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あむ  作者: 天回大基
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あむ①

 あむはぶすです。それもめちゃくちゃなぶすじゃなくて、中途はんぱなぶすなんです。めちゃくちゃなぶすだったら開きなおれるかもしれないけど、あむみたいなぶすがいちばん生きてるかちないと思いませんか?

 笹川さんは、あむがそう言うと「がはは」といつもみたいな大声でわらいました。となりのブースに人がいたので、めいわくになっちゃうんじゃないかっていつもひやひやしたものです。笹川さんは、あむちゃん今日はいつにもましてバチバチだね、と言いました。でもね、と笹川さんはつづけます。

 でも、もしそうだとしたら、目のみえない人にとって生きてるかちとはなんなんだろうね? 光のないせかいにいる人は、いったいなにをいきるよろこびとしてかんじているんだろう? こんどはこえの綺麗さとか、においの()()()()()なのかなあ。

 あむはそんなことかんがえたことがなかったので、うーん……とよわった犬みたいなこえをだしつづけてました。

 でも、きょうみぶかい話をありがとう。僕もじっくりかんがえてみることにするよ、と笹川さんはほほえみました。ただもし、あむちゃんが勉強をがんばりすぎてそういうきもちになっちゃってるんだったら、ゆっくりやすんでほしいかな。焦っちゃうかもしれないけど、一日くらいぜんぜん大丈夫だからさ。

 そうかもしんないです。あむ、さいきん1時すぎまで勉強してるんですよ。バイトがおわってごはんたべて、9時から1時までやってます。

 それはすごい。前は2時間がげんかいとか言ってなかった?

 そうそう。なんか、なれてきたら、ちょっとたのしくなってきたんです。

 それ、まじでかっこいいぜ。でも試験が近づいてきたら、少しずつでいいから生活リズムはなおしていこうね。

 やっぱり朝がたにしたほういいですよね。

 うん、試験が朝はやいからね。

 それから、試験前はリラックスすること。あむちゃんはとくにだね。

 じゃあ、前の日はあんまり勉強しない方がいい?

 だね。僕も、試験前はきほん、なにもしない。ぼーっとテレビみて、あとはねてるよ。

 わかりました。きをつけてみます。


 

 いきなりこんな書き出しで、おどろかせちゃってたらごめんなさい。ただのいいわけなんです。でも一応、ちゃんと伝えておこうとおもいました。

 いまは16時で、明日のいまごろには、ろんぶん試験もぜんぶおわっているはずです。そんなだいじなときになにをのんびり手紙なんてかいてるんだって怒られちゃうかもしれないけど、笹川さんに、試験前はじぶんらしくすごすのがいいよってよく言われていたのです。笹川さんはあむがかよっているよび校の、担当の社員さんです。笹川さんの言うとおりにしていたら成績がみるみるのびました。だから笹川さんの言うことはぜんぶきくつもりです。もちろんあむはふだんから手紙をかいているわけじゃないです(そもそも文章をかくのはとくいじゃないです)。でも、よくむかしのことをおもいだしています。よび校にかよいはじめていらい、そうなりました。なんでかはわかりません。ただ、むかしおこったことや、これからしようとしていることを(たしか笹川さんは「めたにんち」とか言ってたきがします)整理したいというきもちがたぶんあるんだとおもいます。それにもし試験にふ合格だったら、手紙なんて書くきにはぜったいにならないとおもいます。だから、いまのうちにやっておこうとおもいました。


 あむは2かい転職しています。いちどめは深谷の高校を卒業してはいったアパレルブランドです。そこの服がガーリーですてきだったので、先生に無理を言ってすいせん状を書いてもらって、入社しました。そのころのことは、あまり書きたくありません。あむは飲食でしかバイトしたことなくて、ノルマとかマネジメントという言葉なんかを、入社してはじめてしりました。あむみたいなぶすがじぶんよりかわいいバイトの子にしじをだすのはおかしいと思ってたし、お客さまにもうまく話しかけられませんでした。あむはだんだん職場のなかでぼっちになってしまい、かげ口を言われたり、仕事をまかせてもらえなかったりして、吐くようになりました。ある日、あむ以外ぜんいんがレジにでて、あむだけがバックヤードの掃除とでんぴょうせいりをすることになりました。いちにちじゅうだれともはなさず、うらでさぎょうをつづけました。そのうちになみだがとまらなくなって、吐きたくなりました。でもトイレが店のそとにあるので吐けず、ビニールもつかいきってしまったので、じぶんの服のなかに吐きました。次の日、店長に電話して会社をやめました。

 ふたつめの職場はコールセンターでした。あむは、きっとさいしょの職場のじてんで、公務員をめざしておけばよかったんだとおもいます。ノルマがある仕事はあむにはむりだと、わかっておくべきでした。でも、あむにはまだじぶんがなんとかそういう職場でもやっていけるんじゃないか、バリバリ仕事ができるかっこいい女の人になれるんじゃないかという期待があったんです。

 あむは、その職場でハラスメントをうけました。ふとった50歳の男です。いつもにやにやわらっていて、あむのことを「天然さん」とよびました。あむが仕事をミスしてしまうから、そう呼んでいました。あむも悪いので、文句を言えませんでした。かといって、まわりの歳上のひとたちがとめてくれることもありませんでした。

 あむは、もともとひとに意見を言うことがとくいじゃないんだとおもいます。だからといって吐き出せなかったきもちがかってにきえていくわけではありません。じょじょにあむは、じぶんを別のせかいにつれていってくれるようなしげきをもとめるようになりました。あむが歌舞伎町のホストクラブに通うようになったのは、二つ目の職場ではたらきはじめて1年がたつころでした。

 きっかけはほんとうにおもいつきです。ルミネで買い物をしていたら、ホストの話をしている女の子がいて、気になってしまったのです。した調べもまともにしないでいきなりお店に突げきしました。ホストのひとたちにとって、そんなうぶで知識のない女の子はいちばんおいしいえものです。ぜったいにのがしてはいけません。だからあむはとびきりやさしくされました。あむよりも100倍もかわいらしい女の子たちがおおぜいお店にきているなか、そのだれよりもあむのところに男の人がやってきました。いみしんな目線をくれたり、会釈してくれる人もいました。しびれるようなきもちよさをかんじました。あむは、その日から歌舞伎町にいりびたるようになりました。どうやらあむは、男の人からたよりなく見られるみたいです。身長が151センチで小さいからなのか、ほかのげんいんがあるのかは、わかりません。とにかくそのまほうはしばらくのあいだ、つうようしました。指名いがいのホストからもたくさんはなしかけられたし、おごりとか店外とかも他の子よりおおかったです。でも、もちろんいつまでもつづくわけじゃない。顔をおぼえられるようになると、まほうはきえていきます。だんだんとホストのせかいで存在かんをだすためのいろいろなゆう導がふえていきます。そうなるとあむはふっとすがたをけして、じかんをおいて、あたらしいお店にいきます。そのくりかえしでした。

 たおくんは、そんなあむのほんしょうをみぬいた、たった一人のホストでした。あむって、ほんとはおれたちに興味ないっしょ? 初めて会ったときの会話なのに、たおくんはそう言ったのです。どうしてそうおもうの? とあむはきき返しました。


 うーん、でも、なんとなくかな。あと、たぶんおれもそうだから。

 おれもって?

 おれも、じぶんにしか興味ない。


 それまであむは、かわいいとか、ふだんなにしてるとか、仕事のぐちとか、そういうよくある話題だけで満足してました。だからこんなふうにあむの性格につっこんで話されたのは初めてだったし、たおくんのこびない話し方は、あむにふしぎな安心かんをくれました。きっとあむは、こんなふうにじぶんのきもちをうちあけられる相手をもとめていたんだとおもいます。そしてたおくんは、そんなあむのきもちをなんとなくキャッチしてたんだとおもいます。

 あむは、高校時代まで一人の男の子と付き合ったことしかありませんでした。カップルが何を話すのか、どういう関係をじぶんがもとめているのか、はっきりとはしりませんでした。しらないままで、あむはたおくんと何度もでかけました。いくのはだいたい六本木とか、銀座の高級なレストランとかブティックです。たおくんはあむとあうまえの年にaura(たおくんの在せきしていたお店です)で売り上げ4いでした。だからあむのじょうしきではありえないがくのお金をもっていました。いつもたおくんがおごってくれてました。

 あむはほかのおんなのことちがうから。

 というのがたおくんの口ぐせでした。あむには、ぶすでけいけんもないあむには、そんなことばとあむのためだけに使われるお金にたいして、うたがいをもてるようなはんだん力はなかったのです。じっさい、auraであうときのたおくんと外であうときのたおくんは、べつ人でした。auraではちょっとつめたくて、ミステリアスなところがありました。そこがみりょく的でもあったのですが、外であうとまるで小動物、リスかなにかみたいにあむにすりよって甘えてくるのです。


 みせにいるときのじぶんは、かんぜんに演技。

 あむだけがおれのことわかってくれる。

 あむがいないとうまくこころのバランスがとれないんだ。


 ぶんしょうにしてみれば、ふきだしてしまうようなせりふです。もしあむにそのとき友だちがいて、相談できていれば、たおくんがあむを落とそうとしてることに気づけたのかもしれません。いやでも、かりにそうだったとしても、あむはだまされるかくごでたおくんの言葉をしんじていたのかな。

 4かいめのデートのときに、ホテルにいきました。そのあとたおくんは、家がとおいから大久保のあむのアパートにすまわせてほしいといいました。家賃はじぶんがだすから、ということでした。ゆめをみているようなきぶんでした。あのガラスのげいじゅつ作品みたいなかっこよさのたおくんがあむといっしょにすもうといってくれるなんて! すぐにOKして、あむとたおくんのふたりの生活がはじまっていきました。

 でも、ごめんなさい。あむにはこのじきのこともあまりかきたくありません。それは、たのしかったからです。たおくんはあむをだいじにしてくれました。いろいろなばしょに遊びにいって、みて、たべて、しゃしんをとりました。おもいでがたくさんあります。それまでの2ねんかん、あむは不幸でした。だれにもいえないなやみをたくさんかかえて、ひとりぼっちですごしていました。そんなあむにとって、あむといっしょにじかんを分かちあってくれるそんざいはとにかく貴ちょうだったのです。しかもそれがたおくんだなんて。ちょきんをきりくずしながら売掛をはらっていたからそれは不安だったけど、たおくんがあむのことをささえてくれるぶんだけ、あむもたおくんのことをささえたかった。ささえられるのがうれしかった。

 でも、すこしずつたおくんのよう求がエスカレートしてきてるのは、あむもかんじてました。はじめは2週間に一度しめいして飲むだけでよかったのが、1週間に一度になり、二度になり、それからシャンパン、オールコール、と月につかうお金がどんどんふえていきました。あむはコールセンターの仕事にくわえて、居酒屋のバイトをふやしました。いちにちじゅうぶっとおしではたらいて、よなかにauraにいくこともありました。週に3日、アパートにたおくんがきてくれるのがあむのこころのささえでした。auraでのたおくんはすこしこわかった。あむのつかうお金が5万をきっていると、口かずがへってつめたくなるのでした。


 あきちゃんとばったりであったのは、ちょうどそのころのことです。その日は居酒屋のバイトがあって、おもいっきり汗をかいてしまったので、いちどシャワーをあびてから歌舞伎町にきていました。メイクをするひまがなかったので、ファミマのトイレで済ませました。そんなこんなで時間がおそくなってしまい、あわてていたのです。トイレからでてこばしりで店をでようとしたら、ならんでいた人にぶつかってしまいました。ごめんなさい、とあやまって手をさしだしたときに、なんだかみおぼえのある顔だとおもいました。え、あきちゃん? あむがそうきくと、あきちゃんは、あむ……? とおそるおそるきき返してきたのです。

 あきちゃんは高校3年生のときのクラスメイトです。でも、はっきり言って高校のころはほとんどしゃべったことがありませんでした(あきちゃんごめんね)。でもそれは仲がわるいとか、そういうことじゃないのです。すむせかいがちがったというのがただしいとおもいます。あきちゃんはバレー部のキャプテンで、身長がたかくて、クラスの学級委員もやっていました。あむは、教室のすみっこで友だちとおしゃべりしているようなタイプだったので、交わるはずがなかったのです。あきちゃんはそんなあむみたいなクラスメイトにも平等にせっしてくれる、しょうしんしょうめいのリーダーでした。あむはいちど、体育のテストがある日に体操着を忘れてしまいました。みんなが教室をいどうするなか、どうしたらよいかわからずたっていると、あきちゃんがあたしのやつ、着なよと言ってくれたのでした。


 でも、あきちゃんはテスト、どうするの?

 あたしはだいじょうぶ。平常点あるから。

 でも、テストはうけないと……。

 いいから。いまさら単位おとしても留年になんかなんないし。あむちゃんはさ、いっちゃあれだけど、欠席おおいでしょ? 今日のテストはちゃんと受けたほういいとおもう。

 ごめんね。

 いいんだよ。おたがいさまだから。こんどゴンチャでもおごってね。

 

 そんなあきちゃんがどうして23時すぎの歌舞伎町なんかにいるのか、あむにはぜんぜんわかりませんでした。あきちゃんのほうも、あむがそこに立っていることのいみがつかめていない様子でした。そのばでlineをこうかんして、あむはすぐにauraにむかいました。あきちゃんとランチにでかけたのはそれから数日たったあとです。あきちゃんは、高校のときのたよれるお姉さんという雰囲気をますますつよくしていました。ながくのびた茶髪は、きれいなパーマがかかっていました。メイクもじょうずで、雑誌のモデルさんが本の中からとびだしてきたようなかんじでした。だから、あきちゃんの口から「あたしホストにみついでんだよね」ということばをきいたとき、あむのあたまのなかをでんげきがはしっていきました。


 きっかけはほんと、ささいなことだったんだよ、とあきちゃんは言いました。仕事がたいくつになってきて、ちょっとしげきがほしいなって、それくらいのもんでさ。じっさいに行ってみても、やっぱり冷めてるわけ。お酒たかすぎでしょ、とか、あいつメイク濃いけどほんとはブサイクなんだろうなーとか。でもその男があたしの隣にすわってきたの。

 

 あきかって言うんだっけ? だいぶテンションひくいね。

 友だちにつれられてきただけだから。

 へえ。ここ、どうおもった?

 しょうもないなって。

 うん。しょうもないよな。ここにいる奴ら、クソばっかりだよ。男も女も。もし法律がなかったら、この場で全員おれがぶっ殺してるだろうな。

 すごい言うじゃん。

 いや、どう考えてもそうだろ。おれ以外ゴミだから。


 そこまで言うと、あきちゃんはあむの目をみつめなおしました。タイチはね、じぶんは神さまにえらばれた人間なんだってまじめな顔でいうわけ。国と時代がちがってたらじぶんは王さまになってたはずだって。ほんきなのよ。だから、男も女もじぶんに投資して、ささえて、じぶんをあがめたてまつるのがあたりまえらしいの。何言ってんだこいつっておもったよ、もちろん。もう二度とこいつとはあわないだろうなっておもった。でも、ずっとおんなじようなまいにちをおくってるとさ、だんだんタイチのことばがあたまのなかによみがえってきたの。すくなくともあいつには、あたしがいまかんじているたいくつさをぶちこわしてくれるような、そんなとほうもない力があるんじゃないかって気がしたのね。別にたいしてお金の使いみちがあるわけでもないんだから、ちょっとくらいあいつの生きかたにふれてみてもいいのかもって。

 

 あきちゃんが店にくると、タイチというホストは、「おれのテクニックみせるから」と言って、あきちゃんに言わせると「最高の」接客をしたそうです。そんなふうに実力もともなっていたことで、あきちゃんはタイチのことが忘れられなくなってしまったそう。あむがあきちゃんにあったときには、ふたりはつきあっていました。もちろんあむもふくめて、ホストとつきあっているというのが、世間一般の「つきあう」とおなじなはずはありません。並行して何人か、というのがふつうです。それでもタイチにとってあきちゃんはだいじな存在になっていたみたいです。たくさんプレゼントをもらっていました。あきちゃんはきれいな人だから、男のひとがあきちゃんを好むのはしぜんなことだとあむもおもいました。

 あむもあむのはなしをしました。あきちゃんはそれをきいて、おたがい入れ込まないように気をつけようね、とだけいいました。ふたりとも、よく言葉をえらんでいました。なぜならおたがい同じような沼にはまりこんでいて、ちょっとでも相手を心配しようものなら、じぶんにもその心配ははねかえってくるはずだったからです。

 それいらい、あむとあきちゃんは2ヶ月にいちどくらいのペースで食事にいくようになりました。でも、おたがいの恋愛じじょうについては、ほとんどはなしませんでした。むしろ、再会するまでの4年間におこったできごとについてたくさんはなしていました。あきちゃんの仕事はあむにくらべたら順調そのものでした。昇進もしていました。あきちゃんはあむのはなしをきいて、「よくたたかったね」といってくれました。これからは、なにかあったらあたしにはなしてね、あたしもあむちゃんのことたよるから。あきちゃんはそう言いました。あきちゃんほどのりっぱな人が、あむをたよってくれるということが、あむにはうれしかったのです。それだけであむもいちだんかいりっぱになったような気がするのでした。もちろん、たんにあむとあきちゃんの境ぐうが似ていただけなのですが。


 そんなこんなで、たおくんと付き合ってから、半年がたとうとしていました。あむの生活はながい仕事と、バイトと、auraでの時間と、あむのとなりでねむるたおくんと、そしてときどきのあきちゃんでこう成されてました。しあわせだったようにおもいます。そんなことありえないってわかっていたけど、この時間がずっとつづけばいいのにとあむはよくねがっていました。手をあわせて神さまにおいのりしていました。でももちろん、こういうことはながくはつづかないのです。

 あるとき、はなしがあるんだけど、とたおくんが切りだしました。


 あむ、今おれさ、売り上げ2いのやつとあらそってるんだよね。

 うん。

 しめ日までに、今ついてる300万の差がうまれば、上半期の売り上げ1位でつうかできる。1位なると広こくの数もおおいし、はくがつくし、そこはこだわりたいとおもってる。


 たおくんはそこでことばをとめました。あとはさっせよ、ということなんだとあむはりかいしました。


 たおくん、ごめん。たおくんのちからになりたいけど、いきなりそんな大金はよういできないよ。

 よういはできるでしょ。

 ……うん、そうだね。ごめんね。よういはできるね。でも、りそくとかもすごく大きくなるとおもうから、そうなるとこれからさきたおくんをささえるのがむずかしくなるかもし

 今まで家賃はらってきたし、いろいろおごってあげてたけど、あむはおれになにも返せないってこと?

 それは……でもあむもいっぱいはたらいてたおくんのシャンパン買ったし、タワーだって一回やったことあるし

 いやいやいやちがうでしょ。そういうことじゃないでしょ。おれはあむの人生を応援するし、あむはおれの人生を応援する。そうやって支えあう。おれたちのかんけいってそういうんじゃなかった? あむはおれの人生を支えたくないっていうこと? 


 あむは心ぞうがばくばくしていました。吐きそうになりました。むかし、よわかったころのあむに戻ってしまいそうでした。でも、まだあむは身体を売るようには言われてない。あむを女の子として見てくれてる。あむはまだあむでいられる。たおくんがはや口でまくしたてるのを聞きながら、あむはそのことばかりかんがえていました。そしてもちろん、そんなおもいはすぐにうちくだかれました。


 支えたくないなんて言ってないよ。支えたいよ。たおくんにはすっごく感謝してるし、すっごくお世話になってるよ。でもあむの貯金は120万しかないよ。サラ金で借りたらあむのいまの生活じゃかえせないよ。auraにいけなくなっちゃうよ。

 今の生活? なんでそれにこだわるの? やりようなんていくらでもあるでしょ?

 や、やりようってなに?

 ユイトが担当してる子はキャバ二つかけもちしてかせいでる。ホムラの子は風俗。中にはブローカーやってる子もいるよ。おまえ、いままでさんざんこっちの時間つかわせといてこれで終わんの? ここで終わっていいの? 

 でも……

 これ、求人、デリヘル。もってきた。優良なやつにしといたよ。それで、どうする? イエスかノーでこたえて。


 あむはイエスでもノーでもなく、吐きました。とつぜんのことで、あむは手でおわんをつくってうけとめました。あたまがふらふらしてあむはそのままひざまずきました。そんなあむをたおくんはみおろしたまま聞きます。どっち? こたえろよ。またそうやって逃げんのかよ。いつまでもゴミのままでいいの?

 ゴミ? あむが? あむってやっぱりゴミだったんだ。こたえろよ。ぶるぶるふるえてないで、きたねえ顔あげてこっちみろ! あむはゴミなのでした。変われているようにおもったけど、つよくなれたようにおもったけど、そんなのはまやかしにすぎなかったのでした。いちばんちかくでみてくれていた、あむのいちばんだいすきなたおくんがそう言うのだから、まちがいないのです。たおくんにそうおもわれているというじじつが、なによりあむをきずつけるのです。あむはたおくんといっしょに死のうとおもいました。おわんにたまっていたげろをゆかにまきちらして、その手のまま外国の映画のゾンビみたいにたおくんにとびかかりました。よくわからなかったけど、とりあえず首をしめればいいとおもいました。たおくんのまっしろなきれいな首。たくさんの女の子のくちびるが吸った首。あたたかくてせいけつなまっかな血がながれている首。

 きづいたときにはあむはゆかにころがっていました。顔がなまぬるく、手でぬぐうと鼻血がこびりつきました。あむはたおくんに顔をおもいきりなぐられたようです。たおくんはあむのほほにつばをはくと、だまって部屋をでていきました。とびらがしまる音をいまもおぼえています。がちゃり、ばたん。それだけでした。しずかな部屋に、れいぞうこのぶーーーーーーーーーーーーーんという音だけが鳴りつづけていました。それっきり、あむはたおくんにあっていません。


 ひとりで死ぬゆうきは、でませんでした。それらしいことをためしてみたことはありますが、うまくいきませんでした。かわりにあむは、できるだけ死んだ人にちかづくことにしました。しごとをやめ、バイトをやめ、携帯をクローゼットのなかにほうりこんで、ベッドのうえでじっとしていました。息をするのがくつうでした。トイレのためにおきあがるのが、ながい旅のようにかんじられました。おきていたらいろいろなことをおもいだしちゃうし、ねるとつらいゆめをみてしまいます。はじめからわかっていたことですが、あむのいばしょなんてどこにもなかったのです。そのじきのことは、よくおぼえていません。ただひとつ頭にあったのは、いつかうまくしぬために、からだをうごかすためのきん力はのこしておかないといけないということです。あむは食事もとらずにうでたてふせを5じかんやりつづけていたことがあります。そしてすこしはきんにくがついたかと、はだかで何時間もかがみのまえにたってじぶんのからだをかんさつしていました。

 あきちゃんがあむの部屋のドアをけりやぶったとき、たおくんがいなくなってから3かげつがたっていました。

 あむ! とあきちゃんはさけびました。大丈夫!? そう言ってあきちゃんはあむをだきしめました。あむは筋トレをしていたので、からだだけはそれなりにげんきでした。あきちゃんはあむの腕や胸に触れ、なんか、あむごつくなった? といいました。

 

 どうして、あむの家しってるの。

 あのクソ野郎にきいたんだよ。lineにぜんぜん既読つかないからさ! 自殺でもしたんじゃないかとおもってauraに突撃して、クソ野郎の首ねっこつかんで、アパートの場所を教えろってせまったの。すぐにおしえてくれた。なにがあったかもね。あむ、安心しなね。あいつ、結局売掛の回しゅうに失敗して借金せおったから。インガオウホウってもんだよ。

 

 あむはそれをきいて、かなしくなりました。たおくんはホストとしての仕事をまっとうしていただけで、わるいことなんてしていなかったからです。あむが苦しむのはいいけど、たおくんが苦しむのはまちがっています。でも、そんなあむのかんがえをあきちゃんはていせいしました。


 いい、あむ。よく聞いて。女の子に、とうていはらえないような借金をおわせるのは、どんなりゆうがあったとしてもまちがってる。そのうえお水やらせるとか、ぼうりょくふるうとか、そんなの犯罪だから。あむ、この3かげつどんな生活してたの? へやじゅうひどいにおいだし、顔いろがまっさおだよ。辛いことあったら、あたしにそうだんしてって言ったよね? ひとりでかかえこまなくていいんだよ。もう、ほんとに心配した。とにかく生きててよかった……。


 あきちゃんはもういちどあむをだきしめました。あむはそのときはじめて、あきちゃんのたいおんをかんじました。だれかのたいおんをかんじるのはひさしぶりでした。いきているいのちの存在かんというのは、ふしぎなものです。それはあむがくよくよかんがえつづけていたいろいろなことをふきとばしてしまうのですから。ことばがぜんぜんでてこないし、なんのきおくもうかびあがってきません。あむはただあきちゃんの中でじっと泣いてました。

 あきちゃんは部屋の掃除をしてくれました。ひとりにするのは心配だし、どうせ仕事もバイトもしてないなら、と、あきちゃんの部屋にとまることにもなりました。でも、新大久保で山手線にのりかえるとき、ふだん乗る電車とはちがう方向だったので、どうして? とあむはたずねました。


 あ、あたしね、引っ越した。縁きったから。

 え? タイチくんと?

 うん。

 なんで……?

 夏のボーナスがでたタイミングで、シャンパンタワーやったの。120万。そのお礼がこれ。


 あきちゃんはあむにlineのがめんをみせました。そこには、『鬼滅の刃』の炭治郎が「ありがとう」とウインクしているスタンプが1こだけ表示されてました。


 これだけ?

 これだけ。——これみてさ、あんまりにもおかしくて、はらかかえてわらっちゃった。それからなみだでてきた。でも泣いてるじぶんもおかしくて、またわらって、しばらくばかみたいにそれくりかえしてた。

 ……。

 でもま、変にこじれるまえにこうやってほんしょうみせてきてよかったかも。120万は手切れ金としては痛いけど、もっとわるくなる可能性だってあったからね。まあ、そんなこんなでさ。ちょっと火あそびしてみたら、のこったのは50万の借金。シビアなせかいだわ。

 あむちゃん……。

 でも、のこったのはそれだけじゃない。ついたらわかる。


 あきちゃんはそういって、ほほえむのでした。おうちは赤羽にある木造のアパートでした。今まであきちゃんはしもたかいどのりっぱなマンションにすんでいたので、あまりのかわりようにあむはおどろきました。でももっとおどろいたのは、あきちゃんのおうちをあけたとき、ねこちゃんがしっぽをふりながらはしってきたことです。シャンプーーまってたのえらかったねええ、とあきちゃんはそのねこのせなかをくしゃくしゃになでます。シャンプーとよばれるねこちゃんもまた、うれしそうにあきちゃんのあしにあたまをこすりつけています。それからあむのことをみつけ、おまえだれだ、というようなじっとりしためつきであむのことをみました。あむはくちをあんぐりとあけてふたりの様子をながめていました。

 食事をしながらあきちゃんは、運命をかんじたんだよ、とあむの目をみつめていいました。


 タイチと大げんかして帰ってきた夜にさ、あの子が道ばたでダンボールにはいってないてんのよ。もう、拾うしかなくない? 

 だれかがすてたのかな。

 そりゃそうよ。アニメみたくごていねいにダンボールに毛布までしいちゃってさ。捨てるくらいなら元からかうなっての。

 いつごろ?

 3かげつくらいまえ。だからあむにもみせようと思って連絡いれたんだよ。返信なかったけど。

 ごめんね。

 ま、そんなこんなでさ、えさやったりトイレおぼえさせたり、いっしょにおふろはいったり、いろいろしてたわけ。なんかさ、あたりまえっちゃあたりまえなんだけど、この子にはあたししかいないんだ、っておもったのよ。あたしがいなくなったらこの子はしんじゃうんだなって。でも、タイチにとってあたしはたくさんいる女のひとりにすぎない。むしろその中じゃ、ランクは低いほうだろうしね、金そんな落とさないから。そういうことかんがえてたら、なにもかもがばからしくなっちゃった。この子はあたしのことをせかいでたったひとりのママだとおもってペロペロなめてくれるのにさ、あたしはなさけなくひざまずいてあいつのくっせえちんぽを(と、そこまでいうとあきちゃんは「しつれい。」とわらいました) ようするにね、あいつらはどんだけ顔がつよくても、メイクがうまくても、結局たんなるくっせえちんぽにすぎないわけ。ちんぽがテラテラした服きて歩いてるようなもんだよ! 

 そうだね。そうだそうだ! たおくんもタイチくんも、しょせんはただのちんぽだね。

 えさ代もねこすな代もためておかなきゃだし、さみしがるから夜はあんまし外でないほういい気がしたし、この子のことかんがえてたら、あたしこんなことしてるばあいじゃないなっておもったんだ。なんかこう、ものすごくはげしく、ね。


 あむたちがもりあがっているのがきになったらしく、ねこちゃんがすがたをあらわしました。


 あむも呼んでみなよ。人なつっこい子だから、ちかづいてくるかもよ。

 しゃんぷうちゃん、おいで。

 ねえ、あむ、ちがう。

 え?

 シャンプー。シャンプーって名前だから。

 しゃんぷう。

 ねえ、ちがうって。「う」がはいってる。なんかのびてるよ。

 しゃんぷう。

 ははは。あむの話しかたもちもちしてるから、「う」がはいってるようにきこえるんだね。

 ごめんね。

 いいよ、あむにとっては「しゃんぷう」ね。

 

 結局その日、しゃんぷうはあむのところにきませんでした。きんちょうしていたみたいです。でもあきちゃんのほうにおびえながらちかづいてくるのがかわいかった。しゃんぷうはちゃとらなのですが、あたまのてっぺんにまあるく毛がくろくなったところがあります。あきちゃんはそこをボタンみたいにぽちぽちおしてあげるのでした。あむがそんなふたりのすがたをにこにこながめていると、あきちゃんは急にあむのところにきて、あむの肩をだきました。あきちゃんの顔がぐっとちかづきます。あきちゃんはあむの目をじっとみつめ、それから言いました。

 

 ねえ、あむ、きいて。あたしたち、ぜったいここからぬけだすよ。たいせつなものをちゃんとたいせつにして、じぶんもたいせつにされて、そうやってしあわせになるんだ。

 ……。(あむは口をぱくつかせていました)

 あむもなにかたいせつなもの、みつけな。なんでもいい。ひとでもどうぶつでも、ものでも体験でも。あたしもいつか、こことはちがう場所でしゃんぷうといっしょにのんびり暮らしたいんだ。どっか遠くでさ。そのためだったらがんばれる。そうやって、いまとはちがうじぶんにかわる。あたしもまだはじまったばかりだけど、いっしょに。


 あむはしずかにうなずきました。あむはあきちゃんが伝えようとしてくれていることを、ちゃんとわかることができていたとおもいます。家がちいさくなっても、あるくたびにぎしぎしなるようになっても、しもたかいどにいたときよりあきちゃんは何倍もしあわせそうだったからです。あむに、あきちゃんのような一歩がふみだせる自信はなかったけど、あきちゃんとしゃんぷうがあむのことをみていてくれるとおもうと、そんな自信のなさなんてささいなことのようにおもえるのでした。


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