんにも悩みはありました。大学をでているのに、ずっとフリーターをやっていることです。りゅうくんは大学生のころ今の居酒屋ではたらきはじめ、卒業後はビル警備なんかもつけたして、バイトざんまいの日々を送っていました。りゅうくんが言うには、大学を卒業して正社員にならないのは変なのだそうです。やっぱりあむも、気になるよね。りゅうくんは不安そうにあむの様子をうかがいます。就職活動をしてたときもあったんだけど、おれ、あんまり人と競争するのとくいじゃなくてさ、やめちゃったんだ。

 正直言って、あむにはなんにも気になりませんでした。そもそも大卒の人がすぐに正社員にならなきゃだめってことじたい、りゅうくんに言われてはじめてしりました。あむにはそんなことどうでもよかったのです。いっしょにいてくれて、たのしい時間をすごせるかどうかがだいじなのでした。そういうきもちをちょっとだけりゅうくんに伝えると、りゅうくんはあむの目をじっとみつめて、ありがとう、と言いました。その日、あむはりゅうくんのお部屋にとまらせてもらいました。

 シャワーであせをながしながら、こんどあむの家にもいきたいな、とりゅうくんは言いました。あむの中にはいろいろなかんがえやことばがうかんできて、からだがばらばらになってしまうようなかんかくになりました。どうして、どうしていっぱい女の子がいる中で、あむをえらんだの、とついにあむは聞いてしまいました。そのぎもんはずっとあむの中でふくらみつづけていたのです。どうしても聞きたかったのです。りゆうってなきゃだめかな、とりゅうくんはいいました。でも、ほかにもいい人はいっぱいいたでしょ、とあむは言いました。


 ううん、いない。

 いたよ。

 いない。あむはおれのどうでもいい話と散歩につきあってくれた。はじめて会ったときからやさしい子だなっておもってた。一緒にいてたのしい。それだけだよ。

 でも、あむはりゅうくんがおもっているような女の子じゃないとおもうよ。

 それでもいい。一緒にいられるだけでいい。

 りゅうくんにはなしてないこと、いっぱいあるよ。ぜんぶしったら、きっときらいになるよ。

 ならない。ならないし、だとしてもあむと一緒にすごしたいんだよ。


 そんなりゅうくんの言葉も、すぐには信じられなかったのですが、はじめてのデート(と言っていいのかな)はもっと信じられないことでいっぱいでした。二人でお休みをあわせて、池袋に行きました。あむはいちおうさいふに5万円いれていきました。たおくんと銀座にいくときには、たまにホテルのレストランで高いランチをたべることもあったからです。でも、使ったお金はぜんぶで2500円でした。2500円! レストランのチャージ代より安いです。あむたちはゲームセンターにいって、喫茶店でコーヒーをのんで、とんかつを食べて解散しました。すごくたのしい一日でした。お金をつかわず、お酒ものまず、えっちもせずに、こんなにもたのしくすごせるのだと、あむはほんとうにおどろかされました。

 それからもあむたちはお休みをあわせて会いました。一日じゅう部屋にいておしゃべりしていてもたのしかったし、めあてのお店が閉店していてたべたいものがたべられなくてもたのしかった。りゅうくんとなんでもないかいわをしているだけで、みたされたきぶんになれたのです。

 

 でも、あむはよわくてわがままでした。こんなにりゅうくんがよりそってくれているのに、たくさんの時間をきょうゆうしてくれているのに、それでもなお求めてしまったからです。あむは証拠がほしいのでした。たとえうそでも、はっきりとした「すき」ということばが。あきちゃんに相談すると、きっといい人だと思うけどまだ慎重になっておいた方がいいね、と言いました。でもさ、あむ、大人の付き合いかたって、いろいろだよ。あえてそういうことばでかざらないのがいいって思う人もいたりする。きっと大丈夫だよ。

 大丈夫だと、あむも思おうとしました。でもどこかで無理をしていたみたいです。あむはりゅうくんの部屋にとまっていた夜、急に息がぜえぜえしてきて、いろいろなことをおもいだしてしまったのです。うまく声がでなくて、手足がぶるぶるふるえて、ひっしにりゅうくんの身体をゆらしました。りゅうくんは目をさまし、あむのいじょうじたいに気づきます。大丈夫!? と肩をゆらします。あむはどうしたらいいかわからなくなりました。こんなところを見せてしまったら、りゅうくんはあむのことを捨てるかもしれません。たおくんとのことだって説明しなくてはいけなくなります。あむはフラッシュバック(あとで病院の先生がおしえてもらいました)と、そんな想像でいっぱいになって、ついに泣いてしまいました。

 りゅうくんは、そんなあむをぎゅっとだきしめたまま、あむのせなかをずっとなでつづけてくれました。1時間や2時間ではありません。朝になるまでです。カーテンがしらんでくるころ、フラッシュバックはやみました。まるで台風がとおりすぎたように、あむのこころはぽっかりと空白になっていました。

 はなせるようになったらでいいし、一生はなさなくてもいいよ。りゅうくんはあやまるあむにささやきました。あむはりゅうくんのからだにさらにぎゅっとしがみつきました。


 それから何度もほっさがきました。ひとりのときにも、りゅうくんといっしょのときにもきました。ながさとひどさはまちまちでした。5分でおわることもあれば、何時間もベッドによりかかっておちつくのをまつこともありました。りゅうくんはいつもあむをだきしめ、背中をなでてくれました。おちつくまでずっとそうしていてくれました。

 びょういんにもいきました。薬は、のみたくありませんでした。薬じたいがいやなのではなく、りゅうくんにしられたくなかったのです。もし薬をのみはじめるとしても、りゅうくんとの関係がもっと長くなってからがよかったのです。先生にそれをつたえると、わたしもきもちはわかる、たしかに薬による治療だけがすべてじゃない、あむちゃんがじぶんでその痛みにむきあう時間がほしいなら、そうするのもだいじだね。と言ってもらえました。でもあむちゃん、ひとつだけおぼえていてね。今よりもっとくるしくなって、いろいろなことがいやになったとしても、先生はあむちゃんを治してあげられるってこと。おかしいなとおもったら、すぐに、ぜったい、びょういんにくること。あむは、わかりました、ほんとうにありがとうございます、と先生の手をにぎりました。

 あむがたたかうっていうなら、もちろんあたしは応援するよ、とあきちゃんも言ってくれました。拾われたときすいてい2さいだったしゃんぷうは、すこし身体が大きくなっていました。ごごのあたたかいひざしのなか、あむのひざのうえでしゃんぷうはすやすやとねむっていました。ありがとう、あきちゃん。あむは言いました。あむ、もっとつよくなりたいし、じぶんのことをすきになりたいんだ。りゅうくんがだいじにしてくれるあむを、あむじしんもだいじにしたい。それをきくとあきちゃんはしずかにほほえみました。


 それからまもなく、あむは再就職することにきめました。りゅうくんとあむのようなフリーターと無職のカップルでは、なかなか自由がききません。おでかけするのも、一緒にすむのも、そしてこれからもし、まんまんがいち、結婚するのだとすれば、生活の安定はぜったいに必要です。どうじにあむは、もっと世の中のことをしりたい、勉強しなくちゃいけないと思っていました。ちゃんとはんだん力をみにつけて、いちにんまえの大人として生きていきたいと。安定、そして勉強、そのふたつのキーワードをつたえると、先生から「公務員なんていいんじゃないかしら。あむちゃんは、ノルマがないところで働いたほうがいい気がするし」と言われました。公務員なんてあむにつとまるかふあんでしたが、調べていくと、いがいといろんな人が合格していることがわかりました。高卒くぶんがあって、それはちょうどあむがしたかった5教科の勉強がいかせるものでもあったのです。

 相談してみるとりゅうくんは、やってみたかったらどんどんやっちゃおうぜ、と言いました。あまりにも軽い反応だったのであむは笑ってしまいました。でもちゃんとつづきがありました。応援したいきもちと、心配するきもちが両方ある、そしてじぶんがいつまでもフラフラしてるせいであむに気をつかわせちゃってるんじゃないかって申し訳なさもある。でも、あむのきもちはよくわかった。これはあむ自身の挑戦でもあると思うから、すきなようにしてほしい、もしなにか大変なことがおこったら、そのときまた考えよう。りゅうくんはそんなふうに言いました。そんなこんなで、あむは公務員よび校に通いはじめたのでした。


 

 笹川さんは、はじめてあむがよび校にいったとき、面談をしてくれた社員さんです。めがねをかけた、おおがらな人でした。ヒアリングシートというかんたんな履歴書のようなものを渡すと、笹川さんは、あらためて本日はどうされました、とたずねました。

 あむは2回転職をして、今は無職です。でも、公務員になりたくて、きました。なれますか。

 あむはどきどきしていました。わらわれるんじゃないかと不安でした。でも、笹川さんはにっこりほほえむと、大丈夫、ちゃんと勉強すればだいたいうかりますよ、と言いました。笹川さんは、あむがなにを言ってもにっこりとほほえんでいました。高校時代に全科目ついしになったことや、欠席数が多すぎて先生から学校にくるよう頭をさげられたことも言いましたが、それでも。

 だいじなのは、計画をしっかりたてて、それをまもることです。笹川さんは計画例がかかれた紙を指さして、あむに勉強のすすめかたをわかりやすく説明してくれました。横内さんはすでに社会人として働いた経験がおありですし、そちらでは大変なことがあっても出勤なさっていたということですよね。それならよび校の勉強はぜったいに大丈夫。私も全力でサポートしますから。

 かんじのよい人で、あむは笹川さんにみてもらっていれば大丈夫だとすぐにちょっ感しました。手続きをすませて、つぎの日からはもう授業にでられることになったのです。週に4日、授業はありました。とくにあむは数学なんてやっていないようなものだったので、毎週2回、みっちりと強化してもらうことになりました。朝起きたら授業にでかけて、帰ってきたらごはんをつくってたべるという生活ができあがりました。ときどきりゅうくんちに行って、バイトおわりのりゅうくんと一緒にごはんをたべることもありました。

 りゅうくんはあむの勉強のはなしを、こんきづよく聞いてくれました。わからないところがあると教えてもくれました。りゅうくんは英語も数学もできてすごかったです。授業にではじめて、生活リズムがととのったからなのか、ほっさの回数もへっていきました。週末はりゅうくんといろいろなところにでかけました。山手線を1周したり、loopで羽田空港までいったり、近所の公園のベンチでキャッチボールをしたりしました。たまにりゅうくんが手料理をふるまってくれることもありました。でもりゅうくんはいちどにたくさんのことをやるのが苦手なので、フライパンものなんかはこげていることも多かったです(なんで居酒屋で働けているのか、あむにはわかりません)。あきちゃんにりゅうくんを紹介したりもしました。あきちゃんは、あむたちをみてると時間の流れかたがゆっくりに感じる、と言いました。もしかしたらあむものんびりになりつつあったのかもしれません。

 勉強は、やっぱりたいへんでした。ほうていしきを解くのなんてなん年ぶりだったかわかりません。そんなとき、ふだんのしごとにバイトをふたつもつけたしてはたらくあきちゃんのことをおもいうかべました。あきちゃんはほんとうにはげしくはたらいてました。しゃんぷうとのじかんもだいじにしながら、じぶんのきげんもとりながら、なんとかお金をためていました。そんなあきちゃんのすがたを想像すると、あむも負けていられないと思えるのでした。

 あと、まなんだことがひとつひとつできるようになる感覚は、うれしいものでした。とくにあむは、歴史科目がすきになりました。みなもとのよりともや、織田信長というなまえはきいたことがありましたが、いまいちなにをやったひとたちなのかよくしりませんでした。社会科目のせんせいがそんな有名人たちのいつわをたくさんはなしてくれるので、たのしく勉強することができました。織田信長は、当時すくなかった外国のひとや、まずしいのうみんの子どもなんかも、さべつしないで仲間にいれていたそうです。もしかしたらあむも、たのめば仲間にいれてもらえたかもしれません。もし仲間に入れてもらえるなら、あむはにんじゃとして活躍してみたいです。

 

 いちにちいちにちは、そんなふうにすぎていきました。このころあむがかんじ、そしていまもおもいつづけていることを、書かせてください。なにかにむかって努力するということは、じぶんをかわっていく時間のなかにおくことなんじゃないかということです。勉強をはじめてから、あむは1年先のことを考えるようになりました。試験が終わったらじぶんにどんなごほうびをあげよう? ということだけじゃなく、りゅうくんとの生活のことや、あむじしんの身体と心のこと、世の中のへんかのことも考えるようになったのです。そして、1年後にあむがどんな勉強をしているか、今からたのしみなのでした。こんなふうに遠くのことを考えたのは、高校の就職先えらびのときいらいです。今まであむは、めのまえの生活をたえぬくことにひっしでした。はんとし先のことさえ考えてませんでした。あむがいきぐるしかったのは、そんなふうにあむの生きる時間がきゅうくつだったからなのかもしれません。



 つきあって半年くらいがたつころ、りゅうくんに釣りにつれていってもらいました。静岡県のいずというところの、うみべです。りゅうくんはさいしょ、ほんとになにもないけどいい? とききました。あむはよろこんでうなずきました。

 うみづりは朝がだいじなので、5時には家をでて、りゅうくんの運転でもくてきちにむかいます。ついたのが8時くらいで、どうぐのセッティングをして、海にむかってルアーをなげたのが9時前です。しらべて知っているつもりでいたけれど、あむはやっぱり初心者でした。朝からやっていれば、一匹くらい釣れるだろうと思っていたのです。けれど、2時間経っても、3時間経ってもあむたちのつりざおはうごきませんでした。あむはときどきルアーが壊れてしまったんじゃないかとうたがってつりいとをまきましたが、きれいにのこっていました。そんなもんだよ、とりゅうくんはわらっていました。

 お昼にサンドイッチをたべました。りゅうくんはこんなにながくじっとしていて、へいきなの? とあむは聞きました。


 うん。気になんないかなあ。

 からだがうずうずしてこないの?

 ならないねえ。

 すごい。人間じゃないみたい。

 じぶんでもびっくりするときあるよ。きづいたら3時間くらいふつうにたってるから。


 りゅうくんはほんとうにふしぎなひとです。けっきょく午後いっぱいつりいとをたらしていたのに、あむたちのつりざおはぴくりともうごかなかったのです。それなのにりゅうくんは、たのしいなあとはしゃいでいるのです。なにがそんなにたのしいの、とあむはぶすっとして聞きました。だって、こんなにじらされたら、ほんとうにつれたときめちゃくちゃうれしいとおもわない? りゅうくんは言いました。そんな考えもあるのかと、あむはおどろきました。

 日が沈んでからもしばらくつりをつづけていました。うみはまんちょうになり、朝よりもおおきく動いているようにみえます。そんなうす暗いゆうぐれどきに、いちどだけあむのつりざおがヒットしました。あむはあわててもちてを回しました。もうちょっとゆっくりにしよ、とりゅうくんがあむの手をうえからおおっていっしょにうごかしてくれました。しかしかいめんから出てきたさきっちょには、なんの魚もついてませんでした。ざんねん、にげられたー、とりゅうくんはまたたのしそうに言います。あむはくやしくてアスファルトの地面をぽこぽこたたきました。

 釣りざおをわきにおいて、小道具をしまうと、りゅうくんは地面によこになりました。たのしいなあ、とつぶやきます。あむちゃんとまた一緒に釣りしたいよ。あむも、服がよごれても別にいいやという気分になって、地面によこになりました。空には星がでていました。そのけしきはすごく綺麗でした。深谷をでていらい、夜空をながめたことなんてなかったです。だから、ほれぼれとみつめていました。むかしはさ、おれ、こんなじゃなかったんだよ。りゅうくんはぽつりと言いました。


 そうなの? しんじらんない。

 小学生のころとかね。サッカーとか、そろばんとか、いろいろやってた。毎日ならいごとでいそがしかった。

 すごいね。社会人だ。自分でやるって言ったの?

 いや、母さんかな。きづいたらはじめてたみたいなもん。

 やじゃなかった?

 たぶん、いやだったんだろうなあ。友だちと遊べなかったし。だから、ばくはつした。

 ばくはつ?

 うん。6年生のとちゅうで、ぜんぶやめた。それからずっとこんなかんじなんだ。

 どういうこと? ばくはつってどんな?

 なんかねー、すごい熱がでたんだよ。40度くらいの。1週間くらいそれで寝こんでた。母さんから聞いたけど、おれは熱があるのに習いごとにいかなきゃってベッドをおりようとしてたらしい。あんましおぼえてないけど。

 自分をおいつめてたんだね。

 ほんとうに、やばかったね。おれがつぎにおぼえてるのは、どうろのまんなかに立ってるときのきおくなんだ。サッカーのユニフォームきて、首からタオルさげて、ぼけーっとしてた。車のクラクションが鳴らされてて、運転手の人が「なにやってんの!」って車からおりてきた。そのときになってほんとうに思ったんだ。なにやってんだろ、おれ、って。

 ……。

 そのときの熱がさめてくかんじは、いまでもおもいだせるよ。すーーってさ。おれはこんなにひっしになって、なにを求めてたんだろうって。それがわからなかったんだ。きっとそれは夢中になっているときにしかみえないものなんだと思うな。とにかく、おれの頭は急にすっきりしたんだ。あとから病院につれていかれたけど、からだもこころも病気じゃなかった。いっこだけあったこうい症をのぞけば。

 こうい症?

 おれ、そのあとから、あんまりがんばれなくなったんだよ。勉強も運動も。無理するとすぐにからだ壊すようになっちゃった。それで、習いごとぜんぶやめたし、そのあとサッカーは高校と大学のゆるい活動しかしなかった。家族もおれが熱出したときに「無理させてごめんね」ってあやまってきて、それからなんにも言わなくなった。ほんと別人になったんかってくらいの変わりようだったよ。

 でも、みんなやさしくなったんだね。

 うん。仲良くもなった。ずっと怒られっぱなしだったのが、今日あったこととか普通に話すようになって。あたらしく生まれ変わったみたいなきぶんだった。きっとつよいサッカー選手にはなれないし、いい大学にもいけないだろうから、それは悲しかった。けどまあ、そういうのはがんばりたい人だけでやってればよくて、おれはそっち側にはいけないなって、考えるようになったんだ。


 っていう、へんな話だけど、あむはしんじてくれるかな。とりゅうくんは笑ってききました。しんじるよ、もちろん。あむは言いました。あむは、りゅうくんのそんな考え方に助けられてるよ。りゅうくんはそれをきくと、また星空の方をながめました。そして、すきだよあむ、と言いました。あむも、りゅうくんのことがすきだよ、と言いました。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ